十五話ーナイト・オブ・ザ・リビングドール
スライム退治作戦の第一段階は、マリネの人形によるスライムの体積削りだ。
マリネは目を閉じ手を重ね、祈るような姿勢で魔力を溜めている。
深く息を吐いた後、カッと目を見開き、魔法を唱えた。
「皆さん、行きますわよ! ――踊り狂え! ナイトメア・マリオネット!!」
唱えた瞬間、マリネの身体から濃密な魔力が溢れ出す。
溢れ出た魔力は周囲一帯に広まった後、土に溶け込むようにして消えた。
……何も起こらない。
昼間に人形を出したときのように、光の粒が人形になるのかと思っていたが、光の粒さえ出ていない。
が、何かが起こる予感が、いや、悪寒がする。
「気をつけてくださいまし! 下から来ますわ!」
マリネが叫んだとほぼ同時、下から――地面の中から、何かが大量に生えてきた。
その何かは棒状のようなもので……あれは、人の腕だ。
腕は地面を掻き毟るようにしてもがき、やがて頭が、胴が、最後には足と地面の中から這いずり出てきた。
スライムを囲うようにして出現したその数は……30体といったところか。
地面の中から出てきた人形は、やはり持ち主であるマリネに似ているが、昼間とはまた違った威容を見せている。
前かがみのもの、直立しているもの、千鳥足のもの、逆立ちしているもの、ブリッジしているもの、這いずっているもの、身体の一部が欠損しているもの、何かを嘔吐しているもの……等々。
それらは獲物を探す様に、妖しく輝く紅い瞳を動かし、御馳走のマリネを捉えた途端
「オオオオオオオオオオオ!」
「がアああアアアアああア!」
「キシャアアアァァアァア!」
各々、身も凍るようなおぞましい咆哮を轟かせた――!
「――っマリネぇ! 早くスライムの中に逃げろ!!」
「ひいいいっ! ド、ドドドドドール・ダイブ!」
涙目になりながら足早にスライムの中の人形へ転移するマリネ。正直俺も涙目です。
昼間でも中々ショッキングな姿だったが、夜だとよりゾンビらしさに磨きがかかっている。なんなんだよお前の魔法は!
しかし、見た目が変わっても習性は変わらないようで、マリネの魂が転移するとマリネ本体には目もくれず、スライムの中の人形へ一斉に襲いかかり始めた。
しかしその性能は昼間とは違い、スピードが段違いで速い。だって走ってるんだもの。キレイなフォームで。
中には逆立ちしていたり、下半身がなくて這いずっているゾンビもいたが、それは些細なことだとでも言うように、もの凄い勢いで奇声を上げながら疾走している。
猪突猛進の勢いでスライムの前へ着いたゾンビ達は、勢いを衰えさせることもなく、そのままスライムを――喰らい始めた……!
よし! 目論見通りだ!
中のマリネを頂くには、スライムが邪魔になるため、それを喰らって排除する。その性質も昼間の時とは変わっていないようだ。
……まあ、食べずにスライムの中を泳いでマリネに着いちゃうって可能性もあったんだけどね。言わなかったけど。まあ、成功したからいいだろ。言わぬが花だ。
ゾンビ達がスライムを喰らい、みるみるうちにスライムの体積を減らしていく。
その速度は予想よりもずっと早く、油断していると丸ごと平らげてしまいそう……って早い早い! もうマリネに届きそう!
