↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
3/34

セタスの懺悔

 重い。

 木製の扉を、私はゆっくりと開く。


 礼拝堂の中とは打って変わって、薄暗い懺悔室の中には、蝋燭の明かりが静かにゆらめいていた。誰かに見つかってはいけない気がして、私は急いで扉を閉める。



(いきなり入ってしまったけれど、この後どうすればいいのかしら……?)



 わからずに立ち尽くしていると、格子戸の向こうから、不意に声をかけられた。



「今日はよくお越しくださいました。どうぞ、おかけください」


「え、えぇ……」



 神父様に促されて、私は慌てて椅子に腰掛ける。

 どうやら神父様は、格子戸を隔てて反対側にいらっしゃるらしい。声だけははっきり聞こえるものの、こちらからはまったく姿が見えなかった。



「あ、あの……」



 それだけ言って、私は視線を下げてドレスの裾を握りしめる。

 その手は、また震え出していた。



「……焦らなくて大丈夫ですよ。どうぞ、ゆっくりお話しください。ここでの話は、神と私しか知り得ませんから」



 優しく包み込まれるような神父様の声に、自然と顔が上がる。


 少しだけ、下唇を噛み締めた。

 けれど一度小さく息を吸って、私は改めて話しを始めた。



「……ありがとうございます。どうしても、聞いていただきたい罪があるのです。……ですから、ここに参りました。神父様……私の懺悔を、聞いてくださいますか?」


「もちろんです。ここはそのための場ですから」


「……でも、何から話せば良いのか……」



 少しだけ考える。

 けれど、やはり最初に伝えるべきは……これ、だろう。



「そう、ですね。まずは名前を……私の名前から。私はニア、ニア・エアレンデル・シルビアス。ミア・ソレイユ・シルビアスの、いてはならない双子の妹です」


「……シルビアス?」



 すぐに神父様は、私の名前を聞き返した。

 たったそれだけのことなのに、心臓が大きく脈打つ。



「……はい。先日、第二王子のヴォルフラム様と……婚約した者です」



 私には、そう答えるのが精一杯だった。

 ……顔を、上げられない。


 心臓の音は、こんなにもうるさかっただろうか。



「あぁ、失礼しました。そうですか、あなたがヴォルフラム様の」



 けれど、そんな私の不安とは裏腹に、神父様の声はあまりにもあっさりしたものだった。

 思わず、私は面食らう。



「しかし、シルビアス卿には、娘が一人しかいないと聞いておりますが……?」


「え……えぇ、表向きは……」



 戸惑いながらも、私は口を開いた。


 神父様のおっしゃる通り、お(・)父(・)様(・)の(・)子(・)は一人だけだ。



「先ほどお伝えした通り、私とお姉さまは……双子です。私は、その妹です」


「そうおっしゃっていましたね」



 相変わらず、神父様は穏やかだ。


 ……そうか。

 双子と聞いても、王都ではこれが普通なのか。


 私は再び、下唇を噛み締めた。



「ですから私は……お父様の子ではなく、悪魔の子……なのです」


「……悪魔の子、ですか?」



 ほんの一瞬、神父様の声から温度が消えた。



「……また、ずいぶんと古い話をされますね」



 けれどすぐに、神父様は先ほどまでの調子に戻った。 



「ですが、悪魔の子とされてきた双子の弟妹を殺すことは、すでに法で禁じられています。地方では、差別の対象となることもあるのかもしれませんが、もう既に廃れた……」



 廃れた風習。

 神父様はそうおっしゃるけれど、実際はそうではない。


 私は神父様の言葉を遮って、静かに首を横に振った。



「……王都では、そうなのかもしれません。ですが、私の生まれた北の辺境地では、法よりも古くからの習慣の方が力を持っていました」


「えっ……?」



 神父様は、息を呑んだ。



「私は生まれてすぐ……処分、されるはずでした」



 淡々と、私は答えた。

 けれど、つい……ドレスの裾を握る手に、力が入る。



「ッ……!そんなことが、本当に?」


「……事実です」


「ですが……あなたはこうして、ここにいらっしゃるではありませんか?」


「それは……」



 言葉に詰まる。


 私がここにいる理由。

 それは、私が幸運だっただけだ。



「……私が今、こうして生きていられるのは、亡くなったお母様と、この……容姿のおかげです」


「……容姿?」


「えぇ……」



 私はそっと、自分の頬に手を当てた。

 この容姿がなかったら……。私はきっと、ここに存在していない。



「私とミアお姉さまは、幼い頃から……とてもよく似ているのです」



 服を着替えてしまえば、お父様でも見分けがつかないほどに。



「ですからお父様は、お姉さまに何かあったときの身代わりになることを条件に、私に生きることを許してくださいました」


「そんな、生きることに条件なんて……それでは、奴隷となんら変わらないではありませんか……!」


「奴隷……ですか。確かに、そうかもしれません」



 つい、口角が上がる。


 そうだ。

 必要だったから、私は生かされていただけ。


 必要なくなれば、それで終わり。


 私は、首から下げていたロザリオを、ぎゅっと握りしめた。



「ですから私は……取り返しのつかない罪を犯したのです」



 神父様は、何も言わなかった。


 ゆっくりと、私は目を閉じる。

 思い出されるのは、ミアの言葉だった。



『じゃあ、私の代わりにしっかりやってちょうだいね、ミ(・)ア(・)』



 そう見送られて、あの日私は屋敷を出た。

 馬車に揺られて向かったのは、他でもない王都だ。けれど私には、絞首台に向かっているようにしか思えなかった。


 手に痕がつくほど、ロザリオを握りしめる。


 神父様の、沈黙が痛い。

 私は、顔を上げることができなかった。


 脳裏には、あの日のことが鮮明に蘇ってくる。

 ……あれは、珍しく雪が止んで、暖かい光がきらきらと、真っ白な雪を照らす日だった。



「お姉さまの元に、ヴォルフラム様から……婚約の申し入れがありました」


「……それは……」



 神父様も、言い淀んでしまった。


 ……当然だ。

 本来なら、とても喜ばしい知らせのはずなのに、この国では、そうではないのだから。


 第二王子のヴォルフラム様は、社交界はおろか、式典にさえ姿を見せないことで有名だ。

 おかげで、どこまで本当なのかわからない噂が、後を絶たない。


 容姿が醜い。

 人が苦手。

 女性が怖い。

 しまいには、悪魔に呪われているのだとまで言われている。


 私でさえ、その噂を知っているほどだ。



「……ですからお姉さまも、当然のように婚約を嫌がりました」



『嫌よ、お父さま!私、絶対に第二王子と婚約なんかしないわ!』


『ミア、わがままを言うんじゃない!こんな良縁、他にあるか!』


『良縁だなんて……!他の貴族令嬢が断ったから、私にお声がかかっただけじゃない!嫌なものは嫌!私にはもっと、素敵な方がいらっしゃるはずだもの!』


『そうは言っても……我が家が苦しいのは、お前もわかっているだろう?』



 使用人に聞かれないようにするためか、二人は人が滅多に近寄らない場所で話をしていた。

 私がひっそりと隠れて過ごす部屋の、すぐ横で。


 第二王子との婚約を望まないお姉さま。

 王家と懇意になって、家の再興をはかりたいお父様。


 話は平行線だった。

 けれど話の中で、ふとミアが気づいてしまった。


 どちらの希望も可能にする、唯一の方法を……。



『そうだわ!こんな時のために、私には代わりがいるんじゃない!!!』 



 なんて無邪気な声だっただろう。

 あの声が、いまだに私の耳から離れない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。