6話 特異点、傷を負う
目の前に広がる真っ白な天井。
「ここ、どこ?」とジナはぼんやりと呟いた。
傍らには穏やかな寝息を立てるクラリスの寝顔があった。
起きようと身体を動かすと、全身に激痛が走る。
ジナは小さく呻いた。涙目になり、動くのを諦めた。
どこかのベットの上で大の字になりながら静かに、天井を見つめる。
薄っすらと甦る神霊ペルセポネーとの戦いの記憶。
───生きてる。
ゆっくりと辛くない範囲で四肢を動かし、感触を確かめてみる。
「よかった。両手足ちゃんと付いてる」
死んでもおかしくない戦いだった。
戦いのキズは痛むが、欠損はない。
本当に運がいい。
「うん……ジナ?」
クラリスが目を擦り、むにゃむにゃと顔を上げた。
クラリスの目の下に残る濃いクマの痕。
寝る間も惜しんで、つきっきりで看病してくれていたのだろう。
「おはよう」と言って、ジナはクラリスに微笑みかけた。
恋人の声を聞けて安心したのか、クラリスの涙腺が一気に崩壊する。
「……ジナ!!ジナぁ゙ぁ゙ぁ゙あああ!!」
クラリスの目から滝のように流れる大粒の涙。
名前を何度も繰り返し叫び、ジナに覆いかぶさる。
「ちょっと、痛いって!」
「や〜〜だ〜〜〜!!離れない!!」
「心配かけて、ごめんなさい」
自分がクラリスの立場でも、きっと冷静ではいられない。
申し訳なく思ったジナは、クラリスが落ち着くのを黙って待つ。
「落ち着いた?」
「うん……」
ようやく泣き止んだクラリスが弱々しく頷く。
その頭をそっと撫でてやると、その手を自分の胸元に抱いて、ぎゅっと握りしめる。
自分を案じる姿がたまらなく愛おしい。
ジナとクラリスはお互いに、顔をくしゃくしゃにして微笑んだ。
ジナが目覚めたのはメローペにある軍病院の病室だった。
窓の外は相変わらず暗い。
ペルセポネーの下ろした闇は過ぎ去っておらず、太陽は隠れたまま。
それは女神の健在を意味する。
「私、勝てなかったんだ……」
冥府を統べる女神は痛み分けと、笑って去っていった。
しかし、気まぐれに見逃されたに過ぎない。
苦々しい記憶にジナは唇を噛んだ。
◇◇◇
ペルセポネーとの戦いから一週間が経過していた。その間ずっと、ジナは昏睡状態にあったらしい。
クラリスは安心したのか、ジナが目を覚ましたことを「グレゴリー少佐に告げてくる」と言って、病室を出ていった。
身体のあちこちに残る生々しい傷、傷、傷。
特に赤黒く変色した胸の矢傷。
その深い傷跡が激戦を物語っていた。
それに、呪詛だろうか。あの女神の残滓を色濃く感じる。
丁寧に神意が刻まれている───『我が愛しの乙女』
「はあああ!?愛しの乙女!?」
呪詛だと思ったそれは、愛のメッセージだった。
頭の中で誰かが声を立てて笑っている。
その声は忘れもしない。
理解が追いつかず、混乱するジナの代わりにカグヤが、声の主に食ってかかる。
(なんで、アンタがいんの!?)
(楽しんでもらえたかしら?私との繋がりを戦いのついでに貴女に刻んでおいたの)
(ふざけるな、帰れ!陰府に!死臭が染み付いてかなわないんだから)
(お前こそ自分の星に帰ったらどう?エイリアン)
(なんだと腐れアンデット!やんのか、コラー!)
