十七話ー魔法少女レイ
俺の杖から放たれた魔力はまばゆい光を帯び、レイを包み込む。
綺麗な光に包まれ、可愛らしい服を着て、敵を真っ直ぐ見据えるその様はまさしく魔法少女だ。
その相棒はきらびやかに星型の装飾が施されているが、その装いに不釣り合いなほどの大きさと重量で持ち主を困らせる大剣であった。
おかげで今までは魔法を全く使うことが出来なかったが、とうとう相棒と手を取り合い、魔法を撃つ時が来たのだ。
そしてついに、大剣”ミーティア”が振り上げられ……!
「行くわ! 降り注げ! ――スターリィ・ヘヴン!」
真っ直ぐ、振り下ろした!
――っ!
振り下ろされた瞬間、”ミーティア”から発せられたのは辺りを白に塗り替えるほどの閃光。
強烈な光に視界を焼かれ、思わず目を覆う。
しばらくして視力が回復し、目に飛び込んできた光景は――
絵に描いたような、満天の星空だった。
星空、と言っても今は夜だ。何を今更と思うだろうが、違う。
文字通り、絵に描いたような、星空なのだ。
燦々と輝く星々はどれもが刺々しい、三角形を5つ並べたような、いわゆる五芒星そのままである。それに五芒星ではあるものの、輪郭がふにゃふにゃしたりと形が整っているものは一つもない。
そして、そんな不安定な五芒星で飾りつけて俺達の頭上を覆っている夜空は、まるで画用紙の上をクレヨンで塗って出来たかのような荒い様相となっている。所々塗り忘れたのか、夜の空に似つかわしくない白い空白が目立つ。
幼い子供が描いたような、稚拙だけど、微笑ましくてどこか心温まる、そんな素敵な星空が一面に広がっている。
これが、レイの魔法か。
「ふふっ。綺麗でしょ?」
この星空の作者が、景色と同じ無邪気さを感じさせる笑顔で俺に語りかけてきた。
魔力をすべて使い切ったのか、疲れた様子でへたり込んでいる。だが、その表情は魔法を使うことが出来た喜びに満ちていて、見ているこちらまで嬉しくなった。
「ああ……綺麗だな」
俺も魔力を使い切ってヘトヘトのため、レイと同じ様な体勢で星空を見上げる。
マリネとクロを見ると、驚愕、感動と言ったような表情で空を仰いでいた。
スライムも、きっと、驚いているだろうな。
……。
…………。
で?
スライム、まだ健在なんですけど。
レイ?
「綺麗でしょ?」
うん。綺麗だよ。
で? 攻撃は? スライムもう爆発しちゃうよ? 倒さないと。
「きれいでしょ?」
……何か震えてきてない?
レイさん?
「きれい、でしょ?」
おい、まさか……。
これ……だけ?
いやいやいや、そんな馬鹿な。ねえ、そこの涙目の場坂レイさん?
「……きれい……でしょ?」
嘘だろおい。
「……ハジメ、次の作戦をお願い」
マジかよこいつ!
「お、おまっ、お前、嘘だろ!? 最強魔法願ったんじゃなかったのかよ!? これのどこが最強魔法だ! ただの出来の悪いプラネタリウムじゃねえか!」
「わ、分かんないわよ、ちゃんと最強魔法願ったはずだもん! 私だってこんな事になってびっくりしてるんだもん! あと出来の悪いって言わないで! 頑張ったんだから!」
口論開始。
「あ、あれよ! スライムのせいよ! 私の魔法に恐れをなして、暗黒結晶で無効化したに違いないわ!」
「ウソつけ! 見ろ! スライムなんもしてねえだろ! 暗黒結晶だって全く光ってねえぞ! どっちもこの状況に困惑してるだろ!」
「わああん! だってハジメがやれって言ったんじゃん! 私の魔法で頼むって! 言われた通りやったもん! 私悪くないもん!」
「そうだけどよ! 確かに俺が悪いんだろうけどよ、流石にプラネタリウムだとは思わねえだろ! 文句の一つや二つくらい言いたくなるわ! このポンコツ魔法少女!」
「い、いいじゃん! プラネタリウムの魔法だって! 私がいれば無料で見放題よ!?」
「こんな苦労してまで見たくねえよ! こちとらケツにアダルトグッズブチ込んでんだぞ!?」
「あっはっはっは!」
「笑うなあ! しばくぞ!」
俺が尻尾を逆立てながら怒りに任せてレイの頬をつねっていると、俺と同じくらい慌てた様子のマリネとクロが駆け寄ってきた。
「ハジメさん、犬型の手袋も作ってみましたわ! 肉球の感触は急ごしらえなので不出来ですが……」
