↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
4/34

ワタシを形作るスカルプター

「……ミアの言うことは、絶対です。私はお姉さまの代わりとして、第二王子と婚約するしかありませんでした」



 全てを話し終えて、一息つく。

 ゆっくり目を瞑りながら、私はなおもロザリオを握りしめた。


 身分を偽って、王族を、国を騙している。

 

 ……これが、私の罪だ。


 懺悔室の中はしばらくの間、しんとした静けさに包まれた。

 蝋燭の燃える音だけが、微かに聞こえる。


 その沈黙を破ったのは、神父様だった。



「そう……ですか。あなたはずっと、その胸に苦しみを抱えておられたのですね」


「……」



 返事を、することができなかった。


 ……苦しかった?

 それは、そうだ。苦しくなかったわけではない。


 けれど、なぜだろう……。

 それだけではない、別の何かが胸につっかえていて、気持ちが悪い。



「ニア」



 唐突に、神父様が私の名前を呼ぶ。


 けれど私は、頭を上げることができなかった。

 


「……正直に、お伝えします」



 その声に、体の熱が奪われる。


 ……何を?

 いったい何を、神父様は私に伝えるつもりなのだろう?


 体が、寒くてたまらない。



「どうしても私には、その偽りだという婚約が……あなたの罪であるように思えない」


「……そんなッ!」



 咄嗟に、私は顔を上げた。



「そんなはずありません!これは、私の罪です!」



 らしくなく、声を張り上げる。


 そうだ。

 これは、私が背負った、私の罪だ。


 ミアの代わりに第二王子と婚約をしたことが、罪にならないわけがない。


 それに、そもそも私が……ッ!

 私が!!!



「私が、この世に生まれたことが、すでに罪なのです……!だから……ッ!!!」


「ニア……」



 神父様がまた、私の名前を呼んだ。

 その声はひどく……ひどく、穏やかだった。



「出生において、祝福されなかった子は……いるでしょう。ですが、生まれたことが罪になる子など、この世にはおりませんよ」


「ッ……!」



 神父様の言葉を聞いて、なぜだろう……。

 目の奥が熱くなる。


 何か、何か言わなければと思うのに、喉につっかえるものがあって、うまく話せない。



(私が生まれたことは、罪では……ないの?)



 ずっと、そう言われてきた。

 私は、生まれてきたことが罪なのだと。


 だから私も、そう思って……今まで生きてきた。


 それなのに、神父様はそうではないという。



(私は……生きていても、いいの?)



