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特異点、、酒の力で闇を裂く


 酩酊して歩く夜半の帝都は、濁っている。

 路地裏に転がる愚か者。

 スラムより漏れ伝わる悪臭と悪習。


 一度揉めれば、すぐさま乱癡気騒ぎ。

 憂さ晴らしに絡んでくる色魔や悪漢を殴り飛ばしていたら、ジナの足元には小さな小山が築かれていた。

 ガラの悪い連中が蔓延る帝都の夜の顔も、人ならざる物には敵うはずもなく、横っ面を叩かれる。


 「おい、酒!」

 「へい!」

 

 クラリスとのいざこざで虫の居所が悪いジナは酒場で軟派を酔った勢いで張り倒し、そのまま乱闘を巻き起こして今に至る。


 何人かを虫の息にし、平身低頭した男たちに酒場中の酒を奢らせている。

 その中には、この辺りを縄張りにするマフィアも含まれ、「覚えてろ」と、月並みな捨てゼリフを吐いて仲間を引きずっていった。


 「もう、忘れたー」


 ジナは手をヒラヒラさせながら、ソイツらを見送り、なみなみエールが注がれたジョッキを煽る。


 「あの、姉さん。さすがにスパーダ・ファミリーはやべぇ。この辺りのシマを仕切ってるスラムの顔役だ」

 「はぁ?」

 「いくらあんたが強くったて、奴らは憲兵隊も手を焼く連中だ」

 「今更でしょ?もう、ボコっちゃってんだから。それより、酒おかわり!」

 「はぁ、俺は忠告しやしたぜ」

 「あいあい、忠義痛み入るー」


 呂律も回らない若いお嬢ちゃんが、こうも強いのは信じ難いが、床に転がる馬鹿共がいい証拠だ。

 機嫌をこれ以上損ねるのは、得策ではない。

 店主は諦め顔で口を慎み、新たなジョッキをジナに渡してやった。


 「ぷはー、美味い!おじさん、そのスパーダ・ファミリー?は、どこにいるわけ?」

 「はぁ?そりゃスラムだろ」

 「ふぇ?じゃあ、スラムってどこよ〜」

 「西の城壁に面した地区だな。そんなのこと聞いてどうする?」

 「う〜、憂さ晴らし」

 

 ジナはエールを一気飲みして、ジョッキをカウンターに叩きつける。


 「お金はー?」

 「いや……それは、そこで寝てるやつらと隅でぶるってる奴らから貰うが……」

 「そう。もうみんないい子にしとけ〜。次は、冥府行きなっ?私、冥府の女神と知り合いだからー」


 意識のある男たちは青ざめ、互いに抱き合い、必死で首を縦に振る。

 こんなおもちゃをどこかで見た気がする。

 ジナはにっこり微笑み、阿鼻叫喚の店を千鳥足で出ていった。

 ゆるりと吹き荒ぶ退廃の風が何とも心地よい。

 生命拾いした男たちは、恥ずかしげもなく生の喜びを噛み締め、咽び泣く。

 嵐が去り、店主もヘナヘナと力なく椅子にその身を預けていた。



◇◇◇


 

 帝都に轟く【雷霆万鈞ヴァジュラ】の凄まじい雷鳴。

 鳴り止まない破壊的狂想曲。

 

 ペルセポネーには軽くあしらわれたが、スラム街を焼き払うには十分過ぎる威力だった。


 赤黒い稲妻が駆け巡り、帝国の闇を支えるスラムを火の海に変えていく。

 

 うねる雷炎は丁寧に制御され、大蛇のように西の外れだけを包み、とぐろを巻いていた。


 「ひくっ。おらー、スパーダ・ファミリーとかいう奴。出てこ〜い。それとも、盛大に火葬するか〜」


 一人の酔っ払いの気まぐれで、スラムは壊滅状態。

 今夜の都はてんてこ舞い。

 ジナがひくっと、喉を跳ねさせてしゃっくりをするたびに、建物から火の手が上がり、炭になっていく。

 悲鳴と怒号の二重奏デュオが激しさを増す。

 

