十四話ー作戦会議
「……すまん、正直、欲に目がくらんで冷静な判断が出来なかった。お前らから暗黒結晶を奪うんじゃなくて、ちゃんと話し合わなければいけなかった」
「それを言うなら私だってどうかしてたわ……。マリネが敵にしか見えなくて乳をもごうとしちゃった。本当ごめん」
「いえいえ、非があるのはわたくしも同じですわ。レイさんはうら若き乙女だと言うのに鼻フックを仕掛けてしまって申し訳ございません」
俺達はそれぞれの反省点を述べる。
反省はまだまだある。
「そもそも、場をうまく収めるなら、最初からクロに頼んでスライムを消して貰えばよかったんだ。魔物討伐で業績を稼ぐにも、倒せなければ意味がないからな。ちゃんと理屈は通せたはずなんだが……」
「いや、その時のボクは冷静さを欠いていたから、まともに応じたかは分からないクロよ。ハジメちゃんだけの責任じゃない。そもそもボクが発端なんだし……」
沈痛な面持ちで頭を下げる使い魔のクロ。
その様子から、本気で落ち込んでいるようだ。
「ボク、どうかしてたクロよ。やっぱり何事も地道に誠実にやらなければならないクロ。皆、本当にごめんなさいクロ」
「いいのよ。私がクロと同じ立場だったら、同じようなことしてただろうし」
「ええ。また一からやり直しましょう。今度はハジメさんもいらっしゃいますし、暗黒結晶がなくても出世なんて容易いですわ」
「荷が重いなあ。ま、なんとかしてみるさ」
そうして、俺達は手を重ね合わせ、和解をした。
「よし、それじゃあ今日はお疲れ。解散!」
「「ういーす」」
「ごめん、そろそろツッコみたいんだけどクロ! こんな事より早いとこあれをどうにかしないとやっべえクロよ! ホントに!」
ちっ、あと一歩で逃げられると思ったのに……!
騒ぐクロが指差すのは相も変わらず動かずにどっしりと構えているスライム。……の中にある、暗黒結晶。
俺達の醜い小競り合いの末、あろうことか魔物の中にゲット・インしてしまったのだ。
俺は頭をかきながら絶望的な状況に呻く。
「どうにかしろっつったって、俺はどうにも出来ないからお前を狙ったんだ。暗黒結晶で消そうってな。でも、それが」
どうにも出来ない相手の手に渡った。
詰んでる、と言っても……いや、そうだ、状況は変わったんだ。
先ほどとは違い、仲間が増えている。しかも、あの暗黒結晶にもスライムにも詳しい。
遠慮なく頼らせてもらう。
「なあクロ、暗黒結晶を封印できるってレイ達から聞いたんだけど、スライムごといけるか?」
「封印のアイテムは持ってるクロけど、あの大きさじゃ無理だね」
なるほど。次だ。
「クロ、あのスライムの弱点はなんだ? できれば物理攻撃系方面で」
「なんもないクロ」
……まだだ。
「クロ、お前、何か攻撃魔法使えないか?」
「無理クロ。ボク達は基本戦わないでサポート専用だからね」
そっか……。
「クロ、魔物って人の魂とか食うために来たんだろ? あのスライム動かないけどどうやって食う気なんだ?」
「このスライム君は特殊でね、動かないんだけど、時間が経つと大爆発するクロ。で、飛び散ったスライムの破片が付着したものが食べられるんだ」
……。
落ち着け。
「時間は後どんくらいだ? 範囲は?」
「あと20分と言った所クロね。範囲は……この大きさだと、山が吹き飛ぶねえクロ」
何を呑気にこの豚……。
いや、まだだ。20分ある。まだ足掻ける。
「他に便利なアイテムとかは持ってるか?」
「一応魔力を回復するアイテムがあるクロ。まあこの状況で君たちが使っても……。あとは”たまごっティン”の時間延長用の”たまごっティン・P.O”があるね。ちなみにP.Oはパワーオーバーの略クロ。これを使うと結界の強度が下がっちゃうデメリットもあるけどね。マリネちゃん、やっといてクロ。他はティッシュと飴玉があるクロ。食べる?」
