表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「世界中のごはんを食べ尽くす!」——追放令嬢の食い倒れ世界制覇、始めますわ  作者: 歩人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/60

第38話: 世界で最後の一皿

 出発の朝、村の広場に、料理が並んだ。


 立派な料理ではなかった。


 焼いた芋。塩を効かせた豆。干した果実。誰かが大事に取っておいた、卵が一つ。村人たちがなけなしの食材で作った、恩返しの料理だった。


 マリカはその前に立った。


「いただいても、よろしいんですの?」


「全部、食ってくれ」


 村の年寄りが、皺だらけの顔で笑った。


「あんたが来るまで、おれたちは、客に出す食い物なんて、一つもなかった。——今は、ある。あんたに食ってもらう分が、ちゃんと、ある。それが、どれだけ嬉しいか」


 マリカはひとつ頷いた。


 そして食べはじめた。


「マリカ様、これ、うちの蕪の漬物だ。塩しか効いてねえが」


「あら——」


 マリカは、ひと切れ口に入れて、目を見開いた。


「この酸味、いい仕事してますわ。冬を越して、角が取れていますの。——んまっ」


「こっちは、ばあちゃんの干し杏だよ。固いけど」


「固いのが、いいんですの。噛むほど、甘くなりますわ」


 焼き芋を頬張り、豆をすくい、干した果実を噛みしめる。卵は半分に割って、大事に味わった。ひと皿、またひと皿。村人の顔を、ひとつずつ見ながら。


 全部、食べた。ひと皿も残さなかった。


「……んまぁ——っ」


 マリカは最後のひと口を飲み込んで、目を閉じた。


「ぜんぶ、おいしいですわ。——ぜんぶ、ちゃんと、味がしますの」


 村人たちが笑った。泣きながら、笑っていた。




 荷をまとめて、五人は街道に立った。


 見送りに、村じゅうの人が出てきた。


 その中にミカがいた。


 あの、配給の列のいちばん後ろで空の椀を抱えて俯いていた子だ。今は腹がふくれて、頬に少し肉がついていた。痩せて大きく見えた目が、今はただ、子供の目だった。


「マリカおねえちゃん」


 ミカが走ってきた。


「また来る?」


 マリカはしゃがんで、ミカの目を見た。


 マリカの胸の奥で、遠い村の別の子の声が重なった。あの辺境の村で焼いた芋を頬張り「おかわり!」と叫んだ、最初の子。あの子もこうして、手を振っていた。マリカの旅は行く先々で、「おかわり」の言える子を、ひとり、またひとり増やしてきた。


「来ますわ」


 マリカは笑った。


「あなたが、大きくなって。自分の手で、誰かにごはんを作れるようになった頃に。——その時は、あなたのごはんを、食べさせてくださいまし」


「……ぼくの?」


「ええ。楽しみにしていますわ。世界一、楽しみに」


 ミカがこくん、と頷いた。


 それからぐっと、唇を結んだ。泣くまいと、している顔だった。




 マリカは立ち上がった。


 そして歩き出した。


 振り返らなかった。


 うしろで、声がした。


「ありがとう——!」


「達者でな!」


「また来てくれよ、マリカ様!」


 たくさんの声が、背中に降ってきた。


 マリカは前を向いたまま、歩いた。


 振り返れば、足が止まる。止まれば、泣いてしまう。泣いてしまえば、この子たちに、笑って見送らせてあげられない。


 だから、振り返らなかった。


 マリカの目から、それでも熱いものがこぼれた。


「前、見ろ」


 横で、ルカが、低く言った。


 ルカも前を向いていた。マリカのほうは、見なかった。


「……見ていますわ」


 マリカの声が、震えた。


「ちゃんと、前を、見ていますわ」


 ルカは何も言わなかった。


 ただ歩く速さを、ほんの少しだけ、マリカに合わせた。


 冬の街道に、五人の足音が重なっていた。




 その夜街道沿いの林で、火を焚いた。


 南部の村を出て、初めての野営だった。


 マリカは夕食のあと、焚火のそばで、こくりと舟をこいだ。全部の料理を食べて、全部の別れを終えて、気が抜けたのだろう。膝を抱えたまま、すうすうと、寝息を立てはじめた。