 ……わからない。


 だってそんなこと、今まで、考えたこともなかったから。



「もしも、本当にあなたに罪があるとするならば……きっと、別にあります」


「別、に……?」


「えぇ」



 そう言うと、神父様はそれ以上、この件に関しては話してくれなかった。



「ところでニア」


「なん……でしょう?神父様」



 戸惑う私をよそに、神父様はまるで世間話でもするかのように話し始めた。



「あなたは、王都はもう見てまわられたのですか?」


「いえ……外に出たのは、今日が初めてです」


「そうですか」



 それが、いったいどうしたというのだろう。


 神父様が何を考えているのかわからず、私は格子戸を見つめた。



「……外ではいつ、ミアの知り合いに会うかわかりませんから」


「なるほど。王都には、そんなにもミアの知り合いがいるのですか?」


「いえ……そういうわけでは……」



 でも、万が一はいつだってあり得る。

 だから私は、今日まで外に出なかった。



「ただ私は……リスクを避けているだけです」


「王都には、本物のミアを知る人間が、ほとんどいないというのに?」


「えぇ……」



 また、うまく言い返すことができなかった。


 確かに、神父様の言う通りだ。

 けれど、だからと言って、私がミアにならなくていい理由にはならない。



「ニア、あなたは少し……ミアであろうとしすぎているのではありませんか?」


「それは……当然です。ここでは、私がミアなのですから」


「そうですね。ここでは……あなたがミアです」


「ッ……!」



 私が、ミア。


 それは、今までずっと繰り返してきた言葉だ。

 それなのに、神父様の口から言われる血、まったく別の言葉のようだった。



「ですから、もう少しあなたの……ニアの好きにしてはいかがですか?」


「そんな……。そのようなことが、許されていいわけありません」



 格子戸に向かって発する声に、熱がこもる。


 だって私は、ミアの代わりなのだ。


 だからミアのように振る舞わなくてはいけない。仕草も、趣味趣向も、何もかも、ミアでなければ、意味がない。



「そう、ですね……。急には受け入れ難いでしょうし、あくまで一つの考えとして、あなたの胸に留め置いてください」


「……そう、させていただきます」


「ただ……」



 もう、これで話は終わりだと思っていたのに、神父様はさらに続けた。



「せっかく王都で暮らしているのですから、私としては、メイドに流行りの一つでも教えてもらってはどうかと思いますよ」


「……それくらい、でしたら」



 神父様が言うように、流行りをクロエに聞くくらいなら、してもいいのかもしれない。

 それに本当のミアだったら……きっと真っ先に王都の流行を聞いている。



「ありがとうございます、神父様。あの……またこちらへ伺ってもよろしいでしょうか?」


「えぇ、もちろんです。いつでも、ここへいらしてください。あなたに、神の祝福がありますように」



 最後に、神父様から祝福をいただいて、私は懺悔室を後にした。


 扉を開けると、ステンドグラスの輝きが私の目を刺す。

 暗い部屋の中にいたせいか、いつも以上にその光が眩しい。けれどその眩しさは、不思議と嫌ではなかった。


 鮮やかな光の中を進んで教会を出ると、馬車の前でクロエが私を待っていた。



「ミア様!おかえりなさいませ。もうよろしいのですか?」


「えぇ、ありがとう!とても楽しかったわ!さぁ、王宮へ帰りましょう!」



 クロエを促して、私は今度こそ馬車へ乗り込む。


 窓から外をのぞけば、街は来たときと同様に活気に溢れていた。よくよく見れば、この街の人たちの装いは、私の故郷とは少し違う。私の故郷では、淡い色合いの服装をよく見た。けれどここでは、鮮やかな色彩の服を身に纏っている人が多い。


 ぼんやりと外を眺めながら、思い出すのは神父様の言葉だった。



『私としては、メイドに流行りの一つでも教えてもらってはどうかと思いますよ』



 それくらいならと、あの時はそう思った。

 けれどいざとなると、何と切り出せばいいのかわからなくなる。



(ミアだったら、なんて言うだろう……)


 

 きっとミアだったら……そもそもこんなに考えて話さないだろうに。



「……ねぇ、クロエ」


「なんでしょう?ミア様」



 きょとんと、クロエは突然話しかけてきた私を見つめた。



「今、王都では何が流行っているの?」



 何気なく聞いた風を装いながら、クロエに尋ねる。


 大丈夫、変ではない。

 ミアだって、そうするはずだから。



「流行り……ですか?」



 クロエはじっと私を見ながら、小さく首を傾げた。


 なぜだろう。

 見つめられているだけなのに。指先が、こんなにも冷たい。



「そうですね……最近ですと観劇や楽器……あとガーデニングでしょうか?」


「楽器は何を?」


「ピアノです。屋敷にもあったはずですよ」


「そうなの?また今度ぜひ弾いてみたいわ!」



 私は、ミアのように喜んだ。

 だってピアノは、ミアの趣味だから。



「承知いたしました。ではまた楽譜を用意いたしますね」


「えぇ、お願い!楽しみにしているわ!」



 無理やり上げた口角が、やっぱり痛い。

 けれど、その痛みを無視して、私は両手を合わせながら、クロエに心から喜んでいるように演技した。




***




 教会を訪れてから数日後、クロエはすぐにピアノの楽譜を私の元に届けてくれた。


 ピアノは、私が普段過ごす部屋の隣の部屋に置いてあった。

 早速、楽譜を見ながら弾いてみるものの、ミアのようにうまくできない。


 それでも私は、ピアノの練習を続けた。



(けれど、ピアノの練習だけしているわけにも、そろそろいかないわよね……)



 ここへ来てから、もうすぐ月が一周する。第二王子の婚約者としての勤めを、そろそろ果たしていかなければ……。


 そう、思い始めた頃だった。



「ミア様。お手紙が届いておりますよ」


「手紙?」



 いったい、誰からだろう?

 そう思いながら、差出人を確認する。そこには厳格な王家の印章が、真紅の蝋で押されていた。



(王家からの手紙だなんて、どういうこと?)



 驚きを隠しながら、私はゆっくり封を切って、中身を取り出す。

 そこに入っていたのは、一枚の厚紙だった。



「これは……招待状?」


「あぁ、春の舞踏会の招待状ですね。王都では年に四回、王家主催で舞踏会があるんですよ」



 カードを見ながら、クロエが答えた。



「まぁ、素敵!以前社交界デビューした時も舞踏会だったの!あの時は秋だったわ」



 以前、ミアが社交界デビューした時のことを思い出す。確か何人かの男性と、ダンスをしたと言っていたっけ。



「きっと、それと同じ舞踏会ですよ」


「なんて素敵なの!またあの舞踏会に参加できるだなんて!すごい、楽しみだわ!」



 そう話す声とは裏腹に、私は手汗で招待状がふやけないか心配になっていた。


 舞踏会?

 そのような場、これまで一度も出席したことがない。


 一応一般教養として、お父様に一通りのことは教えられた。けれど、それだけだ。実践など、したことがない。


 確かに第二王子の婚約者として、そろそろ社交界に出なければと思っていた。けれど、最初はお茶会などの、もっと気軽なものから参加するつもりでいたのに……。



(どうしたら……)



 その時、ふと浮かんだのが、あの懺悔室だった。



『いつでも、ここへいらしてください』



 神父様は、そう言っていた。

 幸い、明日は礼拝の日だ。



(明日、神父様に相談しよう……)



 先日伺ったばかりではあるけれど、王都で私が頼れるのは、神父様しかいない。


 そうだ。

 そうするしかない。


 クロエから舞踏会の話を聞きながら、私は胸に燻る不安を押し込めて、明日の懺悔室に想いを馳せた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。