テレスコピアムでで見えた先
翌日、私はお姉さまに言われるがまま、二人だけで王宮を出た。
クロエには渋い顔をされてしまったけれど、元々住んでいた屋敷のメイドだからと言って、ミアは強引に私と二人だけになったのだ。
ミアは王都を案内して欲しいと言っていたけれど、正確にはミアの買い物だった。
王都で流行っているものを教えて欲しいとのことだったので、一応小説についてミアに伝えてみた。けれど予想通りミアは「ふーん」と生返事をするだけで、全く興味がなさそうだった。観劇についても同じだ。
それよりも、どのようなドレスやアクセサリーが流行っているのか、特にレグルス様はどのようなものが好みなのかの方が気になるらしく、移動中の馬車の中で私に根掘り葉掘り聞いてきた。
私は元々、あまり服飾品に関してこだわりがあるわけではないので、選ぶ際はほとんどクロエ任せになっている。
なので、そのことをお姉さまに伝えた。
「本当、ニアらしいわね。いいわ、これからは私が自分で考えるようにすればいいだけだから」
そう言ってお姉さまは、いくつか服飾店を見て回り、ミアの名前でドレスや宝石を何点も購入した。
(そういえば、こうしてお姉さまと二人で買い物だなんて、初めてだ……)
もしも私たちが、普通の姉妹だったら……このように買い物に出かけることもあったのだろうか。好みは違うけれど、あれこれ言いながら買い物をして、どこかでランチを食べて……。そんな妄想が、頭に浮かぶ。
けれど、それはどこまで行っても妄想で、きっとお姉さまと買い物に行くことは、これが最初で最後なのだろう。
買い物を済ませて店を出る。
ふと、空を見上げれば、茜色から徐々に夜の薄い幕が降り始めていた。
「もうそろそろ、屋敷へ帰りましょうか」
そう、私がお姉さまに声をかけた時だった。
空の一部が、茜色よりもさらに濃い緋色に染まっていることに気がついた。そして同じ色の鱗粉が、はらはらと空に舞っている。緋色の一層濃いところからは、黒煙がまるで柱のように轟々と立ち昇っていた。
耳をすませば、遠くから人の叫ぶような声が聞こえる。
「……何?どうしたっていうの?!」
その様子を見たミアは、顔を真っ青にしながら口元を覆った。
「もしかして……火事?」
どう見ても、どこかで火の手が上がっている。
いったい、どこで?
「あなたたちも、早く離れなさい!あっちの方で火事だ!」
そう、親切な男性が私たちにも逃げるよう声をかけてくれる。
けれど、私にはそれよりも聞きたいことがあった。
「あっち……?あっちって……」
男性が指差した方角を見て、私は息を呑んだ。
だって、だってあの方角にあるのは──。
「……きょう、かい……?」
「そうだ!教会で火事だ!!!」
王都にある教会は、あそこだけ……。
あの、いつも通っている教会……ただ一つしかない。
『……ニア』
脳裏に聞こえたのは、いつも私の名前を呼んでくださる、穏やかな声だった。
「……神父様っ!」
「ちょっと、ニア!?」
ミアの制止も聞かないで、私は考えるよりも早く、駆け出していた。
こちらへ向かってくる人混みをかき分けて、逆走する。肩や脚、腕など、あちこちを行き交う人々とぶつけながら、それでも私は教会を目指した。
教会に近づけば近づくほど、周囲が、赤く染まっていく。
火の粉が、私を拒むように降り注ぐ。
炎の明かりと煙で、目が痛い。
息をする喉も、熱くてたまらない。
けれど、そんなことはどうでもいい。
(……神父様!ウイリアム神父様は、無事なの?!お願い……無事でいて!)
それだけを思って、私はまっすぐ教会へと向かった。
「ッ……これ、は……」
なんとかたどり着いた教会は、背に業火を纏っていた。
どうやら、教会の中でも一番奥の建物から燃え広がっているらしい。
周囲では、動ける人たちでバケツを運んで水を撒いている。
また、近くの建物に燃え移らないように、建物を取り壊していた。
「誰か……どなたか!ウィリアム神父様をご存知ではありませんか?!」
「しらねぇよ!それよりも、早く逃げろ!火の手が早すぎる!ここにもすぐ来るぞ!」
近くを通った男性に、神父様のことを聞く。
けれど、それどころではないと、腕を振り払われてしまった。
「どなたか!どなたか、神父様をご存知ではありませんか?!」
それでも、私は声を張り上げる。
逃げて下さっているのなら、それでいい。
でも、もしも……万が一……。
「神父様?それなら一人、懺悔室の方へ走っていた気が……」
「懺悔室?!」
あそこは、神父様が担当だとおっしゃっていた。
もしかして……。
改めて、教会の方を見る。
幸い、入り口にはまだ火の手が回っていない。これなら、中に入れそうだ。
……入ってはいけない。
そんなことはわかっている。
でも、それでも──
(神父様が、まだ中にいらっしゃるかもしれないのだから……!)
そう思ったら、もう脚は止まらなかった。
私は近くにあった桶の水を全身に浴びると、燃え盛る教会の中へと飛び込む。
「神父様!神父様っ!!!」
七色のステンドグラスが割れ、隙間から炎が覗く。
白い彫刻は煤まみれになって、あちらこちらが欠けていた。
まるで、地獄のような光景だ。
熱い。
熱くてたまらない。
煙で、視界が悪い。
炎の明かりで、目がチカチカする。
けれどそんなことよりも、神父様だ。
早く、懺悔室に!
「ウィリアム神父様!!!」
私が、叫んだ時だった。
突然、大きな音が頭上で鳴る。
慌てて見上げれば、天井がこちらに向かってきていた。
「あっ……」
私は、炎を纏って落ちてくる天井を、ただ見つめることしかできなかった。




