第二話 いざ視察へ……です!
実際に、近場の町――この場合も城下町と言っていいのでしょうか?――へ出向いてみたところ。
さすがは辺境伯のお膝元というぐらい潤いがありました。
とくに目をひいたのは交易品の類い。
辺境伯領という、二カ国に挟まれた土地特有の、異国情緒あふれる製品が店頭に並んでいます。
宝飾品や骨董品もそうですが、上質な油や、見たこともないお酒、飲料物などが沢山あります。
思わずキラキラした眼差しを向けていると、
「食べたいのか?」
「いいのですかっ!?」
閣下が素敵な提案をしてくださいました!
ふっと微笑んだ彼は、金子の入った革袋を手渡してくれます。
どうやらこれが、本日の私関連予算のようです。
正直、買い食いというものをしたことがないので勝手がわかりませんが、美味しいものは判別がつきます。
実際、香ばしい匂いに釣られて、私は露店を見て回ります。
正直、憧れていたのです。
自分が好きなものを、自分でみつくろい、出来立てを頬張るなんて、実家では叶わないことでしたから!
「お、可愛いお嬢ちゃんだね、安くしとくよ!」
「うちなんかおまけしちゃう」
「もってけどろぼう!」
「どろぼうですか!?」
そういう売り買いの言葉があると知っていても、思わず目を白黒させてしまうと、露店の店主たちは豪快に笑いました。
肉の串焼きやカリッと揚げたお芋、魚のフライ。
どれも美味しそうで、まとめて購入させていただきます。
両手いっぱいに料理を抱えた私は。
しばし考えて、閣下を見上げます。
「……なんだ」
「はんぶんこ、しませんか? 食べきれないので」
「…………」
顔を押さえる閣下。
計画性のない女だと思われたのでしょうか?
「困惑した小動物のような顔をしなくてもいい。これはこのまえ教わった。〝尊い〟だ。半分ずつだな? 承る」
「よかったです!」
るんるんな気分で、私たちは一緒に美味しいものを食べ、町中を見て回ります。
途中、甘いお茶も買いました。
お茶には疲労を抑え、元気をくれる力があるので、おそらく労働者向きの商品でしょう。
閣下から聞いたところに寄れば、兵士さんたちも愛飲していると聞きます。
私にとっても、数少ない嗜好品です!
「よい、町ですね……」
「ああ、俺が、先祖が守った土地だ」
街路を歩きながら、私たちは頷き合います。
だって、行き交う人々には活気があり、とても充実した様子なのですから。
しかし、細かいことが気になってしまうのが私の難点。
ふとした瞬間に芽生えた違和感が、好奇心という水を得て、ムクムクと大きくなります。
「ところで閣下」
「いまはイルだ」
そうでした。
辺境伯さまが町に降りるに当たって、そのままというわけにはいきません。
視察目的で権力を誇示することは出来ますが、それでは普段の領民さんたちの姿を見ることはかなわないでしょう。
ですから、いま私たちは変装し、ちょっとお金持ちがぶらついている、というような格好になっています。
いうまでもなく、周囲には町人に扮した護衛騎士の方々も潜んでいるので、密かな大所帯だったりします。
そして閣下はご自身をイル、私はアンと呼び合うよう、偽名を考えてくださったのでした。
先日襲撃を受けたばかりなので、当然の処置というものです。
「ごほん……では、イルさま」
私は自信の格好と、町民さんたちを見比べながら、覚えた違和感を口にします。
「皆さんの服は、質素ではありませんか?」
町を行く人々の服装は、とてもシンプルなものです。
服の色は白か茶色が多く、凝った意匠のドレス、あるいは作業着を身につけている方は疎らです。
「私は世間知らずで、知識は書物など見聞きしたものしかないのですが、この国は民に清貧であることを望んでいたでしょうか?」
勘違いならいいのですが、という思いを込めた問いかけは、頷きとともに肯定されてしまいました。
「きみの考えは正しい。これは国策ではない。たしかに辺境伯領に限れば、戦時下に備えある程度、己を律するようにと通達を出しているが、本質的に服装が簡素なのは、立地と産業によるものだ」
つまり、こういうことのようでした。
何度も言うように、ユングバリ辺境伯領は、二つの大国に挟まれています。
そして、この国境線は、どちらも高山によって仕切られています。
この高山は、辺境伯領の守勢に味方する一方、文化の醸造にも大きな影響を与えました。
その際たるものが、食糧事情と服飾の問題です。
いかなる領地でも、まず重要なのは食料になります。
辺境伯領では、自給率が六割程度で、あとは輸入に頼っているそうです。
ただでさえ軍隊が常駐しているので、致し方ない事情ですね。
そして、輸入できる物資は、必然的に街道と、荷馬車や牛車の数によって限られてきます。
結論から言えば、衣服の材料を自給することがあまり得意ではない領地であり、また外から持ち込むことも難しかった土地柄ということになってくるわけです。
聞いてしまえば納得なのですが、その状況を閣下が座視していたというのは、ちょっとありえない気がしますので、これも尋ねると、
「無論手を打ったが、民が好まなかった。先代、先々代から頓挫しているものだ」
つまり、実直な領民さんたちにとっては、衣服を着飾ることがあまり魅力的には映っていない、ということなのでしょう。
単純に、流行っていないと言い換えてもいいかも知れません。
ファッションとは時流です。
それを、自他共に認める自分の感情すらよく解らない閣下が、世に広めるというのは確かに難しいものがあったでしょうね……。
「是々非々、致し方なし、というやつですね」
深く納得して、こくこくと頷いたときでした。
「ごめんよ」
軽い衝撃。
そして、謝罪の言葉が聞こえます。
どうやら少年が私にぶつかり、そのまま走り去っていくところのようでした。
お互い怪我もなくなによりと感じていたところ、閣下が大変眼差しを鋭くされて、
「セレス」
と、低く、しかし厳然とした声音で命じられます。
「捕らえよ。見逃した理由は、あとで申し開け」
「御意に」
……いったい、どこへ潜んでいたのでしょう。
突然現れたセレスさんが、先ほどの子どもを捕まえ、腕を捻り上げます。
そうして懐から彼女が抜き去ったものは、私の財布で。
まさか私、スリに遭ったのですか?
「離せよ! クソババア、離せ!」
「淑女に向かってババアとは、許しがたい。セレス、折檻の構え」
不穏な言葉とともに拳を握るセレスさん。
そのとき、少年が言い放ったのです。
「ぼくが悪いんじゃない……! ヒトの心がわからない領主様がぼくたちを貧しくしてるんだ……!」
なんとも聞き捨てならないセリフ。
私はすぐに視線をあげ、そして見ました。
閣下が苦渋を噛みしめ、硬く拳を握る様を。
……これは、無視してはおけませんね!




