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アリエスと共に良い夢を

 神父様に相談をしてから、数日が経った。


 クロエにお願いしたエスコートの相手については、まだ何の返事もない。

 けれどクロエが言っていたミステリ小説だけは、何冊か手元に届いた。


 読み始めると、ついつい止まらなくなってしまうのは、悪い癖だ。



(……本当は、こんなことをしている場合ではないのだけれど……)



 けれど、他のことをしていないと、余計なことを考えてしまう。

 だから今日も、ソファに座って誤魔化すように本を読み耽っていた時だった。


 コンコンコンと、ノックの音が部屋に響く。

 私の部屋へ来る人といえば、クロエぐらいしかいないので、何か用事があるのだろう。



「クロエ?どうぞ入ってちょうだい」


「突然、失礼致します。ミア様」



 けれど返ってきたのはクロエではなく、ハキハキとした男性の声だった。

 想定していなかった声にびっくりして、咄嗟に扉に目を向ける。


 そこに立っていたのは、騎士の装いに身を包んだ、髪の短い爽やかな男性だった。

 ……この顔は、見覚えがある。



「以前こちらへお伺いした、第二王子補佐のシリウスです。クロエではなくて、申し訳ない」



 今度は別の意味で驚いて、私は本にしおりを挟むのも忘れて両手で口元を覆った。



「どうされましたの?突然こんなところへいらして……」


「ヴォルフラム様の命で参りました。こちらを」



 そう言ってシリウスが差し出したのは、また一通の手紙だった。

 裏を確認すると、以前と同じ印章が押されている。ヴォルフラム様からだ。


 私は急いで封を切ると、その場で手紙に目を通した。

 そこに書かれていたのは、舞踏会のことについてだった。



『すっかり舞踏会のことを失念していた。申し訳ない。自分は舞踏会に出席しない』


『けれど、もしも君が望むのであれば、ぜひ舞踏会に出席してくれ』


『シリウスに君のエスコートを頼んでいる。出席するのであれば、一緒に楽しんできて欲しい』



 以前いただいた時と同じ、端正な文字でそう書かれていた。


 神父様のおっしゃっていた通りだ。

 思わず、手紙で顔を隠す。けれど、すぐに私は手紙を顔からどかした。



「これは本当?あなたが舞踏会にご一緒してくださるの?」


「もちろん。ヴォルフラム様からも、そのように仰せつかっておりますし、クロエにもお願いされていましたから」


「クロエから?」



 思ってもみなかった名前に、私は目を丸くする。



「えぇ、第二王子の補佐なのだから、ミア様をエスコートしてくれないかと」



 クロエも、神父様と同じように考えてくれていたらしい。

 ヴォルフラム様の補佐の方が一緒にいてくれるのであれば、心強い。



「しかし、急がないといけませんね」


「急ぐ?」



 いったい、何を急ぐ必要があるというのだろう。

 不思議に思いながら、私は小首を傾げた。



「ミア様!!!」



 その時、私を呼ぶ声と共に、勢いよく部屋の扉が開いた。


 何事かと思いながら扉の方を見ると、そこにはクロエが立っていた。

 興奮しているようで、少し頬が赤い。それに、息も荒い。


 あまりにも突然のことで、私はミアも何も関係なく、目を丸くした。



「クロエ、俺が呼んだら部屋に入って来るという話だっただろう?」


「もう!なかなか呼んでくれないんだもの!居ても立ってもいられずに来ちゃいました!」



 驚く私を置いて、二人は仲良く話し始める。

 どうやら、先ほどのシリウスの話にもあったように、二人は知り合いのようだ。


 けれど、私には全く状況が飲み込めない。



「ささ、ミア様!どのような感じにいたしましょう?」


「どのような?」


「はい!どのようなものがお好みでいらっしゃいますか?」



 グイグイ私に迫ってくるくるクロエに圧倒されてしまって、私は視線でシリウスに助けを求める。

 けれど私と目が合ったシリウスは、にっこり笑うだけだった。



「ミア様、あなたはヴォルフラム様の婚約者です。ですから、舞踏会ではそれ相応の格好をしていただかないと……ね?」


「そうです!第二王子の婚約者様なのですから!あぁ!どんなドレスにいたしましょう……!迷ってしまいます!」


「クロエ、ドレスを決めるのはミア様だよ」


「わかっています!わかっていますとも!!!でもやっぱり、踊った時にふわっとドレスが揺れた方が素敵でしょう?でも、最近はタイトなドレスも流行りですし……!」


「はいはい、わかったから。とりあえず、見てもらった方が早い。入ってきてくれ」



 そう、シリウスが扉の向こうへ声をかけたかと思うと、次から次へと荷物を持った人たちが入ってきて、一瞬で部屋が物で埋め尽くされた。

 ずらりと並ぶドレスに、宝飾品……。それらはどれも最高級の品ばかりで、これほどまでに上等なものを、私は見たことがない。


 あまりの素晴らしさに、目がチカチカする。



「さあ、ミア様!どれにいたしましょう!!!」


「えっ……と……」



 やっと状況がわかって、つい顔が引き攣りそうになるのを、必死に堪えた。


 だってこんな経験、私は今までにしたことがない。

 これほどまでに素晴らしいドレスや宝飾品を見たことも、それにそれを選ぶということも。

 全てが初めてで、くらくらしてしまう。



(どう……したら……?)



 めまいを起こしそうになりながら、神父様が言ったことを思い出す。



『舞踏会を楽しんできてください』



 ……そうだ。

 神父様は、私に舞踏会を楽しむように言ってくださった。


 当然、不安がないわけではない。

 舞踏会当日のことを考えると、怖くてたまらない。


 でも、それでも……。



(私なりに、舞踏会を楽しもう)



 だって、神父様がそうおっしゃったから。

 


「そうね。ひとつひとつ、ゆっくり見せていただける?」



 それに、ミアだったら……絶対に、この状況を楽しむに決まっているもの。


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