夢見月レパスの楽しいお茶会
「セシリア様から、お茶会のお誘いだなんて!」
招待状を持ったまま、ミアのようにはしゃいでみせる。
けれど、ミアであっても……この招待状は歓迎しないだろう。
……なぜ?
なぜセシリア様は、急にお茶会だなんて……。
招待状を持ったまま、そっとベッドの上に手を下ろす。
(せめて、神父様に相談できれば……)
けれど、あれから二日が経ったということは、私が寝込んでいた間に礼拝の日は過ぎてしまっている。次の礼拝の日はまだ先だ。
明後日開かれるというお茶会には、どうあっても間に合わない。
「その……大丈夫ですか、ミア様?」
はしゃぐ私を心配したのか、不安そうにクロエは私の顔を見つめた。
いけない。クロエに、こんな顔をさせては。
「えぇ、セシリア様から直々に招待して頂いたんですもの、出席しなければ失礼でしょう?」
「ですが……」
「ミア様」
何か言いたそうなクロエの言葉を、シリウスが遮る。
「お茶会ですが、私もご一緒いたします」
決して、否とは言わせない。
私を見つめるシリウスの目は、そう言っていた。
「ありがとう、シリウス!あなたがいれば安心だわ!」
ミアがするように、私は少し大袈裟に胸の前で手を合わせる。
実際、シリウスが一緒にいてくれたら、こんなに心強いことはない。
「では決まりです。ミア様、今日はもうゆっくりなさってください。私はこのことをヴォルフラム様に報告してまいります。クロエ、ミア様を頼む」
「言われなくても!」
腕まくりをしながら、クロエは急に張り切り出す。
やっぱりクロエは、こっちの方がいい。
自然と、私は笑顔になった。
「お茶会の日はよろしくお願いね、シリウス」
一礼して部屋を後にするシリウスに、私は小さく手を振る。
シリウスが一緒なら、大丈夫だ。
……そう思うのに、胸に残る小さなざわめきは、まったく消えてはくれなかった。
***
「今日もお美しいですね。ミア様は」
「ふふ、褒めてくれてありがとう、シリウス」
「ドレスもよくお似合いです」
「クロエが選んでくれたの。センスがよくって、いつも助かっているわ」
「それは良かった」
馬車に揺られながら、そんなたわいもない会話をする。
ミアとは違って、私はあまりオシャレに興味がないので、クロエには本当にいつも世話になってばかりだ。今日の装いも、招待状に指定されていた赤いバラの髪飾りに合うように、ドレスはシンプルな淡いシャンパンゴールドを選んでくれた。
「クロエはそういうことが好きなんですよ。……それに引き換え、こんな美しい方を放っておくなんて……あのバカは……」
「まあ、シリウスったら」
あのバカ……と言って呆れている相手は、きっとヴォルフラム様だろう。
以前も、確か似たようなことを言っていた気がする。軽口を言い合えるほど、シリウスはヴォルフラム様と仲がいいのだろうか。
「ねえ……シリウス」
「なんでしょう?」
軽く足を開いて、膝の上に拳を乗せたままレグルスは小さく首を傾げた。
「シリウスはヴォルフラム様と、いつからお知り合いでいらっしゃるの?」
「そうですね……私が学生の頃ですから、十年以上は前でしょうか」
「そんなに?」
「えぇ」
それならば、このシリウスのこの口調にも納得だ。
十年……それほどまでに長い年月一緒にいるのだから、お互いのことはよく知っているのだろう。
「……ミア様」
眉を寄せ、視線を少しだけ下げながら、今度はシリウスが私に声をかけてきた。
「不躾を承知で伺うのですが、その……ミア様はヴォルフラム様のことを……どう、思っていらっしゃいますか?」
「ヴォルフラム様を、ですか……?」
思ってもいなかった質問に、私はすぐに答えることができなかった。
(ヴォルフラム様をどう思っているかだなんて、考えたこともなかった……)
私の感情などはどうでもよくて、ただ肩書きとして婚約者というだけの関係。
それだけのはずだった。
それに、私がヴォルフラム様について知っていることといえば、どれもこれもほんのかけらでしかない。けれど、そのかけらを集めたら、その形は……きっと。
「……そう、ですね。とても、お優しい方だと思いますわ」
ゆっくり、私は言葉を選びながら、率直に思っていることを伝えた。
