十六話ー仲間
なぜ気が付かなかった……!
暗黒結晶は願いを叶える宝石。
なら、スライムだって何かを願う可能性があるじゃないか……! 例えば、封印から逃れたい、とか。
スライムが一切動かない習性だったため、失念してしまっていた。
「ど、どうして封印がクロ!? ちゃんと包んだのに!」
「……あの風呂敷は、包んだものの魔力活動を停止させて、封印するんだろ? なら、魔力活動が停止する前に内側から強引に破ったんだろ。なんせ万能の力だ」
それと、おそらくは魔物と一体化した暗黒結晶だったことも封印が破られたことに関係がありそうだ。
クロが言っていたが、本来の用途は魔物を縛る用のもので、暗黒結晶の封印はその機能を流用して行うものだと。
魔物単体なら封印を破るほどの力はなく、暗黒結晶単体なら封印を破る身体と意思がないため、封印可能であった。
しかし、封印を破る力も身体も意思もあるなら――封印はできないのだろう。
あのアイテムは、魔物と一体化した暗黒結晶というイレギュラーに対応できるように作られてはいなかった。
いや、理屈はどうでもいい。現に今、封印は破られている。
絶望的な状況。
このままではスライムが爆散し、周囲の空間を、人々を食い荒らしてしまう。
――無理だ、どうしようも……
「ハジメ、次よ!」
「ええ、まだ諦めるには早いですわね」
「ハジメちゃん、あのスライム、封印の影響かわからないクロけど、色が赤から透明に戻っているよ。多分、爆発まで少しだけ時間が伸びてくれたんじゃないかなクロ」
……!
俺が諦めかけているというのに、皆はいつもと変わらない明るい調子でいる。
俺以外は勝利を微塵も諦めていない。
「もう博打でも何でもやっちゃいましょう! やらないよりマシよ! それに私、運が良いからきっと大丈夫よ!」
「レイさんあなたこの前、ゲームのガチャで大爆死していませんでした? まあ、私は単発で引きましたがおほほのほっほー」
「ハジメえええ! この女をついでに地獄に落とすような作戦を考えて!」
こんな時でもこいつらは変わらないのか……。深刻な状況だっつうのにこの馬鹿共は……。
……いや、このチームは馬鹿なのが正常なのかもな。俺も結構馬鹿だしなあ。
馬鹿に絶望は似合わない。
心も身体も軽くなり、立ち上がる。
実は――打開策は、ある。
けれど、博打すぎて流石に躊躇していた。
まあ、やらないよりマシ、だ。どうせなら当たって砕けてやる。
俺は挑発的な笑みを作り、レイに問う。
「レイ、お前、自分の魔法に自信はあるか?」
「――もちろんでしょ!」
力強く頷くレイ。根拠なんてないくせにな? よく言ったもんだぜ。
だが、迷いを振り切るには充分だ。
よし、決まった。
「ハジメさん、まさか……」
「おう、マリネは人形を一体操りながら自分も動けるか? 多分、俺とレイは魔力がすっからかんになって動けなくなるから、場合によっては守ってくれ」
「ええ、まあ何とかできますわ。……ハジメさん、本気ですのね?」
ああ、そうだ。
「これから、レイの魔法でスライムを暗黒結晶ごと破壊する」
実にシンプルな作戦だ。
ただ、問題点はいくつもある。
早速、クロから指摘がきた。
「でもでも、レイちゃんの魔法って”ミーティア”を振らないと発動しないんだよねクロ?」
「俺がとびきりの強化魔法を、ありったけの魔力を込めてレイに放つ。大剣を振れるくらいの強化をするんだ」
魔法少女に成り立ての時とは違って、強化魔法も使いこなせるようになってるからな。いける。
「そもそも、レイさんの魔法で壊せるのでしょうか?」
「いけるだろ。よく考えろ、あの場坂レイが願った魔法だぞ? 世界崩壊するレベルのトンデモ魔法に違いねえ」
「そうよ! 最強の魔法を願っといたから! でもハジメ、あとで文句があるからね、覚えといてね」
うむ。やはり、博打でしかない作戦だな。
大剣を振れるほど強化できるか分からないし、レイの魔法も暗黒結晶を壊せるほどの威力かどうかも分からない。
それに、スライムが再び暗黒結晶を使って台無しにしてくる可能性もある。
しかし、やれるだろう。俺達は絶望的な状況には陥らない。
なんせ絶望が似合わない奴らだ。絶望だってお断りするだろう。
やってやる。やってくれる。こいつらなら。
「ふう、わかったクロよ。正直、ヤケクソだけどね」
「何を言う。ご主人様達を信じろよ、使い魔。あと、魔力回復アイテムの準備も頼む」
「分かったクロ。それと、一応ボクのほうが上司なんだよ?」
マジかよ。
「ハジメさん、準備、出来ましたわ」
「おう、レイの魔法の規模によっちゃ俺達を抱えて逃げてくれ」
「その際、ハジメさんのお尻を触っちゃってもいいですわよね?」
「どんどん触れ。触る度に浄化の威力が上がるからな」
「まあ、ぶっちゃけそれを期待している節も……」
マゾかよ。
準備を終え、倒れた”ミーティア”の柄を握るレイに話しかける。
「レイ、準備はいいか?」
「ええ! ハジメ、任せたわよ!」
「ああ、任せろ。だから、頼むぞ、レイ!」
強く頷き合い、最後の作戦を開始する。
まず最初にすることは、枯渇した魔力の回復だ。
「よし、クロ! 魔力回復アイテムをくれ!」
「おお、とうとう使うクロか……! じゃあどうぞ! この”ワンだふる・ZYK”を使えばすぐにでも元気になるクロ!」
そう言ってクロがポーチから取り出したのは白い……うちわ? はたき? いや、毛か?