 「ボス出てこ〜い。喧嘩売られたから、買いに来てやったぞ〜」

 

 あまりに酷い地獄絵図のような光景に、誰もが戦々恐々とする中、100人規模の厳しい男たちが剣や棍棒を片手に青筋立て、集まってきた。

 全員、薬か何かをキメている。いわゆる、ハイというやつだ。


 あまりにも理不尽なジナへの恐怖を克服するために薬に頼ったスパーダ・ファミリーの鉄砲玉たち。


 「おぉ、いっぱい!」

 「あへぇ、ぶち殺す!」

 「そんでもって、ぶち犯すぞ。糞女」

 「はぁはぁ、全員で回しても済まされねぇぜ」

 

 今日一番の罵詈雑言が飛び交う。

 薬で気が大きくなっている男たち。

 品性の欠片もない顔で、ヨダレなどを撒き散らしている。


 「せいぜい、覚悟しなぁ!!」


 そのセリフを合図に、一斉に男たちはジナに襲いかかった。


 「ちょっと、暑い。何だっけ、あのペルセポネーが使ってたやつ。なんか、今ならできるきがするんだよね〜」


 ペルセポネーがジナの中に仕込んだ力の片鱗が静かに産声を上げる。

 

 ジナは拳を突き立てながら、あの戦いを順々に思い出していく。ペルセポネーの紡いでみせた世界すら凍てつかせる氷雪魔術を。


 「ん〜、遠き地より、北より吹き荒ぶ冷酷なる氷原の風───」

 「おっと、危ない。其は万象を閉ざす白き闇」


 攻撃をいなし、詠唱の文言を記憶の中から拾い上げていく。時折、掠める質の悪い剣での斬撃では、ジナの身体に傷をつけることすらできない。

 いたずらに消耗する愚物たち。


 「吹雪け、凍てつけ───」


 そこまで詠唱を奏でると、あの時と同じように急激な温度低下が始まる。

 白く煙る全員の息。


 「内側から凍りつくのって、怖いよね」


 近くで息切れを起こす男に、ジナが静かに微笑みかける姿は、どこかペルセポネーが乗り移ったような印象を与える。


 「まぁ害虫駆除だけど、生命までは取らないからさ───愚かなる者に数多の爪を立てよ──【飛雪千里マルザンナ】」


 詠唱と共に一瞬でスラムの隅々まで吹き抜けた冷気はあらゆるものを氷に変え、暴れていた【雷霆万鈞】の雷炎すら平らげてしまう。


 詠唱の一部に手を加え、生命を刈り取る死の風を時をせき止める吹雪へと調整した。

 要は生命を奪うことをやめ、全てを凍結する魔術にチューニングしてみせた形だ。


 男たちは不細工な彫像となって、驚愕の表情でジナを見つめていた。


 「やっぱり〜、ペルセポネーの力が馴染んできてんなぁ〜。ひくっ、ひくっ」


 ジナは晴れて氷属性を手に入れた。

 帝都は時期外れの雪と霜に覆われ、荒れ模様だが。


 「あっ、ボスがどいつかわかんなくなっちゃった。う〜、まぁいっか。もう悪さするなよ。ひと月もすれば溶けるさぁ」


 ヒラヒラと手を振り、ジナはスラムを離れた。

 

 この日、帝都からマフィアの一角と西のスラムが消滅した。

 雑魚も幹部もボスすらも一緒くたに凍りつき、分け隔てなく絶望の中で止まった時間を享受する。

 酔えるジナは恐ろしいまでに平等主義者だった。

 スラムの人間たちが、怯えながら憲兵隊の元に駆け込み、真人間を目指すのはまた別のお話。



読んでくれてありがとうございました

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