「ハジメちゃん! もう封印可能サイズだよクロ!」
「分かった! マリネ! 戻ってこい!」
俺はマリネ本体の顔を上げ、スライムの中にいるマリネを帰還させる。
魂が入った身体が揺れ、帰還したマリネが一息つく。
「スライムの中って案外いい感じでしたわよ。ぬるぬるも慣れてしまえば気持ち良いですわ」
「戻って開口一番がそれか……。まあ、お疲れさん。休んでてくれ」
ともかく、これで作戦の第一段階は成功。次は俺とレイの番だ。
「よっし、出番ね! 派手に行きましょう!」
「おう! レイ、新技の仕込みは済んでるよな?」
「もちろん!」
レイと拳を合わせ戦闘態勢に入った。
マリネの魂が移ったことにより、ゾンビ達は標的をスライムの中の人形からこちらへ変え、スライムを迂回して向かってきている。
俺とレイがマリネを守るようにして立ちはだかるやいなや、ゾンビ達に敵と見なされ、殺気を全身にぶつけられる。
冗談みたいなマリネの魔法だが、殺意は本物だ。しかし、怖じ気づく訳にはいかない。
自分の頬を叩いて気合を入れ、レイよりも先に俺が一番槍を務める。
相手は数でも質でも上だ。なら、短期決戦しかない。先手を取って一気に決めよう。
魔力の充填は済んでいる。あとはイメージし、撃つだけだ。
イメージは、点ではなく、面。
ゾンビを個別に狙うのではなく、周囲の空間を、いや、もう少し範囲を絞って……足元の地面を狙い――
「喰らえ! ヒール・グレネード!!」
俺が撃った魔法は地面に着弾した瞬間に爆散し、周囲に浄化の魔力を撒き散らした。
爆風をまともに食らったゾンビは即浄化され、余波を食らったゾンビも足が消滅し、機動力が大幅に減衰……あんましてねえな。
足がなくなっても、腕だけで地面の上を泳ぐようにして進んだり、身体を蛇のようにうねらせて向かってくるものもいる。気持ち悪っ。
だが、それでも構わない。機動力を奪うために足元を狙ったわけではなく、下半身を消失させるために狙ったので目的は達成している。
その理由は、次の一撃は相手が地面に近ければ近いほど効果があるからだ。
「レイ! 今だ! ”ミーティア”を出せ!」
「分かったわ! 吹っ飛べ! ミーティア・マイン!!」
レイが”ミーティア”を呼び出した瞬間、地面から大剣が土煙を上げて突き出てきた。
ゾンビ達にとっては完全な不意打ちとなり、避ける間もなく直撃し、胴体を裂かれるどころか粉々になって砕け散っていく。
中々に凶悪な威力だ。
この技は、あらかじめ地面の中に”マジカルジュエル”を埋めておき、標的が上を通過した瞬間、”ミーティア”に変化させ、地上にいる獲物を貫くというものだ。
ミーティア・ストライクやミーティア・シュートとの違いは、意識が向きにくい下方からの不意打ちであることと、大剣が出る前に宝石を弾かれて不発に終わるのを回避出来ることである。
新技ミーティア・マインの後にも俺達の攻撃は続く。
突如出現した大剣にゾンビ達が気を取られている間に、俺とレイはすかさず”ミーティア”に近づき、全力で押し倒す。
”ミーティア”はその大きさに見合うかなりの重量ではあるが、今は細い柄を支点にして屹立している状態であるため、簡単にバランスを崩すことが出来た。
バランスを崩した大剣は重力が促すまま殺意を持った鉄塊となって倒れ、逃げ遅れたゾンビ達を容赦なく押し潰す。サンキュー重力センパイ。
「あっ! 今の技の名前考えてなかったわ! もっかいやり直したい!」
「どうでもいいわ! まだ終わってないんだから気を抜くな! これで、生き残りは……6匹!」
かなりの数を減らすことに成功したようだ。想定よりかなり上手く行っている。
残った奴はふらふらと歩いて散らばっているため、まとめて処理がしにくそうだ。
それならば、レイと俺の単体向け浄化魔法でチマチマと……待て。
歩いている? 足を浄化したのにか?
前衛のため俺よりゾンビに近いレイが、いち早く異常に気がついた。
「ハ、ハジメ! このゾンビ達、上半身と上半身がくっついてる! 上と下に頭があるんだけど! 怖いんだけど! 帰りたい!」
なんて奴らだ。
足を浄化されたゾンビ達は、互いに残った上半身同士を結合させ、擬似的に下半身を作り出していた。もうやだこの魔法!
