十二話ー使い魔クロ
「今度は、どんな奴だ……?」
空間を割って目の前に現れたのは巨大な黒い塊。
以前戦った黒い巨人も大きかったが、これは同じかそれ以上だ。
辺りはもう暗くなってしまっているが、離れたところにある街の明かりや月明かり、それにレイ達が持っている”WHS”の明かりもあるため、その塊の輪郭もハッキリ見える。
丸い。……が、形が安定しない。
安定しないと言っても、丸から三角、四角など大きく形が変わるわけではなく、真円から緩やかな楕円くらいの変化だ。
黒い塊は呼吸をするようなリズムでその変化を繰り返している。
こいつは、もしや
「……スライムか」
俺は思わず歯噛みする。
こいつは、俺達とは相性が悪い……!
俺が警告を――特にレイに、警告を発しようとした
「皆、待て! こいつに物理攻撃は効か――」
矢先に
「先手必勝! ミーティア・ストライク!!」
やってくれました。
レイが投げた”マジカルジュエル”は放物線を描きながら”ミーティア”へと変化し、スライムの中心へと迫る。
スライムは避ける素振りすらせずに、そのまま飛来する”ミーティア”に貫かれた。
が、
「ぜ、全然効いてないみたいなんだけど……!? ってか、”ミーティア”食べられちゃったんだけど!」
予想通り、スライムには”ミーティア”の一撃は全く通用せず、それどころか体内に入った大剣をそのまま取り込んでしまった。
「やっぱりか。もう遅いけど、見ての通り奴に物理攻撃は効かない。主力が物理攻撃の俺達とは相性がすこぶる悪い」
「な、なんでよ!? スライムなんて雑魚中の雑魚じゃないの!?」
それは多分ゲームの話だろうなあ。
見るとマリネもレイの言葉に頷いている。
スライムと名付けたから雑魚だと勘違いしてしまったのかもしれない。
アメーバとか言えばこの事態は防げたかも……ないな。レイはどうやっても止まらない気がする。
今だ納得していない二人に推測ではあるが説明をする。
「レイ、小学生の時とかにスライムを作って遊んだことないか? 千切っても合わせれば元通りになる不思議なやつだ。多分、この魔物も同じような感じだと思う」
「ああ、アレかあ。壁に叩きつけて遊んでたら、こびりついて取れなくなっちゃって、お母さんに物凄い怒られたわね……」
「わたくしは髪に絡まって大変なことになったのを思い出しましたわ……」
あるある。俺も服に付いたのが乾燥してカッピカピに……そんな思い出話はどうでもいい。
スライムの脅威は分かってもらえたようだが、これからその脅威を排除しなくてはならない。
そして現状、これといった対策がない。
しかし、幸いな事に、スライムは出現してから一度も攻撃も移動もしておらず、ただそこにいるだけだ。
様子見をしているのか、何かを企んでいるのか……分からないが、その間にこちらも何とか打開策を考えよう。
「レイ、魔物ってこの世界に存在できる制限時間とかってないのか? もしあるなら時間まで逃げ切れば……」
「ダメよ。制限時間はあるのかもしれないけど、その前に世界が食べられちゃうわ。言わなかった? 魔物は魂を喰らい、最後には空間そのものを食べてしまうって」
「そうですわ。そして空間が食べられてしまった場合、その穴を埋めようと世界が動き、その影響で各地で大災害が起こるそうですわ……」
そう言えば黒い巨人と戦っていた時にレイが言っていたな。
「そうか、魔物が出たら撤退は不可ってことかよ……」
今更ながらにこの世界の厳しさを感じる。
こんなポンコツ三人衆でどうしろってんだ……!
