サーペンスは音を立てずに忍び寄る
ようやく、待ちに待った礼拝の日が来た。
私は神父様の元を訪ねるため、教会へと急ぐ。
と言っても、馬車のスピードは変わらない。
気持ちばかりが焦る。
早く、早く神父様に相談したい。
そう……思っていたのに。
「ようこそ、お越しくださいました」
「……え?」
懺悔室の中に入ると、いつものように声をかけられた。
けれどその声は、いつもの神父様のものではなかった。
予期せぬ声に、私は扉を閉めてから、その場を動くことができなかった。
「あの……いつもこちらにいらっしゃる神父様は、どうかされたのですか?」
私は扉の前に立ったまま、なんとか声を絞り出した。
「あぁ、ウィリアム神父ですか。彼は少し前から、遠方に視察へ出ておりますよ。次の礼拝の日には戻ってくる予定ですが……彼にご用でしたか?」
「そうですか……ありがとうございます。もうしわけありません、神父様……」
私は懺悔室の中にいらっしゃった神父様に謝罪をして、そっと扉を開けて外に出た。
そしてゆっくりと、礼拝堂の長椅子に腰を下ろした。
形だけ、ロザリオを握りしめて、目を閉じる。
私は、なんて愚かなんだろう。
神父様はいつもここにいて、私の話を聞いてくださっていたから、今日も当然いらっしゃると思い込んでいた。けれど、そんなわけがない。
以前おっしゃっていた「基本的にはここにいます」と。ということは、いらっしゃらない日もあるということだ。
(神父様……ウィリアム神父様にも、他にお勤めがあるなんて、当然なのに……)
でも、そうか。
「……ウィリアム様……と、おっしゃるのね」
小声で、神父様の名前を口に出してみる。
神父様がいらっしゃらなくて、ショックでたまらないはずなのに、その一方で、思いがけず神父様のお名前を知ることができて……自然と、胸が熱くなっている自分がいた。
今は、そんなことを思っている場合ではない。
それなのに……胸の高鳴りが、止まってくれない。
神父様を思うだけで、鼓動が早くなる。そして、胸が苦しい。
けれど、レグルス様の時とは明らかに違う。
苦しいのに、嫌ではない。
むしろもう一度、あの声を聞きたいと思ってしまう自分がいる。
この気持ちは……いったいなんなのだろう。
経験したことのない感情が、体を熱くする。
(このままでは、屋敷に帰れないわ……)
私は改めて祈りを捧げながら、体の熱が引くのを待った。
***
しばらくして火照りが治った私は、クロエと共に王宮内の屋敷へと戻ってきた。
けれど、問題は何も解決していない。
自室で一人になって、改めて実感する。
神父様がいない。
それだけのことが、こんなにも重い。
今までずっと、迷ったときには神父様に相談してきた。
けれど今回は、全てを私一人で解決しなければいけない。
(そんなこと……私にできるのかしら?)
今までは、ウィリアム神父様の助言があったからできた。
神父様いらっしゃったから、私は自分で決めることができた。
それなのに、その神父様がいらっしゃらない。
……神父様。
ウィリアム神父様……ッ。
私は、自分の体を抱きしめる。
(一声だけでも……声をお聞きしたかった)
しばらく、神父様の声を聞いていない。
たった一言でいい。
(ニアと……名前を呼んでくださるだけでいいのに……)
抱き寄せる腕に、力がこもる。
体が震えて、止められない。
その時だった。
不意に、部屋の扉がノックされる。
慌てて私は「少しお待ちいただける?」と、扉の前の主に伝えた。
目を閉じて、一回深呼吸をする。
大丈夫……。
私は、ミアだ。
「どうぞ」
返事を待って入ってきたのは、シリウスだった。
「どうかしたの?シリウス?」
きょとんと、いつものミアの顔を作って、私は尋ねた。
「ミア様宛に、手紙を二通預かってまいりました」
「二通?」
心当たりがある手紙が多すぎて、誰からの手紙なのか、見当がつかない。
もしかしたら、お父様から催促の手紙かもしれない……。そう思うと、なかなか手紙を手に取ることができなかった。
そんな私の様子を察してか、シリウスは手紙を裏返しながら、送り主を教えてくれた。
「一通はヴォルフラム様から、そしてもう一通は王宮からです」
「王宮から?」
いったい王宮から私宛に手紙だなんて……何の知らせだろう。
不思議に思いながら、シリウスから手紙を受け取る。
先にヴォルフラム様から頂いた手紙を受け取ったので、そちらから目を通すことにした。
手紙を開くと、そこにはいつもと変わらない、あの端正な文字が並んでいる。
それだけで、自然と笑みが溢れた。
『手紙をありがとう。シルビアス侯爵には、私の方から改めて連絡をしよう』
『もしもまた君の元に手紙が来るようであれば、今回のように私に教えて欲しい』
『君がこうやって私を頼ってくれたこと、とても嬉しく思う』
『次第に、暑さが強まってきているけれども、体を壊してはいないだろうか?ここの夏は君の故郷の北部とは、だいぶ違うだろうから、無理はしないで欲しい。何かあったら、すぐにシリウスに知らせてくれ』
手紙にはお父様のことだけではなく、私に対する気遣いまで添えられていた。
本当に、ヴォルフラム様はとてもお優しい方だ。
そう思うからこそ、胸が痛い。
ヴォルフラム様は……優しすぎる。
思わず、私は手紙を胸に抱いた。
「……シリウス、またヴォルフラム様にお会いした時に、お礼を伝えてくださる?心より、感謝いたします……と」
「承知いたしました」
そう伝えて、私はヴォルフラム様から頂いた手紙を机に置いて、もう一通の手紙も開封した。
王宮からの手紙だなんて、いったい何があるというのだろう。
不思議に思いながら中を確認すると、中には厚紙が一枚だけ入っていた。
この感じ……覚えがある。
これって、もしかして……?
ゆっくり、書かれている文字に目を通す。
けれど、文面はとても短くて……私はすぐに読み終わってしまった。
「まぁ!」
ミアのように、私は驚いた仕草をする。
けれど胸の中では、また新たな不安が渦巻いていた。
王宮から届いたのは、年に4回開かれるという、舞踏会の招待状だったのだ。