擬似的に下半身となっている下のゾンビは、腕を器用に動かして見事に足の代わりを務めている。
それが6体。2体で1体となっているため、残ったゾンビの総数は12体ということになる。
しかし、臆していても事態は良くならない。
「とにかく各個撃破だ! レイ、俺が手前のゾンビを浄化するから、その隙に倒れた”ミーティア”を回収してくれ! マリネは俺達にゾンビが集まりすぎないように、適度に誘導してくれ!」
「了解!」
「分かりましたわ! 人形を引きつければいいんですわね!」
いや確実にあれはゾンビだよ。最早ゾンビとも言えないモノになってるかもだけど、少なくとも人形なんて可愛らしいものではないぞ。
よし、戦闘再開だ。
早速、俺は手前のゾンビに向かって浄化魔法を放つ。
が、
狙われたゾンビは膝を、今は腕をかくんと曲げ、後頭部を地面に叩きつける勢いで上半身を逸らし、地面にぶつかる直前に上半身の腕で着地して俺の浄化魔法を回避した。
それだけでなく、今度は着地した上半身と入れ替わるように下半身が起き上がり、下方から掬い上げるようにしてレイに襲いかかる。
「――っおっと!」
不意を打たれたレイはそれでも反応し、ゾンビの引っ掻き攻撃を半歩退いて回避した。
レイはそのまま流れるような動きで腰を深く落とし脇を締め、拳を強く握り――
その動作を見たことがあった俺は、レイがしようとしていることを察知し、咄嗟に強化魔法をかける。
「トゥインクル・ストレート!」
ギリギリで強化魔法が間に合い、強化されたレイの拳がゾンビに炸裂した。
渾身の正拳突きが直撃したゾンビは、仰け反るどころか大きく吹き飛ばされて、軌道上に居たゾンビを1匹巻き込みつつ地面に叩きつけられ、それでも勢いは止まらずに数メートル転がった後に動かなくなり、巻き込んだゾンビごと消滅。
レイが魔法少女にあるまじき肉体的な強さを発揮しているのもあるが、俺の強化魔法も魔法のコツを掴んだ今ならかなりの効果があるようだ。
驚いていたのはレイも同じようで、自分の両手を見つめてわなわなと震えている。
「す、すごい……これが私の真の力!? 今ならカメハメ砲も撃てる気がするわ! 場坂無双の始まりよ! うおおおおお!」
なんか馬鹿なことを言ってゾンビ達に特攻するレイ。いや、そうじゃなくて!
「アホ! お前は”ミーティア”を回収しろって! 数で不利なんだから無理だって!」
「わあああああっ! 足に絡みつくのは卑怯よおお! ハジメええええ! 助けてえええ!」
俺の忠告虚しく、あっという間にゾンビ達に組み敷かれてピンチに陥るレイ。
まあ、おかげで手間が省けたよ。
レイがヘイトを集めてくれたおかげで一箇所に群がっていたゾンビ達をまとめて浄化する。
これで全滅させたはずだ。
ふう、なんとかなったな。プランBにならなくてよかった。
ちなみにプランBとは、ゾンビ達の始末をせずにスライムを封印するという作戦だ。
実を言うと、ゾンビ達は俺達が処理しなくても良いのだ。なぜなら、ゾンビ達は邪魔をしない限りはマリネしか狙わないためである。
なのでスライムの体積を減らした後、ゾンビ達をマリネになすりつけて、残った俺とレイとクロでスライムを封印すれば結構スムーズに終わるのだ。後はマリネが朝まで逃げ切れば、朝日を浴びてゾンビ達は消滅する。うむ。実にスマート。
ただ、流石にマリネが可哀想だし、俺がクソ野郎と罵られそうだったため、このプランBは見送っていた。
まあ、スライムを食うのに時間がかかったり、ゾンビの処理が難しいようだったらプランB発動だったけどね。言うと怒られそうだからナイショだぞ☆
幸いなことに特に滞りなく作戦は進み、ゾンビ達はもう残っていない。
唯一危ない目に遭い、九死に一生を得たレイが半べそをかきながら戻ってきた。
「うう、ぐすっ……。ありがとうハジメ……。食べられちゃうんじゃないかと思って怖かった……」
「あんま無茶すんなよな。……うわ、歯型ついてんぞ。……感染とかしないよな?」
「もしレイさんが感染したら、浄化仲間が増えますわね、うふふふふ」
とりあえずレイに回復魔法をかけ、全員無事なことを確認する。
俺の魔力の残量はほとんどない。身体はだるいが、目眩が起こるほどでもないため魔力回復アイテムを使わなくてもいいだろう。
これで作戦の第二段階は終わった。
何か、敵であるスライムより余程苦戦したような……。仲間の、魔法、なんだよな?
