ワタシを形作るスカルプター
「……ミアの言うことは、絶対です。私はお姉さまの代わりとして、第二王子と婚約するしかありませんでした」
全てを話し終えて、一息つく。
ゆっくり目を瞑りながら、私はなおもロザリオを握りしめた。
身分を偽って、王族を、国を騙している。
……これが、私の罪だ。
懺悔室の中はしばらくの間、しんとした静けさに包まれた。
蝋燭の燃える音だけが、微かに聞こえる。
その沈黙を破ったのは、神父様だった。
「そう……ですか。あなたはずっと、その胸に苦しみを抱えておられたのですね」
「……」
返事を、することができなかった。
……苦しかった?
それは、そうだ。苦しくなかったわけではない。
けれど、なぜだろう……。
それだけではない、別の何かが胸につっかえていて、気持ちが悪い。
「ニア」
唐突に、神父様が私の名前を呼ぶ。
けれど私は、頭を上げることができなかった。
「……正直に、お伝えします」
その声に、体の熱が奪われる。
……何を?
いったい何を、神父様は私に伝えるつもりなのだろう?
体が、寒くてたまらない。
「どうしても私には、その偽りだという婚約が……あなたの罪であるように思えない」
「……そんなッ!」
咄嗟に、私は顔を上げた。
「そんなはずありません!これは、私の罪です!」
らしくなく、声を張り上げる。
そうだ。
これは、私が背負った、私の罪だ。
ミアの代わりに第二王子と婚約をしたことが、罪にならないわけがない。
それに、そもそも私が……ッ!
私が!!!
「私が、この世に生まれたことが、すでに罪なのです……!だから……ッ!!!」
「ニア……」
神父様がまた、私の名前を呼んだ。
その声はひどく……ひどく、穏やかだった。
「出生において、祝福されなかった子は……いるでしょう。ですが、生まれたことが罪になる子など、この世にはおりませんよ」
「ッ……!」
神父様の言葉を聞いて、なぜだろう……。
目の奥が熱くなる。
何か、何か言わなければと思うのに、喉につっかえるものがあって、うまく話せない。
(私が生まれたことは、罪では……ないの?)
ずっと、そう言われてきた。
私は、生まれてきたことが罪なのだと。
だから私も、そう思って……今まで生きてきた。
それなのに、神父様はそうではないという。
(私は……生きていても、いいの?)
……わからない。
だってそんなこと、今まで、考えたこともなかったから。
「もしも、本当にあなたに罪があるとするならば……きっと、別にあります」
「別、に……?」
「えぇ」
そう言うと、神父様はそれ以上、この件に関しては話してくれなかった。
「ところでニア」
「なん……でしょう?神父様」
戸惑う私をよそに、神父様はまるで世間話でもするかのように話し始めた。
「あなたは、王都はもう見てまわられたのですか?」
「いえ……外に出たのは、今日が初めてです」
「そうですか」
それが、いったいどうしたというのだろう。
神父様が何を考えているのかわからず、私は格子戸を見つめた。
「……外ではいつ、ミアの知り合いに会うかわかりませんから」
「なるほど。王都には、そんなにもミアの知り合いがいるのですか?」
「いえ……そういうわけでは……」
でも、万が一はいつだってあり得る。
だから私は、今日まで外に出なかった。
「ただ私は……リスクを避けているだけです」
「王都には、本物のミアを知る人間が、ほとんどいないというのに?」
「えぇ……」
また、うまく言い返すことができなかった。
確かに、神父様の言う通りだ。
けれど、だからと言って、私がミアにならなくていい理由にはならない。
「ニア、あなたは少し……ミアであろうとしすぎているのではありませんか?」
「それは……当然です。ここでは、私がミアなのですから」
「そうですね。ここでは……あなたがミアです」
「ッ……!」
私が、ミア。
それは、今までずっと繰り返してきた言葉だ。
それなのに、神父様の口から言われる血、まったく別の言葉のようだった。
「ですから、もう少しあなたの……ニアの好きにしてはいかがですか?」
「そんな……。そのようなことが、許されていいわけありません」
格子戸に向かって発する声に、熱がこもる。
だって私は、ミアの代わりなのだ。
だからミアのように振る舞わなくてはいけない。仕草も、趣味趣向も、何もかも、ミアでなければ、意味がない。
「そう、ですね……。急には受け入れ難いでしょうし、あくまで一つの考えとして、あなたの胸に留め置いてください」
「……そう、させていただきます」
「ただ……」
もう、これで話は終わりだと思っていたのに、神父様はさらに続けた。
「せっかく王都で暮らしているのですから、私としては、メイドに流行りの一つでも教えてもらってはどうかと思いますよ」
「……それくらい、でしたら」
神父様が言うように、流行りをクロエに聞くくらいなら、してもいいのかもしれない。
