九話 ドール・オブ・ザ・デッド
痺れを切らしたのか、生き残っていた魔物がゾンビ人形を目掛けて腕を振るう。
ゴムのようにしなった腕はゾンビ人形達を薙ぎ払……わなかった。
ゾンビ人形達はおぼつかない足で踏ん張りながら、なんとか魔物の腕を受け止める。
そのままゾンビ人形達は腕を掴んで魔物にしがみついたりよじ登ったりして……魔物を喰らい始めた。
当然、魔物はゾンビ人形達を引き剥がそうとするが、数に押されてしまい、やがて倒された。
ゾンビ人形達は倒れた魔物が消滅し始めているのにも関わらず、群がって食い尽くそうとしている。
ふと、魔物が倒れている場所とは違う所で、何かを犬食いしている人形がいるのを見つけた。
見ると、どうやら俺達の食いかけの弁当を食っているようだ。おかずの唐揚げまだ食ってなかったのに……。
だけど……。
「俺、今日はもう晩御飯食える気がしないわ」
「同感ですわ……」
俺達二人はグロテスクな光景に精神的にかなりのダメージを負った。しばらく肉類を食べられないかもしれない。
ご馳走を食い終えたゾンビ人形達はメインディッシュであるマリネの方へ顔を向ける。
やべえ。ゾンビ人形に釘付けになっていて、作戦を考えてなかった……!
考えろ……!
奴らはゾンビ。
噛まれるとゾンビになる。
ゲームに出てくるゾンビも感染は厄介だ。
ゲーム……ゲームで何か……。
俺が必死に突破口を考えていると、テンパったマリネが俺の体を揺さぶってきた。
「ひいいい! 来ますわ! ゾンビ達が! ハジメさん、なんとかしてくださいまし! もしわたくしが感染したら、真っ先にあなたを食ってやりますわ! 逃げても地の果てまで這いずって追い詰めてやりますわよ! 眠れぬ夜に怯えるが良いですわ! おほほほほほ!」
「うっせえ! 本当、そういうとこレイの友達なのな! ていうかお前も人形じゃなくてゾンビって言っちゃってるじゃねえか!」
くそ、何も思い浮かばない。
レイに手助けしてもらおうかと彼女の方を見ると、魔物とノーガードで殴り合っている。あいつ何してんだ……。
まあ、魔物と戦っているなら手が離せないだろう。ここはマリネとなんとかしなければ。
幸い、ゾンビ達の動きは遅い。
俺とマリネはジリジリと後ずさりながら距離を取る。後ろにまだちょっと余裕はある。
「マリネ、お前の”ライチ”でどうにかならないか?」
「無理ですわ……。この状態のあの子達は結構強いんですの。”ライチ”も向こうに置いてきちゃいましたし」
「他に使える攻撃魔法とか……」
「エレガント・マジカル格闘術が……」
「お前もかい!」
そうこうしている間にもジリジリと詰め寄られている。
「仕方がない……マリネと涅黒によるデュアル・マジカル格闘術で撃退するしかないな……」
「ええ、覚悟を……あら!? どっちもわたくしじゃありませんこと!? シングル・マジカル格闘術じゃありませんでした!?」
バレたか。
「ええい、向こうがゾンビならこっちもゾンビだ! 行け、マリネ! お前も今日から不死身の魔法少女だ!」
「何を言ってるんですの!? あなたが招いた事態なんですから、せめてあなたも一緒に来なさいな!」
「俺は自分に魔法をかけられないんだ。大丈夫だ、お前に回復魔法をかけ続けてやるから……ん? 回復魔法? アンデッド……」
とあるゲームでは、ゾンビのようなアンデッド属性の敵に回復魔法を使うと、回復ではなく逆にダメージを与える効果があるのを思い出した。
――ものは試しだ!
