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7話 特異点、激昂する


この女神の性質は邪悪とまではいかないが、混沌としている。

 嗜虐的で、加虐的。

 悪戯好きで、性悪な女神だ。


 ───推せる要素が何一つない。


 (ここまで譲歩しても、聞き入れてもらえないのなら、私も手を変えなければならなくなるわよ?)

 (どういう意味?)

 (いいえ、たいしたことじゃないわ。貴女の恋人、クラリスっていうのね。かわいい子ね)

 (それが、何?)

 (妬けちゃう。あの子に何かあったら、貴女はどうなってしまうのかしら……)

 (何が言いたいの?)

 (私と契約をして、協力し合うか。私に靡かないのなら、邪魔だから、まとめて踏み潰してしまおうかしら、って話)


 ペルセポネーのどこか試すような下卑た笑いが伝わってくる。

 

 (まったく安い挑発ね)


 だけど───


 その瞬間、ジナの中で何かがブチッと音を立てて、理性が弾け飛んだ。

  

 「クラリスに……私の恋人に、指一本でも触れてみろッ?お前を殺す……神だろうと知ったことか……絶対に殺してやる」


 ジナから漏れ出る圧倒的な魔力に病院の建物全体が震える。

 急激に温度が下がり、キラキラと細氷が舞う。 空気中の水分が凍りつき、床や壁に霜が降りていく。

 白い息を吐き、怒りに燃えるジナの姿は神話の怪物を彷彿とさせる。

 

 自分への殺意を隠そうともしない特異点の娘を眺めながら、ペルセポネーは恍惚と微笑んでいた。


 (ふふっ、私のあげた力が良い感じに馴染んできているじゃない)


 女神の発する断じて不快な雑音。

 戯れに人間を嬲り殺しにする神の暴虐。


 「唾棄すべき醜悪な化け物めッ……」


 反吐が出ると、ジナの声がより一層冷たいものに変わる。その激情に呼応して際限なく魔力が湧き上がってくる。

 極寒の冷気が荒れ狂う監獄と化す病院内は、患者や病院関係者が次々と凍え、卒倒していく。

 

 「───ジナ、お願い!やめて!」


 扉が大きな音とともに開け放たれ、病室に駆け込んできたクラリスは、怒りで自分を見失っているジナにしがみついた。



◇◇◇



 カグヤとペルセポネーが喧嘩している頃。

 

 クラリスは少佐の元に、いた。


 「ジナが目を覚ましました!」

 「そうか、よかった」

 

 目尻に涙をためながら笑顔を覗かせるクラリスに、少佐も安堵の表情を浮かべる。


 「しかし、一体どんな化け物と遭遇したら、あんなボロボロになるんだ?」

 「報告した通りです。相手は神霊ペルセポネーです」

 「神霊ね……」

 

 にわかには信じがたい。

 ペルセポネーの名前は、誰でも耳にしたことがある。冥界の女王として御伽噺に出てくるやつだ。

 

 「ヴァンシュタイン嬢のことを疑うわけではないが、突拍子もなさすぎてな」

 「信じられないかもしれませんが、事実です」

 「だとしたら、我々にはどうすることもできないな。とにかく、今は休んで……なんだ、この魔力は!?」


 病院を襲った突き上げるような揺れ。

 ふたりはよろめき、焦って床に手をついた。

 今度は刺すような寒さと激しい殺気。


 「ジナ!きっと、ジナに何かあったんです!私、見てきます!」

 「あぁ、悪いが……頼む。俺は、動けそうにない……」


 唇まで真っ青で震えるグレゴリー少佐は、そう言い残して意識を失った。

 

 「そんな!少佐!」


 借りていた部屋から飛び出すと、グレゴリーと同じように多くの人が倒れるか、うずくまって寒さに震えているかしている。


 「大丈夫!?」

 「あぁ……あぁ……」


 抱え上げられた少年は寒さのせいでまともに喋れず、目だけで必死に助けを求めている。

 クラリスだけが無事な理由は多分星霊の加護を持っているからだ。


 「大丈夫、すぐに助けを呼んできますからね」


 このままだと身体の弱っている患者たちは、すぐに死んでしまう。

 少年に自分の上着を着せ、クラリスは走り出した。


 (何が起きたっていうの!)


 もう天井や壁には氷が張っていて、加護のあるクラリスでも身体が冷たい。

 

 ジナのいる病室にたどり着いた頃にはクラリスの艶やかな髪は霜で白くなっていた。


 「───ジナ、それ以上はダメ!」


 クラリスは悲痛な声を上げる。

 自分の身も顧みず、ジナに飛びついた。


 「お願い!ジナ……落ち着いて。病院の人たちが死んでしまう」と言って、クラリスはありったけの力で最愛の女性を抱きしめた。


 「でも、でも、こいつを殺さないと、クラリスが……キミに酷いことを。だから、殺さないと───」

 「───んっ、んっ……」


 クラリスは冷静さを失うジナの顔を掴み、唇を力いっぱい塞いだ。

 目を大きく見開いたジナはショックで固まる。


 「んっ、あう……私のために怒ってくれたのね……私は大丈夫、大丈夫だから。だって、いつもあなたが守ってくれているの知ってるもの……」


 そう言って彼女の頭を自分の胸に押し当て、包み込む。

 ドクン、ドクン、と規則正しく響く優しい鼓動。

 「もう大丈夫、大丈夫」とあやすようにクラリスは囁き、ジナの髪をゆっくり、ゆっくりと撫でてやる。

 そっとクラリスの背中に手を回す。

 安心する匂いだ。

 大切な人の生命の音と自分の音がとくん、とくんと重なり合う。

 そうしていると、獰猛な特異点のジナは内側の深いところにさようなら。

 代わりに優しいジナがこんにちは、と浮き上がる。


 落ち着きを取り戻したジナは、そっとクラリスから離れると、「心配かけてごめんなさい」とクラリスの前髪をかきあげて、額にキスをした。


 そう、仲直りとごめんなさいのキスを───

 




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