「レイが一世一代の大勝負してたのに、お前は何してんだ! 魔力無駄に使うなよ! しかもこれもサイズピッタリなんだけど!? 犬耳といい、いつの間に測ったんだよ怖えよ!」
「皆そんなことやってる場合じゃないってクロ! 早く逃げるよ! スライム君、もう爆発寸前みたいになってる!」
見ると、黒かったスライムの体表は赤く染まり、プツプツと吹き出物のようなものが浮き上がっている。
あれは確実にヤバイ。
「もう駄目クロ! 仕方がないから逃げるよ! 結界があるから被害は結界内だけで抑えられると思うクロ!」
「結界の中はどうなるんだ!?」
「もちろん、食べられちゃって消失するよ! でも、食べられて出来た空間のズレによる周りへの災害を緩やかにするのも魔法少女の仕事のうちクロ! だからまずは生き残るクロよ!」
クロに急かされるままに結界の外へ避難を開始する。
俺とレイは魔力不足によりまともに走れないため、マリネとその人形にそれぞれ抱きかかえられた。
レイは、悔しそうな顔をしてスライムの方を見ている。
……少し心が痛む。あの明るいレイにそんな顔をさせてしまった。
「すまん、俺がもっとまともな、博打じゃない作戦を考えられれば、お前の魔法を活かすことが出来たかもしれない」
「え? いや、買ったお菓子置いてきちゃったなって……」
この女……。
そもそも、自分で言っておいてなんだが、お前の魔法ってどうやって活かすんだよ。プラネタリウムって……。
そう思い、八つ当たり気味に星空を睨みつけた時、
――ひとつの星が光った。
「――な」
直後、一条の光が地上へ迸り、
「――ん」
鼓膜を震わす轟音と、大地を揺るがす振動と、身体を攫う暴風が俺達を襲った。
「だああああ!?」
強烈な衝撃に俺達は吹き飛び倒れる。
衝撃は瞬く間に通り抜けていき、静寂が訪れた。
気は失っていない。
手も足も動く。
目は……暗い。おそらくマリネの身体が覆い被さっているからだろう。
自分は生きている。ということは、先程の衝撃はスライムが爆発したものではない。
なら、あの星の光が巻き起こしたものか。
動けないままそんな思考に耽っていた所、上のマリネが動き出した。
「ふう……ハジメさん、とてもいい香りでしたわよ。思わず堪能してしまいましたわ。お怪我はありませんか?」
「……おう、大丈夫だよ。ありがとう、マリネ。お礼に浄化魔法はやめといてやる。お前の方こそ怪我はないか?」
マリネは無言で親指を立て、ジェスチャーで大丈夫だと伝えながら、俺の上から退いた。……いつかマリネの傷も回復できるように練習しておこう。出来るかは分からないけど。
他の面々も起き上がり始め、辺りを見回している。
そして、暴風が吹いてきた方向……スライムの方を見た時、皆一様にして目を丸くした。
「スライムが……いねえ。てか何だあれ、地面にでかい穴が開いてるぞ……」
「まるでクレーターだね……クロね」
スライムが居た場所は今、地面に開いた大きな穴以外何も残っていなかった。
”WHS”を開き、魔物反応を調べたレイが嬉しさを滲ませた声で報告をする。
「魔物反応、なし! スライムを倒したってことよね、これ?」
「そう言えば暗黒結晶の、魔力を引っ張られるような感覚も……なくなっていますわね」
言われてみれば、確かに暗黒結晶の独特の感覚がない……こともない。この微妙な感覚は残滓だろうか、ともかく薄れているのは確実だ。
「じゃあ……俺達の……勝ち?」
「「「やったあー!!!」」」
なんだか拍子抜けというか、訳もわからないままスライムと暗黒結晶を倒すことが出来たようだ。
まあ、スライムの方もレイの魔法に拍子抜けしていた所を突かれた、といった感じかもしれない。
思い返せば、最後の爆発しそうな時以外にスライムと暗黒結晶がアクションを起こしたのは、クロに直接触られた時と”タイふろしき”を被せられて封印されそうになった時だ。
もしかすると、暗黒結晶に願っていたのは外部の脅威に対する生存本能的な拒絶であり、スライムの思考による願いではなかったのかもしれない。
なので、レイの魔法によって星空が展開された時は、それ自体は驚異ではないため何もせずにいた。その後の本命である光線は驚異ではあったが、それを察知した時には既に遅かったという事なのだろう。
