第一話 王宮からの呼び出しです!
「王都へ出向くことになった」
朝、いつも通り一緒に食事をしていると、イェルハルド閣下が突然そのようなことを仰いました。
「えっと、出仕と言うことですか?」
「勤めに出るわけではない。王より純粋な呼び出しを受けている」
「……お叱りですか」
「そうと限ったわけではない」
諸侯をまとめ上げる王様からの要請と聞いて、悪い予感ばかり脳裏をよぎる私。
一方で閣下は、泰然とした様子で、ゆで卵の挽肉包みを切り分け、口に運びます。
「陛下は厳粛であり、戯れを嗜まれる。おおよそ、婚姻届を出したことについて、一言なにかあるのだろう」
「なるほど」
今度はさすがに解りました。
何せ閣下は、氷の魔人と噂になったかた。
すでに四名の女性と破談になっていたのですから。
「さしずめ、ヒトの心の解らない男が、どんな女性を妻としたか、興味をもたれたか。とかく、すぐに発つ。準備はセレスに一任してよい。王都にも別邸はあるから、心配もいらない」
というわけで、私たちは一路、王都に向かうこととなったのでした。
§§
さて、辺境伯領はこの国でも有数の町並みを誇ります。
しかし、さすがに王都は別格だったといってしまってよいでしょう。
白亜の城を中心に広がる城下町。
外殻を覆う見事な城壁。
そこに生きる人々の息吹も、たいへんな熱量を帯びています。
私にとっては物珍しいものばかり。
正直に言えば観光に乗り出したかったのですが、当然そんな余裕はなく。
別邸で召し物を代えて準備をした後は、すぐに王宮へと登城することとなりました。
長い長い待ち時間を、緊張とともに過ごした後。
私たちは、玉座の間へと招かれます。
平身低頭して待っていれば、空気がざわりと揺らぎました。
そうして。
「赦す。面を上げよ」
威厳に満ちた、そんなお言葉が響いたのです。
閣下と示し合わせ、顔を上げます。
一段も二段も高い位置に設置された玉座に。
ひとりの恰幅がいい男性が、腰掛けていました。
齢は閣下より、二回りも年上。
蓄えられた髭は威厳に満ち、頭頂部に抱くのは黄金の冠。
赤き衣を纏うその方こそ、この国の王、リチャード陛下なのでした。
陛下は獅子のような金色の瞳で、閣下をじろりと見遣り、口元を歪めました。
鋭い犬歯が、チラリと覗きます。
「壮健のようではないか、ユングバリ辺境伯」
「はっ。全ては陛下の御心のままに」
「あー、赦す、赦す。余とお主の仲ではないか、堅苦しいことは抜きにしよう」
「……はっ」
「ほんに不器用な男よ。まあ、よい。天下一の忠臣が嫁を取ったと聞いて、一目見たかっただけだ。そう、本題はそなたよ、アクセーン男爵家の長子。社交界の噂は聞いているぞ、どれ姿をよく見せよ」
黄金の眼差しがこちらに向けられて、射竦められたような心地になります。
思わず身を震わせると、陛下は難しそうな声音を出しました。
じつに物事を判じかねている、そう言った様子で。
「白い髪に赤い瞳。なるほど。魔女などと騒ぎ立てるものたちもいたが、これはむしろ吉兆の……まあ、よい。そなた、名はなんであったか」
「は、はい。アンリと申します」
「ではアンリ辺境伯夫人、ひとつ問いかけをする」
わざわざ断りを入れるような質問?
王様が、私のような者に?
さすがに想像できないでいると、陛下はさらに、予想の斜め上の補足をはじめられました。
「王は王である限り、相手が一命を賭すのならば、必ず答えなければならぬ問いかけがある。そなたは、なんだと思う?」
「……在り方、でしょうか」
「そうだ。王としての在り方。民草をどう治め、いかなる王と自らを定めるか、或いは何の形にも囚われないか、これを明瞭に告げねばならぬ。出来ぬものは王ではない。同じく、余の臣民にして天下一の忠臣たるユングバリ辺境伯、その婦人としてのそなたに問う」
文字通り、上から降り注ぐ言葉に。
知らず、私の喉が、ゴクリと鳴ります。
陛下は、仰いました。
「もっとも大事なものは、何か?」
「それは」
「民草、などという当たり障りのない言葉はいらぬ。別段、男爵家の繁栄と答えても構わぬが、それが辺境伯夫人としての、そなたの公式発言になることは弁えておくがいい」
……なにか、いま遠回りにほとんどの意見を封殺されませんでしたか!?
待ってください。
社交界すら一回しか経験していない人間が、王様の前に初めてやってきて、いきなり投げかけられる問いがこれですか?
ちょっと、難度が高すぎませんか?
