バルゴは逃げられない
王宮から届いた手紙。
それは春にも行われた、舞踏会の招待状だった。
「またあの舞踏会があるのね。まだこの間の舞踏会が、つい先日のことのようなのに」
「……ミア様、いかがなさいますか?」
ミアのようにはしゃいでみせる私に対して、シリウスは静かに尋ねた。
けれどその言葉の裏には、シリウスの求める返事が見えている。
えぇ。
私も、その答えに異論はないわ。
私は手紙を持つ手を、ゆっくり下げた。
「そう、ね……。本来なら出席すべきなのだけれど、レグルス様のこともあるでしょう?だから、とても残念だけれど、今回は欠席した方がいいと思うの」
「そうですね。私も、欠席された方がいいかと存じます」
「本当に残念だわ。せっかくの舞踏会なのに……」
小さく、ため息をつく。
そんな私を見て、シリウスは分かりやすく、ほっとした表情を見せた。
私としては、まったく残念ではない。
むしろ、お二人に会わなくてすむという安心感の方が大きい。
(でも、これがミアだったら……)
きっと、春と変わらず、大喜びで出席すると答えるに違いない。
『セシリア様なんて関係ないわ!せっかくの舞踏会なんですもの、楽しまなくっちゃ!それに、レグルス様ともっとお近づきになりたいし!』
と、いったところだろうか。
けれど、私にはそのようなことはできない。
ミアには悪いけれど、レグルス様とお近づきになるつもりは、私にはない。
これで舞踏会は大丈夫だ。
そう、思っていた時だった。
「ミア様、あの……」
「どうかしたの、クロエ?」
部屋の扉をノックして、クロエが私に声をかける。
その声にいつもの元気がない。
中へ入ってもらうと、クロエは眉毛もハの字にして、困っているようだった。
いったい、何があったというのだろう?
不思議に思っていると、クロエは少し言い淀みながらも、私に用件を話し始めた。
「いえ、その……。実は、セシリア様より荷物が届いておりまして……」
「セシリア様から?」
そうか、だから言いにくそうにしていたのか。
あのセシリア様から、荷物だなんて……。
つい、一瞬だけ眉を寄せてしまった。
けれど、私はすぐにいつものミアの顔を作る。
シリウスはといえば、セシリア様の名前を聞くなり、表情を曇らせたままだ。
「……いかがいたしましょうか?」
「セシリア様からプレゼントだなんて、いったい何かしら?こちらへ運んでもらえる?」
「わかりました」
あくまで私は、ミアのように明るく伝えた。
クロエは一度部屋から出ると、大きな箱を持って、再び部屋に戻ってきた。
「こちらです」
「ありがとう、クロエ」
テーブルに置かれた大きな箱は、中身が全く想像がつかない。
箱に飾られたリボンに、手を伸ばす。震える手でなんとかリボンを解くと、シリウスがゆっくり箱を開けてくれた。
「ッ……!」
「これは……」
思わず、口元を手で覆う。
箱の中は、一面の黄色だった。
ぎっしりと、黄色の花で、隙間なく埋め尽くされている。
花は二種類だ。
前回と同じ、黄色のバラ。そして、新たにもう一つ……。そこに加えられていたのは、黄色のカーネーションだった。
(嫉妬に……軽蔑と拒絶。以前にも増して、セシリア様はお怒りでいらっしゃる……ということね……)
……無理もない。
いくら否定しようとしても、当のレグルス様があのご様子なのだから。
私は手を、口元から胸元へと移動させた。
きっともう、私が何を伝えたところで、セシリア様は聞く耳を持たないだろう。
唯一聞いてくださるとすれば、レグルス様の口から語られる言葉くらいだろう。けれど、レグルス様のご様子を見る限り、それは望めそうにない。
(私は、どうすればいいのだろう……)
考えながら、箱に詰められた黄色のカーネーションを手に取る。
するとその下に、まだ何かが入っているのが見えた。
「……何かしら?」
敷き詰められた花を、丁寧に退けていく。
そこから出てきたのは、一着のドレスとメッセージカードだった。
すぐに、私はメッセージカードに目を通す。
けれどそれは、あっという間に読み終わってしまった。
「……さすが、セシリア様ね。これでは、舞踏会を欠席するわけにはいきませんわ」
そう言いながら、私はシリウスにカードを渡す。
その横で、クロエもカードを覗き見た。
カードには、強弱のはっきりした文字で、こう書かれていた。
『ごきげんよう、ミア。あなたにぴったりのドレスを見つけたの。ぜひ、今度の舞踏会で着てちょうだいね』
是が非でも、セシリア様は私を舞踏会に出席させるつもりらしい。
「ッ……!しかし、ミア様……!」
シリウスが言わんとしていることはわかる。
これはきっと、前のお茶会の時と同じだ。
あまり考えたくはないけれど、セシリア様の目的は、大衆の中で、私を辱めることなのだろう。そうでなければ、このようなドレスを、私に送ってくるわけがない。
私は、花々の下から出てきたドレスに視線を移した。
「……シリウス、ごめんなさいね。さっきは欠席すると言ったけれど、私、これを着て舞踏会に出席するわ」
「ミア様?!」
「そんな、ミア様……ッ!このようなドレス……!」
クロエが動揺するのも無理もない。
セシリア様から送られてきたドレスは、一見してわかるほど布が薄い。それだけで、社交界……ましてや、王宮主催の舞踏会へ着ていくようなドレスではない。
このようなドレスを着て、舞踏会に出席したら……どのような目で見られるか、想像に難くない。
「いいのよ、クロエ。私はどう思われても。それに、もしもこのドレスを着て舞踏会へ出席することで、レグルス様も私から離れてくださるのでしたら……その方がいいと思わない?」
「ミ、ミア様……」
あのレグルス様のことなので、これくらいのことでは動じないかもしれない。
けれど、このようなドレスを着た者を近くに置いておくだなんてこと、たとえレグルス様であってもしないだろう。
「それよりも、私がこのような格好をして、ヴォルフラム様がどう思われるか……」
箱の中のドレスに触れてみる。
私はどう思われようともかまわない。けれど、このドレスを着れば、ヴォルフラム様まで周囲から悪く思われてしまう。
それが一番、心苦しくてならない。
「それなら大丈夫です。あの方は、きちんと事情を理解して下さるはずですから」
「そう……?本当に、ヴォルフラム様はお優しい方ね。それに、シリウス……あなたにも迷惑をかけてしまうわ」
「それこそ、お気になさらずに。あなたに何か起こらないよう、ご一緒するのが私の役目ですから」
「ありがとう。シリウス」
こうして、私は再び舞踏会への出席を決めた。
けれど、この時の私は、まだ知らなかった。
この決断が、大きな間違いだったということを。