状況のどうしようもなさに半ば諦めかけた時、
「ふっふっふ。もう諦めるクロか? 魔法少女だというのにそんなんじゃあ困るよ……クロ」
どこからか、そんな声が聞こえた。
声が聞こえたのは俺だけじゃないらしく、レイとマリネも驚いた顔をして声の主を探している。
声の正体に思い至った二人が声を上げる。……いやまあ、俺も察しているけど。
「この取って付けたような語尾……まさかクロ!?」
「ええ、この明らかに言い慣れていない養殖語尾はクロさんのものですわ!」
「うっさいなあ! 君たちが語尾つけたほうがそれっぽいって言ったんじゃないかあ! クロ!」
そんなキャラ付けに苦労していそうなセリフと共に現れたのは、小さな羽の生えた、黒い、子ブタだった。――ああ。
子ブタと言ってもかなりデフォルメされ、ぬいぐるみと言ってもいい姿をしている。――なるほどな。
身体は黒いが、光る宝石のついた首輪がと腰につけたポーチがアクセントとなっている。――そういう事かよ。
なんかちょっと魔法少女の使い魔のイメージと違ったが、レイとマリネの反応から察するに、この子ブタが使い魔のクロなのだろう。
レイとマリネは、思わぬ参入者に喜び半分、心配半分と言ったような様子でクロに詰め寄る。
「でも、どうしてここに!? 過労で倒れてたんでしょ? まあでも、来たってことは元気いっぱいってことよね! 後は任せたわ!」
「長い間休んだのですし、力も溜まっていることでしょう。さあクロさん、なんとかしてくださいまし」
あんま心配してねえな?
復帰直後のやつに丸投げって……。
そんな二人の態度に怒るかと思われたクロだが……。
「ふふん」
と不敵に笑うだけだった。
レイとマリネもそんなクロの様子を不審に思っているようだ。
クロは俺達の疑わし気な視線にも気にした素振りを見せずに、俺の前にふよふよと浮遊してきて、ぺこりと頭を下げる。
「初めましてクロ。ボクは使い魔のクロって言うんだ……クロ」
慣れない語尾を使って自己紹介をしてきたため、俺も応じることにした。
礼は失しちゃあいけないものな。相手が敵とは言え。
その理由は――
「おう、初めまして。俺は新人の相田ハジメっつうんだ。よろしく。その首の”アクセサリー”、似合ってるぞ黒幕さん」
俺はクロの首輪に付いている宝石を、黒幕である証拠を指さした。
「「――え?」」
レイとマリネは信じられないといった表情で俺とクロを交互に見る。
クロが犯人だと本当は二人共気がついているはずなのだが、信じたくないのだろう。
だから、俺が言う。
「あの首輪の宝石に魔力が引っ張られている。あれが――暗黒結晶で、それを利用して魔物を呼んでいたのがお前だな? 俺達が暗黒結晶を感知できない遠くから俺達の動向を監視していたわけか。使い魔なら魔力とかで察せそうだもんな」
俺の言葉にクロは特に焦るでもなく、むしろ気がついて当然と言わんばかりの調子であっさりと認めた。
「ふふん、その通りクロ。ボクはこれで魔物を自由に呼び出す力を手に入れたクロ。二人と違って君はまともそうな子で良かった、クロ」
そう言ってレイとマリネを睥睨する。
元は仲間だったクロからのそんな眼差しに、未だショックから立ち直ってない二人は……
「裏切ったのね! この豚野郎! 生きたまま内臓引き摺り出してやるんだから!」
「その後は中に綿でも詰め込んでぬいぐるみとしてわたくしのコレクションに加えて差し上げますわ! 裏切り者にはふさわしい末路ですのよ!」
とっくに立ち直り、味方から敵へと切り替えを済ませてぶち切れモードだった。ていうか怖っ。
二人は魔法少女とは思えない、いや、人とは思えない殺気を撒き散らしながらクロに飛びかかる。
クロはそんな二人から逃げるように慌てて空高く飛び上がり、こちらの手が届かないよう距離を取った。ちょっと涙目だ。
気持ちは分かるが敵なんだからもう少ししゃんとしろ……と少し呆れた時、涙目のクロが震えながら意外なことを口にした。
「まままま待って、レイちゃん、マリネちゃん! ご、誤解だよ! クロ! ボクは別に裏切った訳じゃないんだ! ホントクロに!」
「……は? 待て、それはどういう……」
「嘘おっしゃい! どうあれあなたが魔物を呼び出していたのなら、敵ですわ! 大人しくとんかつになりなさい! それとも踊り食いをご所望ですの!?」
「そうよ! それに例え敵じゃなかったとしても、あんたをブチのめす気持ちに火が点いちゃったから、もう遅いわ! 血反吐ぶちまけなさい!」
これどっちが悪役だ?
