セタスの懺悔
重い。
木製の扉を、私はゆっくりと開く。
礼拝堂の中とは打って変わって、薄暗い懺悔室の中には、蝋燭の明かりが静かにゆらめいていた。誰かに見つかってはいけない気がして、私は急いで扉を閉める。
(いきなり入ってしまったけれど、この後どうすればいいのかしら……?)
わからずに立ち尽くしていると、格子戸の向こうから、不意に声をかけられた。
「今日はよくお越しくださいました。どうぞ、おかけください」
「え、えぇ……」
神父様に促されて、私は慌てて椅子に腰掛ける。
どうやら神父様は、格子戸を隔てて反対側にいらっしゃるらしい。声だけははっきり聞こえるものの、こちらからはまったく姿が見えなかった。
「あ、あの……」
それだけ言って、私は視線を下げてドレスの裾を握りしめる。
その手は、また震え出していた。
「……焦らなくて大丈夫ですよ。どうぞ、ゆっくりお話しください。ここでの話は、神と私しか知り得ませんから」
優しく包み込まれるような神父様の声に、自然と顔が上がる。
少しだけ、下唇を噛み締めた。
けれど一度小さく息を吸って、私は改めて話しを始めた。
「……ありがとうございます。どうしても、聞いていただきたい罪があるのです。……ですから、ここに参りました。神父様……私の懺悔を、聞いてくださいますか?」
「もちろんです。ここはそのための場ですから」
「……でも、何から話せば良いのか……」
少しだけ考える。
けれど、やはり最初に伝えるべきは……これ、だろう。
「そう、ですね。まずは名前を……私の名前から。私はニア、ニア・エアレンデル・シルビアス。ミア・ソレイユ・シルビアスの、いてはならない双子の妹です」
「……シルビアス?」
すぐに神父様は、私の名前を聞き返した。
たったそれだけのことなのに、心臓が大きく脈打つ。
「……はい。先日、第二王子のヴォルフラム様と……婚約した者です」
私には、そう答えるのが精一杯だった。
……顔を、上げられない。
心臓の音は、こんなにもうるさかっただろうか。
「あぁ、失礼しました。そうですか、あなたがヴォルフラム様の」
けれど、そんな私の不安とは裏腹に、神父様の声はあまりにもあっさりしたものだった。
思わず、私は面食らう。
「しかし、シルビアス卿には、娘が一人しかいないと聞いておりますが……?」
「え……えぇ、表向きは……」
戸惑いながらも、私は口を開いた。
神父様のおっしゃる通り、お父様の子は一人だけだ。
「先ほどお伝えした通り、私とお姉さまは……双子です。私は、その妹です」
「そうおっしゃっていましたね」
相変わらず、神父様は穏やかだ。
……そうか。
双子と聞いても、王都ではこれが普通なのか。
私は再び、下唇を噛み締めた。
「ですから私は……お父様の子ではなく、悪魔の子……なのです」
「……悪魔の子、ですか?」
ほんの一瞬、神父様の声から温度が消えた。
「……また、ずいぶんと古い話をされますね」
けれどすぐに、神父様は先ほどまでの調子に戻った。
「ですが、悪魔の子とされてきた双子の弟妹を殺すことは、すでに法で禁じられています。地方では、差別の対象となることもあるのかもしれませんが、もう既に廃れた……」
廃れた風習。
神父様はそうおっしゃるけれど、実際はそうではない。
私は神父様の言葉を遮って、静かに首を横に振った。
「……王都では、そうなのかもしれません。ですが、私の生まれた北の辺境地では、法よりも古くからの習慣の方が力を持っていました」
「えっ……?」
神父様は、息を呑んだ。
「私は生まれてすぐ……処分、されるはずでした」
淡々と、私は答えた。
けれど、つい……ドレスの裾を握る手に、力が入る。
「ッ……!そんなことが、本当に?」
「……事実です」
「ですが……あなたはこうして、ここにいらっしゃるではありませんか?」
「それは……」
言葉に詰まる。
私がここにいる理由。
それは、私が幸運だっただけだ。
「……私が今、こうして生きていられるのは、亡くなったお母様と、この……容姿のおかげです」
「……容姿?」
「えぇ……」
私はそっと、自分の頬に手を当てた。
この容姿がなかったら……。私はきっと、ここに存在していない。
「私とミアお姉さまは、幼い頃から……とてもよく似ているのです」
服を着替えてしまえば、お父様でも見分けがつかないほどに。
「ですからお父様は、お姉さまに何かあったときの身代わりになることを条件に、私に生きることを許してくださいました」
「そんな、生きることに条件なんて……それでは、奴隷となんら変わらないではありませんか……!」
「奴隷……ですか。確かに、そうかもしれません」
つい、口角が上がる。
そうだ。
必要だったから、私は生かされていただけ。
必要なくなれば、それで終わり。
私は、首から下げていたロザリオを、ぎゅっと握りしめた。
「ですから私は……取り返しのつかない罪を犯したのです」
神父様は、何も言わなかった。
ゆっくりと、私は目を閉じる。
思い出されるのは、ミアの言葉だった。
『じゃあ、私の代わりにしっかりやってちょうだいね、ミア』
そう見送られて、あの日私は屋敷を出た。
馬車に揺られて向かったのは、他でもない王都だ。けれど私には、絞首台に向かっているようにしか思えなかった。
手に痕がつくほど、ロザリオを握りしめる。
神父様の、沈黙が痛い。
私は、顔を上げることができなかった。
脳裏には、あの日のことが鮮明に蘇ってくる。
……あれは、珍しく雪が止んで、暖かい光がきらきらと、真っ白な雪を照らす日だった。
「お姉さまの元に、ヴォルフラム様から……婚約の申し入れがありました」
「……それは……」
神父様も、言い淀んでしまった。
……当然だ。
本来なら、とても喜ばしい知らせのはずなのに、この国では、そうではないのだから。
第二王子のヴォルフラム様は、社交界はおろか、式典にさえ姿を見せないことで有名だ。
おかげで、どこまで本当なのかわからない噂が、後を絶たない。
容姿が醜い。
人が苦手。
女性が怖い。
しまいには、悪魔に呪われているのだとまで言われている。
私でさえ、その噂を知っているほどだ。
「……ですからお姉さまも、当然のように婚約を嫌がりました」
『嫌よ、お父さま!私、絶対に第二王子と婚約なんかしないわ!』
『ミア、わがままを言うんじゃない!こんな良縁、他にあるか!』
『良縁だなんて……!他の貴族令嬢が断ったから、私にお声がかかっただけじゃない!嫌なものは嫌!私にはもっと、素敵な方がいらっしゃるはずだもの!』
『そうは言っても……我が家が苦しいのは、お前もわかっているだろう?』
使用人に聞かれないようにするためか、二人は人が滅多に近寄らない場所で話をしていた。
私がひっそりと隠れて過ごす部屋の、すぐ横で。
第二王子との婚約を望まないお姉さま。
王家と懇意になって、家の再興をはかりたいお父様。
話は平行線だった。
けれど話の中で、ふとミアが気づいてしまった。
どちらの希望も可能にする、唯一の方法を……。
『そうだわ!こんな時のために、私には代わりがいるんじゃない!!!』
なんて無邪気な声だっただろう。
あの声が、いまだに私の耳から離れない。