ど、どうしたものでしょう……。
表情や態度に出すわけにはいかないので、内心でウンウン唸っていると「怖れながら」と、イェルハルド閣下が助け船を出してくださいました。
「彼女はまだ、妻となって日が浅い身。王の深遠なるご意志を、全いに理解することは難しいかと」
「ほう、ユングバリ辺境伯。そなたは自らの妻を侮るか?」
「――お戯れを。我が妻はどんな命題にも答えて見せましょう」
なんで挑発に乗って大言壮語を吐いた上で、こちらを見て、やれるな? みたいな顔をしてるんですか閣下は……!?
待ってください、そもそも私は何を問われているのですか?
必死で脳みそを回します。
王様は、王としての問答を引き合いに出しました。
民草や、実家のことではないと釘を刺されています。
それはつまり、辺境伯領の発展を願うと言うことでもないのでしょう。
ここで必要なのは、陛下を満足させる言葉で――
……いいえ、いいえ。
それは違います。
確かに陛下は、この国の頂点にあるお方でしょう。
その前では、黒を白と言い張ることも必要に違いありません。
ですが、私に求められているのは、一命を賭して問うのなら、答えなければならない在り方の問題です。
イェルハルド閣下の妻として。
アクセーン男爵家の長女として。
或いはただのアンリとして。
もっとも大切なものとは、なんでしょうか。
「陛下」
私は頭を垂れながら、告げます。
「私には、まだ解りません」
「ほう。それは、己だけでなく、ユングバリ辺境伯の立場さえも危うくすると解っての発言か?」
「存じております」
けれど、解らないのだから仕方ありません。
覚悟を決め。
大きく息を吸い、朗々と申し上げるのみです。
「私には解りません。ですから、探していこうと思うのです。ほかならない夫、イェルハルド・ユングバリと一緒に。これからの人生を賭けて」
たとえ。
そうたとえ。
「いまここで、斬首にあうとしても、です」
「――――」
バッと、玉座の間に緊張感が満ちるのが解りました。
すぐ隣にいる閣下ですら、息を呑んだように思います。
ですが、それは杞憂でした。
なぜならば。
「はっはっはっは!」
実に愉快しそうな、陛下の笑い声が響き渡ったのですから。
「そうか、そうか。そなたはそんなにも、ユングバリ辺境伯を好いておるか」
「ふえ!?」
「隠さなくとも良い、赦す、とくに赦す! 夫婦が仲良くともに歩きたいと願うこと。当然の幸せを思い描くこと、余の咎める範疇にはないわ。はっはっはっは!」
あの、その……なにか、大きな勘違いがありませんか……?
たしかに私と閣下は政略結婚をしていて、お互いをもっとよく知るため恋愛をしようという話になりましたが、それは閣下の感情を言語化するためで。
……ああ、でも、そういうことなのでしょうか?
私は、もっとこの人のそばで、いろんなものを見たいと思っていて。
だったら、閣下は、私をどう思って――
「陛下、発言を」
「うむ、赦すぞ、ユングバリ辺境伯」
「自分もまた、妻と供に今後の人生を歩きたいと考えるものです。生来の不器用さ故、多くの面倒をかけるでしょう。しかし、彼女の目を通して世界を見れば、かならずや閣下の治世に貢献できると信じるものです」
「ユングバリ辺境伯、その世界は、輝いているか?」
「無論。自分には、いますでに、眩しいほどに」
――何かすごく褒められていることだけは伝わってくるのですが、畏まっている閣下と感情が言語化されていない閣下のフィルターが二枚かかっていて、私には解りません。
解らないのですが、先ほどから耳とか頬が熱いですし、周囲の視線が妙に生温いような気がします。
これ以上は、さすがに限界のような気がしますね!
「そうか。ならばまばゆい世界で生き、余に尽くせ。さて、アンリと申したな?」
「は、はい!」
「余を楽しませた褒美を取らせたい」
「もったいなく存じます……!」
「ふむ、そうさな……そなたらだけではなんともならなくなったとき、余を頼る権利を与えよう。といっても、国庫を開いてやったり国軍を動かしてやったりというわけには行かぬ。余の個人の範疇で、な。構わぬか?」
「ははー!」
ただひたすらひれ伏す私。
「はっはっはっは! 本当に愉快な娘だ!」
玉座の間には、いつまでも陛下の笑い声が響き渡っていたのでした。
§§
ぐったりと疲れはて、王都の別邸へ戻った私。
閣下が先ほどから不慣れな労いの言葉をいくつもかけてくれているのですが、反応する余裕すらありません。
田舎貴族の屋根裏部屋令嬢には、いくらなんでも過激すぎる洗礼でした……。
そんなことを思っていたときです。
「辺境伯閣下!」
突如、別邸へ飛び込んできたのは、伝令のかたで。
「辺境伯領アガメノンで大規模な水害が発生しました。至急お戻りになり、ご対応をお願いします!」
私と閣下は顔を見合わせ。
即座に、出立の準備を始めたのです。
これが今後、辺境伯領に長らく横たわることになる水害との戦いの歴史。
その、スタートラインだとも知らずに――




