第十八章 第二節
我々(ノクティア軍)がバラクローナに向かう最中に、次々と新しい情報がもたらされた。もちろんその急報は私にではなく、この軍隊の参謀イリアに伝えられ、私は横でその話を聞くだけである。行群の中央部辺りにいたが、馬の蹄が響く中、必要以上の大声で報告がなされてくる。
「申し上げます!バラクローナは城内への出入りの検閲を厳しくしております。また、食糧の確保、 義勇軍の募集などを行っております」
「申し上げます!いくつかの住民は、西や北の方へ、知り合いや親戚を頼り町から逃げております。ただ実際には城の守りが固く兵士も沢山いるため、自分たちの軍の勝ちを確信し、街に留まるものの方が多いです」
「申し上げます!ヴァルドリス王国の首都マダレイからの援軍も、バラクローナに向かうという情報が入っています」
「うむ・・・・」
イリア参謀はそれぞれの情報に対して、基本は全く質問ややりとりをすることなく、頷きを一つ返すだけであった。私は周囲を見渡す。ヘルヒンまで来た時も『こんなに南の地域まで来た・・・』と思っていたが、さらに南西に進んでいる。南からは海の香りがし、遠く北の方には、中程度の山々が連なる。我々が行軍をしている場所も起伏はあるが、地面にはそこそこ緑が茂っており、美しい自然の営みを、車輪と蹄で荒らしているような感覚になってしまう。
「前方が少しザワついてますけど?」
私はイリア参謀に聞いた。目の前で行軍は少し乱れ、兵士たちがワサワサとしている。決してトラブルがあったようには見えない。
「手前から軽微な食事を配っているのです。もともとそのために準備をしていて、士気の確保や休憩時間の短縮などに役に立っています」
「以前はやっていませんでしたよね」
「ビル殿と一緒にいた時は、それほど長い移動ではなかったと思います。それに現状よりもさらに兵の拙速を求められました」
「イリア参謀も配られているものを食べるのですか・・・?」
「ははは・・・私はいつも食べたいと思っているのですが、参謀という立場ゆえ、毒がもられていてはまずいということで、ほら」
イリアは腰の袋の中から、小さな団子状のものを見せた。しかしその後、ふと気づいたように
「申し訳ない、ビル殿の食事を用意していなかった」
「いや、私は大丈夫ですよ。前線で戦うわけではないので・・・ところで一つ聞いて良いですか?」
「なんですか?」
「バラクローナに向かうように、私が言い出した事なんなんですけど・・・実際街について戦闘を始めるつもりですか?」
「もちろんそれが無いに越したことはありません。しかし、今まで何度もヴァルドリス王国師団長レオナルドに三国同盟の堅持と、中央政権に対しての独立保持、場合によってはモントベリーの攻略を今まで通りに進めるように通達を行ってきました。しかし、それらに関して、保留をほのめかす返事しか来てない」
「私が不思議なのが、なぜ国家間の約束事であるのに、国王でなく師団長にそのことを確認するのですか?」
「現在、大きな政治指針はレオナルドが握っています。特にペソン攻略後、弟のファウストとそれと通じていた妻を粛清した後は、国民から大英雄の賞賛を浴び、国王も充分な配慮をしないといけない状態となりました」
「レオナルドは国王と対立して状態にあるのですか?」
「いえ・・・・正直なところで言うと、ヴァルドリスの国王も中央政権に強く対峙して行く姿勢に、消極的な状態です」
なるほど・・・・つまりイリア参謀はその状態が好ましくないと・・・だから国を出た・・・
「あくまで我々三国が協力体制にあるからこそ、中央政権に対抗できる・・・いやそうでないと、本当に彼らが攻めてきた時、我々は一瞬で砕け散り、彼らの支配下に置かれることになるでしょう・・・」
ガタッツ ガタッツ ガタッツ
馬に揺れながら、私はイリア参謀の瞳を覗き込む。
曇っている・・・・この世界で生きていると、この曇った目をし続けれないといけないのか・・・・やはりシルバー先生は特別なのか・・・・いや、イーヴァンも曇った目をしているところを見たことがない・・・カミルは、時々曇っていたが、やはり自分の中で澄み切った眼差しをみせることも多かった・・・・・
