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かくしてコンステレーションは今宵も巡る

「……素敵ですわ、ミア様……」


「そう?」


「えぇ……えぇ!やっぱりミア様には、淡い青色がよくお似合いでいらっしゃいます!きっと皆、ミア様に釘付けになること間違いなしです!」


「ふふふ、嬉しいことを言ってくれるのね。クロエは」



 勿忘草色のドレスの裾を持って、少しだけ左右に揺れてみる。

 ドレス全体に施された銀の刺繍が、揺れるたびにキラキラと星屑のように輝いた。自分からは見られないけれど、きっとネックレスやイヤリングも、同じように輝いているのだろう。



『今日の主役は、私で決まりね!』



 きっとミアだったら、これくらいのことは言う。

 けれど私自身は不安でいっぱいで、胸が苦しい。


 心臓がいつになく、とても大きな音で鳴っている。クロエにその音を聴かれないように、私は会話を止めないよう必死だった。


 挨拶の仕方は?

 ダンスのステップは?

 招待状を出すのは、どのタイミングだった?


 頭の中で、確認事項が渦を巻く。


 ドレスの裾を持つ指先が、冷たくてたまらない。



「本当に、ご一緒できないのが残念でなりません!」


「私が帰ってきたら、また話を聞いてちょうだいね」


「もちろんですとも!」



 そんなたわいもない会話をしていた時だった。誰かが、部屋のドアをノックする。「どうぞ」という私の返事を待って入ってきたのは、騎士の正装に身を包んだシリウスだった。


 シリウスは部屋に入るなり、私に一礼する。



「こんばんは、ミア様。今宵は一段とお美しいですね」


「でしょ、でしょ!私の目に狂いはなかったわ!」


「クロエは少し落ち着いて。さて……参りましょうか」



 そう言って、シリウスは私に手を差し出した。



「えぇ、今日はよろしくお願いね。シリウス」


「もちろんですとも」



 差し出された手に、私は震えを抑えながら、そっと自分の手を添えた。

 するとそこから、じんわりと暖かさが広がってくる。冷えた指先に少しだけ、熱が戻ってくるようだった。



「……ったく、こんなに綺麗な婚約者を放っておくなんて、あいつは……」


「どうかされました?」


「……いえ、なんでもありません」



 顔を背けて、シリウスはバツが悪そうに答えた。



(あいつ……というのは、ヴォルフラム様のことよね?)



 歩くことに精一杯で、唯一聞き取れた単語が、「あいつ」だった。

 多分、ヴォルフラム様のことを何か言っていたのだろう。けれど、その中身まではわからなかった。


 口調から察するに、ヴォルフラム様とは旧知の仲なのかもしれない。



「……私の顔に、何か?」


「えっ、あ……ごめんなさい!つい!」



 じっと、シリウスの顔を見てしまっていたことに、言われるまで気が付かず、今度は私が顔を背ける。



(ダメよ、気を抜いたら……。舞踏会に集中しないと!)



 改めて、背筋を伸ばす。

 そして震える足先に神経を尖らせながら、私は王宮の舞踏会会場へと向かった。




***




「ッ……!」



 目が、痛い。

 舞踏会を開催している広間に入った、最初の感想がそれだった。


 高い天井、煌びやかなシャンデリア、そして壁さえも、金の豪華な装飾が施されている。

 招待客も皆美しく、そして高貴に着飾っていて、どこへ目を向けてもキラキラと輝いていて、眩しくてたまらない。


 けれど、体の反応とは裏腹に、胸は先程までとは違ったドキドキで脈打っていた。



(まるで、絵本の中に入ったみたい……)



 絵でも活字でもない光景が、目の前に広がっている。

 なんて、綺麗なんだろう。



「さあ、ミア様。こちらです」


「えぇ……」



 そんな宝石箱のような広間を、シリウスにエスコートされながら進んでいく。向かう先は、国王様の元だ。

 中央の一際高い位置に座る国王様の横には、王妃様と第二王妃様が左右に揃って座っていた。



「今夜はお招きいただきまして、誠にありがとうございます、陛下」



 両手でドレスの裾を掴んで、私は国王様に頭を下げる。

 国王様は見るからに快活な方で、私が挨拶をすると椅子から少し身を乗り出して、にこやかに私を見つめた。その向かって右横では、純白のドレスに身を包んだ王妃様が、柔らか微笑んでいる。



「おぉ、そなたか!エリザベート、この娘だ!例の倅の婚約者となったのは!」


「……そうですか」



 静かにそう言葉を紡いだのは、王妃様とは反対の位置に座っていらっしゃる第二王妃……エリザベート様。ヴォルフラム様の、実のお母様だった。

 国王様と王妃様には、王宮へ来た時に一度挨拶をしている。けれど、エリザベート様はその時いらっしゃらなかったので、お会いするのは今日が初めてだった。


 こちらを見ているようで、どこか遠くを見つめる青い瞳は、何を考えていらっしゃるのか全くわからなかった。エリザベート様の周りだけ、どこか凛とした冷たい空気を纏っているようにさえ感じる。

 漆黒の夜を思わせるタイトなドレスには、銀色のビーズがあちらこちらに散りばめられていた。夜の女神様がいらっしゃるとするならば、きっとエリザベート様のようなお姿をしているに違いない。



