表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「世界中のごはんを食べ尽くす!」——追放令嬢の食い倒れ世界制覇、始めますわ  作者: 歩人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
50/60

第50話: 五つの食材

 宿の卓に、五つの食材が並んだ。


 森の心臓茸。溶岩蜜酒。深海真珠貝。黒胡椒。精霊の雫果。


 獣人の森から。ドワーフの火山から。マーフォークの海から。砂漠の谷から。エルフの氷の里から。それぞれ別の場所で、別の苦労をして集めてきたものだった。


 マリカは、その五つを長いあいだ見ていた。


 それから、そっと指を伸ばした。


 五つの食材に、順に触れていく。


 その瞬間。


 マリカの指先が、淡く光った。


「……あら」


 マリカが、目を見開いた。


「聴こえますわ。——とても、小さく」


 マリカは、五つの食材に耳を近づけた。


「この子たち、呼び合っていますの。森の茸が、海の貝を。砂漠の胡椒が、氷の果実を。——別々の場所で育ったのに、お互いを探していますわ」


 ルカが、その様子を見ていた。


「……鳴ってるのか」


「ええ。でも」


 マリカが、首をかしげた。


「まだ足りませんの。——食材だけでは、鳴りきりませんわ」




 マリカが、卓の上にあの古書を開いた。


 サーラがくれた、大いなる宴の、伝承の本。


 そこに、こう書かれていた。


 ——心を一つにして食す者のみ、世界で最後の一皿に至る。


 マリカは、その一文を指でなぞった。


「ずっと、わからなかったんですの。この『心を一つにして』が、何を意味するのか」


 マリカが、顔を上げた。


「でも、今わかりましたわ。——食材を集めるだけじゃ、ないんです」


 マリカは、五つの食材を見渡した。


「この食材は、それぞれの種族の宝。森の茸は獣人の。蜜酒はドワーフの。貝はマーフォークの。胡椒は砂漠の。果実はエルフの。——食材を集めるとは、その種族の調理法も、想いも集めるということ」


 マリカの琥珀色の目に、火が、灯った。


「六つの食材が揃っても。六つの調理法が揃わなければ。六つの種族の心がひとつにならなければ。——大いなる宴は、鳴りませんわ」


 宿が、静かになった。


 ルカが低く、言った。


「……それ、つまり」


「ええ」


 マリカが、にっこり笑った。


「六つの種族を、ひとつの食卓に集めなければなりませんの」




「嬢ちゃん」


 サリムが、頭布の下から言った。


「それは——外交だぜ」


「外交?」


 マリカが、きょとんとした。


「いいえ。食べに行くだけですわ」


 サリムが、片手で顔を覆った。


「……六つの種族の長を、ひとつの場所に集めるんだぞ。獣人も、ドワーフも、マーフォークも、エルフも、砂漠の民も、人間も。——千年、誰もやったことがない。それを『食べに行くだけ』と、言うか」


「だって」


 マリカが、当然のように言った。


「もう半分は、お友達ですもの。獣人の長老も、ドワーフのハルドさんも、マーフォークの珊瑚姫も、エルフのお師匠様も。——みんな、わたくしのごはんを食べてくれましたわ。次は、みんなで食べるだけ」


 サリムは、しばらくマリカを見ていた。


 それから、ふっと笑った。


「……なるほどな。お前にかかると、世界一の外交も、ただの食事会か」


 サリムが、腰の袋から紙と炭を取り出した。


「いいだろう。なら、おれの出番だ。——六つの種族を、ひとつの場所に集めてもてなす。それには、食材の保存も、輸送もいる。膨大な量だ。それを組み立てるのは、商人の仕事さ」