「つまり・・・親友レオナルドの目を覚まさせようとしているということですか?」
「まあ・・・そんなところです」
溶けている。イリア参謀ほどの人物をもってしても、これだけ難しい状況があるというのか・・・・
「私が始めに行ってきましょうか?」
「え・・?」
イリア参謀は呆然と私を見る。
「先ほど言ったことが、これだけの軍隊を動かしている理由なんですよね?これだけの軍隊を動かすのに、すでに手紙のやりとりではどうしようもなく、交渉を重ねようとしてもラチがあかない・・・・だからこの軍勢を持って説得しようとしている、そういうことですよね?」
「は・・はい」
「それを相手に伝えたら・・・えっとバラクローナの城主がなんという人物か知りませんが・・・」
「アルヴァン・クローヴェルです」
「アルヴァンさんにそれを言ったら、なんというと思いますか?」
「おそらく『自分たちは上の指示に従うだけだ』と」
「『個人的にはどう思いますか』と聞いたら?」
「答えないのでは?」
少しは何か言ってくる気がするが・・・・・
「私には皆さんに借りがあります。それを返せればと思っています。ただ・・・・正直ノクティア軍が何を求めているのか今一つわかりません。そのことがヘルヒンを攻めた時も、矛先が鈍い原因になったのではないでしょうか?」
強く手綱を握り締めて、イリア参謀が私の方を見た。
「ビル殿は本当に変わられた。正直そこまで思ったことをズケズケと言ってくるとは・・・」
「あ・・・すみません」
「しかも、その根底に、本当に我々に借りを返そうと、純粋な気持ちから出ていることを受け取れる・・・・」
「え・・・まあ・・・・イリア参謀の事は好きですし、グラオ師団長も。それに・・・・レオナルド師団長も・・・・・・」
「・・・・・・・」
ガタッツ ガタッツ ガタッツ
イリア参謀は正面を見据えた。その遠く先にあるバラクローナ・・・いや、そのもっと先にいる親友レオナルドを見ているのでは・・・
「私には迷いがある・・・・・・だが、何を迷っているか、わかっていない。そしてわかろうともしてない・・・・・私はおそらく何かから逃げている。ヴァルドリス王国を追われ、ノクティア領邦に逃げこみ、その軍を使ってかつての親友に脅しをかける・・・こんなもので何かがうまくいくと思っていない。しかし私はそれ以上どうしようもない・・・」
私も今、この瞬間にこの男に何を言っても、解決する感覚が持てない。元々、エリアス先輩が死んだサニントガウコスでの戦いから、私には自分が把握していた状況と大きく違和感がある。それをある程度理解できなければ、私はイリアにかける言葉は何一つ持ちあわせていないと思った。
「行ってもらえますか?」
イリアは私に、小さく縋り付くように言った。
「行ってもらってどうなるかは分かりません。しかし、このまま私が参謀として敵と交戦しても、その先に見えるものがどうしても無いような気がするのです」
これだけの知恵者に見える人でも、その状況に陥るのか・・・・彼は国民のためでも、政治のためでも、利益のためでも動いているわけではない。しかし、何かがそこにあり、場合によっては大きく流されながらここに居る。
「行ってきます。正直今は、私も何もわからない状態です。レオナルド師団長が中央政権に対して対抗する意識をなくし、三国同盟が崩れそうな状況にある。中央政権が攻めてきた場合に非常にまずい状態になっている。これをどうにかしようとしている。これらがすべて『張りぼて』かどうかを確認してきます」
ダッツ
私はそこから馬を走らせた。軍の先頭をあっという間に追い越した。
「ビル軍師!」
「グラオ師団長!先にバラクローナの城主アルヴァン・クローヴェルに会ってきます!」
私は大声でそれだけ言って、バラクローナに向かった。流石に単騎だと早い。日が暮れる前に到着した。途中ヴァルドリス王国の兵に止められそうになったが「私はビル・フィッツジェラルドだ!バラクローナの城主アルヴァン・クローヴェルに面会する!!」と叫ぶとみんな道を開けた。どうせ単騎を侵入させて国がつぶれることはない。厳重な門の前で面会を求めると、これもまたあっさり入れてもらえた。さすがに城に入って長く待たされると思ったがそれほどでもなく、城主との謁見がすぐに許された。