狂獣二匹をどうにか落ち着かせてから、恐怖で竦み上がっているクロを慰めて話の続きを促した。……俺の役目なんなんだこれ。
「えっとね、ある日、ボクが一人で町をパトロールしていたら偶然、出現した暗黒結晶を見つけたんだクロ。で、これはチャンスと思ってすぐに願ったんだ」
こいつやっぱり敵じゃねえの? これはチャンス、じゃねえよ。すぐ破壊するなり封印するなり報告するなりしろよ。
レイとマリネに聞いた話から人物(?)象は、真面目な使い魔だったんだが……。
「ああ、レイちゃんとマリネちゃんが常日頃から問題起こしてもバレなければいいって言ってたから、ボクも見習ってみたクロ」
なんでそんな時に見習っちゃったんだよ!
暗黒結晶にそんなリスクを侵す価値が……そうだ、何か、引っかかることを言っていなかったか。
願う? 暗黒結晶に?
暗黒結晶は魔物を呼ぶ性質があるから、それを利用していたのかと思っていたが、それならば願う、ではなく使うと言うのではないか?
……どうやら、俺達の知らない事をクロは知っているようだ。
そんな疑問が表情に出ていたのか、察したクロが説明した。
「ああ、君たちは知らないよね。クロ。普通の魔法少女には情報規制がされてるもの。”WHS”もあえて探知しないように設定されてるし。暗黒結晶はね、魔物を呼ぶだけじゃない――どんな願いも叶える力があるんだクロ」
――。
願いを叶える力と聞いて、最初に思い浮かんだのは。
俺は手に持っている杖……の先端にある宝石を、”マジカルジュエル”を見る。
魔法少女になって何がしたいか、それを叶える魔法が使えるようになる。レイにそうに言われたのを思い出した。
これも、願いを叶える力だ。
しかし、その願いは、魔法少女になるという前提がある。
暗黒結晶の力が本当なら、それは”マジカルジュエル”よりも自由がある、万能と言ってもいいかもしれない力だ。
そんなものを、そんな力を、どうして規制する?
「それは簡単クロ。この世には――」
「それがあれば完璧な女体化が出来るってことじゃねえか!!」
「おっぱいボインボインのナイスバディになれるの!?」
「幼女になれば幼女とキャッキャウフフしても捕まりませんわよね!?」
「君等みたいなロクでなしがいっぱいいるから規制されるんだクロお!!!」
ぐうの音も出ねえ!
……まあ、規制の理由はよく分かった。
しかし、分からないこともある。
「……どうして暗黒結晶は魔物を呼び寄せるんだ? 魔力を引っ張るんだ?」
万能の力を持っているのに、魔力を引き寄せたり魔物を呼んだりするのがイマイチわからな……いや。
「……ん? 万能の力しか持ってないから、なのか?」
「おお、説明するまでもなかったクロね。見込みがあるクロねえ」
そう言って笑顔で俺の頭を撫でてくるクロ。
褒めてくれるのは嬉しいが、お前今、俺達とは敵か味方か微妙な状態なんだよな? 無防備すぎるだろ。
この使い魔の言動から敵意を感じられない。どうやら本当に俺達の敵に回った訳ではないらしい……まあ魔物呼んじゃってるんだけど。
ちょいちょい、と俺の背中をつついて話をよくわかってないレイが尋ねてくる。
「ねえねえ、どゆこと?」
「……多分、暗黒結晶は万能の力を持ってるけど、使われなければ意味がないってことなんだと思う」
どんな能力を持っていようが、使われなければゴミも同然だ。
おそらく、暗黒結晶は自分を使ってくれる者を誘い出しているのだと思う。
しかしそれはまるで、暗黒結晶に意思があるかのような――
「ボクもそう思うけど、実際に使ってみた感じ、意思とかそういうのは感じないんだよクロねえ。まあ願った通りの力は手に入ったから、力は本物クロ」
クロは自分の首輪にある暗黒結晶を短い手で触る。
宝石から発せられる妖しい輝きを見ていると、意識が吸い込まれそうになる感覚に陥ってしまう。正直、俺は触りたくない。
万能の力があると言われた今、自身の欲望が宝石を欲するも、理性が、本能があの宝石を拒絶する。
能力が分かっても未だ得体の知れない……いや、能力が絶大すぎるから得体の知れない宝石。
その宝石に願った力とは――
「そう、この暗黒結晶に願ったクロ。ボクは出世したい、と」
ちっちぇ!
あんまりな理由に思わずツッコんだ俺の声が山彦となった。




