陽気に踊るカプリコーン
舞踏会当日。
シリウスの手をとりながら、私は会場である王宮の広間へ入った。
従者に招待状を渡し、名前を読み上げられると、小さくお辞儀をする。
すると一気に、視線が私に集中する。集まった視線は、一切他へと移ることなく、ずっと私を追い続けた。
前回の好奇の目とは、また別の視線が、私を射抜く。
軽蔑。
嫌悪。
侮辱。
こちらへ向けられている瞳には、そのような感情が色濃く浮かんでいる。
……当然だ。
このようなドレスで王宮主催の舞踏会に参加するだなんて、自分があちら側の人間だったなら、きっと同じ視線を相手に向けていただろう。
改めて、私が着ているドレスは、王宮の舞踏会で着てくるにはあまりにも場違いなドレスだった。
歩くたびに脚が露わになり、背中も大きく開いて肌が見えている。胸元も大胆に開いているものの、私では美しく魅せることができずに、かえって貧相に見えていることだろう。
それでいて、ドレスに施されている装飾は、社交界デビューもまだのような子どもが好むようなリボンやレースが多く使われている。ドレスのシルエットに対してアンバランスにも程があった。
けれど、これでセシリア様の溜飲が少しでも下がるのなら……。
さらに言えば、この私の姿を見て、レグルス様が私から離れてくださるのなら。
たったひとときの恥など、喜んで受け入れよう。
シリウスに手を引かれながら、私は堂々と、胸を張る。
大事なのは、ハッタリだから。
「今宵はお招きいただき、誠にありがとうございます。陛下」
そう言って、私はシリウスと共に国王様、ならびに王妃様に挨拶をする。
今日は第二王妃のエリザベート様はいらっしゃらない。
本来であれば、王妃様の横にレグルス様がいらっしゃるはずだ。
けれど、用意された席には誰も座っていなかった。
(まさか、欠席……?)
セシリア様のことなので、レグルス様も出席されているものだとばかり思っていたのだけれど、どうやら違うらしい。
ゆっくり、シリウスにさえ気づかれないように、私は息を吐き出す。
レグルス様がいらっしゃらなくても、問題ない。今回、舞踏会に出席した一番の目的は、セシリア様の気を、少しでも鎮めていただくことなのだから。
目のやり場に困っていらっしゃる陛下への挨拶を終えて、しばらくすると宰相から開会宣言があった。
そして前回同様に、私はシリウスの手を取ってオープニングダンスを踊る。
けれど、あの時以上に視線が痛く突き刺さってくる。
それでも私は、背筋を伸ばした。
「……ごめんなさいね、シリウス」
「なんのことでしょう?」
シリウスは笑みを浮かべながら、私をリードする。
この視線が、痛くないわけがないのに。
「……訂正するわ。シリウス、ありがとう」
「そのセリフは私よりも、ヴォルフラム様に」
「そうね……」
自分の婚約者がこのような格好をして舞踏会へ出席するだなんて、ヴォルフラム様も本当ならば嫌に違いない。
「必ず、手紙を書きますわ」
そう、シリウスと話をしている間に、一曲が終わった。
前回とはまた違った疲労が、体に溜まっている。
「ミア様、少し休憩を」
「えぇ……ありがとう」
シリウスもそれに気づいてくれたのか、私の手を引いて壁際へと向かってくれた。
たったそれだけのことであっても、視線は一向に止まない。
早く、屋敷へ戻りたい。
そう思っていた時だった。
「ごきげんよう、ミア!素敵なダンスでしたわね」
「せ、セシリア様……ッ」
人垣が左右へ分かれた間から、真っ赤なドレスを身に纏ったセシリア様が、私たちの元へやって来た。その手には、シャンパングラスを持っている。
これだけ多く人がいる中でも、一際目を引く煌びやかなマーメイドドレスには、朝露を散りばめたようにビーズ入りの刺繍が施されていた。背が高くてスレンダーなセシリア様に、よく似合っている。
「そのドレス、なんてあなたにお似合いなのかしら!早くレグルス様にも見せて差し上げたいわ!」
「……お褒めに預かり、光栄ですわ」
私は小さく、頭を下げる。
何がセシリア様の琴線に触れるかわからない。
その緊張で、脚が震えそうになった。
「本当に、よくお似合いよ!わたくしではそのようなドレス、着たくても着られませんもの!」
「セシリア様は、本日もとてもお綺麗でいらっしゃいますね」