「喰らえゾンビ共! ヒー……いや、ケアリュ!」
俺はゾンビに対して杖をかざして回復魔法をかけた。
「なっ!? ハジメさん、何を!? とうとう頭がイカれてしまったんですの!? それとも元からですの!? って、あら……!?」
回復魔法を受けたゾンビはみるみるうちに浄化されたかのように消えていった。
ドンピシャだ。俺は指を鳴らした。
それにしても、本当にゾンビだったのかよ……。どんな魔法だよ。
「ハジメさん、一体……!?」
「マリネ、俺が浄化して道を作るから、そこを通って反対側の方へゾンビを引きつけてくれ! さすがに追い付かれる前に捌き切るのは無理だ! 一旦仕切り直したい!」
「そういう事なら、わたくしの秘奥魔法を使いますわ!」
何だそれは。あるなら早く使ってほしかった。
「向こうにある”ライチ”にわたくしの魂を移しますわ! そして”ライチ”となって引きつけ役をやりますわ!」
「マジか、そんなことできんのかよ! あれ、でもダメじゃないのか? このゾンビはマリネを狙うんだろ!?」
このゾンビ達はマリネしか狙わない。障害物があれば排除しようとするようだが、基本はマリネ一直線だ。
例え”ライチ”に移ったとしても、マリネ本体はここにある。本体が無防備な状態をゾンビ達は逃しはしないだろう。
なので”ライチ”で囮をしても無意味だと思ったが……。
「大丈夫ですわ。なぜだかこの子達はわたくしの体ではなく魂を狙うのですわ。だから、わたくしが”ライチ”に移れば”ライチ”が狙われますわ」
「そ、そうなのか……。じゃあそれで頼む! ……ん? それならこんなに追い詰められる前に使ってくれても良かったんじゃないか?」
「………………」
……おい。何で黙ってるんだゾンビ魔法少女。
俺はマリネを睨みつける。
「いえ、アレですわ。ま、魔力がね? そう! あの子達を出して魔力が尽きそうになってしまったから、秘奥魔法が使えなかったんですわ! でも今ならいけますわ!」
「ほー。ちゃんとした理由じゃないか。 でも何で目を逸らしてるんだ? こっちを見ろよ。本当にそれだけなのか、マリネ先輩?」
魔力切れは本当のことだろう。かなりの数の人形を出現させたのだから。
しかし、他にも思惑がありそうだと俺の感づいた勘と直感と第六感とシックスセンスがあてずっぽうで告げている。
少しの沈黙の後、マリネが消え入るような声で頬を赤らめながら言った。
「い、いえ。なんというか、その……。追い詰められていく変身したハジメさんの表情が、とても、その、美味しそうでしたので」
俺は怒りよりも照れよりも何よりも先に恐怖を感じた。
やっぱりゾンビ魔法少女だ……。人間のことを食糧だと思っているんだ……。
「いえいえいえ! 違いますのよ!? 食欲ではなくて、性的な意味で!」
「うええ!? どの道やべえよ! お前こんな状況でなにトンデモ発言してくれてんだよ! ああ、くそ、ソンビが近い! 早く移ってくれ!」
いよいよ余裕がなくなるほど追い詰められた。
ゾンビの手が俺の体をかすめる。この野郎、セクハラで訴えるぞ。あ、マリネを模してるから女か。なら許す。
「わかりましたわ。ハジメさん、転移の条件は”対象の顔を見ること”ですわ。それは戻ってくる時も同じですわ。なので……」
「わかった! 戻る時まで守ってりゃいいんだろ! そんで頭を上げさせてお前が見えるようにするんだな!」
「その通りですわ! では……ドール・ダイブ!」
その瞬間、マリネの体から力が抜け、崩れ落ちた。
俺は慌ててマリネの体を支える。柔らかくていい匂いだ。かぶりつきたい。いや、食欲じゃなくて性的な意味で。あれ? 俺も人のこと言えねえな?