「舞踏会の時も、私を気遣ってあなたを使わせてくださいましたし、今回の護衛もそうです。優しくて……それでいて、とっても不器用な方だわ。だっていまだに、私と手紙でしかやり取りをしてくださらないんですもの。いい加減、顔を見せてくださってもいいと思いません?」
「それは、本当に申し訳ありません。ですが……ッ!」
「でも……」
シリウスを遮って、私は続けた。
「きっと、何か事情がおありなのでしょう?」
不満はない。
理由もなく姿をお見せにならない方ではないと、手紙を読めばわかる。
あのように不器用な手紙を書かれるヴォルフラム様のことだ、いまだに私に姿を見せないのも、きっとその優しさゆえなのだろう。
だから、決して不満ではないのだ。
ただ……。
「ぜひ一度、お会いしたいものですわ」
お会いできないことが、残念ではあるけれど。
「……ミア様」
シリウスは私から目を逸らして、口を噤んだ。
そんな顔は、しないで欲しい。私も、困らせたいわけではないのだから。
そう思っていると、馬車がゆっくりと速度を落として止まった。
セシリア様の屋敷へ到着したのだ。シリウスはすぐにいつもの様子に戻ると、私の手を握って馬車から下ろしてくれる。
セシリア様の屋敷、ローゼンヴァルト邸はその名の通り、まるで森のように薔薇に囲まれた屋敷だった。扉の前で、執事が私たちに頭を下げる。
「ようこそお越し下さいました。お庭でセシリア様がお待ちです」
執事に招待状を渡して、セシリア様がいるという庭へと向かう。空に浮かぶ陽の光は、いつになく輝いていた。
「ミア!来てくれましたのね、ありがとう!さあ、座ってちょうだい!!」
庭には芝生の上に机が広げられていて、すでにセシリア様も含めて4人が席に着いていた。名前はわからないけれど、いずれもセシリア様と仲の良い令嬢たちなのだろう。見ただけで品の良さが伺える。空いている椅子は後一つなので、私が最後の一人だった。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。セシリア様」
私たちの姿が見えるくらいの距離に、シリウスにはいてもらうことにして、私はセシリア様の近くでお辞儀をする。
するとすぐに、先に集まっていた令嬢たちがこちらを見て驚きの声を上げた。
「まぁ!ご覧になって、ミア様の髪飾り!」
「あら、赤いバラですわ!」
「本当だわ!ミア様は、招待状をちゃんと読んでいらっしゃらなかったのかしら?」
小声で、なおかつ扇子で口元を隠してはいるものの、令嬢たちの声は私の耳にしっかりと届いた。
もちろん、離れているシリウスには、その声は聞こえていない。私が単に挨拶をしているようにしか見えないだろう。
いったいなぜ、赤いバラをつけて着てはいけなかったのか……。気が付かれないように、他に参加している令嬢たちに目を向ける。すると、招かれた令嬢たちは、白、紫、オレンジと、異なる色のバラの花をそれぞれ身につけていた。
赤いバラを身につけているのは、セシリア様だけだ。
「ちょっと、おやめなさいな。ごめんなさいね、あなたが赤いバラの髪飾りをしていらしたから、みんなびっくりしてしまったみたいで」
「申し訳ございません。招待状には、赤いバラの髪飾りをつけてくるようにと書かれておりましたので」
頭を下げながら、私は正直に、赤いバラを身につけていた理由を話した。
「あら?招待状には、赤いバラ以外のバラを身につけてくるようにと書いてあったはずよ?」
「そんな……ッ」
顔を上げた私に、セシリア様は「おかしいわね?」と、不思議そうに、人差し指を顎につけながら首を傾げた。
けれど、そんなはずはない。
招待状は、私だけではなくクロエも確認している。
その上で、赤バラの髪飾りをしてきたのだ。
招待状には、確かに赤いバラの髪飾りと書いてあった。
何が起こっているのかわからずに、足元が揺らぐ。
「ご覧になる?」
そう言ってセシリア様は、私が持参した招待状を執事に持って来させた。
改めて受け取った招待状には、確かに、赤いバラ以外のバラの髪飾りを身につけてくるように、と書かれている。
招待状を持つ手が、小さく震えた。
「いかがかしら?」
