第八話 それでは外交といきましょう!
夜空にひゅるひゅると尾を引いて、光の球が舞い上がり。
それははじけて、綺麗な花火を咲かせます。
続けていくつも咲き誇るファイヤーワークス。
私は、閣下に抱きしめられた腕の中で、そんな光景を見上げていました。
「君が指示したのか」
ぼんやりとした様子でイェルハルド閣下が尋ねてくるので、私もぼんやりと頷きます。
「他国の要人がここにいて、前もって爆薬に転用可能な花火が誤送されているなんてことは、偶然ではあり得ませんから。なので、万が一の時のことを考えて、お屋敷で何かあれば打ち上げるようにと、副官のオーガストさんに頼んでおきました」
花火の受取先は辺境伯のお屋敷。
通常の出入りの商人では無い。
そして、さきほどの自爆。
これらを加味すれば、自ずと経緯は明らかになります。
アズラッドさんを亡き者にして、その責任を閣下に押しつけたい何者かが、辺境伯領で花火の買い付けが行われた事実を元に、セカンドプランで因縁をつけようとしていた。
上手くいっていれば、ふたりとも爆発に巻き込まれて事故死に見せかけようとした……というところでしょう。
「そうですよね、アズラッドさん?」
「ほんにようできたお姫さんやで」
背中に乗った瓦礫を払い除けつつ、爆風ではずれかけていたサングラスを戻し、アズラッドさんが口元を苦々しく歪めます。
「標的は確かにワイや。問題は、こいつらはアジフの出身ちゅーこと」
ぐったりと倒れ伏す暗殺者の集団。
まだきっちり息がある彼らを指し示すアズラッドさん。
「それは、つまり?」
「簡単に言えば、穏健派を煙たがっとる過激派がおるんや。そいつらにとっては、イェルハルドと仲良しこよしのワイが気に食わん。だから、こう考えたんやろな。せや、辺境伯の領地でワイが死んだら、イェルハルドの謀略ってとこに仕立て上げて責任問題にして、領地を素通りできるんちゃうか? とまあ、そんなところやろ」
まったくもってお粗末な話ですが。
……しかし、現実になっていたら、脅威だったでしょう。
この土地は、過去からずっと警鐘を鳴らしてきたとおり〝道〟にされていた可能性が極めて高いです。
それは一過性のものではなく、未来に渡って続くものとなったでしょう。
「アズラッド、国へ戻るか。軒下なら貸すが」
「おんどれはワイをタダで匿ってくれるほど優しくはないやろがい。ふつーに帰って、ふつーにこいつらの親玉失職させて、穏健派がアドバンテージ握るっちゅうねん。せやから、お姫さんは、こいつらを生かして活用しろゆーたんやろ」
実際、それがこちらの得られる利の半分ぐらいではありました。
しかし、アズラッドさんはバツが悪そうな顔になります。
「せやけど、おんどれはそれで落とし前とはしてくれんやろ?」
「最低限、迷惑を被った代償は欲しい」
辺境伯として、当然のことを閣下は仰いました。
なにせ、今頃下町は賑やかなことになっているでしょう。
この瞬間にも打ち上げられている花火を、何事かと思っているに違いありません。
なにかしらの理由を述べ、それに伴う実績を出す必要があります。
「最悪の場合、婚礼の祝いで花火自体は処分できる。自爆の光を偽装した、という情報はこれで漏れないだろう。だが、そうなるとアズラッド、おまえはアンリに対する土産ひとつ持参しなかったことになる。それは……俺の心中が悪い」
「閣下、それがムカムカするという感覚です」
「これが、ムカムカ……」
「なにをイチャコラしとるかしらんが、わーったわ。で、ワイはなにをすればええんや?」
面倒くさそうにこちらを見遣るアズラッドさんへ、私はおずおずと挙手をしてみせます。
「では、提案があります」
「なんや、お姫さん。ゆーてみ」
