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「世界中のごはんを食べ尽くす!」——追放令嬢の食い倒れ世界制覇、始めますわ  作者: 歩人


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第48話: 最後まで聞く

 夜明け前、マリカは冷めた料理を見ていた。


 昨夜ルカが作った、五皿。どれもすっかり冷めていた。スープには膜が張り、芋は固くなっていた。


 マリカは、そのうちのひとつに手を伸ばした。


 冷めた芋の煮物。一口、口に運ぶ。


 冷たくて、固い。けれど、その奥にルカの味付けがあった。マリカの好きな、ほんの少しの蜜の甘み。冷めても消えなかった、優しさだった。


 その瞬間。


 マリカの目から、涙があふれた。


 昨夜どれだけ絞っても出てこなかった涙が、食べてようやく流れ出した。


 ぽろぽろと頬を伝う。止まらなかった。


 マリカは冷めた芋を噛みしめながら、泣いた。


 食べることで、人は泣ける。マリカは、初めてそれを知った。




 朝、マリカは、ルカとフィリアの前に立った。


 そして頭を下げた。


「ごめんなさい」


 短い言葉だった。


 それから、マリカは顔を上げた。涙の跡が、まだ残っていた。


「でも、謝るだけでは何も変わりませんわ。だから、教えてくださいまし」


 マリカは、二人をまっすぐ見た。


「わたくしの、何がいけなかったのか。——わたくしは、聞きたいんですの。今度は、ちゃんと」


 フィリアが目を見開いた。


 いつものマリカなら、笑って受け流す。それか、すぐに次の行動に移る。けれど、今のマリカは立ち止まって、聞こうとしていた。


「……マリカさん」


 フィリアの声が、揺れた。


「あなたは、いつも答えを見つけるのが速すぎるんです。だから、人の話の途中でもう動いてしまう。——でも、答えより大事なものが、話の中にありますの」


 マリカが、ひとつ頷いた。


「ルカは?」


 ルカは、しばらく黙っていた。


 それから、ぶっきらぼうに言った。


「……昨日のは、言い過ぎた」


「いいえ」


 マリカが、首を振った。


「言ってくれて、よかったですわ。——あなたが言わなかったら、わたくしはずっと気づかなかった」


 ルカは顔を背けた。


「……飯、食えるようになったなら、それでいい」




 マリカは、もう一度長老の館へ行った。


 長老が、驚いた顔をした。


「……また、来たか」


「ええ」


 マリカが、頭を下げた。


「昨日は、申し訳ありませんでした。今度は最後まで聞きますわ。——里長様の、お話を」


 長老は、しばらくマリカを見ていた。


 それから、ゆっくり語りはじめた。


 里の食の歴史を。精霊樹がどう育ち、どう弱ったか。伝統の料理がどう受け継がれてきたか。長い、長い話だった。


 その途中、また窓の外から花の匂いが流れてきた。


 マリカの鼻が、それを拾った。


 けれど今度は。


 マリカは動かなかった。


 匂いに気づいても、そちらを見ず、長老の目を見続けた。最後まで。


 話が、終わった。


 長老が、ふっと息を吐いた。


「……お前は、変わったな。昨日とは、別人だ」




 長老が、茶を出した。


 昨日と、同じ、薄い茶だ。


 マリカが、それをひとくちすすった。


 目を、閉じる。


 ゆっくりと舌の上で、味を確かめる。聞いた話のすべてを、その味に重ねながら。


 やがて、マリカは目を開けた。


「……三工程、足りませんわ」


 マリカが、静かに言った。


「この茶。昔はもっと香りが立っていたはずですの。今は、その香りが消えている。煎じる前に、薬草を凍らせる工程。煎じた後に、精霊の泉の水で割る工程。最後にひと晩、寝かせる工程。——その三つが抜けていますわ」


 長老の顔が、こわばった。


「……なぜ、それを」


「お話を、聞いたからですわ」


 マリカは、長老をまっすぐ見た。


「里長様が、おっしゃいました。昔はもっと手間をかけていた、と。精霊が近くにいた頃は、その手間を精霊が肩代わりしてくれた。だから、いつのまにか里の人は三工程を省いた。——精霊が弱るほど、料理は簡単になっていったんですの」


 マリカは、薄い茶を見下ろした。


「逆ですわ。料理が簡単になったから精霊が弱ったんじゃない。精霊が弱ったから、人が手間を省いた。——でも、その省いた手間こそ、精霊がいちばん喜ぶものでしたの」


 館が、静まり返った。


「失われた三工程を、戻せば」


 マリカが、顔を上げた。


「精霊は、きっとまた、声を取り戻しますわ」




 長老は、長いあいだ黙っていた。


 白い髭が、わずかに震えていた。


「……百年だ」


 長老が、掠れた声で言った。


「百年、我らは精霊が弱る理由を探してきた。土を調べ、水を調べ、空を調べた。——だが、答えは自分たちの台所にあった。手を抜いていたのは、我らのほうだった」


 長老が、マリカを見た。


「お前は、一日でそれを見抜いた。——いや」


 長老が、首を振った。


「見抜いたのでは、ない。お前は、聞いたのだ。——最後まで」


 マリカが、笑った。


 昨日の凍りついた顔ではない。いつもの、火の灯った笑顔だった。


「ええ。——聞くって、こんなにたくさんのことがわかるんですのね。わたくし、今まで損をしていましたわ」


 長老が、低く笑った。


「では、失われた三工程を、共に戻そう。——精霊の雫果は、その先にある」



最後まで読んでいただきありがとうございました。


「最後まで聞く」、マリカの、回復の回です。


冒頭、マリカが冷めた料理を食べて泣く場面。前回の彼女は、食べることも泣くこともできませんでした。その二つが、ここで同時に戻ってきます。食べて、ようやく泣ける。食いしん坊の彼女にとって「食べられる」ことは、「生きている」ことと同じなんだと思います。冷めた芋に残っていた、ルカの味付けの優しさ。それが、彼女を溶かしました。


そして、マリカは謝るだけでは終わりません。「教えてくださいまし。わたくしの、何がいけなかったのか」。謝罪は過去へのもの。でも、問いは未来へのものです。彼女は、次に進むために聞こうとします。


もう一度、長老の館へ。今度は花の匂いがしても動かない。最後まで聞く。そして、聞いたからこそ見えた。「料理が簡単になったから精霊が弱ったんじゃない。精霊が弱ったから、人が手間を省いた」。この逆転に気づけたのは、彼女が最後まで聞いたからです。


「聞くって、こんなにたくさんのことがわかるんですのね」。マリカのいちばん大きな成長が、この一言に詰まっています。


次回、失われた三工程を戻します。精霊が声を取り戻す。そして五つ目の食材、精霊の雫果が託されます。フィリアの、里での再評価の回です。


ここまで読んでくださったすべての方に、深く感謝します。次回、「精霊の雫果」。


◇◆◇ 歩人の作品 ◇◆◇


▼ 「捨てられ令嬢は最後に笑う」シリーズ

婚約破棄・追放・裏切り——捨てられた令嬢たちが、それぞれの方法で最後に笑う短編シリーズです。


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