何かもふもふしているものを束ねている部分から、丸いビーズのようなものが数個連なっていて、さらにその先に薬莢のようなものが取り付けられている。
想像していたものとは全然違う。飲み薬のようなものだと思っていた。
「変な形だな? それに名前も何か、今までと違って著作権的なものが危ない感じでも下ネタでもないし……。まあいいや、どうやって使うんだ?」
「お尻に挿して使うんだクロ」
なんて?
「お尻に挿して使うんだクロ」
どうして?
「この、先端の部分が魔力回復効果のある座薬になってるんだ。だから、お尻にこの部分を挿れると効果が出るよクロ」
……ああ、ZYKってZaYaKuの略か。なるほどなるほど。
――深呼吸をし、肺に沢山空気を入れてから、胸に溜まった思いとともに一気に解き放つ。
「使えるかああああぁ! そんなもん! 屋外でよぉ! 仲間の前でよぉ! 何がワンだふるだ! ぶっ飛ばすぞ!」
「いやいやいや、気持ちはわかるけどクロ、効果は確かにあるクロよ!」
俺の全力の拒絶に、半笑いになりつつも説得するクロ。
「つうか何でそんな使い方なんだよ!? 飲み薬とかに出来なかったのか!?」
俺のまっとうな疑問に、クロは少し気まずそうにしながら座薬になった理由を話す。
「いや、実はこのアイテム、効力は確かなんだけど、依存性が高いらしくてクロ。だから、乱用しないように……その、恥ずかしがって使いにくくするためらしいよ?」
確かに座薬なんて戦闘中ってか屋外で使わないもんな。錯乱したと思われるわ。
屋内、というより自宅ならまあ別に構わないが、そもそもそんな所で魔力不足に陥るような事にはならない。
必然、このアイテムを使うのは魔物との戦闘がある外になるだろう。そこで使うのをためらわせるように設計したのか。
なるほど、理由を教えてもらえば納得……出来るか!!
「じゃあこの白い毛はなんだよ!? 座薬がメインなら普通の形にすればいいだろうが!」
そう。座薬であるなら座薬部分だけで良い筈だ。これではまるで……。
続く質問に次はマリネが答えてくれた。
「ああ……。それは、流石に野外で座薬を挿れるのは可哀想ですから、せめて挿れた後は可愛くなるように、その毛がちょうど尻尾に見えるように設計したって聞いたことがありますわ」
「そんなとこでクソいらねえ気遣いしやがって!! おかげでいかがわしいアイテムになっちまってるじゃねえか!! 別の方向で癖になっちまったらどうすんだよ!」
設計者は絶対イカれてやがる! ていうかセクハラにも程があるだろ! もう一度言うが何がワンだふるだ! 犬の尻尾だからか!? シメるぞ!
「……まさかアレを使う人を見る日が来るとはねぇ……。私じゃなくて良かった……ホントに」
「ええ……心底そう思いますわ。ですが、案外ハジメさんに似合うと思うんですのよ。小さくて可愛いですし、犬耳もつければさらに……いいですわね。人形作成を応用して作ってみましょうか」
俺が喚いているのをよそに、野次馬気分でしゃべっているレイとマリネ。あとそんなもん作んなくていい。
それより、その口ぶり……。
「……なあ、お前ら、ひょっとして、魔力回復アイテムがどんなモンなのか知ってたのか?」
「「「うん」」」
……。
「ちょい前のスライム退治作戦の時に話題がちょっと出たよな? その後にも魔力回復アイテムを使うから準備してくれとかも言ったよな? そん時にさ、使い方がアレだからオススメしないよとかさ、忠告しなかったのは……何でだ?」
俺の頼れる仲間たちは、全員で俺を指差し――
「あんたの」
「あなたの」
「君の」
「「「悶え苦しむ姿が見たかったから」」」
「てめえら覚えてろよこんちくしょうがああああああああ!!!」
クソッタレ! 何で俺がこんな目に! スライムに入れられた恨みか!? じゃあスライムが悪い! ぶっ潰してやる!