「はい! 三角貿易をする、というのはどうでしょう?」
つまり。
「三カ国をすべて巻き込んで、無かったことにしてしまうのです! 次はこちらが迷惑をかけてやりましょう!」
§§
私は世の多くを知らない、人生経験に乏しい娘です。
本を読み、口伝を受け、実践してある程度の溝を埋めることは出来ましたが、それがどの程度通用するのかには、男爵領での実績程度しかありませんでした。
だからこそ、口にしてみたくなったのです。
小さなことが、大きなものを動かす可能性を。
「辺境伯領では人手が余っています。アジフ国では水産資源が足りません。そして海に面するガリューン帝国では外貨の獲得手段が乏しい、そう伝え聞いています。これって、相互に需要と供給が見合っていると思いませんか?」
「待て、アンリ嬢。君は、まさか」
「はい。辺境伯領がガリューンより海産物を輸入し、加工。これをアジフ国へ販売する。すなわち三角貿易。国主導というのは互いに黙った状態で、あくまで民間レベルに落とし込んで実行すれば、私は可能だと考えます」
「待ちぃーや」
たまりかねたように、アズラッドさんが割り込んできます。
「つまり、なにか? うちが頭を下げてガリューンに貸しを作れと? そりゃあ、無理や。ワヤにもほどがある」
「ですので、間に閣下が入ります。家、厳密にはあくまで民間での取り引きという仕儀にします。貿易会社は、当然需要があるほうに向けて商売をしますから、どこかの国が、どこかの国に対して便宜を図ったという形にはなりません」
「しかしやな」
「それをもって、今回の襲撃と、これまで閣下とその元婚約者たちが受けてきた不当な扱いを不問にするとすれば、どうでしょうか? この暗殺者さんたちは、アズラッドさんがアジフ国側に便宜を図らせるための札に活用するということで」
もちろん、こんなことを私が言い出すのは傲慢もいいところです。
元婚約者さんたちの気持ちも、閣下の気持ちも考えていないと言われても反論できません。
しかし、これ以上の諍いを起こさず、三方を丸く収める方法は、これが最善……ではなくとも、次善であると私は考えるのです。
「いかがでしょうか、閣下」
最終的には、全てを閣下に委ねるしかありません。
伏せ目だちに彼を見遣れば、
「君は、頼りになる妻だ」
くすりと、閣下は微笑んでくれました。
「アズラッド。おまえの不始末だ。こちらも手を講ずるが、率先して動いてくれるな?」
「……おんどれ、嫁さん貰って性格悪ぅなったんちがうか? これから国に帰ってそれを説得、ガリューンへ使者を送って、水面下で交渉……ワイは自分の立場の保証も行わんとならんとなると……ぐっ、メッチャ胃が痛い」
お腹を押さえて顔をしかめるアズラッドさん。
しかし、彼は不屈のガッツで立ち上がり。
「まあ、ええわ。ご祝儀がわりに、ワイがなんとかしちゃる!」
そう、宣言してくれました。
「ところで、おんどれらはいつまで抱きあっとるんや?」
「……っ」
指摘されて、慌てて私は身をよじりますが。
そのとき、右腕に鈍い痛みが走りました。
「アンリ! 怪我をしているのかっ?」
慌てた閣下が、私の服の袖をまくります。
打ち身になっているのか、肌が黒ずんでおり。
「セレス! 誰か! すぐに医者を呼べ! 夜更けだろうと金子で叩き起こせ!」
「大丈夫です、閣下」
「しかしっ」
「本当に、大丈夫です。だって、私」
言い終えるよりも早く、打撲のあとが、薄くなっていきます。
「傷が治るのが、すごく早いんです」
「――――」
唖然とする閣下。
そして、アズラッドさんはといえば。
「聖人の血族やと……?」
サングラスを外しながら、そのようなことを、口にされたのでした。
えっと……なんですかね、それは?




