第50話: 五つの食材
宿の卓に、五つの食材が並んだ。
森の心臓茸。溶岩蜜酒。深海真珠貝。黒胡椒。精霊の雫果。
獣人の森から。ドワーフの火山から。マーフォークの海から。砂漠の谷から。エルフの氷の里から。それぞれ別の場所で、別の苦労をして集めてきたものだった。
マリカは、その五つを長いあいだ見ていた。
それから、そっと指を伸ばした。
五つの食材に、順に触れていく。
その瞬間。
マリカの指先が、淡く光った。
「……あら」
マリカが、目を見開いた。
「聴こえますわ。——とても、小さく」
マリカは、五つの食材に耳を近づけた。
「この子たち、呼び合っていますの。森の茸が、海の貝を。砂漠の胡椒が、氷の果実を。——別々の場所で育ったのに、お互いを探していますわ」
ルカが、その様子を見ていた。
「……鳴ってるのか」
「ええ。でも」
マリカが、首をかしげた。
「まだ足りませんの。——食材だけでは、鳴りきりませんわ」
マリカが、卓の上にあの古書を開いた。
サーラがくれた、大いなる宴の、伝承の本。
そこに、こう書かれていた。
——心を一つにして食す者のみ、世界で最後の一皿に至る。
マリカは、その一文を指でなぞった。
「ずっと、わからなかったんですの。この『心を一つにして』が、何を意味するのか」
マリカが、顔を上げた。
「でも、今わかりましたわ。——食材を集めるだけじゃ、ないんです」
マリカは、五つの食材を見渡した。
「この食材は、それぞれの種族の宝。森の茸は獣人の。蜜酒はドワーフの。貝はマーフォークの。胡椒は砂漠の。果実はエルフの。——食材を集めるとは、その種族の調理法も、想いも集めるということ」
マリカの琥珀色の目に、火が、灯った。
「六つの食材が揃っても。六つの調理法が揃わなければ。六つの種族の心がひとつにならなければ。——大いなる宴は、鳴りませんわ」
宿が、静かになった。
ルカが低く、言った。
「……それ、つまり」
「ええ」
マリカが、にっこり笑った。
「六つの種族を、ひとつの食卓に集めなければなりませんの」
「嬢ちゃん」
サリムが、頭布の下から言った。
「それは——外交だぜ」
「外交?」
マリカが、きょとんとした。
「いいえ。食べに行くだけですわ」
サリムが、片手で顔を覆った。
「……六つの種族の長を、ひとつの場所に集めるんだぞ。獣人も、ドワーフも、マーフォークも、エルフも、砂漠の民も、人間も。——千年、誰もやったことがない。それを『食べに行くだけ』と、言うか」
「だって」
マリカが、当然のように言った。
「もう半分は、お友達ですもの。獣人の長老も、ドワーフのハルドさんも、マーフォークの珊瑚姫も、エルフのお師匠様も。——みんな、わたくしのごはんを食べてくれましたわ。次は、みんなで食べるだけ」
サリムは、しばらくマリカを見ていた。
それから、ふっと笑った。
「……なるほどな。お前にかかると、世界一の外交も、ただの食事会か」
サリムが、腰の袋から紙と炭を取り出した。
「いいだろう。なら、おれの出番だ。——六つの種族を、ひとつの場所に集めてもてなす。それには、食材の保存も、輸送もいる。膨大な量だ。それを組み立てるのは、商人の仕事さ」
サリムの目が、いつもの飄々とした光ではなく、鋭く計算をはじめていた。
砂漠の隊商を率いてきた男の、目だった。
サリムが、紙の上に線を引いていく。
六つの食材の保存方法。輸送のルート。集める人数。必要な量。砂漠の知恵で培った兵站の計算が、紙の上に組み上がっていく。
マリカが、その手元を覗き込んだ。
「サリムさん、すごいですわ。——全部、頭の中にあったんですの?」
「商人だからな」
サリムは、線を引きながら言った。
「砂漠で食を運ぶのは命がけだ。一袋の塩を、どこに、いつ、どれだけ運ぶか。それを間違えれば、人が死ぬ。——おれは、それをずっとやってきた。今度は世界規模でやるだけさ」
ガルムが、壁に背を預けて聞いていた。
「……でかい、宴になるな」
ガルムが、低く言った。
「獣人も、来るのか」
「来ていただきますわ」
マリカが、笑った。
「ガルムさんの、里の長老も。——あなたの故郷の味も、その食卓に並べたいんですの」
ガルムは、何も言わなかった。
けれど、その顔がほんの少しゆるんだ。
自分の故郷が、世界の食卓に招かれる。それは、はぐれ者だった男にとって、悪くない未来だった。
夜が、更けた。
五つの食材は、サリムの手で丁寧に保存処理をされていた。
マリカは、卓の前に座って、まだ五つを見ていた。
あと、ひとつ。
黄金小麦。それだけが、揃っていなかった。
そして、その黄金小麦は王都にあった。
マリカが追放された街。ルカが追われた宮廷。二人にとって、この世界でいちばん帰りたくない場所。
マリカは、隣のルカを見た。
ルカは、窓の外の夜空を見ていた。何も言わずに。
マリカは、何か言おうとして——やめた。
今は、まだ。
明日、話せばいい。
五つの食材が、卓の上で静かに共鳴していた。
最後のひとつを、待つように。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
「五つの食材」、五つが揃って、最後の謎が解ける回です。
マリカが五つの食材に触れると、指先が光って、微かな共鳴が聴こえる。「呼び合っていますの」。でも、まだ鳴りきらない。「食材だけでは、足りない」。ここで、レシピの謎——「心を一つにして食す者のみ」——の意味が、解けます。食材を集めるだけじゃない。六つの種族の調理法も、心も、ひとつにしなければならない。つまり、六つの種族を、ひとつの食卓に集める。千年、誰もやったことのない宴です。
サリムの「それは外交だぜ」に、マリカは「食べに行くだけですわ」と返す。この温度差が好きです。マリカにとって、世界を変えることと、ごはんを食べることは、いつも同じなんです。
そして、サリムの真価。彼は商人です。砂漠で、命がけの兵站をやってきた。その彼が、世界規模の宴のロジスティクスを組み立てはじめる。仲間一人ひとりの力が、ここで繋がっていきます。
残るは、黄金小麦。王都です。マリカが追放され、ルカが追われた場所。二人にとって、いちばん帰りたくない場所。次回、その王都への覚悟が問われます。
ここまで読んでくださったすべての方に、深く感謝します。次回、「宮廷厨房へ」。
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