第六話 離縁と破談の理由です!
「おんどれらを離婚させるためじゃ」
アジフ国のお偉いさん。
褐色のアズラッドさんがそう言い放ったとき。
もう、温厚な閣下の姿はありませんでした。
無言で立ち上がった彼は、周囲が凍り付くような威圧感を振りまきながら、腰の剣へと手を伸ばします。
「お待ちください、閣下」
「止めるな、アンリ嬢」
「いいえ、いいえ。しばし私にお時間をください。全てはそれからです」
そっと柄頭に手を置いて、彼を諫めると。
ずいぶんな葛藤の末に、イェルハルド閣下は深く息を吐き出して、また席に戻られました。
この様子をニヤニヤと眺めているアズラッドさんを見遣り、
「あなたも、しばらく黙っておられてください」
ぴしゃりと言ってのけ、私は母屋へ向かいます。
控えていたセレスさんがすぐに顔を出してくれたので、短くを要件を告げます。
「言付けを。辺境伯夫人としてお願いします」
「それは、どちらまでです?」
決まっています。
「日中、私と閣下が訪問した砦まで。このお屋敷で何かがあれば、即座に――を使用するように、と」
§§
すっかり日が落ちた庭に戻ると、一触即発といった様子のふたりが席に着いていました。
どちらも約束は守ってくれていたようですが、本当にギリギリです。
呼吸を整えて、向き合います。
「お待たせしました。それではアズラッドさん、改めて当屋敷を訪ねてこられた理由を伺っても?」
「なんや、さっき言ったやろ。あと、そこのボンクラ辺境伯をもう一回ぐらい諫めや。このままやとワイ、斬り殺されんで?」
確かに閣下は殺気を尋常ではないほど振りまいているので、話し合いの状況ではないといえばそうです。
致し方ありませんね……。
「閣下」
「わかっている、この感情の名は殺意だな?」
うーん、わかっていませんねー!
「領主が私的感情で暴走してはいけません」
「この男は、俺だけならばともかく、君を侮辱した。よって斬る」
「はっ。おんどれ、ワイに勝てるつもりでおるんか? こっちは武道大会で準優勝――待て待て待て、ジョーダンや、ジョーダン」
余計な口を挟んだ挙げ句、ぎろりと睨み付けられて両手を挙げて降参のポーズを取るアズラッドさん。
まったく、これでは話が進みません。
「アズラッドさん。私にはあなたの真意がわかりません。その上で、おたずねしたいことがあります」
「ワイの異性の好みか? そりゃあ、ボッキュンボンでタッパのでかい綺麗系のねーちゃんが」
「閣下に嫁いできたこれまでの皆さんも、あなたが行おうとしたような工作で、みな離別するに至ったのですか?」
しんと、その場が静まりかえりました。
「そもそもにおいて、疑問がありました。辺境伯家に嫁ぐというのは、いわば名誉です。結婚を名誉ではかるなというならば、こう言い換えてもいいでしょう。王族以外では、最もステータスとして扱われる婚姻の相手。玉の輿であると」
もちろん、これは客観的な、外面だけの話です。
実際は互いの性格、趣味、人間関係の距離感、貴族としての格、その他多くの要素が複合的に勘案されるものでしょう。
互いの心情というものもあるでしょう。
けれど、事実上破棄するなど許されない。
そういった重圧の元に成立する約束事であったことは間違いありません。
「にもかかわらず。イェルハルド・ユングバリ辺境伯は、過去に四度、女性側の方から婚姻の解消を申し立てられています。確かに閣下は言葉の選び方が不得手で、終始威圧感を放出している、理解がない状態でお付き合いすると疲れるぶきっちょなお方ですが」
「アンリ嬢、その、よく解らないが、胸が痛い」
心臓のあたりを押さえてぐったりする閣下。
知りません。
喧嘩っ早い真似をした罰だとでも思っていてください。
「ひょっとしてだが、怒っているのか」
「怒ってはいません。急いでいるだけです」
なので、さっさと筋道を戻します。
「閣下が婚約を破棄される。それはひとりの男性としてみたとき、ありえないことではないでしょう。ですが、ことは貴族社会の話。そう易々と行くものではありません。場合によっては、国軍にも匹敵する精鋭を全て敵に回すことすら意味します」
辺境伯が政敵に回る。
或いは物理的な脅威になる。
この状況を看過できるのは、王侯に限定されるでしょう。
それだって、進んでやりたくはないはずです。
「しかしながら、事実として四度、縁談は破談となっています。これが意味することは何か、私はずっと考えていました」
お相手のことも、それとなく調べたりもしました。
「腑に落ちませんでした。閣下と馬が合わないからといって蹴られるような安い縁談ではないはずです。けれど、アズラッドさん、あなたの言葉で全てが繋がったのです」
だって、隣国の使者が、わざわざ明言したのです。
離縁させにきたと。
それは、つまり。
「婚約が破断するように工作した第三者――いえ、第三国がいた。閣下は、謀略に巻き込まれ、お相手の家に捨てられた。これが、真実ではありませんか?」