目を細めるセシリア様に、私は何もいうことができなかった。
「まったく、ナヴィガトリアの赤バラ……セシリア様以外に、赤いバラは似合いませんわ!」
「そんなこともわからないだなんて、よほどミア様は容姿に自信がおありなのね」
「そうよ。きっとその美貌で、あのレグルス様を……」
「アンナ!」
「ひっ!!!」
突然、鋭くセシリア様に名前を呼ばれた令嬢は、小さく悲鳴を上げた。
その声を聞いたシリウスも、瞬時にこちらに体を向けると、腰につけた剣に手を添える。
「……レグルス様が……何ですの?」
私のいる位置からは、セシリア様の顔は見えない。
けれどその視線の先にいるアンナという令嬢は、先ほど、レグルス様の名前を出した方だった。
「い、いえ……何も……」
「……そう、ならいいわ」
震えながら、アンナが答えると、セシリア様はにっこりと、恐ろしいほど綺麗な笑顔で私の方に向き直った。
その様子を遠くから見ていたシリウスは、私に視線を送る。
けれど、私が目配せすると、シリウスは一度だけ小さく頷いて、剣に添えていた手を下ろした。
「ごめんなさいね、ミア、驚かせてしまって」
「いえ、そのようなことは……私の方こそ、招待状をきちんと確認せず、申し訳ございませんでした」
「良いのよ、お揃いも素敵でしょう?だってこれから私たち、家族になるんですもの!さあミア、改めてこっちに座ってちょうだい!」
促されるがまま、私は用意された椅子に腰掛けた。
私が席についたことを確認すると、セシリア様は順番に、今日招待した令嬢たちを私に紹介し始める。
けれど先ほどの招待状のことで頭がいっぱいで、まったくセシリア様の話が入ってこない。
招待状には、確かに赤いバラと書かれていた。
なのにそうではないと、セシリア様は言う。
なぜ、セシリア様はこのようなことをするのだろう……。
暖かい日の下のはずなのに、指先が冷たくてたまらない。
一通り紹介が終わったところで、私は早く体を温めようと、用意された紅茶に手を伸ばした。
「あぁ、そうだわ!」
するとセシリア様は急に立ち上がると、おもむろに庭から、バラの花を一輪摘み取る。
そして私の背後へ回って、髪に付けられていた赤いバラの飾りを一気に引き抜いた。ブチブチっと、髪の抜ける音と共に、頭に痛みが走る。
けれどセシリア様はそのような私のことなど気にも留めずに、先ほど摘み取った棘の処理もしていないバラを、私の髪に刺した。
「ッ……!」
「ミアには……こちらの方が似合うのではなくて?」
頭に、バラの棘が刺さる。
その痛みに、声が出そうになった。
けれどそれよりも早く、セシリア様が、私の耳元で囁いた。
「まったく……わたくしのレグルス様を誑かすだなんて、これだから躾のなっていないメスネコは嫌なのよ」
ひゅっと、喉が鳴る。
一瞬で、血の気が引いていくのがわかった。
セシリア様は撫でるように、細い手で、私の首に触れる。
「……今日も、ゴールドのドレスなんか着て、まるで自分はレグルス様のものであると、周りに見せびらかしたいのかしら?」
「ッ……そんな!」
そんなことは、断じてない!
そう、私が否定をしようとした時だった。
「まぁ、ミア様!」
「そちらの方が、ドレスによく似合っていらっしゃいますわ!」
「黄色のバラ、なんて美しいんでしょう」
招待された令嬢たちが、私の髪に付けられたバラで盛り上がり始めてしまった。
これでは、セシリア様に話すことができない。
「でしょう?庭のバラは、わたくしが丹精こめて手入れしておりますの」
セシリア様も私の首から手を離すと、まるで何もなかったかのように、令嬢たちに向かって微笑みかけた。
その光景は、まるで観劇を見ているかのようだ。
そうか、他の令嬢たちはわかっていないのか。
……黄色い、バラの意味を。
そしてきっと、セシリア様は知っていらっしゃるんだ。
レグルス様が、私に何をしているのかを。
それからのお茶会は、表面上は和やかに終わりをむかえた。
けれど水面下では、ドロドロとした感情が渦巻いていて……すぐに掬われてしまいそうだった。
(こんな時、神父様に相談できたなら……)
そう、思うのに……。
どうやら悪いことというのは、休む時を与えてくれないものらしい。