コイツ……。
……深呼吸し、クロの首根っこを勢い良く掴む。
「え? ちょ、ハジメちゃん? どうしたのクロ?」
「ちょっとな、試してみたいことがあるんだ」
暗黒結晶がスライムの中に入ってすぐに思いついていた方法だが、倫理的に問題があるため躊躇していた。
だけどもういいわ。元はと言えばコイツが元凶なんだし、その責任をとってもらおう。
「今からお前をスライムの中に投げ入れるから、中の暗黒結晶を取ってくるなり、その場で願って消すなりしてきてくれ」
「……え? 嘘でしょ? し、死んじゃうと思うんだけど、クロ」
無論、本気だ。
「中にある暗黒結晶と”ミーティア”を見てみろ。全然溶けてない。だから大丈夫だ。もし溶けても回復魔法でどうにかしてやる」
「いや、ほらあの、ボクって手足短いし、指も太いから取りにくいと思うんだよねクロね。だから他の子に……」
俺はクロの耳元に自分の口を近づけて、声のトーンを低めにしてささやく。
「この騒動の原因、誰だったか忘れたとは言わせねえぞ……?」
「ひっ!? で、でもでも、スライムの中に入っちゃったのは、君らの小競り合いで……」
「いいから……」
片足を高く上げ、クロを手に振りかぶる。
そして一思いに――
「四の五の言わず死に物狂いで取ってこい!」
「ぴゃあああああああ!? 死んだら化けて出てやるううううう! クロおおおおお!」
スライムに向かって一切の容赦をせずに思い切り射出した。
クロには小さな羽が生えているが、風圧でまともに動かせないだろう。つまり、軌道を変えて逃げることは出来ない。
想定通り、クロは目標へ着弾する。
(ああああああぬるぬるうううううう!! 何か生暖かいぬるぬるドロドロした感触があああ!! 気持ち悪いクロおおおおお!!)
中にいるクロが俺の頭の中に直接語りかけてきた。魔法による念話のようなものだろうか。
遠くにいるマリネが「ぜ、絶対入りたくありませんわ」と呟いたのが耳に届いた。うん、俺も入りたくない。
スライムに侵入したクロは踏ん切りがついたのかヤケクソなのか、とにかく暗黒結晶の元へスライムの中を泳ぐように進む。
中はやはり相当に動きにくいようで、四苦八苦しながらもなんとか暗黒結晶へたどり着いた。
あとは回収して戻ってくれば終わり……なのだが。
(う、動かない!? ハジメちゃん、なんでか分かんないけど、暗黒結晶がここに固定されたかのようにピクリともしないクロ!)
スライムの中は泳げるというのに、中にある暗黒結晶は動かない。
スライムと一体化しているのかは分からないが、スライムも魔物だ、絶大な力を持つ暗黒結晶を渡す気はないのだろう。
しかし、動かせなくとも触られるならまだ希望はある。
「だったら、そのまま暗黒結晶にスライムを消すよう願え!」
(分かったクロ! 暗黒結晶よ、スライム君を魔界に戻し――痛い!?)
願おうとした矢先、クロが暗黒結晶から発せられた光に弾かれた。
(な、何で!? もしかして、今の持ち主……スライム君じゃないと願いは叶えられないクロ!?)
それは――絶望的だ。
俺が絶望に打ちひしがれて膝をついた時、今まで成り行きを見守っていた……いや、巻き込まれないように避難していたレイとマリネがやってくる。
二人の表情は俺とは対象的に明るい。
「ハジメ、魔法少女にそんな暗い顔は似合わないわよ! 笑顔でいなくっちゃ!」
「そうですわ、魔法少女たるもの常に笑顔で、かつ人々にも笑顔を与える存在でないといけないのですわ。というわけでショートコント……」
「なんでやねん!!!」
絶望的な気分も忘れて絶叫する俺。
お前らこの状況でよくそんな事しようとしたな!? もう尊敬するレベルだよ!