ゾンビ達にも変化があった。
俺の前にひしめくゾンビ達は、一斉にくるりと向きを変え動き出す。
その進行方向には、”ライチ”に入ったマリネが挑発するように手招きをしていた。――すげえ。本当に移ってるのか。
いや、感心してる暇はない。ゾンビを処理しないと……!
俺はゾンビを一体、また一体と次々に浄化していく。
「魔力消費がキツイな……! だけど、マリネに追いつく前になんとか処理しないと……って、マリネ早ええ!?」
マリネは動きにくそうな服を着ているにも関わらず、陸上部も顔負けの速度で逃げ回っている。
「おほほほほ! 自慢じゃないのですが、過去にも何回かゾンビ達から魔力が尽きるまで逃げ回ったことがありますの! それで鍛えられたのか逃げ足だけは自信がありますわ!」
本当に自慢じゃない。
だが、マリネが捕まりそうもないため、こちらも落ち着いて焦らずにゾンビを浄化できる。
ゾンビはあと数体だ。
俺の魔力も枯渇寸前で体がフラフラしているが、なんとかなりそうだ。
そんな俺の安心をぶち壊すように、マリネがスカートの裾を踏んで盛大に顔からずっこける。
マリネはひとしきり転がった後、動かなくなった。
「マ、マリネええ! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫です……っ!? 大丈夫じゃないですわ! 体があちこちひん曲がっていますわ!」
見るとマリネは体の至る所が曲がってはいけない方向に曲がっていた。
首なんて90度回っているし、右手に至っては取れている。
問題は足が曲がっていることだ。あれでは逃げ回れない。
「お、おまっ、それ大丈夫なのか!? 待ってろ、今回復魔法を……っ!? なんだ……? 魔法が出ない!?」
体の倦怠感と頭痛が凄まじい。立っているのが辛い。これが魔力切れか……。マリネも倒れるわけだ。
だが、今倒れる訳にはいかない。俺は自分の体に鞭打って、マリネ本体の顔を上げさせる。
「ハ、ハジメさん!? わたくし、体に戻りたいんですが、どこにいらっしゃいますの!?」
「マ、マリネ! こっちだ! 後ろだ……っ!」
「後ろってどこですの!? こっちに背中があるから、こっち……っ!? あらまあ、首が外れかかってますわあ、うふふ! もうダメですわ……ハジメさん、最後にその可愛らしい声でマリネお姉ちゃんって呼んでくださいまし……!」
マリネはとても錯乱している。余裕がありそうにも見えるけど。
しかし、ゾンビとマリネの距離が近い。このままでは……。
くそっ! こうなったら俺がゾンビを素手で倒してやる……!
俺が無謀なことを実行する前に救援が来た。――レイだ。
「ハジメ、おまたせ! あの魔物は最後には倒しちゃったけど、拳で分かり合えたわ! いい強敵と出会え……」
「レイ、あのゾンビ達にミーティア・ストライクを撃ってくれ!」
レイが何かをごちゃごちゃ言っていたが、取り合わずに指示を出す。
「ええ!? でもあんなに近いんだったらマリネも危ないわよ!?」
「なら、横向きに、水平に投げてくれ! マリネは寝ているから、立っているゾンビの上半身だけを吹きとばせ!」
「分かったわ! えーと……ミーティア・シュート!」
レイは俺の指示通りに宝石を水平に投げ、”ミーティア”を出現させる。
”ミーティア”は空を切り裂く勢いで飛び、ゾンビの上半身を薙ぎ払ったあと、軌道上にあった屋上の入り口の扉に轟音を立てながら深々と突き刺さった。
マリネの近くにいたゾンビ達は倒したが、少し離れていたゾンビが1匹残っている。
その時、ちょうどマリネがゴキンと音を立てて首の位置を元に戻すことに成功した。
