ルーパスの懺悔
「神父様の……懺悔?」
「はい」
静かに、神父様が言った。
いったい、神父様は何を懺悔することがあるというのだろう……。
私は、じっと格子戸を見つめる。
「どうしてもあなたに、ニアに聞いて欲しいのです」
けれど、その声はとても真っ直ぐで……。
私も、握った拳に力を込めた。
「……わかりました」
「ありがとうございます、ニア」
そう言う神父様の声は、とても柔らかかった。
私は改めて、懺悔室の椅子に腰を下ろした。
「私は……あなたに一つ、隠し事をしていました」
「隠し事……ですか?」
「……えぇ。少し長くなりますが、私の出自からお話ししても?」
いつもとは違う神父様の様子に、少し不安になる。
けれどそれ以上に、私は……神父様の話を聞きたい。
そう、思った。
「構いません」
きっぱりと私が答えると、神父様は少しだけ沈黙した。
何を、言おうとしていらっしゃるのだろう。
神父様の言葉を待って、格子戸を見つめていた時だった。
「……私も、あなたと同じ悪魔の子、なのです」
「えっ……」
思いもよらない告白に、息を呑む。
神父様が、悪魔の子……?
もう、王都ではそのような風習はないと、以前神父様は話していらっしゃったのに?
「……双子ではないので、厳密には違うのですが、私には異母兄弟……兄がいます。その兄と私は、同じ月、同じ日に生まれました」
「それは……」
確かに、双子ではない。
けれど、同じ父を持つ二人が、同じ日に生まれるだなんて……。
これが、私の故郷であったとしたら……多分、後から生まれた方は、この世にいない。
悪魔の子……といえば、そうなのだろう。
驚きを隠すことができず、私は格子戸を見つめることしかできなかった。
「辺境の地出身の私の母は、当然私のことを気味悪がりました。それに倣い、周囲の人間も、私に近づこうとはしませんでした」
「そんな……っ」
神父様は、何もしていないのに。
そう、言いかけて私は口を噤んだ。
「しかし私には、私を愛してくれる祖母がおりました」
「お婆様が?」
「はい。祖母は……あなたの瞳に、とてもよく似た方でした」
そう答える神父様の声は、とても弾んでいた。
「他国出身の祖母には、この国の慣習など関係なかったのでしょうね。そのおかげで、私は幼少期……言うほど辛くはなかったのです」
「……それは、よかった。幼少期の神父様が、楽しい思い出に包まれていらっしゃって」
幼少期の神父様を思うと、自然と、私も顔が綻んだ。
「ありがとうございます。それよりも、私が困っていたのは……家督争いです」
お婆様の話とは打って変わって、神父様の声から、温度が消える。
「家のことは全て、兄に任せるつもりでいました。しかし、周囲の者が勝手に、私を祭り上げようとして……望んでもいない地位に就かせようとしたのです」
それ自体は、よくあることだ。
けれど、神父様には本当に野心も何もなかったのだろう。
「ですから私は社交界はおろか、式典さえも出ることなく十七まで過ごし、十七を迎えてすぐ、聖職の道に進みました。これでもう、家との縁は切れたと……そう思っていたのですが……」
再び、神父様は言い淀む。
不思議に思いながら、私はじっと格子戸を見つめた。
「……父上が勝手に、私の婚約を取り付けてきたのです」
「そんな……!それでは強制的に、家に戻るよう言っているのと変わらないではありませんか!」
思わず、声が大きくなる。
神父様はご自身で家を出ると決められたのに、それを戻そうとするなんて……。
「えぇ。私も、すぐに婚約を取りやめてもらうよう、父上に言ったのですが、形だけでもと押し切られてしまいました」
一瞬、神父様は口を噤んだ。
「……申し訳ありません、ニア」
「えっ……?」
急な神父様からの謝罪に、私は目を丸くする。
なぜ、神父様は私にそのような言葉を……?
けれど、神父様は話を続けた。
「書類上とはいえ、相手の方にも申し訳ないことをしました。ですから、手紙には私に関わらず、好きに過ごしてもらいたいと書いたのですが……それが余計に、たびたびあなたを苦しめてしまいましたね」
「っ……!」
私の脳裏に、一通の手紙が過ぎる。
思わず、私は口元を手で覆った。
「先に言いますが、私は本当に、あなたと関わるつもりはなかったのです。あなたが、王都で幸せに暮らしてくださるのなら……それでよかった」
そんな。
そんなわけがない。
けれど、なぜだろう。
目の奥が、熱くてたまらない。
「……ですが、そうもいきませんでしたね。本当に、申し訳ありません。ニア」
何度も、神父様は私に謝罪の言葉を述べる。
そんなこと、言わないでください。
私はあなたに、感謝しても仕切れない。
「最初は、どうすればいいのか、私にもわからなかったのです。まさか、婚約者が懺悔をしにくるだなんて、誰が思うでしょう?ですから、最初はそっけなかったと思います。そちらも、申し訳ありませんでした」
「……い、いいのです……ウィリアム、神父様」
顔を下ろしながら、私はなんとか言葉を絞り出した。
「……ニア、私は……あなたに隠し事があると言いました」
そう神父様が言うと、カーテンの開く音がした。
ガチャっと、鍵が開く。
私は思わず、顔を上げた。
格子戸が、ゆっくりと開く。
「私の名前は、ウィリアムではありません」
格子戸の奥には、一人の男性が、困った顔で微笑んでいた。
その男性は、黒い髪の間から、月のような目で真っ直ぐに私を見つめている。顔の右側には、痛々しい火傷の痕が残っていた。
「私の本当の名前は、ヴォルフラム……ヴォルフラム・レウコス・ナヴィガトリアです」




