4:断罪の円舞曲
王城の「大輝石の間」。
千の魔導灯が煌々と輝く中、王国中の貴族が集まる公式晩餐会が幕を開けました。
会場の熱気とは裏腹に、私、エルゼ・アドラーの心は、凍てつく冬の湖のように静まり返っていました。
「見て、アドラー公爵令嬢だわ。今日は赤いドレスなのね」
「赤……まるで、返り血を浴びる覚悟を決めた戦士のようだわ」
貴族たちの囁きを背に、私は優雅に会場の中央へと歩みを進めます。
壇上には、国王陛下、そしてその隣には厳しい表情のヴィクトール様が座していらっしゃいました。
そして——。
ホールの入り口が開き、カイル様が姿を現しました。
その腕には、私の家の金で新調した、これ見よがしに派手な白いドレスを着たミナ様が、まるで正妃のような顔をして寄り添っています。
二人の手首には、私が贈った「誓いのブレスレット」が鈍く光っていました。
カイル様は私の前で足を止め、勝ち誇ったように唇を歪めました。
「エルゼ・アドラー。今日、この場で、僕からお前に大事な話がある」
会場が静まり返ります。カイル様の声は、魔導具によって会場全体に響き渡るよう調整されていました。おそらく、私の恥を全世界に知らしめるつもりなのでしょう。
「僕は、お前との婚約を破棄する! お前のような、嫉妬に狂い、ミナという清らかな乙女を陰湿にいじめるような冷酷な女は、王妃の座に相応しくない!」
「……嫉妬、ですの?」
私は扇子で口元を隠し、静かに問い返しました。
「そうだ! 証拠はあるんだぞ。お前がミナに送った数々の脅迫状、そして昨日、彼女のドレスを汚した罪……ミナは涙ながらに僕に訴えてくれた。お前のような悪女には、応報が必要だ!」
ミナ様は「カイル様、もう止めてください……エルゼ様が怖いですわ」と、彼の腕に顔を埋めて震える演技をしています。
周囲の貴族たちから「まさか、あのエルゼ様が」「公爵家も落ちたものだ」という動揺が広がります。
しかし、私は一歩も退きませんでした。
「……そうですか。ではカイル様。その『罪』を裁く前に、私からも皆様に、いくつかお見せしたいものが。——アニカ」
合図とともに、ホールの壁面に巨大な魔導投影陣が展開されました。
そこに映し出されたのは、書類の山……ではありません。
『——ねえカイル様、エルゼ様からまた倍額の予算をふんだくったわ。あの女、本当に馬鹿ね。私が少し怯えて見せただけで、簡単に財布を開くんだもの』
会場に響き渡ったのは、紛れもないミナ様の声。
そして、それに答えるカイル様の声。
『ああ、あの女は金の成る木でしかないからな。いいんだよ、ミナ。あいつの家から搾り取れるだけ搾り取って、用が済んだら辺境の修道院にでもぶち込んでやるさ。僕たちの愛の資金になれば、あの女も本望だろう?』
「なっ……な、なんだこれは!? 何をしているエルゼ!」
カイル様が顔を真っ赤にして叫びますが、映像……いえ、ブレスレットが記録した「真実の会話」は止まりません。
さらに映像は切り替わり、ミナ様が深夜、誰もいない部屋で「隣国の密偵」と密会し、王国の軍事拠点の地図を渡している現場が鮮明に映し出されました。
『カイルはもう完全に私の虜よ。あいつを王に据えれば、この国を内側から食い荒らすのは容易いこと……』
会場は水を打ったような静寂に包まれ、次の瞬間、悲鳴にも似た怒号が沸き起こりました。
「国家反逆罪だ……!」
「第二王子は、スパイと通じていたのか!?」
「ち、違う! これは捏造だ! エルゼ、お前が仕組んだ……!」
カイル様が私に掴みかかろうとした瞬間、彼の前に鋭い剣先が突きつけられました。
第一王子、ヴィクトール様です。
「そこまでだ、カイル。……そしてマリア、いや、隣国の工作員。貴様たちの醜態は、すべて国王陛下の御前で証明された」
壇上から、国王陛下が重い腰を上げました。その顔は、怒りで青白く震えています。
「カイルよ……。私の息子が、これほどまでに愚かだったとはな。公爵家の慈悲を仇で返し、国を売る女に現を抜かすとは。……衛兵! この二人を捕らえよ!」
「待って、陛下! 私は被害者です! この女に騙されて……!」
ミナ様が泣き叫ぶが騎士たちは容赦なく彼女の細い腕を捻り上げました。その際、彼女の懐から、偽造された「エルゼの脅迫状」がボロボロと落ちてきました。
「カイル様、最後に一つだけ」
私は、膝をつき、惨めに引きずられていく元婚約者を見下ろしました。
「あなたが使い込んだ公金の総額、そして我が家が立て替えた借金の全額……アドラー公爵家は、本日をもってその全額の返済を王家に請求いたします。……あなたが送られる場所は、修道院ではありません。一生をかけても払い切れない負債を背負い、暗い穴の底で泥水を啜る、地獄ですわ」
「エルゼ……! エルゼ、頼む! 助けてくれ! 愛しているんだ、お前だけを……!」
その醜い叫びが扉の向こうに消えるまで、私は一度も目を逸らしませんでした。
私の「献身」という名の呪縛は、今、彼自身の首を絞める鎖となって完結したのです。
会場の視線は、今や私へと変わっていました。
恐怖、敬畏、そして……称賛。
私は静かに、ヴィクトール様の方を向きました。
彼は剣を収め、私に手を差し伸べていました。
「見事だったよ、エルゼ。……踊ってくれるか? この国が新しく生まれ変わる、その祝杯の代わりに」
「……喜んで、ヴィクトール殿下」
オーケストラが、優雅な円舞曲を奏で始めます。
私は彼の大きな手を取り、かつてないほど軽やかな足取りで、光の渦の中へと踏み出しました。