それに本当のミアだったら……きっと真っ先に王都の流行を聞いている。
「ありがとうございます、神父様。あの……またこちらへ伺ってもよろしいでしょうか?」
「えぇ、もちろんです。いつでも、ここへいらしてください。あなたに、神の祝福がありますように」
最後に、神父様から祝福をいただいて、私は懺悔室を後にした。
扉を開けると、ステンドグラスの輝きが私の目を刺す。
暗い部屋の中にいたせいか、いつも以上にその光が眩しい。けれどその眩しさは、不思議と嫌ではなかった。
鮮やかな光の中を進んで教会を出ると、馬車の前でクロエが私を待っていた。
「ミア様!おかえりなさいませ。もうよろしいのですか?」
「えぇ、ありがとう!とても楽しかったわ!さぁ、王宮へ帰りましょう!」
クロエを促して、私は今度こそ馬車へ乗り込む。
窓から外をのぞけば、街は来たときと同様に活気に溢れていた。よくよく見れば、この街の人たちの装いは、私の故郷とは少し違う。私の故郷では、淡い色合いの服装をよく見た。けれどここでは、鮮やかな色彩の服を身に纏っている人が多い。
ぼんやりと外を眺めながら、思い出すのは神父様の言葉だった。
『私としては、メイドに流行りの一つでも教えてもらってはどうかと思いますよ』
それくらいならと、あの時はそう思った。
けれどいざとなると、何と切り出せばいいのかわからなくなる。
(ミアだったら、なんて言うだろう……)
きっとミアだったら……そもそもこんなに考えて話さないだろうに。
「……ねぇ、クロエ」
「なんでしょう?ミア様」
きょとんと、クロエは突然話しかけてきた私を見つめた。
「今、王都では何が流行っているの?」
何気なく聞いた風を装いながら、クロエに尋ねる。
大丈夫、変ではない。
ミアだって、そうするはずだから。
「流行り……ですか?」
クロエはじっと私を見ながら、小さく首を傾げた。
なぜだろう。
見つめられているだけなのに。指先が、こんなにも冷たい。
「そうですね……最近ですと観劇や楽器……あとガーデニングでしょうか?」
「楽器は何を?」
「ピアノです。屋敷にもあったはずですよ」
「そうなの?また今度ぜひ弾いてみたいわ!」
私は、ミアのように喜んだ。
だってピアノは、ミアの趣味だから。
「承知いたしました。ではまた楽譜を用意いたしますね」
「えぇ、お願い!楽しみにしているわ!」
無理やり上げた口角が、やっぱり痛い。
けれど、その痛みを無視して、私は両手を合わせながら、クロエに心から喜んでいるように演技した。
***
教会を訪れてから数日後、クロエはすぐにピアノの楽譜を私の元に届けてくれた。
ピアノは、私が普段過ごす部屋の隣の部屋に置いてあった。
早速、楽譜を見ながら弾いてみるものの、ミアのようにうまくできない。
それでも私は、ピアノの練習を続けた。
(けれど、ピアノの練習だけしているわけにも、そろそろいかないわよね……)
ここへ来てから、もうすぐ月が一周する。第二王子の婚約者としての勤めを、そろそろ果たしていかなければ……。
そう、思い始めた頃だった。
「ミア様。お手紙が届いておりますよ」
「手紙?」
いったい、誰からだろう?
そう思いながら、差出人を確認する。そこには厳格な王家の印章が、真紅の蝋で押されていた。
(王家からの手紙だなんて、どういうこと?)
驚きを隠しながら、私はゆっくり封を切って、中身を取り出す。
そこに入っていたのは、一枚の厚紙だった。
「これは……招待状?」
「あぁ、春の舞踏会の招待状ですね。王都では年に四回、王家主催で舞踏会があるんですよ」
カードを見ながら、クロエが答えた。
「まぁ、素敵!以前社交界デビューした時も舞踏会だったの!あの時は秋だったわ」
以前、ミアが社交界デビューした時のことを思い出す。確か何人かの男性と、ダンスをしたと言っていたっけ。
「きっと、それと同じ舞踏会ですよ」
「なんて素敵なの!またあの舞踏会に参加できるだなんて!すごい、楽しみだわ!」
そう話す声とは裏腹に、私は手汗で招待状がふやけないか心配になっていた。
舞踏会?
そのような場、これまで一度も出席したことがない。
一応一般教養として、お父様に一通りのことは教えられた。けれど、それだけだ。実践など、したことがない。
確かに第二王子の婚約者として、そろそろ社交界に出なければと思っていた。けれど、最初はお茶会などの、もっと気軽なものから参加するつもりでいたのに……。
(どうしたら……)
その時、ふと浮かんだのが、あの懺悔室だった。
『いつでも、ここへいらしてください』
神父様は、そう言っていた。
幸い、明日は礼拝の日だ。
(明日、神父様に相談しよう……)
先日伺ったばかりではあるけれど、王都で私が頼れるのは、神父様しかいない。
そうだ。
そうするしかない。
クロエから舞踏会の話を聞きながら、私は胸に燻る不安を押し込めて、明日の懺悔室に想いを馳せた。