 サリムの目が、いつもの飄々とした光ではなく、鋭く計算をはじめていた。


 砂漠の隊商を率いてきた男の、目だった。




 サリムが、紙の上に線を引いていく。


 六つの食材の保存方法。輸送のルート。集める人数。必要な量。砂漠の知恵で培った兵站の計算が、紙の上に組み上がっていく。


 マリカが、その手元を覗き込んだ。


「サリムさん、すごいですわ。——全部、頭の中にあったんですの?」


「商人だからな」


 サリムは、線を引きながら言った。


「砂漠で食を運ぶのは命がけだ。一袋の塩を、どこに、いつ、どれだけ運ぶか。それを間違えれば、人が死ぬ。——おれは、それをずっとやってきた。今度は世界規模でやるだけさ」


 ガルムが、壁に背を預けて聞いていた。


「……でかい、宴になるな」


 ガルムが、低く言った。


「獣人も、来るのか」


「来ていただきますわ」


 マリカが、笑った。


「ガルムさんの、里の長老も。——あなたの故郷の味も、その食卓に並べたいんですの」


 ガルムは、何も言わなかった。


 けれど、その顔がほんの少しゆるんだ。


 自分の故郷が、世界の食卓に招かれる。それは、はぐれ者だった男にとって、悪くない未来だった。




 夜が、更けた。


 五つの食材は、サリムの手で丁寧に保存処理をされていた。


 マリカは、卓の前に座って、まだ五つを見ていた。


 あと、ひとつ。


 黄金小麦。それだけが、揃っていなかった。


 そして、その黄金小麦は王都にあった。


 マリカが追放された街。ルカが追われた宮廷。二人にとって、この世界でいちばん帰りたくない場所。


 マリカは、隣のルカを見た。


 ルカは、窓の外の夜空を見ていた。何も言わずに。


 マリカは、何か言おうとして——やめた。


 今は、まだ。


 明日、話せばいい。


 五つの食材が、卓の上で静かに共鳴していた。


 最後のひとつを、待つように。



最後まで読んでいただきありがとうございました。


「五つの食材」、五つが揃って、最後の謎が解ける回です。


マリカが五つの食材に触れると、指先が光って、微かな共鳴が聴こえる。「呼び合っていますの」。でも、まだ鳴りきらない。「食材だけでは、足りない」。ここで、レシピの謎——「心を一つにして食す者のみ」——の意味が、解けます。食材を集めるだけじゃない。六つの種族の調理法も、心も、ひとつにしなければならない。つまり、六つの種族を、ひとつの食卓に集める。千年、誰もやったことのない宴です。


サリムの「それは外交だぜ」に、マリカは「食べに行くだけですわ」と返す。この温度差が好きです。マリカにとって、世界を変えることと、ごはんを食べることは、いつも同じなんです。


そして、サリムの真価。彼は商人です。砂漠で、命がけの兵站をやってきた。その彼が、世界規模の宴のロジスティクスを組み立てはじめる。仲間一人ひとりの力が、ここで繋がっていきます。


残るは、黄金小麦。王都です。マリカが追放され、ルカが追われた場所。二人にとって、いちばん帰りたくない場所。次回、その王都への覚悟が問われます。


ここまで読んでくださったすべての方に、深く感謝します。次回、「宮廷厨房へ」。


◇◆◇ 歩人の作品 ◇◆◇


▼ 「捨てられ令嬢は最後に笑う」シリーズ

婚約破棄・追放・裏切り——捨てられた令嬢たちが、それぞれの方法で最後に笑う短編シリーズです。


・「お前は道具だった」と笑った婚約者が〜【知略型】

 → https://ncode.syosetu.com/n5906lu/

・毒が効かない体になるまで〜【断罪型】

 → https://ncode.syosetu.com/n6633lu/

・公爵家の家政を10年回した私が〜【静かな離脱型】

 → https://ncode.syosetu.com/n5918lu/

・「お前の取り柄は計算だけだ」と笑った公爵家が〜【知略型】

 → https://ncode.syosetu.com/n6262lu/


☆評価・ブクマ・感想をいただけると次作の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