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『貢ぎ物』扱いはもう御免ですわ〜無能な第二王子を甘やかして破滅させるまで〜  作者: 御子神 花姫


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2:毒を食らわば皿まで


アドラー公爵邸の私室に戻った私は、すぐさま重厚なマホガニーのデスクに向かった。

窓の外では夕闇が迫り、王都の街明かりが灯り始めている。しかし、私の心象風景はそれよりもずっと暗く、そして澄み渡っていた。


「アニカ、例の調査員を」

「……はい。既にお呼びしております」


アニカが合図を送ると、部屋の隅の影から、音もなく一人の男が現れた。

公爵家が長年抱えている「影」の一族。表向きはしがない古本屋の主だが、その実体はこの国のあらゆる醜聞を嗅ぎつける猟犬だ。


「お呼びでしょうか、お嬢様」

「ええ。ミナ・クラーク男爵令嬢。彼女の『真実』をすべて洗って。実家の借金、過去の交友関係……特に、カイル様と出会う直前に接触していた人物については重点的にね」


私は男に、先ほど中庭でミナが見せた「勝ち誇った笑み」を思い出しながら命じた。

あの表情、あれはただの恋する娘のものではない。獲物を罠に嵌めた狩人の顔だ。


「それから、もう一つ。カイル様がこれまで私に内緒で作った借用書の写し、そして彼が公費を流用してミナ様に贈った宝飾品の目録を作成してちょうだい。宝石商のギルドには私から話を通しておくわ」


「御意。……して、いつまでに?」

「一週間以内。……最高の舞台を用意したいの」


男は音もなく消えた。

私は一人、羽ペンを走らせる。

書いているのは、カイル様への手紙ではない。第一王子、ヴィクトール様への極秘の会談依頼だ。


翌日、私はあえてカイル様の元へ足を運んだ。

昨日の冷たい態度はどこへやら、私は聖女のような微笑みを湛えて、彼の好物である特注の焼き菓子を携えていた。


「カイル様、昨日は失礼いたしました。お詫びに、公爵家御用達の職人に作らせたお菓子を持ってまいりましたわ」

「……ふん、分かればいいんだ。お前もようやく、自分が僕に尽くすべき立場だと理解したようだな」


カイル様は私の差し出した菓子を、ミナ様と分け合いながら無造作に口にする。

ミナ様は私の顔を見るなり、怯えたようにカイル様の背後に隠れた。


「エルゼ様……昨日は、あんなことを言ってしまってごめんなさい。でも、私は本当にカイル様を……」

「あら、いいのですよミナ様。私、反省いたしましたの。カイル様の幸せこそが私の喜び。……ですから、これからはもっと積極的に、お二人の時間を支援させていただこうと思いまして」


私はわざとらしく、宝石が散りばめられた小さな箱を取り出した。

中には、最新の魔導技術で作られた「一対のブレスレット」が入っている。


「これは……?」

「愛の誓いのブレスレットですわ。片方の持ち主が危機に陥れば、もう片方に伝わるという……。ぜひ、お二人でお持ちになって」


「ほう、殊勝な心がけじゃないか」

カイル様は満足げにそれを手に取った。

愚かな人。それが「危機を伝える」ものではなく、"常に音声を記録し特定の場所に転送する"盗聴器の機能を備えた魔導具だとも知らずに。


「それから、カイル様。今月の追加予算ですが、父を説得して倍額にいたしましたわ。これで、ミナ様に新しいドレスや別荘を贈って差し上げてくださいな」

「倍だと!? おお、エルゼ! お前もたまには気の利くことをするじゃないか!」


カイル様の目が卑しく輝く。

ミナ様も、一瞬だけ隠しきれない欲望を瞳に浮かべた。


「ええ、ええ。どうぞ存分にお使いください。……だって、これが最後...の贈り物になるかもしれませんもの」

「ん? 何か言ったか?」

「いいえ、お二人とも本当にお似合いですわ、と申し上げたのです」


私は優雅に一礼し、部屋を出た。

扉が閉まる間際、「やったわカイル様!」「ああ、あの女もようやく身の程をわきまえたらしい」という下品な歓声が聞こえてきたが、もはや不快感すら湧かなかった。


高く飛べば飛ぶほど、落ちた時の衝撃は大きい。

私は彼に、最高の「浮遊感」を味わせてあげているだけなのだから。


その日の夜、私は王宮の北塔にある、ひっそりとした図書室を訪れた。

そこには、月明かりの下で古い文献をめくる人影があった。


「夜分に失礼いたします、ヴィクトール殿下」


第一王子ヴィクトール。

カイル様の異母兄であり、文武両道に秀でながらも、母方の身分が低いために王位継承順位ではカイル様に次ぐ存在とされている。しかし、真の知性を持つ者ならば誰でも知っている。この国を実際に動かしているのは彼であることを。


ヴィクトール様は本を閉じ、私を真っ直ぐに見つめた。

その瞳には、カイル様のような濁りはいっさいない。


「エルゼ嬢。君が私を呼び出すとは珍しい。……いや、ようやく決心がついた、と言うべきかな?」

「ご察しの通りです。……ゴミ掃除の準備が整いましたわ」


私は彼に、調査員から上がってきた一次報告書を差し出した。

ヴィクトール様はそれに目を通し、ふっと低く笑った。


「これはひどいな。……ミナ・クラーク。彼女、隣国のスパイ組織との繋がりがあるようだ。カイルを誑かし、王国の機密を流出させる窓口にするつもりだったのだろう」

「ええ。ですが、彼女も誤算でしたわね。カイル様が機密に触れられるほど賢くもなければ、信頼もされていないということに」


「ははは、手厳しい。……だが、これで役者は揃った。カイルは公金の横領とスパイへの利益供与。ミナ・クラークは国家反逆罪。……エルゼ、君はどうしたい?」


ヴィクトール様が私に歩み寄り、私の手を取った。

その手は温かく、力強い。


「私はただ、アドラー公爵家の名誉を守り……私を『財布』としか見ていなかった方々に、その代償を支払わせたいだけです」

「いいだろう。……その後の『椅子』なら、私の隣に空けてある。君のような聡明な女性こそ、この国には必要なんだ」


ヴィクトールの言葉に、私は初めて、政略的なものではない微かな高揚感を覚えた。


「……光栄ですわ。では、来週の公式晩餐会。そこで、すべてを終わらせましょう」


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