 ルカが立ち上がった。


 自分の外套を脱いで、眠ったマリカの肩にそっとかけた。


 それから何事もなかったように、火の番に戻った。


 その一部始終を、サリムが火の向こうから見ていた。


 サリムは頭布の下で、口を開きかけた。


 砂漠では言うんだがね、と。眠る者に、自分の衣を掛ける男ってのは——と。


「……いや」


 サリムは口を閉じた。


 それからにやりと笑って、星を見上げた。


「やめておこう。——野暮ってもんだ」


 ガルムが火のそばで、ふん、と鼻を鳴らした。フィリアはもう眠っていた。


 焚火が、ぱちりと爆ぜた。




 マリカが目を覚ましたのは、夜明け前だった。


 肩に、見覚えのない外套がかかっていた。


 マリカはそれを、しばらく見ていた。


 それから火の番をしているルカの背中を見て、何も言わずに、外套を、もう一度、肩に引き寄せた。少しだけ、深く。


 マリカの膝の上に、あの古書があった。サーラがくれた、村の伝承の本だ。


 マリカはまだ薄暗い焚火の明かりで、もう一度、その一文を読んだ。


 ——大いなる宴。六つの神の食材を集めし時、世界で最後の一皿、現れん。


 六つの神の食材。世界で最後の一皿。


 マリカはまだ、それを食べたことがない。


 この世界には、まだマリカの知らない味が、いくらでもある。追放された令嬢が、たった一人で歩き出した旅は、いつのまにか五人になっていた。行く先々で、「おかわり」の言える食卓が増えていった。


 けれど旅は、まだ終わらない。


「……食べてみたいですわ」


 マリカは誰にも聞こえない声で、呟いた。


 琥珀色の目の奥で、火が灯っていた。あの、いつもの火だった。何が起きても決して消えない、好奇心の火だ。


 東の空が白みはじめていた。


 冬の終わりは、まだ遠い。けれどその光の中に、次の街道が、まっすぐに、延びていた。


 まだ食べたことのない味へと。


 世界で、最後の一皿へと。



最後まで読んでいただきありがとうございました。


「世界で最後の一皿」、南部編——Arc3の、最終話です。


長い、重いアークでした。マリカが初めて「飢え」と向き合い、初めて「論理で追い詰められ」、初めて「自分の出番がなくなる」喜びを知った。彼女の万能感に、ひびが入って、そのひびから、新しいものが芽生えた——そんなアークだったと思います。


最後の別れの場面。マリカは、振り返りません。振り返れば泣いてしまうから。子供たちに、笑って見送らせてあげたいから。ルカの「前見ろ」は、彼にできる、精一杯の優しさです。彼は、マリカの涙を、見ません。EP33でもそうでした。「泣くなら裏行け」。見たら、自分も、つらくなるから。


夜営でマリカに外套をかけるルカと、それを見て「やめておこう」と口を閉じるサリム。このシリーズで、マリカとルカの関係は、恋とは呼びません。呼ばないまま、こうして、少しずつ、温度だけが伝わっていきます。気づくのは、たぶん、二人がいちばん最後です。


そして、「大いなる宴」。まだ食べたことのない、世界で最後の一皿。マリカの旅は、ここから、新しい味へと続いていきます。次のアークで、五人は、もっと遠くへ行きます。


ここまで、南部編にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。マリカの「おかわり」の旅は、まだまだ続きます。次の味で、またお会いしましょう。


◇◆◇ 歩人の作品 ◇◆◇


▼ 「捨てられ令嬢は最後に笑う」シリーズ

婚約破棄・追放・裏切り——捨てられた令嬢たちが、それぞれの方法で最後に笑う短編シリーズです。


・「お前は道具だった」と笑った婚約者が〜【知略型】

 → https://ncode.syosetu.com/n5906lu/

・毒が効かない体になるまで〜【断罪型】

 → https://ncode.syosetu.com/n6633lu/

・公爵家の家政を10年回した私が〜【静かな離脱型】

 → https://ncode.syosetu.com/n5918lu/

・「お前の取り柄は計算だけだ」と笑った公爵家が〜【知略型】

 → https://ncode.syosetu.com/n6262lu/


☆評価・ブクマ・感想をいただけると次作の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