もちろん今敵対している勢力・・・・しかもヘルヒンの攻撃をノクティア軍に中止させた本人が来たと言うのだから、即座の面会はわからないでもないが・・・・やはり何か違和感を覚える
歩数で三十歩程ありそうな縦長の部屋。赤い絨毯がひいており、金色の縁でできたテーブルが中央を飾る。四方に人物の肖像画が飾られている。その数も多く、大きいものから小さいものまである。私が部屋の中をぐるぐる見回していると、その人物はやって来た。
ガガガガ
「お待たせした。貴殿がビル・フィッツジェラルドか?私が城主アルヴァン・クローヴェルだ」
両側に衛兵がいる。だが、ほかの家臣がいない。これから私と何かお話をしようというのだ。せめて軍師か参謀的な人間がいないと話にならないのではないか?それとも本人がよほど自信あるのか・・・・・
「お前たちは下がっていたよい」
アルヴァンが手を小さくあげると、衛兵はその部屋を出て扉を閉めた。随分と自信家なのか?勿論城に入るときに武装解除されているが、私が何か隠し持っている可能性もあるし、力づくでも傷を負わせることができるかもしれないはずなのに・・・・
「貴殿はノクティア軍に従事しているのか?」
驚いた。このまま立って話をするというのか?普通であれば席に着き、お互いに飲み物位は用意する・・・なんだ、このことごとく想定されたものよりも違う状態は・・・・
「え・・・まあ・・・別にノクティア軍に雇われているわけではないのですが・・・・」
「ではなぜ、ノクティア軍についている」
「え・・まあ、成り行きで」
「成り行き・・・・貴殿がノクティアの猛攻を防いだというのは本当か?」
何だか質問の連続で、探り合いなどあったものではない。
「それはみんなが派手に言っているだけで」
「そうではないと?」
「はあ・・・・」
「はっきりしないな」
なんか微妙に説教されている。はっきり言って人の話を聞かないタイプっぽい。
カツカツ
アルヴァンが急に後ろを向く。
「貴殿はあれか・・・?我が国から逃亡し、今はノクティア軍で参謀をしているイリアに何か言われてきたのか?」
ここで突然イリアの話・・・・?
「・・・・いいえ、私の意志で来ました」
背中向きでビク、と止まる。なんなんだ、この男・・・・・本当に城主か・・・?まさか・・・
「アンタ本当は城主じゃないのか」
思わず思ったことを口にする。
「何を言う、私は城主のアルヴァン・クローヴェルだ!」
振り向いて少し怒鳴る。嘘ではなさそうだが、そんなに強く否定することはないだろう。逆に疑いたくなる。
「で、貴殿は一体何しに来たのだ?」
「ええ・・・・まあ・・」
「なんだ、はっきりしない奴だな?お前は賢いので有名じゃないのか?」
本当にこの人物と会話が成立するのか自信がなくなってきた。
「あの・・・まずなんでノクティアが軍を動かしてきているか知ってます?」
「勿論だ。あいつらは同盟を組みながら、その代表国である我がヴァルドリス王国に負担ばかり持たせて、内側から我々を疲弊させようとしている。同盟の条件の見直しをすべきだという主張を無視しているが、その同盟だけは保持しようとしている。わけがわからない奴らだ」
「・・・・・・」
なるほど・・・・少し違う。同盟を保持するために、ヴァルドリスが代表国として大きな負担を強いられている?
「例えば?」
「そんなことも知らんのか!?」
「はあ・・・すみません」
「第一に、ペソンから近い平原を前線基地としていた。つまり我々の領土が常に最前線となる。それだけでものすごい負担だと思わないか」
「まあ・・そうですね・・・でも地形的に仕方がないかと」
「それであれば、それだけの負担を強いられている我が国に、もっと配慮があっても良いのではないか!?そのおかげでレオナルド殿の弟君が死ななければならなかった」
また違和感が・・・・弟君・・・・民衆の間では私腹を肥やす犯罪者として扱われていたのでは?兄の嫁にちょっかいをだした不貞ものでは?
