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恋人たち、すれ違う


 「ねぇ、クラリス。デートしない?」


 ベッドで暇を持て余すジナは、そんなことを言い出した。

 帝国の闇が見え隠れする襲撃のあと、2日ほど宿屋にこもって惰眠を貪っていたおかげでジナの身体は、妙に軽い。

 懸念していた呪詛の影響も少ない。そこはカグヤのおかげらしい。

 治療に魔力を費やしたカグヤは、入れ替わるようにジナの中で微睡んでいた。


 「いいでしょ。折角、帝都まで来たんだから」

 「いいけど。まずはお風呂。それから、あなたのお師匠のサリバン様に手紙を書く。いいわね」

 「はーい……」


 シュンとなり、ジナは着替えの用意を始めた。

 荷物の中から透け感のあるネグリジェを手にすると、クラリスに無言で圧をかけられて止められた。

 ニッコリと静かに首を振るクラリス。

 焦って頷いたジナはすぐにネグリジェをそっと荷物に戻す。

 強制的にクラリスの選んだ露出の少ないブラウスとズボンを押しつけられ、ジナはまた落ち込んでいた。

 

 「あれ、楽なのに……」

 「何か、文句ある?」

 「……ないです」

 

 ちらっとクラリスを盗み見ると珍しく眼鏡をかけている。何かの書類に目を通してる最中だった。


 「何見てるの?」

 「ああ、これ?連邦からの定期連絡。これでも私は外交官だから、常に各国の動向を頭に入れておかないと」

 「軍?外務省?商会?それとも議会?」

 「秘密」

 「あれ?私たちって逃避行だったような」

 「ふふっ、細かいことは気にしない。早くお風呂入ってきなさい。デートするんでしょ」

 「そうだった。あっ、帝国図書館にも行かなくちゃ。あそこには珍しい文献や資料がたくさんあるんだよね」


 ジナはルンルン気分で宿屋のお風呂を借りに出ていった。

 外から微かに聞こえる鼻歌に、「まったくもう」とクラリスは、呆れながらもどこか楽しそうに微笑んで、書類に視線を戻した。


 「そんなに深い情報はないわね」


 クラリスは紙の束をばら撒くと、ベッドにダイブした。

 久しぶりのデートに心が踊り、書類どころではない。

 顔が緩むのを抑えきれず、手足をバタバタさせて全身で高鳴りを表現する。


 「はっ!?何を着て行こうかしら」


 思い立った瞬間、鏡とジナに強請られて仕方なく買った魔法鞄の所を行ったり来たり。

 

 「サマードレスは違う……動きやすい方がいい?でも、ジナに可愛いって褒められたい……」

 

 ワイン色の背中が大胆に開いたカクテルドレスを当てて鏡の前に立ち、首を振る。

 

 「これはない。露出度高すぎて、期待してるのがバレバレ。ジナに下品な女だって思われちゃう……」


 良く見せたいのに、大胆になりきれないクラリスの複雑な乙女心。


 「ワンピースなら……。でも、スカートだとホルスターが……あぁ、もう!」

 

 クラリスは仰向けにベッドに倒れ込んだ。

 オシャレをしたいのに、武器は手放せない。

 せめて、小型魔銃グレンデルだけは持ち歩きたい。


 「ゆったり目のロング丈のワンピースにして、太ももに銃を隠せば?」


 ハッとして飛び起きると、クラリスは千鳥柄のワンピースを掴んだ。モノトーンで落ち着いたシルエットで、銃やナイフも目立たない。街歩きには申し分ない。


 「これだ!」とクラリスが叫んだタイミングで、ドアがギィと音を立てた。


 「ただいまぁ」

 「ちょっと、ジナ!勝手に入らないで!」


 部屋中に散乱する服たち。

 顔を朱に染めたクラリスは理不尽にジナを追い出し、ドアに鍵をかけた。


 「えっ、ちょ!?クラリス?」

 「だから、勝手に入って来ないで!」

 「私の部屋でもあるよ!?」

 「とにかく、今着替えてるの」

 「そんなぁ……」


 ぴしゃりと拒絶され、取り付く島もない。

 意気消沈するジナ。


 下着姿のクラリスは兎に角、急いでドレスなんかをバッグに押し込み、ワンピースに着替える。

 無言で手を動かす間も、林檎のようになっていた。


 ジナは扉の前でただ立ち尽くしていた。

 無造作にまとめられた氷のように淡いブルーの髪はまだしっとりと湿りけを帯び、クラリスに持たされた石鹸と香油の香りが混ざり、ヴァニラのような甘い香りを放っていた。


 クラリスのために念入りに身体を磨いてきたのに、この仕打ちはあんまりではないか。


 クラリスは、本当はデートに乗り気ではなかったのかもしれない。先程までの天にも昇るような高揚感は急降下し、どんよりとジナの心に暗雲が立ち込めていく。


 「クラリス……酷いよ……」


 ジナの呟きが虚しく廊下に溶けていくと同時に、ジナの姿も透け、背景へと溶けていく。

 その場にはらりと落ちるタオル。


 スキル【幻燈身】によって世界と同化したジナの哀しげな足音だけが外へと続いていた。


読んでくれてありがとうございます✨

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