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お家存亡のため、ヒトの心が解らない辺境伯さまとやらに無理矢理嫁がされましたが、毎日一緒に過ごしていたら情緒が未完成なだけだと解ったので一緒に外交内政を頑張ります。ところで実家、私が居なくても大丈夫?  作者: 雪車町地蔵
第三章 ユングバリ辺境伯領の産業を見直していきましょう!

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第六話 お披露目は社交界で、です!

 社交界。

 正直に言えば、トラウマがある場です。


 とても大昔、幼い頃、私にも一度だけ、アクセーン男爵家令嬢として、社交界へデビューする権利が与えられました。

 思えば、義母様と妹のビタを家に迎えたばかりの頃。

 お父様も上機嫌で、慈悲の心を示してくれたのやもしれません。


 しかし、極めて端的にいえば、私は失敗しました。

 礼節はしっかりと守っていたはずです。

 段取りを(あやま)ったわけでもありません。

 けれど、おそらくは私という人間の、その内面が、外面が、あまりに醜かったのでしょう。


 魔女のようだと、言われました。


 御伽噺(おとぎばなし)に出てくる、白髪の魔女。

 赤い目は血のようで不吉。

 白髪なんて汚らしい。

 青白い肌は死人のよう。

 着ている服は、どこから盗んできたのか。


 ……そんな言葉の数々で、私は家名を傷つけました。

 アンリ・アクセーンの人生における、最も大きな罪と言えるでしょう。

 お父様は怒り狂い、以降、私は屋敷の屋根裏で生活することを余儀なくされます。

 アンリという娘は、男爵家にいなかったことになったのです。


 同時に、私はこれらにまつわる記憶を曖昧にしてしまいました。

 精神的に耐えられなかったのか、一部の記憶を、忘却の彼方へ追いやってしまったのです。


 だから、社交界は苦手です。

 暴力以上に、大勢の前で自分を見てもらうことに、恐怖さえ感じます。

 そんなことを、パーティーの当日、メイクをしてもらいながらセレスさんに打ち明ければ、彼女はウンウンと頷きました。


「どうせなら可愛らしくうつくしいところを主様に見せつけたい。乙女心ですね、セレス、感激」

「いえ、その……私の話を、聞いていましたか?」

「もちろんです! その上で、どうかご心配なく、アンリさま。主様は、そう言った戦場でこそ輝くお方ですから」

「…………」

「わたしどもは、感謝しているのです。あの、誰ともわかり合おうとしない、誰とも手を取り合おうとしない、ただ孤高で、一人頑張り続ければいいと思い込んでいた主様を、あなたが変えてくださったことを。だから、どうか信じてくださいな。セレス、請負(うけおい)


 そこまで言われて無碍(むげ)に出来るほど、私も人間をやめていません。

 いえ、真人間だと思いたくて、あの頃とは違うと信じくて。


 だから、今、一歩を踏み出すのです。

 私を選んだと言ってくれた殿方を、信頼して。


 パーティー会場へ入りますと、楽しげに談笑していた皆さん――おそらく貴族のお歴々(れきれき)ですね――が、ピタリと会話をやめて、こちらを凝視してきます。

 それもそのはずで、私は今、マントのようなもので全身をすっぽりと被っていたのですから。

 珍妙です。奇っ怪です。

 目立たないわけがありません。

 最大限の結果を得るためとはいえ、割と恥ずかしいのですが、これ!


「おーほほほほほほほほ」


 針のむしろにいる気分を味わっていると、聞き覚えのある高笑いが聞こえてきました。

 見遣れば、こちらに歩み寄ってくる女性がひとり。

 周囲には何人もの令息の皆さんを引き連れた彼女。

 見間違うはずもありません。


「ビタ、久しぶりですね」


 妹の、ビタ・アクセーンです。

 彼女は私に名前を呼ばれると、敢えてキョロキョロとしたあと、こちらを凝視して、また高笑いをしました。


「おーっほほほ! これはこれは、だーれかと思いましたら、アンリ愚姉様(おねえさま)ではありませんか。掃き溜めがお似合いの愚姉様が、こーんな大規模な夜会に参加するだなんて、場違いがすぎましてよ? あ、それとも」