頭の中でぎゃんぎゃん、喚く二柱。
こっちは怪我人なのだ。勘弁してほしい。
もう耐えられないとジナは叫んだ。
「やめて喧嘩は他所でして!」
ジナが怒鳴ると、ふたりはようやく言い争いをやめて静かになる。
「私のなかで、最強種がシェアハウスしてる件!?」
これはどういう状況なのか。
ついこの間、殺し合いを演じたばかりの女神が、なぜ相棒と頭の中で喧嘩しているのか。
「お願い。説明して」とジナが要求すると、女神は渋々話し始めた。
(はぁ……疲れた。まず私、まだ貴女の中に住んでないわ)
(なら何で……)
(私と取引しない?貴女のことが気に入ったの)
(取引……?)
(まず……私が地上に出てきたのは、どこかの愚か者が勝手に開けて回っている冥府との通路を塞ぐため)
(じゃあ、あの裂け目も……)
(そういうこと。そしてその愚か者に罰を与える。関わる者は全て、私の名のもとに断罪するわ)
さらっと怖いことを言う。
神の名のもとに断罪とは穏やかではない。
(それで取引とは具体的に?)
(私の依代になりなさい。こちらに顕在していると疲れるし、現世への影響も大きいし)
(……こちらのメリットは?)
(もし冥府との回廊を見つけたら、私が塞いであげる。依代になるなら、太陽も戻してあげる)
ペルセポネーの声色に嘘偽りは感じられない。
ジナが考え込んでいると、カグヤの声が割り込んできた。
(やっと届いた……アンタ、私を念話からわざと追い出したでしょ!)
(エイリアンが出しゃばってくると話がややこしくなるのだけれど)
この女神はすこぶる口が悪い。
おまけに性格も悪い。
心が折れるような毒を平気で吐く。
依代となったとして、一緒にうまくやっていけるのだろうか。
(私は反対!信用なんてできないんだから)
(ふぅん)
急に黙り込んだペルセポネー。
何かを考えている気配がする。
カグヤを黙らせる方法だろうか。
カグヤを排除するというならば、戦うしかない。
(はぁ……貴女とその星霊の契約は?)
(えっ、カグヤとの契約?)
(契約の形態を教えなさい。対等?主従?隷属?それとも、そのエイリアンが優位なの?)
(えっ、えー……カグヤ?)
急にまくし立てられあたふたするジナは、カグヤに助けを求めた。
対等な契約だと思っているが、違うのかもしれない。
うまく説明することができないジナのかわりにカグヤが答えてくれた。
(星霊と人間では対等な契約なんて本来は無理。だから私の霊格を極限まで流し込んで、私の霊格を縮小して、ジナの霊格を膨張させて釣り合いをとったから、主従)
(なら私も貴女と主従契約を結んで依代になってもらう。貴女に従属する。これならどう?)
どう、と言われても困る。
どんな条件ならば、カグヤも納得できるのか。
そもそも納得するのか?
ジナが逡巡していると、心底嫌そうにカグヤは重い口を開けた。
(ジナ……その条件なら契約してもいい……と思う。器としてもジナは問題ない)
そう言いながら、すごく嫌そうにしている。
私の中で、ひとつ屋根の下。同居するってことだもんね。
ジナは二柱が揉めて、耐え切れずに自分が内側から爆ぜるんじゃないかと心配で仕方なかった。
(主導権はジナが持つことになるし、何よりコイツの力を引き出して使えるようになる……)
渋い顔をしながらも、カグヤは契約に賛成するということらしい。
(その代わり、私とクラリスはジナの伴侶なんだから!ただの居候は弁えなさいよね!)
(いやね、嫉妬?みっともない)
(コイツ……言うに事欠いて、おまッ────)
頭の中でブチッとカグヤの声が途切れた。
急激にボルテージの上がるカグヤを邪魔に思い、ペルセポネーは二人だけのチャンネルに切り替えた。
(それで、結論は出たかしら?)
(それは……)
まだジナは迷っていた。死闘を演じた女神のことが、まだ信用できずにいた。
読んでくれてありがとう。
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