「おお、ナイスツッコミ。ふふっ、元気出た?」
「中々のなんでやねんでしたわね」
どうやら俺を元気づけるための冗談だったようだ。元気出たけどよ……。もうちょっと方法あったろ。
まあ、沈んでいても仕方なかった。気持ちを切り替えよう。
と、再び思索に耽ろうとした時、レイがこの状況を打開する手かがりになりそうなことを言ってくれた。
「ねえねえ、大きすぎるからスライムごと暗黒結晶を封印できないのよね? なら、小分けにしたらできないかな?」
……ふむ。いいかもしれない。作業人数や時間に問題はあるが。
レイのクセにいいこと……いや、俺の方が馬鹿だった。
戦っているのは俺だけじゃないんだ。ちゃんと、ロクでもないが頼れる、仲間がいたのだった。
よし、存分に頼らせてもらおう。
「お前ら、なんでもいいから思いついたことを言ってくれ、突破口が見つかるかもしれない」
「はいはい!」
レイが勢い良く手を挙げる。
期待を込めて発言を促す。
「さっき思いついた一発芸をするわ!」
「やっぱ黙ってろ!」
お前を頼った俺が馬鹿だったよ!
「な、なんでもいいって言ったじゃん! あ、思いついたことを言ってくれ、だったっけ? じゃあ小話!」
「いや……ハジメちゃんはそういうつもりで言ったんじゃないと思うよクロ……」
全身をスライムまみれにしたクロがちょうど帰ってきた。おかえり、こっち寄んな。
「うう……ひどい目に遭ったクロ……。口の中にちょっと入っちゃったし……」
「おかえりなさいませクロさん。お腹を壊したらハジメさんがきっと治して……病気とかには無理でしたわね。今更ですけど、わたくしの人形といい、微妙に使えない魔法ばっかりですわね」
うるせえぞ。俺の魔法はお前への拷問なら多岐に渡る魔法だぞ。意外と応用が効くことが判明したからな。
……うん?
口の中……お腹を壊す……マリネの人形……。
「クロ、もう一度確認するが、スライムごと暗黒結晶を封印できないのって、スライムが大きいからなんだよな?」
「え? うん、そうクロね。まあ暗黒結晶封印用じゃなくて、魔物を縛るアイテムを流用してるだけなんだけど、ちゃんと封印できるクロよ。その名も”タイふろしき”!」
あっぶねえ名前! 猫型ロボット的な!
縛るって意味のタイなんだろうな。Tieな。
クロが腰につけたポーチから取り出したのは、人一人がすっぽり入りそうな程の、大きな風呂敷だった。
……そんな大きな物、その小さなポーチのどこに……それも猫型ロボット的な? 聞くのはやめとこう。
「これで包まれると、包まれた物は魔力活動が停止してしまうクロ。つまり封印だね。でも包める大きさのものじゃないと……」
「いや、それだけの大きさがあれば充分だ」
突破口が見えた。俺だけじゃ答えを導き出せなかっただろう。やっぱ仲間っていいもんだ。どんどん頼っていこう。
「作戦ができたぞ。いくぜ、お前ら」
「えっ!? ホント?」
「やってやりますわ! さあ、何をすればいいんですの!?」
早速作戦の内容を伝えよう。
「マリネ、人形を一体作って、スライムの中に入れるんだ」
「……え!?」
驚くマリネに構わず説明を続ける。もっと驚く所この後にあるからね。
「その後、別の人形をありったけ、スライムを囲うように出現させてくれ」
「あ、あの、ハジメさん!? 夜の人形がどうなるかご存知ですわよね!?」
知ってる。
「夜は制御が出来なくてゾンビ化してお前を狙うんだろ? 正確にはお前の魂を。だからスライムの中の、人形の中に魂を移して逃げるんだ」
「えええええ!? ちょちょちょ、ほお!? あの、それはつまり、わ、わたくしもスライムの中に入れと?」
そうだね。
「あのゾンビ達はマリネを狙うが、障害物があればそれを排除しようとする。食いついてな」
だから、マリネがスライムの中に入れば、ゾンビ達はスライムを排除しようとスライムを食べ始めるだろう。
「そんで、中のマリネがゾンビ達にギリギリ食われない位にスライムの体積を減らしたら、封印する」
「だ、だったら中に入らなくても、わたくしが今いる反対側に、スライムを挟むように人形を出せば……」
それは俺も思ったが、少し不安がある。
「迂回してくるかもしれないだろ。だから中が確実だ」
ちなみにゾンビを直接スライムの中に出現させる方向でも考えたが、クロが自力で出てきたことから、ゾンビ達もスライムを中途半端に食べて抜け出してきてしまうかもしれない。
だがマリネが中にいれば、そこに着くまではスライムを食い続けるだろう。
「う……い、いやですわ! アレに入ったら何か、乙女として何かを失う気がするんですの!!」
尚も反抗してくるマリネ。まあ当然だよな……。
でも仲間だからな、頼らせてもらうよ!