ああ、もういい、もうどうでもいい、どうせやるしかなかったんだ! ヤケクソだ! やってやる!
「貸せ! これを尻の穴に挿れりゃあいいんだよな!?」
「そ、そうクロ。表面のテープを剥がした後、ゆっくり挿れるんだよ」
クロから”ワンだふる・ZYK”を受け取り、スカートは履いたままでパンツだけを脱ぎ始める。
これよく考えたら挿れた後、尻尾が邪魔でパンツ履き直せねえ! ってことはこの後ノーパン!? 俺の身体にはおいなりさんいらっしゃるんですけど! ブラブラするんだけど!
もういい、深く考えるな! 時間がないんだ、そう、やるしかないんだ!
下着を脱ぎ終え、座薬部分の表面テープを剥がした。すると、何かの魔法なのか、表面にぬるぬるした液体がまとわりついた。潤滑油的なものだろうか。
謎の技術力の高さに腹立ちつつも、座薬を入れやすいように四つん這いになる。
と、自分に注がれている視線に気がついた。
「お前ら、見てんじゃねえ! 俺の痴態を! 見るな、見ないでくれ! 後生だから!」
そんな俺の懇願にレイは
「い、いや、流石に……頑張ってくれてる……ふふっ、のに目をそらすのも失礼かなって……思ったのよ……ぷふっ」
「ならお前も頑張って笑いをこらえろ! 畜生!」
仲間の視線の事も無理やり意識の外に追いやって、座薬を肛門付近に当てる。
感触で位置を確認してから、狙いをつけて、深呼吸をし、覚悟を決めて、ゆっくりと座薬を挿ああああああ!?
今まで出す感覚しか経験してこなかった部位が、初めての外部からの刺激に得も言われぬ……いやどうでもいい! こんなもん言いたくないわ! さっさと奥までいけ!
慣れたくない感覚にうろたえつつも”ワンだふる・ZYK”をなんとか挿れ終えた。
「はあ……。よし、終わった。……ん?」
効果が終わるまでは誤って外れないようにと、尻尾を掴んで押さえようとしたら、また知らない感覚に……掴まれたような感覚に襲われた。
尻尾を掴んだ時に、その感覚に襲われた。ということは、尻尾が身体の神経とリンクした、ということだ。
……試しにお尻の穴辺りの筋肉を動かす――尻尾を振るようなイメージで――と、尻尾が、ぶんぶんと動く感覚があった……。
本当の尻尾はお尻の穴から生えてるわけじゃねえのに……なんでそことリンクしたんだ……。いや、このツッコミもずれてるな。なんだよこの道具!
動いてる自分の尻尾をおそるおそる見てみると、青い尻尾が嬉しそうに揺れている。
……挿れる前は白くなかったか? あ、俺の髪色に合わせて変色したのか。凄いなコレ。この尻尾、座薬部分より気合い入れて作っただろ。なんなんだよこの道具!
ここまで完璧に繋がってるなら外れる心配もないだろう。
俺は座薬によるショックで震える足を叱咤し立ち上がった。
そして、とっくに笑いをこらえきれなくなって大爆笑している仲間の元へ戻る。
俺が準備完了を告げる前に、目を血走らせたマリネが何かを持って駆け寄ってきた。嫌な予感しかしない。
「ハジメさん! 犬耳、なんとか作成できましたわ!」
「ホントに作っちゃったのかよ! お前その力、他に活かす所あっただろ!」
ご丁寧に色は青だ。
せっかくだから装着する。
さすがに神経はリンクしていない。
――そろそろだ。
遠くにいる待ち人を見遣る。
スライムは、やはり変わらず不気味に佇んでいた。随分待たせたな。本当に。
ようやく、終わらせられる。
マリネが鼻血を吹き出して倒れているが構わずレイに向き直る。
もうシリアスな空気とか全て台無しだが、それは目的を達成するためには必要な犠牲だった。
対価は、強化魔法に必要な魔力。
――魔力は、十分すぎるほどに、身体の内で滾っている。
「……始めるぞ」
かつてないほどに集中し、イメージする。
イメージは、レイの腕を強化する……いや、レイが大剣を振るっている姿を思い浮かべた。
魔法を使っているうちに気がついたことだが、魔法は自分のイメージや精神状態に左右されやすい。
より具体的に、より自信を持って魔力を込めると魔法の出来も上がる。
だから、自分が見てみたい、叶えたい光景を魔力に乗せ、”マジカルジュエル”に送り続ける。
「レイ、ここまでやったんだ。だから、絶対――暗黒結晶をぶっ壊してくれよ!」
そして、杖に流れる魔力の充填の完了を感じ取り、俺はレイに全てを託した。
レイは俺の強化魔法を受け取り……
「あっ! そう言えば魔法の名前考えるの忘れてた! どうしよう!」
お前はホントもう! バシッと決めてくれよな!
……尻にいかがわしいアイテムぶっ挿してる俺が言うのもなんだけどな。