「あ! 戻りましたわ! わたくしが見えますわ!」
「よし、戻ってこい!」
「ドール・ダイブ!」
俺が抱えていたマリネ本体がすぐに動き出す。
「た、ただいまですわ……。九死に一生でしたわ。感謝しますわ、ハジメさん、レイさん」
「おう、おかえり。体はなんともないか?」
「ええ、概ね大丈夫ですわ。まだちょっとクラクラす……へぶっ!?」
起き上がろうとしたマリネがまたすっ転んだ。
レイが慌ててマリネに近寄る。
「マ、マリネ、大丈夫!? 後は私が黒いウネウネとの死闘の果てに習得した必殺のトゥインクル・トルネードでやっちゃうから、休んでなさい!」
「い、いえ、大丈夫ですわ……。レイさん、ハジメさん、あの最後の子には、わたくしが引導を渡してやりますわ。 日頃の鬱憤を晴らさせてもらいますわ……!」
マリネはスカートを払いながらゆらりと立ち上がり、残ったゾンビに向かってゾンビのような足取りで歩いて行く。
「ふ、ふふふひひひヒヒヒヒ! よ、よくもいつもいつもいつも! このわたくしの言うことを聞かずに、魔物そっちのけでわたくしを足蹴にしたり唾液まみれにしてくださいましたねええええ!」
息を荒くしながら指をポキポキと鳴らしてゾンビに近づいていく。
声に物凄く恨みが篭っていて、怖い。
「あと、家の皿とか人形とかの物を勝手に動かしたり、わたくしが寝ているのにパキパキ変な音を鳴らしたり、撮った覚えのない見知らぬ人形の集合写真を部屋に飾るのはやめてくださいまし!」
……それゾンビ関係ないんじゃね? 別の現象じゃね?
「積年の恨みを! 今ここで! エレガント・スープレックス!」
マリネは掛け声とともにゾンビの胴体に組み付き、そのまま後ろに反りながらゾンビを投げつけた。
魔法……いやもういい。もうどうでもいい。決まり手が全て物理攻撃だとか言わない。
投げられたゾンビは動かなくなり、次第に消滅していった。
辺りを見ると、残っている魔物も、人形もいない。
ひび割れていた空も、何もなかったように元に戻っている。
「終わった……のか」
俺のつぶやきにレイが答えた。
「うん。お疲れ様! ところで、この傷を治してくれない? 強敵と戦った勲章として残しておこうかと思ったんだけど、やっぱり痛いから治して欲しいの」
色々言いたいことがあったが、もう突っ込む気力もない。
俺も魔力切れを起こしている……と、言おうとしたが、魔力が少し戻っていることに気がついた。
なるほど、魔力は時間経過で回復するのか。
「あいよ。ほら。……ん?」
俺はレイに回復魔法をかけ、マリネにも怪我がないかと彼女を見ると、顔に擦り傷が付いていた。
”ライチ”から戻ってきた後に転んだ時のものだろう。
「マリネ、お前にも回復魔法をかけるぞ。おつかれさん」
「ええ、どうもありがとうごぎゃああああああああああああああああああああああ!?」
……マリネが倒れた。
俺が回復魔法をかけたら、断末魔と言っても過言ではない悲鳴を上げて煙を吹きながらマリネが倒れた……。
倒れた後、マリネはピクリとも動かない。
レイが震えながら、殺人犯を見るような目で俺を非難する。
「ハ、ハジメ、あんた……マリネに一体どんな恨みが……」
「い、いやいやいや! 誤解だ! そんなつもりじゃなかったんだ! 俺は確かに回復魔法をかけた……」
俺は慌てて弁明しながら、つい先程にも回復魔法に苦しむ奴が居たことに思い当たる。
………………。
「マリネ……。お前もゾンビだったのか……」
「違いますわよお!!」
勢い良く起き上がって涙目で抗議するマリネ。良かった、浄化されてなかった。
……本当、どんな魔法少女だよ、マリネ。