「まあ・・・立場によって色々違いますよね」
「もともと三国の代表である我が国が、さまざまな負担を強いられてきた」
「まあしかし、中央政権が攻撃すると一番に被害に合い、領土を脅かされるのはヴァルドリス王国なわけですから・・・・」
「それはあくまで中央政権と上手くいってない場合だ」
「え!!!何か中央政権と繋がりを作っているのですか!?」
思わず何も考えずに聞いてしまった。
「いや、それは・・・・・・なんとも・・・・・」
このごまかしはどっちだ?繋がっている?繋がっていない?
「そもそもおかしくないか、普通話をするだけで軍隊を動かしてくるか?」
「確かに・・・」
私もその点はずっと違和感を持っている。ただし、イリア参謀にはそのことを突っ込まなかった。そこはすべきでないと思ってしまった・・・・
「では、アルヴァン城主は、なぜ彼らが軍隊を動かしてきたと?」
「実は彼らのほうが同盟を破棄し、この国を奪おうとしている」
なるほど・・・・これは崩壊寸前だ。ここまでお互いの不信が強いと・・・・それにこの主張をお互いにぶつけても何ら解決の糸口が見えない。
「じゃあ、アルヴァン城主」
声をかけると、いつの間にか彼はまた背中を向けている。なんだ、この情緒不安定な感じは・・・・私は相手の背中に話し続ける。
「ノクティアと正面からやり合うということですか?」
「それは・・・・・」
一瞬間が開く・・・が突然振り向き強い口調になる。
「勿論だ!彼らが自国の利益ばっかり求めるのであれば、同盟など成りたつはずがない!」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・な、なんだ。急に黙って」
私には先ほどちらりとだけ見えた。アルヴァン城主の奥の絵が少し開いていた。向こうに誰かがいる。そいつが何らかの指示監視をしている。それでだ・・・・家臣はおろか、軍師参謀さえも誰一人ついていない。この男の不自然な振り向きと、情緒不安定さ・・・・
私の中で、何かが切り替わった。
「アルヴァン城主・・・・戦とは何だと思っています?」
「い、戦?それは・・・・国と国の利害がぶつかり、それが最終的に武力になって領土の奪い合いや殺し合いが始まる・・・・それが戦じゃないか?」
少し泳いだ目で答える。今度は私が後ろを向いた。そしてゆっくり彼から離れるように歩いた。
出て来いよ——————壁の向こうの男。この人じゃ答えられないのが分かるだろ
「私の師、シルバー先生はこう言いました。『戦は個人の主観感覚だ』と・・・」
「しゅ・・・主観!?」
私の背中で戸惑いの空気が流れる。アルヴァン城主は間違いなく、壁向こうの誰かに助けを求めている。
「夏を暑く感じ、冬を寒く感じる・・・・炎で手に焼けば熱く感じ、凍てつく氷の池に足を入れれば冷たく感じる・・・・それと同じ主観的な感覚のものだと。つまり相手が自らに対して戦を行ってきていると感じれば、それは『戦』だと。ただし・・・・」
カタカタ
私は音が聞こえていても、振り向かない。この行動は私がその存在を明確に気づいて、わざと振り向いていないことを壁のむこうの人物に明確に示している。
「ただし一つだけ条件があります。それに帰依しているモノが、潜在的でも顕在的でも、直接的でも間接的でも・・・・軍が関係しているということです。それが戦です」
ガタ ガタ
その音に耳をすませば、壁の向こうから男が出てきていることを想像できる。私はそのまま続ける。
「そしてシルバー先生は、戦が始まるタイミングは一つだと・・・・『奪略者』が『愚者』に変化したとき・・・・・己が語っていた嘘を、己が信じた時」
カタ
男は完全に壁の中から出てきたようだ。
「これから戦をしようとしてるんです。興味がある話じゃないですかですか?レオナルド師団長」
私がゆっくり振り向くと、怯えたアルヴァン城主の横に立っている男。白髪交じりの短髪で灰色の鋭い目をした男——————レオナルド・ヴァス=ドライゼンの姿がそこにあった。




