第三話 事情を知るために更なる視察です!
「ぼくはルー。猟師ヴァンの息子だ。今日は、毛皮を売りに来て……けれどちっとも売れなくて……」
スリの少年こと、ルーくんの訴えによれば、事態は深刻のようでした。
辺境伯領は山々に囲まれた領地。
必然、狩猟や採取と領民さんたちの暮らしは密接なかかわりがあります。
ところが今年は不猟で、獲物があまり捕れていないのだとか。
「そもそも、毛皮も、織物も、ここじゃ売れない。誰も身につけないし、使わない……他の領地へ持っていっても、辺境伯領のものだからって買いたたかれるし……生きていけないんだよ、ぼくたちは……それも、ぜんぶぼくたちのことがわからない領主様のせいなんだ!」
少年ながら弁舌をふるうルーくん。
なかなか世の道理がわかっているようで、こちらに素直に自白してくれます。
そりゃあ、衛兵に突き出されるよりはマシでしょうし、いくら賢いからと言って、私たちがその領主様だとは思わないでしょうからね。
「ずっとなんとかしてほしいって思ってきたのに、領主様はわかってくれなかった。だから、こうやって盗みでもやらないと……じつは、今度姉さんが結婚するんだ。なんとかドレスを用意してやりたくて、けど費用が工面できなくて……」
「村で盗みはしないのですか?」
「するわけないだろ! 村は仲間だもん! それに、町でやれば、すぐに村へ帰るから、追いかけられることもないし……」
やはり賢いですね。
一見して、常習犯であることを暴露してしまったような形にも見えますが、この場では同情を買うことの方が先決だと判断しているように見えます。
わずかな情状酌量のチャンスにかけて、泣き落としにかかる。
正解でしょう。
強かで、若く……けれど、だからこそ、犯罪に人生を費やして欲しくはないと、私のような人間でも思ってしまいます。
「イルさま」
閣下を見遣ると、彼は頷いてくれました。
ため息をつくでもなく、黙するわけでもなく、自由にやれと。
……さきほどセレスさんと小声で話し合っていましたから、おそらくこの事件自体、箴言に近いものだったのでしょう。
つまり、私がスリに遭うというリスクを看過してでも、従僕さんたちが閣下のお耳に入れて、危機感を共有して欲しい事柄だったと。
そう、領地の未来を憂うなにかがあるのです。
それを、私は知らなくてはいけません。
なにせこれでも、閣下の妻なのですから。
「では、ルーくん。今回のことは不問にします」
「ほんとか!」
パッと顔を輝かせる少年。
その顔の前に人差し指を突きつけて、私は笑顔で告げるのです。
「ただし、お願いを一つ聞いてください。あなたの村を、案内して欲しいのです」
§§
……国の守りの要である辺境伯が、自分の領地内であるとはいえ数日間指揮所を離れるというのは、当然そう簡単に許されるものではなく、イェルハルド閣下はたいへんな激務に追われることとなりました。
とても申し訳ない気分でいると、彼は私に、いつもの涼やかな眼差しを向け「容易いことだ、きみのため、まして我が領地のためならば」と、そう仰ってくださいます。
これには胸が高鳴るのを止められません。
頑張る誰かというのは、それだけで素敵ですね。
一応、こ、恋人ですし……!
というわけで、日をあけて出発。
ルーくんの村へと向かいました。
事前にお屋敷の図書室を利用させていただき、周囲の詳細な地形などをまとめた書物を閲覧させていただきました。
これは軍事的な意味合いから機密文章に当たるのですが、閣下は読むことをゆるしてくださって。
ヒトの心が解らないと言われた閣下が、こんなにも誰かのために情熱を燃やしている。
私は、それを領民の皆さんにも伝えたいと、強く思いました。
さて、ルーくんの村は、意外と規模の大きなもので。
水車があり、井戸も掘られていました。
人口は書面上では三桁となっていますが、古い時代のものなのでやや信憑性に欠けるかも知れません。
「本当にきたんだ、お姉さんたち……」
こちらを見つけて、ルーくんは驚いたようでした。
まあ、村の人以外は信用できないという精神状態だったかも知れないですからね。致し方ありません。
にっこりと微笑んで、「任せてください」と私は告げます。
閣下と村の中を実際に歩いて回り、産業の状態を確認します。
ルーくんの言っていたとおり、ほとんどは狩猟と採取に依存。
織物も行っているものの、山で採れる植物から繊維質を抜き出している段階で、染め物などは別の業者に委託。工程は全て手作業。
穀物などは、他の村と物々交換をしていると。
「フムム……わかったやもしれません」
「やもやも、ではないのか」
「イルさま!」
「……冗談だ。それで、改善策があるか?」
「はい、彼らの生き方を歪めないまま、産業自体を創出する方法を思いつきました。ですが」
「教えてくれ。俺はもう、きみの突飛な思いつきで戸惑ったりはしない」
では。
「付近の山や平野を散策させてください」
「なに?」
「植生を見たいので」
「……胸の奥が苦しい」
「それはおそらく、不安という感情ですね……」
というやりとりをはさみつつ、私はセレスさんとルーくんの三人で、山の中を散策して回りました。
そして、見つけたのです。
「やっぱり、自生していましたね――桑の木!」
土手沿いのなだらかな面に生えた低木を眺めながら、私は、鼻息も荒く断言します。
「ならば、やれるはずです。そう……生糸産業が!」
「なにいってるんだ、お姉さん……?」
理解不能と言った顔をこちらへ向けるルーくんへ、私は満面の笑顔を返します。
つまり、こういうことですよ。
「この地で、蚕を育てるのです」