もし、スライムが思考をする魔物であったなら、結末は変わっていたかもしれない。
まあ、理屈はどうでもいいか。スライムはもういない。俺達は勝った。それでいい。
仲間たちは勝利に喜び、無邪気にハイタッチし合っている。
俺もそれに混ざろうとレイにハイタッチを……する途中で手首を掴まれた。
「ハジメハジメ、最後の光、見たわよね? あれって私の魔法よね? 私のイメージ通りだったし!」
「お前のイメージは知らないけど、多分そうだろ。お前が魔法で作った星空から降ってきたんだから」
俺の言葉にレイは鼻息荒くし、とびきり憎たらしい顔を作り
「やったー! 私の魔法だわ! 私の魔法が活躍したんだわ! これで名実ともに魔法少女ね! でもあれあれえ? 誰かさんは私の魔法は出来の悪いプラネタリウムとかポンコツとかボロクソに言ってくれたわよね? でも結果はご覧の通り! 一撃で暗黒結晶を破壊できる超強力な魔法でした! ほら何か言うことあるんじゃない? 僕が間違ってましたしゅみましぇんでしゅたって、泣きながら鼻水垂らして震えつつ平伏して崇め奉りなさい! あっはっはっは!」
前世でどんなことをすればここまで憎たらしくなれるんだろうか。
まあ、先に罵ったのは俺の方だ。
この魔法は攻撃開始まで遅すぎるという文句もあるにはあるが、レイはちゃんと魔法で倒してくれた。素直に謝ろう。
そう思い、謝ろうとした時、再び星空から光が――!
「へごぶっ!?」
空から放たれた光が、使用者であるレイの顔面に炸裂した。レイは3m程吹っ飛び、動かない。天罰覿面、か?
幸いなことに、スライムに降った時のような衝撃波には襲われず、強い風が吹いた程度だった。
遠目で確認した所、レイは呼吸をしているため、生きているようだ。念の為回復魔法をかけて……魔力が足らなかった。まあ、レイだし大丈夫だろう。
ここで、俺達の一連の流れを見ていたクロが震えながら俺を糾弾した。
「ハ、ハジメちゃん……。いくらレイちゃんがぶっ飛ばしたくなるくらいに調子こいていたからって、ホントにぶっ飛ばさなくてもクロ……。この外道……」
「い、いや違う! 俺じゃない! 確かにちょっとざまあみろって思ったけど、俺じゃないって! 空からまた光が……っ!?」
身の潔白を証明しようと、空を仰ぎ、とある事に気がついてしまった――。
星空が、まだある。
まさかこの魔法……!
「マリネ、今すぐレイを人形で担いでくれ! 全員で結界の外に逃げるぞ! このままだとレイの魔法に殺される!」
「「え!?」」
驚くクロとマリネ。それはそうだろう。仲間の魔法に殺されると言っているんだから。
だが、俺の言ったことは正しいだろう。なぜなら、
レイの魔法は、
スライムを倒したのに、光が降ってきた。
光は、使用者であるレイにも襲いかかった。
レイは倒れたというのに、星空は消えていない。
ということは、
「レイの魔法は範囲内の奴に無差別に降り掛かってくる! 使用者だろうとな! それにまだ星空があるってことはこの無差別魔法は終わってない! 加えてレイが気絶しても終わってないってことは、マリネと同じで込められた魔力を使い切るまで消えないんだ! だから止める術がない! このままだと光の餌食だ! 分かったら結界の外まで逃げるぞ!」
「「――っ!!」」
危機が迫っていると理解し、迅速に行動に移る。
マリネは人形を使い、自分の魔法でダウンしたレイを担ぎ上げて、逃走を開始。
続いてマリネが俺を担ごうとするも、
「いや、俺はいい。走れるくらいには回復してる。俺よりクロを持ってってくれ。飛べるくせに鈍いから。結構体重あるし」
「分かりましたわ。確かにクロさん重いですし、ハジメさんまでは無理ですわね。重いクロさん、行きますわよ!」
「悪かったクロね! でもマリネちゃん、お願いクロ……」
そうしてレイの魔法からの避難作戦が始まった。ただの全力疾走とも言うが。
俺達が走り出したのを合図に、星空から光が次々と降り注ぐ。
降り注いでいる光の正体は、雑に塗られた夜空に浮かぶ、これまた雑に描かれた五芒星。
……なるほど、たしかにコレは最強魔法だ。
レイが願った魔法とは――隕石魔法だった。
……こういうのって普通、味方にはノーダメージじゃないの?