「……当然でしょう?」
先ほどまでとは打って変わって、まるで氷のように、セシリア様は言った。
私は、ただただ頭を下げる。
「それにしても、レグルス様はどこにいらっしゃるのかしら?出席されると伺っていますのに……」
「今日はご一緒ではないのですね」
周囲を見渡すセシリア様に対して、そう言ったのはシリウスだった。
いつも通り、礼儀正しい騎士ではあるものの、発せられた言葉には、どこか棘があった。
「えぇ、お忙しい方ですから。遅れて来られるとおっしゃってましたわ」
けれど、それに気づいていらっしゃらないのか、セシリア様はゆったりと答えた。
「そうですか」
「では、また後ほど。舞踏会、楽しんでちょうだいね」
そう言って、セシリア様が踵を返した時だった。
「ッ……!!!」
翻る、真紅のドレス。
傾く、シャンパングラス。
次の瞬間──。
ゴールドに輝く液体が、私に向かって飛んできた。
「ミア様っ!」
シリウスが、名前を呼ぶ。
けれど、その時にはすでにもう、私の体はシャンパンでびしょ濡れになっていた。
ただでさえ、体のラインがはっきり出ているドレスだというのに、液体がかかって、より私の華奢な体の線が露わになってしまう。
寒い……。
「あら、いけない!ミア、大丈夫?!」
わざとらしく、セシリア様はそう言って私に駆け寄った。
その様子を、私は呆然と見ていることしかできなかった。
「ごめんなさいね!手が滑ってしまって!」
心配するそぶりを見せながら、セシリア様は私の耳元に顔を近づける。
「……はしたない女。そこまでして、レグルス様の気を引きたいの?」
「っ……!そんな、違います、私は──!」
その時だった。
「そこまでだ。セシリア」
ざわつく会場を、鋭い声が貫く。
一瞬にして、場は静寂に包まれた。
皆、一様に声の主に目を向ける。
視線の先、会場の入り口に立っていたのは、正装を身に纏ったレグルス様だった。
招待客たちはさっと左右へ退き、レグルス様のために道を開ける。
その道を足早に進んで、レグルス様はご自身のマントを取ると、濡れた私にそっとそれを羽織らせた。
「れ……レグルス様っ!」
「ミア、大丈夫かい?」
その声は、とても優しかった。
けれど私に向けられた瞳の奥には、あの庭で見せた輝きが見えた。
「え、えぇ……」
「そうは言うが、びしょ濡れじゃないか。体を冷やすといけない。君は一旦下がって、着替えておいで。アル!」
名前を呼ぶセシリア様を無視して、レグルス様は従者を呼ぶ。
「……ミアにあれを」
「かしこまりました。ミア様、こちらへ」
断る隙を与えられず、私は促されるがまま、アルと呼ばれたレグルス様の従者の後ろを着いて歩く。
通されたのは、舞踏会会場のすぐ脇にある休憩室だった。ソファとローテーブルの他には、簡素な調度品しか置かれていない。けれどローテーブルの上には、体を拭くために桶とタオルがすでに準備されていた。
私を案内したアルは「こちらでお待ちください」と言って部屋を出てしまう。部屋の中には、私だけが取り残された。
(シリウスと一緒にくればよかった……)
濡れたタオルを絞りながら、そう思う。
けれどあの状況で、そこまで考える余裕はなかった。
(急いで戻ろう……)
ここにいては外の声はおろか、足音さえも聞こえない。
私がいない間、あそこで何が起こっているのか……不安で仕方がない。
「ミア様」
扉がノックされ、名前を呼ばれる。
アルが戻ってきたらしい。
返事をすると、アルと共にメイドが数名、一緒に部屋へ入ってきた。
「お体を清められましたら、こちらにお召し替えを」
そうアルが言うと、後ろからメイドが一着のドレスを持ってきた。
「これは……ッ」
思わず、口元を手で覆う。
そんな……このドレスを私にだなんて……。
レグルス様は、何を考えていらっしゃるのだろう。
「そんな……。このドレスは、着れませんわ」
「そうおっしゃらず」
「ですが、この色は……ッ」
「レグルス様のご命令です」
「ッ……!」
ぴしゃりと、アルは言い放つ。
そう言われてしまえば、私には拒否権がない。
(……これを着て、またあそこへ戻ったら……)
それこそ、何が起こるかわからない。
けれど、レグルス様には逆らえない。
体を清めて、私は静かに、用意されたドレスに身を包んだ。