「すまんな、今日は楽しんでいってくれ」


「ありがとうございます、陛下」



 当然のように、他の招待客へ私の紹介はされることなく、国王様への挨拶は終わった。

 けれど挨拶を終えてから、私の方へ、刺さるような視線が一気に向けられる。


 その目にははっきりと、「あれが噂の第二王子の婚約者か」と書かれていた。


 刺さる視線に耐えながら、私は王妃様と第二王妃様にも挨拶を済ませると、シリウスに促されてフロアの片隅へ移動した。


 まだ始まってもいないのに、もう喉が渇いて仕方がない。けれど、そうも言っていられない。この後のオープニングダンスは、私も踊らなければならないのだから。


 宰相から開会の宣言がされ、舞踏会が始まる。

 ピアノの音が静かに始まり、徐々に他の楽器も加わって、優雅なワルツが広間に響いた。



「……ミア様、一曲お願いできますか?」



 しばらくして、横に立っていたシリウスが、そっと私に手を差し伸べる。



「もちろんですわ」



 私は背筋を伸ばして片足を引き、ドレスの裾を持ちながら、軽くお辞儀をした。そして差し出されたシリウスの手を取ると、音楽に合わせてステップを踏む。


 踊り始めたせいなのか、周囲からの視線が、より激しく刺さるのを感じる。

 けれど、それに臆してはいけない。


 堂々としなければ。

 ミアなら、そうする。


 おぼつかない足取りで、それでも私は姿勢を上げ、なんとかシリウスの動きに必死についていく。

 シリウスも、私がダンスに慣れていないことを感じ取ってくれたのか、さりげなくリードしてくれた。



「良いですね。ミア様はダンスで一番大事なことが、よくわかっていらっしゃる」


「大事なこと?」



 思わず、私は聞き返した。



「えぇ……それは」


「ッ?!」



 そう言ったかと思うと、シリウスは突然広間中央へと向かった。視線がより一層、私たちに集まってくる。



(ちょっ……!シリウス?!)



 いったい、何をしようというのだろう。

 戸惑いながらシリウスの顔を見れば、シリウスはいたずらっ子のように笑っていた。



「ハッタリ、ですよ」



 周囲へ見せつけるように、シリウスは私の背中を支えて、ぐるりと一回転する。

 すると、多くの招待客と視線がぶつかった。どの瞳も、私を好奇の目で見ているのがよくわかる。



「ミア様、胸を張ってください。舞踏会では、より堂々としていた方が美しいのですから」



 なるほど。確かに大事なことかもしれない。

 

 ……それに。



(ハッタリだったら、ずっとしてきているもの!)



 シリウスに言われた通り、胸を張る。そして自分を射抜いてくる視線に向けて、私はあえて、優しい笑みを浮かべてみせた。


 すると私と目が合ったどこかの貴族男性は、慌てて視線を逸らしてしまった。

 その様が面白くて、つい笑ってしまいそうになる。


 この光景を、神父様が見ていらっしゃったら……一緒に笑ってくださるだろうか。

 そんな妄想が、脳裏をよぎる。



(けれど、無理な話ね。神父様は聖職者ですもの。このような場へは来られないわ)



 そんなことを考えている間に、一曲が終わってしまった。

 大きなミスはなかったと思う。けれど一曲で、私はだいぶ息が上がってしまった。



「ふぅ……」



 胸が苦しい。足も、まだ少し震えている。

 ミアであれば、このようなことはないのだろう。

 けれど私には、どれもこれも刺激が強すぎる。


 でも……。



(思ったほど、嫌……じゃない)



 不思議と、舞踏会を楽しんでいる自分がいた。



「大丈夫ですか、ミア様?」


「えぇ、大丈夫よ。人の多いところで、少し疲れてしまっただけ」


「そうでしたか。こちらでお待ちください、飲み物を取って参ります」


「ありがとう、シリウス……」



 そう言って、シリウスの後ろ姿を見送る。



「ッ……!」



 けれどシリウスがいなくなってすぐに、より一層……視線が私に突き刺さってきた。

 足元が、揺らぐ。


 そうか。

 シリウスがいたから、あの程度で済んでいたのか……。


 早く、戻ってきてはくれないだろうか。

 そう思いながら、私がシリウスの行った先に目をやった時だった。


 突然、私の前が暗くなる。

 かと思えば、シャンデリアに照らされて、影が一瞬、金色に輝いた。


 その金色を、私は思わず目で追う。



「こんばんは。君だね、あいつの婚約者っていうのは」


「えっ……?」



 真っ先に目に飛び込んできたのは、別の金色だった。

 逆光で縁取られる長い金髪と、獅子のような金色の瞳。その威圧感に、声が出てこない。



「さっきのダンス、上手(うま)かったね」



 けれどそれは一瞬のことで、目の前の方が微笑むと、不思議と先ほどまでの鋭い空気が和らいだ。

 そのおかげで、私の声も戻って来る。



「あ、あなた様は……」



 直接、お会いしたことはない。

 けれど、その姿を見ただけで、この方が誰なのか……私はすぐに理解した。



「初めまして。ヴォルフラムの兄、レグルスだ」



 私に手を差し伸べると、後ろで束ねられていた金髪が揺れた。


 この方は、ヴォルフラム様の腹違いのお兄様……。

 ナヴィガトリア国第一王子、レグルス・レイ・ナヴィガトリア様だ。


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