レオはソレイユとワルツを踊れない
「……お前は、誰だ?」
己の口から発した言葉のはずなのに、自分でも、何を言っているのかわからない。
突然の俺の発言に、教会内がざわつく。
だが、そんなことはどうでもいい。
俺は目の前にいる女の腕を、強く握った。
「な、何をおっしゃるのですか、レグルス様!あなたの目の前にいるのはミアではありませんか?!」
目の前にいる女が、ミア……だと?
仕草、表情、話し方……どれをとっても、確かに側から見れば、完璧にミアだ。
だが、断言する。
「いいや、お前はミアではない」
「ッ……?!」
誓いのキスの直前、この女が俺に向けたのは、妙に熱のこもった、卑しい有象無象の魚どもとまったく同じ視線だった。
……彼女は、ミアは、決してそんな目をしない。
(ミアだったら……)
きっと表面では喜びを浮かべながら、水底のように澄んだ瞳の奥に、俺への怒り、そして俺の言いなりになりしかなかった悲しみが潜んでいるはずだ。
「……ミアは、どこだ?彼女はどこにいる?!」
「ッ痛い……!」
女の腕を掴む手に、より一層力がこもる。
痛みで眉を顰める姿も、ミアにそっくりだ。
こめかみに、青筋が立つ。
「突然、どうされたのです、レグルス様!私がミアではないだなんて……何ですの?おかしなことをおっしゃらないでくださいませ、レグルス様!私こそミアです……!」
「……私こそ?」
女が発した言葉を、ゆっくり復唱する。
俺に睨みつけられてなのか、それとも失言のせいか……女は小さく悲鳴をあげた。
「……どういう意味だ?」
「い、意味も何も、私がミアなのです!ねえ、お父様!」
再び問いただせば、女は明らかに動揺を見せながら、一番前の席に座していたシルビアス卿に助けを求めた。
俺は視線だけをシルビアス卿に向けると、そこには女と同じように動揺を隠せず震えている老紳士の姿があった。まだ、堂々としていればいいものを……。
「そ……そうです、レグルス様!私の娘はこのミア一人のみ!それをミアではないなどと……王子とはいえ、失礼ではありませんか!!!」
「……そうか」
二人揃ってしらを切るというのであれば、仕方がない。
「では聞こう」
「ッ……!!」
「初めて僕とダンスを踊ったあの晩、君は僕たちを……何に例えた?」
「そ、それは……」
俺の問いかけに、女は目を泳がせる。
当然だ。正しい答えが、この女の口から出てくるはずがない。
やはり、この女はミアの偽物だ。
疑念が、確信に変わる。
より一層、腕を強く握りしめたとき、女はふと思い出したように、小さく口を開いた。
「ら……ライオンと、太陽の御伽話……ですわ」
声も絶え絶えに、女は答えた。
……なぜこの女が、それを知っている?
(俺が勘違いをしているだけで、本当にこの女がミア……なのか?)
眉をひそめながら、俺はさらに女に問いかけることにした。
「では……春の舞踏会で、君は倒れそうになったね」
「え、えぇ……」
「その時に、僕は君になんと言った?」
「えぇ……っと……」
ミアなら、覚えているはずだ。
春の舞踏会のおり、俺が……彼女にかけた言葉を。
「も、もちろん、レグルス様は私が太陽のようだと!!!」
声を張り上げ、女は答える。
その瞬間、俺からさっと熱が消えた。
「……決まったな」
「えっ?」
女は俺の顔を見ながら、目をぱちくりとさせる。
やめろ。ミアとまったく同じ顔で、無様な姿を晒すな。
「今すぐ、この女をここから連れ出せ」
「なッ?!」
静かに、俺は女を掴んでいた手を捨てるように離しながら、近衛兵に命令した。急に手を離された反動で、女は尻餅をつく。
だが、別にこの女がどうなろうと、俺の知ったことではない。
「父親……シルビアス卿もだ」
「私もでございますか?!」
その場から動こうとするシルビアス卿を、近衛兵たちが即座に制止する。
近衛兵たちの間から、二人は縋るように、俺に視線を向けてきた。
煩わしいことこの上ない。お前たちは、自分が何をしたのか、わかっていないのか?
「俺を……いや、貴様らは国を謀ったのだ。然るべき処分を行うに決まっているだろう?……連れて行け」
「お、お待ちください!レグルス様!!!ミアは私です!私がミアなのです!レグルス様ッ!!!」
近衛兵に連れて行かれながらも、キャンキャン吠える女の声が、耳につく。
クソ。ミアにそっくりな声で、あの女……ただでは済まさんぞ?
少なくとも、すぐにミアについて知っていることを洗いざらい吐かせよう。処遇を考えるのは、その後だ。
ぎりっと、奥歯を噛み締める。
ミア……。
ミア!
君は、いったいどこにいるというんだ?