「あのスライム、服を溶かすタイプでも触手みたいに絡みつくタイプでもないみたいだし大丈夫大丈夫」
「何が大丈夫なんですの!?」
ぶっちゃけ、そこは残念だと思っていたのだ。スライムと言えばなのに、なあ?
と、ここでレイが自分に被害がなさそうなのを良いことに、満面の笑みでマリネの肩に手をかける。
「うわあ、マリネったら大変ね……。でも、頑張って! マリネならやれるわ! 私はここで応援してるからね! 私じゃなくて良かったとか思ってないからね!」
他人事のように振る舞ってるけどお前も出番あるよ。
「レイ、スライムの中にあるお前のバカでかい置物が邪魔なんだ。ゾンビを出したら慌ただしくなるから、今のうちに中に入って回収してきてくれ」
「おつかれっしたー!」
「逃さん!」
全力で逃げ出そうとしたレイにしがみついて逃走を阻止する。いつかの時とは逆だ。
「いやあああああ! 何で私もなのよおおお!? 穢れを知らない絶世の美少女なのにいいい! ていうか別にほっといてもいいんじゃないの!? ゾンビ倒した後で回収すればいいじゃん!」
「中にあったら食う時に邪魔だろうが! それと、そのゾンビを処理する時に俺の魔法だけじゃ不安なんだよ! ”ミーティア”である程度片付けたいんだ、そんで今が一番回収しやすいんだ!」
夜のマリネのゾンビは凶悪らしいからな。出来うる限りの対策はしたい。
俺にしがみつかれても逃げようと、掴まっている俺ごと力づくで引きずっていくレイ。
レイに抱きついて気がついたが、意外と腰が細く、そして柔らかい。あといい匂い。
そんな女の子をスライムのぬるぬる地獄に送り出すことに抵抗を覚えるが、仲間だからな! 頼っちゃうぞ! 遠慮は全くせずにな!
だけど、流石に無理矢理ってのもアレだな……。
何か、交換条件を。こいつが喜びそうなものを……。
「なあレイ、”ミーティア”って、宝石の状態で一時的に待機させてから、好きなタイミングで剣を出現させることが出来るか?」
「……え? うん、まあ出来るけど。魔力を溜めたままにしとけば……。消す時もそんな感じで出来れば便利なんだけどねえ。で、それがどうしたの?」
……よし。
「レイ、取ってきてくれたら、”ミーティア”の新技を伝授してやるぞ!」
「ぃよっしゃ分かったわ! 待ってて師匠!」
さっきまでの抵抗は何処へやら、あっさりと踵を返して、あれほど嫌がっていたスライムの中へ目を輝かせながら飛び込んでいくレイ。
さすが仲間だ。頼もしいくらいに扱いやすいぜ。
さて、保留になってたマリネの件も片付けるか。
こいつが喜びそうなものは……。
「……な、なんと言ってもイヤですわよ? 例え浄化されたとしても……っ!?」
俺はマリネにしがみついた。レイの時とは違い、優しく。
そして瞳を潤ませ、上目遣いでマリネを見て、あらん限りの甘えた声で
「お願い! マリネおねーちゃん!」
「任されましたわ! お姉ちゃんが見事やり切って見せますわ!」
鼻血を垂らしながらめっちゃいい笑顔で準備に取り掛かるマリネ。
さすが仲間だ。頼もしいくらいにちょろいぜ。
「君、絶対ロクな死に方しないクロよ……」
身体にこびり付いたスライムを拭き取りながら、ジト目で不穏なことを言うクロ。
「うるさいぞ。それより封印の準備をしておいてくれ。あと、魔力回復アイテムもあるんだよな? それも一応頼む」
「はいはい……クロ」
クロに指示を出し終えたのとほぼ同時、レイが”ミーティア”を回収し終えてスライムの中からずり落ちるようにして出てきた。
そして、マリネが指示通りに一体の人形を作り、スライムの中へ投入する。
準備は整った。
時間を長く取ってしまっため、スライムが爆発するまで10分もないだろう。
だが、止めてみせる。
よし――やるぞ、皆。