 ニンマリと微笑む彼女。


「辺境伯さまに捨てられて、次の飼い主でも探しにおいでですかー? ま、その格好じゃあ、誰も脈無しでしょうけれど。おーっほほほ!」


 彼女の言葉に、周囲のご子息たちが「違いない!」とか「君と違って目も当てられないよ」とか「衛兵(えいへい)は何をしてるんだ、早くつまみ出せ」なんて仰っています。


 実際、私の格好は不審人物なので、彼女たちの対応は何も間違っておりません。

 周囲の皆さんも、ざわざわと慌ただしいですし、本格的に会場から排除されるやもしれませんね。

 致し方ないことです。

 私がどれほど閣下を信じようとも、私自身が至らないのでは、どうしようも――


「静まれ」


 諦観と、疼痛(とうつう)が胸をよぎったとき。

 静かで、冷たく、だからこそよく通る声が、会場内に響き渡りました。


 ――ええ。その声を、私が聞き間違えることはもう、ありえないのでしょう。


「実の家族とはいえ、放言(ほうげん)は慎まれよアクセーン男爵令嬢」


 カツン、カツンと靴音を立て、こちらへやってくるのは長身の偉丈夫。

 刈り揃えられた黒い御髪。

 健康的な肌。

 筋骨隆々とした肉体に、整った顔立ち。

 (しっか)りとした眉。

 なによりも冷たく、碧玉(あお)い瞳。


 軍装を身に纏い、背にマントを翻し、そのひとはやってきます。

 イェルハルド・ユングバリ辺境伯が。


「まあ、辺境伯さま。愚姉(あね)を教育して何が悪いのですかぁ? これは家族の問題ですので、口出し御免被(ごめんこうむ)りたいのですが」

「俺も家族だ」

「は――?」


 意気揚々と喋っていたビタの口が硬直します。

 イェルハルド閣下が私の横に立ち、私の肩を抱いたからです。


「アンリは俺の妻だ。よって、彼女に関することは、全て俺に関することとなる。もしもアンリに悪罵と敵意を向けるものがあれば、今この場で名乗り出るといい。ユングバリ辺境伯家が、受けて立とう」

「っ」


 目をまん丸に見開いたのは、私だけではありません。

 ビタも、その取り巻きたちも、皆唖然となってしまいます。

 だって、いま閣下が仰ったのは、つまりこういうことなのです。


 私を家族として迎える。

 私に危害を向けるものは、辺境伯家を敵に回すと知れ、と。


 辺境伯とは、ただの爵位ではありません。

 国家の中に存在する、もうひとつの国とでも言うべきものです。

 辺境伯に敵対するのは、王侯貴族に叛旗(はんき)(ひるがえ)すようなもの。


 ビタの言動が許されていたのは、私と血のつながりがあったからです。

 けれど閣下は、それすら許さないと今、仰って。


「で、ですがぁ。ユングバリさまは愚姉を見せかけだけの婚姻相手にしたはずでぇ」

「俺が婚約者に恵まれないから、渋々彼女を受け容れたと言いたいのか? 言語道断だ。よい機会だな、この場にいる全てのものに告げる。そして、あらゆる家人、領民に知らしめるがいい」


 閣下が、珍しく声音に熱を載せて告げるのです。


「俺は、我が妻アンリを()いている。この世のあらゆるものよりだ。そして、貴君らも見るがいい。これこそが今日(こんにち)より、ユングバリ家の至宝となるのだと」


 彼が頷きかけてくれます。

 事前の打ち合わせの通り、私はマントに手をかけ――失敗したらどうしようと脳裏をよぎる弱音を、彼の先ほどまでの言葉を思い出してはねのけ――一息(ひといき)に、払い除けます。

 現れたのは、


「太陽……?」


 誰かが、感じ入ったようにそう、呟きました。


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