……その時だった。
「ッ……あはははははははは!」
教会の中を、聞き馴染みのある女の笑い声が反響する。
この、声は……。
「傑作ね!レグルス!」
「……セシリア」
笑い声を上げる女に、周囲の視線が集まった。
教会の一番後ろの席で、真っ赤なドレスに身を纏い、腹を抱えて馬鹿のように笑っているのは、俺の元婚約者……セシリアだった。
「あはははは!残念だったわね!あなたの愛した女など、最初からいなかったのよ!」
「……どういうことだ?」
最初からいなかった?
そんなはずはない。
彼女は、ミアは……確かに存在した。
笑いを止めないセシリアを、俺はじっと睨みつける。
「でもそうでしょう?あなたが今日、結婚するはずだったミアはどこにいるというの?さっき連れていかれてしまったというのに!」
「アレは、ミアではないだろう?」
ぴくっと、無意識に眉毛が動いた。
笑いを堪えながら、セシリアは呼吸を整える。
こいつに構っている場合ではない。それなのに、セシリアの挙動から、目を離すことができなかった。
「……いいえ、彼女がミアよ」
ひとしきり笑って、セシリアは口角を上げながら話し始める。
「……何?」
「彼女こそが、ミア・ソレイユ・シルビアス。先ほど一緒に連れて行かれた、シルビアス卿の一人娘。間違いなく、あの女がミアだと言ったの」
「違う!アレは偽物だ!!!」
俺は声を張り上げて否定する。
そんな俺の姿を見て、セシリアはとても嬉しそうに目を細めた。
「いいえ、事実よ。だって、北部のシルビアス邸には、ついひと月前まで、彼女がいたんですもの」
「なっ……?!彼女がいたのは、この王宮だろう?!」
セシリアが何を言っているのか、意味がわからない。
ミアが、彼女の故郷であるシルビアス邸にいた……だと?
そんなこと、あるわけがない。
彼女はこの春からずっと、この王宮にいたではないか。
「でも、それが真実なの。まったく、シルビアス卿も何を考えていらっしゃるのか……影武者を使うのであれば、本物はきちんと隠しておいて然るべきでしょうに」
「影……武者?」
「そうよ。シルビアス邸にいたのが、本物のミア。そして、王宮にいたのが、ミアの影武者。まったく、バレないとでも思ったのかしら?そうだとしたら、シルビアス卿はよっぽど楽観的な方でいらっしゃるのね」
「何を根拠に……!セシリア、あまり口から出まかせを並べるようであれば、お前とてただでは……ッ」
「えぇ、どうぞご自由に!ですが、わたくしが何の用意もせず、こんな話をすると思って?」
そう言って、セシリアは真っ赤な紅を引いた唇で、綺麗な弧を描いた。
いったい……何をする気だ?
じっと、俺はセシリアを見つめる。
するとセシリアはどこから取り出したのか、大量の紙を、教会内にばら撒いた。
「これが、証拠よ!!!」
舞い散る紙の一枚を、咄嗟に手に取る。
そこには、この春に北部でミアと会話をしたという者の詳細な証言と、証言をした者の署名が書かれていた。しかも、相手は一人ではない。複数人から、同じ証言が出ていると記載されている。
まさか、そんなはずが……。
慌てて、俺は他の紙も拾って中身を確認した。すると今度は、別の日に買い物へ行ったという内容が書かれている。こちらも、複数人から裏どりがされていた。しかもその日付は……忘れるはずがない。俺がミアと、初めて一緒に観劇を見に行った、あの日だ。
文章だけ読めば、間違いなくミアはつい最近まで北部にいたことがわかる。
これだけの証言、署名があるのだ。信じざるを得ない。
だが……。
……では、俺が会っていたミアは、いったい、どこへ消えたのだ?
手に持っていた紙が、気づけばぐちゃぐちゃになっていた。
「今日はこのことを教えて差し上げようと思って参列いたしましたの。だって第一王子とあらせるレグルス様が、末端の貴族風情に謀られるなんて……あってはなりませんもの」
口元を扇子で覆いながらセシリアは、ひどく饒舌だった。
「本当、わたくしってばなんて優しいんでしょう。けれど、この国はきっと、あの時から悪魔に呪われているのだわ!」
「やめろ、セシリア嬢!それ以上は!」
それ以上は、口が過ぎる。
そう、父上がセシリアを止めようとする。
けれどセシリアは、父上の制止を耳にしてもなお、口角を上げるだけだった。
「だってそうでしょう?今は亡きヴォルフラム様が、悪魔の子なんですもの!悪魔を殺したのだから、呪われて当然だわ!あーッはははははは!!!!!」
教会には、いつまでもセシリアの笑い声が響いていた。
だが、その声は俺の耳には届かなかった。
ミア。
ミア……。
君は一体、誰なんだ?