まあいい。締めにとりかかろう。
「クロ! 邪魔者はいなくなった! 封印の準備は出来てるか!?」
「OKだよクロ! さあ皆、この”タイふろしき”の端っこを持ってクロ! あのスライムに被せるよ!」
クロに言われた通り、俺達は風呂敷の端と端を掴み、ゾンビに食われまくってすっかり小さくなってしまったスライム――少し赤みがかっている。爆発が近いのだろうか――に被せた。
風呂敷はスライムに覆い被さった途端、淡い光を放ちながらひとりでにスライムを包みこむ。
スライムを包んだ後はどんどん縮小していき、人より大きかったサイズが最終的には手提げ袋ほどの大きさになった。
そして、風呂敷が放っていた光が次第に消えていく。
「……終わった、のか?」
「うん、封印成功クロ! みんなカッコよかったクロよ!」
作戦が無事成功したことを告げられ、一気に肩の力が抜ける。
張り詰めていた緊張も解け、虚脱感に襲われた。……確かな、達成感と共に。
レイとマリネも俺と同じような気持ちらしく、疲れ果てた表情の中にも嬉しさが滲んでいる。
「いやあ、この勝利はハジメのおかげよ! ……スライムの中に入れられた事も含めてね?」
おっと?
「そうですわねえ。わたくし、今日のことは一生忘れたくても忘れられない素敵な思い出になると思いますわぁ……うふふ」
おや? なんで二人して俺の肩をがっちり掴むんだ? 逃げられないじゃないか。
「そう言えば、ボクもぶん投げられて入ったけどクロ、ハジメちゃんだけは入ってないクロよね? そんで、この作戦を立案したのはハジメちゃん……あれー?」
クロが俺の肩に乗ってわざとらしいとぼけ顔で問い詰める。
……。
「……アレだ。まだ終わってないぞ。結界で、あの、修復しないと駄目だろ? ほら、俺やり方わかんないから、お前らやってくれ?」
「んふふふ。時間は延長したし、まだ大丈夫クロよ?」
「そうよ? 祝勝会と言う名の粛清の時間はたっぷりあるわ」
「ここは人気もありませんしね……ど、どこまでやっちゃっていいんですの? はあ……はあ……」
……。
マリネだけは消さねば……。
と浄化魔法を構えた時、何かの音が俺の耳に届いた。
ビリ、とか。プチ、とか、まるで何かが破れるような……。
音が聞こえてるのは俺だけではないようで、レイ達も音の出処を探している。
耳を澄まし、音が聞こえてくる場所を……”タイふろしき”……だと?
その中には、封印したスライムと――暗黒結晶がある。
――!!
俺が見落としていた重大なことに気がついた瞬間、”タイふろしき”が弾け飛んだ。
弾けた破片が飛び交う中、変わらぬ姿で佇んでいるのはやはり、スライムだった。
中の暗黒結晶を、妖しく輝かせて。




