第七話 貴族としての縁談の意味です!
二つの国に挟まれたユングバリ辺境伯領は、他国から〝道〟として利用されそうになってきた歴史があります。
これは国家の大事であり、メンツと実利の問題です。
もしもどちらかの国が自由に通行することを認めれば、そちらに与したことになり。
両国に通行を認めれば、辺境伯領は実質的に紛争地帯に転落してしまうからです。
それでは、水際で争いをせき止めるお役目を果たすことは出来ません。
だからこそ、イェルハルド・ユングバリは結婚によって身を固め、跡継ぎを残し、お家を盤石にする責務を背負っていました。
「逆に言えば、〝道〟にしたい両国からすれば、辺境伯家が充実していくのはなんとか避けたいところだったのではありませんか? どうでしょう、アズラッドさん」
褐色の肌を持つ、砂塵の国の男性へ問い掛ければ、彼は、
「おう、その通りや。ほんま賢いなお姫さん」
とても気軽に仰ったのです。
いえ、軽いにもほどがありませんか?
「自白と受け取ってもよろしいですか?」
「ええで。ただし、この先を理詰めにできたらや」
「……でしたら、続けるだけです。今一度繰り返しますが、辺境伯家と縁談を結ぶことは願ってもないことです。少なくとも、貴きをよしとする貴族としては」
これをご破算にするには、相応の理由が必要でしょう。
「たとえば、懐柔策。大枚を積まれ、別の婚姻の相手を見つけられ、あるいは個人的な貿易をよしとすれば、辺境伯家との繋がりを捨てるほどの見返りが得られるかも知れません」
「ホンマかぁ? わりとふつーに見合わんやろ」
「では、こう言い換えましょうか。他国との開戦事由をうやむやに出来るなら、国家へ反することもなく、事を穏便に済ませられるはずだと」
「――――」
アズラッドさんが、口笛を吹かれました。
つまり、そういうことだったのでしょう。
「つまり、閣下の人格的な風評被害も」
「いや、それはこのクソボケの自業自得や」
「そ、そうですか」
「せやせや」
「ごほん! ともかく、です!」
アジフ国、いえガリューン帝国もでしょうか?
両者と事を構えないで済む。
見返りに利益もあるとなれば、多くの貴種は天秤を傾けるでしょう。
国家の安寧という理屈で、安全策へと。
閣下はずっと、その犠牲になってきたのです。
「いくら付き合いがたいといっても、閣下はお優しい方です。一見して冷血な魔人と評されても仕方ない態度ですし、自分の感情を言語化することが下手で、人付き合いも上手ではありませんが、尊き血に反する行動は取りません。それでも女性陣が逃げ出していくならば、なにか理由があるはずだと、私はずっと考えてきました。少なくとも、私はこんなにも大切にされていたのですから」
だから彼を信じました。
そして答えに辿り着きます。
「彼の婚姻を邪魔していたのは、両国ともにだったのですね? そしてアズラッドさん、あなたは」
この、どうにもつかみ所が無い男性は。
「同じことを閣下が繰り返さないように、忠告に来てくださった。あなた自身が仰ったとおり、友人として。違いますか?」
私の指摘を受けて、彼は。
アズラッドさんは。
「……ええ娘さんを嫁さんにしたったなぁ、もっと感謝した方がええぞ、なあ、イェルハルド」
これまでとは異なる、本当に優しそうな声で。
閣下に、語りかけたのです。
「アズラッド、おまえは」
「あー、あー、勘違いはやめや。ワイはガリューンの付けいる隙を潰したかっただけ。そいで、恋愛にうつつを抜かしとるどっかの甘ちゃん辺境伯に個人的な貸しを作りたかっただけで――」
「わかった。その続きは、あとで聞く」
アズラッドさんの言葉を遮って、閣下が再び敵意を剥き出しにします。
けれどそれは、決して目前の友人に向けたものではなく。
「この曲者どもを、叩き斬ったあとにだ」
彼が言い終えるよりも早く。
夜陰のなかから、無数の影が、飛び出したのでした――
§§
『――――』
夜の影に紛れていたのは、黒衣の一団でした。
真っ黒な衣装を着て、真っ黒な布を顔に捲き、背中にやはり黒塗りの剣を差した方々が十名ほど。
その物腰、足運び、身体の動かし方は、素人目にも鍛え上げられていることがわかります。
おそらく、暗殺者。
私が判断するよりも早く。
この場にいたプロフェッショナル全員が、動きました。
紫電一閃。
閣下の動きは、まるで地面と水平に走る稲妻。
まばたきの間に集団との距離を一足飛びに詰めて、腰の刃を抜き放とうとします。
「閣下! 生かす利があります!」
「承知」
ギリギリで私の声が聞き入れられ、閣下の抜剣は鞘ごとになって、動く間も与えずに黒ずくめをひとりたたき伏せます。
しかし、敵も然る者。
そのときには迎撃の準備を整え、全員が刃を抜き、閣下へと襲いかかるのです。
「邪魔するでー」
横合いから蹴りが飛びました。
アズラッドさんが、その上背を活かして、一団のひとりを踏みつけたのです。
この隙を逃す閣下ではありません。
さっと身を翻すと、昼間見せた圧倒的な戦闘力を万全に発揮するのです。
一見して、囲まれて不利。
いまも抜き放たれた黒い剣が閣下へと振り下ろされ、突かれ、振り上げられ、叩きつけられます。
けれど。
「六合絶圏」
そこはすでに、閣下の間合いでした。
抜き身ですら無い刃が、相手の剣をへし折り、腕の骨を砕き、打ち付けるだけで相手を吹き飛ばします。
バッタバッタと倒され、宙を舞う黒ずくめ。
あっと言う間でした。
最後のひとりのこめかみに、閣下は柄頭を打ち込んで沈黙させ、剣を腰へと戻します。
警備の誰かが気が付くよりも早く。
暗殺者を、彼は返り討ちにしてしまったのです。
ひとりの命すら、奪うこと無く!
「さて、事情を聞くか。アズラッド、尋問はどうする? 俺の方で済ませても問題は無いか?」
「……こいつらうちの――アカン!」
まだ意識のあった暗殺者のひとりが、懐に手を入れるのを見て、アズラッドさんが叫びました。
閣下とアズラッドさんが、即座に跳躍。
私はテーブルを引き倒して、そこへ閣下たちが身を滑り込ませた刹那。
夜が、赤々と照らされました。
ついで爆音。
尋常ならざる衝撃。
この身が木の葉のように浮き上がり、吹き飛ばされそうになります。
「アンリ!」
伸ばされた閣下の手が、私を掴んで。
たぐり寄せて、抱きしめて……。
それは、爆発でした。
刺客の方々が、我々ごと自爆しようとしたのです。
結果として、私たちは――




