第十八章 第三節
「あなたがそこにいたんですね。だからこのアルヴァン城主が、単独で私と会見をしている状態になってた・・・」
レオナルド師団長は、ゆっくりと私の方に近づいてくる。その表情は、私がかつて見た『南西三国同盟』の長の表情ではなかった。もちろんあれから状況は変わっているし、時間も経ってる。いやおそらく、彼からすれば私の方も変わっているだろう。しかしその事を読み解ける雰囲気を、この目の前の男には感じなかった。
カツカツカツ
どこまで近づく—————
レオナルドは私に向かう足を止めない。非常に直線的である。それは彼がまっすぐに向かっているという意味ではない。以前あった『循環』の匂いがしない。物事は常に循環をしている。その循環の中で、今どこにあるのかという感覚は最も大事だ。『自分の立ち位置を知る』—————しかし、彼の中に循環を感じない。感じるのは『直線』的波長・・・・・まっすぐに・・・・まっすぐに谷底に堕ちていく感覚。
カツカツカツ
「・・・・・・・」
目の前で・・・・本当に私の目の前で立ち止った。触れるほどの感覚。彼の方が頭二つ大きい。私は見上げた状態のまま、その姿勢を保つ。彼は見下ろしたまま、その姿勢を保つ。気持ちとしてはバラクローナ城主アルヴァン・クローヴェルの顔を覗き込んでみたいが、それは今はやめておこう。
「お久しぶりですね、ビル殿」
「そうですね・・・・・レオナルド師団長」
「今は師団長ではありません。軍総司令官です」
胸元を見る。赤や青、金色の勲章がいくつも並んでいる。私と別れてからさほど戦勲を上げているとは思えないが・・・・
「そうでしたか」
やはり『直線的』な瞳だ。迷いがない。以前の彼は迷いの代名詞みたいな感じだった。何が彼をそう変えさせたのか。もちろんいくつも要因がある。自らの手で弟葬り去り、自らの手で妻を亡き者にした・・・・いや、一つ目は私たちの目の前で行われたことが、二つ目は結局何があったか、我々は理解してない。ただ一つ言えることは、我々『シルバー先生一派』が彼らと関わらなければ、彼の弟はまだ生きていたかもしれないし、彼の妻とも楽しく過ごしていたかもしれない・・・・
まあ、ここで殺されても仕方がないな——————
カタカタ
レオナルドは中央のテーブルの方に向かった。白いテーブルクロスが敷かれているその上には、暗くなった部屋を明るく照らす燭台がある。だがそれにはまだ、火は灯ってはいない。立体と球体の彫ったデザインの椅子を引くと、おもむろにそこに座った。スッと手を伸ばす。彼は私にも座るように促しているのだろう。白い布状の服の裾を少し持ち上げ、私はレオナルドの対面へと向かう。私が窓側。いざとなれば逃げられるかもしれない。だがそのつもりは全くない。私はここで初めてアルヴァンの方を見た。
怯えている—————
私との直接やり取りが避けられたことによって、ひとまず安心をしているのかと思ったが、この怯え方・・・・・当然意識をしているのはレオナルド軍総司令官に対してであろう。これは小さいながらも何らかの《恐怖政治》が行われていることを示す。
ますます生きて帰れないかな—————
苦しんで死ぬのは嫌だな・・・・
「どこから・・・話そうか」
目を瞑ったまま、レオナルドは話し始めた。意外だ・・・・向こうから切り出してくるとは・・・・
「どこからでも」
「君はイリアに付いたんだろ?だからそんな恰好をしている」
私は思わず自分の袖を見る。大きく広がった真っ白な布をまとめた服は、さっきまで一緒にいたイリア参謀の服装とそっくりだ。
「ですよね・・・・だからこの服はやめたいと言ったんですよ。あなたたちの部下になったみたいだから・・・と」
「違うと」
「違います」
「では、なんの立場で、何を話しにここに」
「私はイリア参謀に借りが一つあるんです。イリア参謀にはヘルヒンの街を攻め込むのを中止してもらいました」
レオナルドは少し止まった。
「我々に伝わってきた噂話は本当と・・・・」
「どのような噂話かわかりませんが・・・・」
「君がヘルヒンの守備に就いていたと」
「はい」
「・・・・そうか」
そうか・・・
やはりすべての反応がしっくりこない・・・・私はあえて周囲を一周見渡した。高い天井には草の絡め合う模様が描かれている。夕方も深くなり、本来であれば、どの部屋にも明かりが灯っていてよい時間帯だ。右側に目を移すと数々の肖像画の中に、ひときわ大きいのが目を引く。甲冑を着ているひげの生えた男性。絵の年代は新しくもなく古くもない。かつての城主・・・・?国の歴史にかかわる人物・・・?それぞれの場所に濃い影が落ちている。
「私はその借りを返すためだけに来ました」
「やはり、ノクティアに付いたと・・・」
かみ合わない・・・・・いや、勘違いをしているのは私の方かもしれない。かつて私の目の前に居る一際背の高い男が、それなりの遅延を持って、己の意識を確立し、あるべき苦しみを背負って、それでも暗黒の渦の中に光を見出すために身を投じられたのは、イリアという、参謀であり、親友であり・・・・・自分を映し出す為の鏡があったから・・・・・だが今、目の前のこの男は・・・・・・
紐が解けていく感覚がある
「イリアさんは苦しんでいました」
「・・・・・なにを?」
レオナルドはすごく薄いが、明らかに興味のある波紋を広げた。
「私はなぜイリアさんが、あなたの元を離れたのか全く理由は聞いていません。しかし彼は今でも、あなたのことを心配しています。あなたの側に戻って支えたいと思っています」
「敵に下り、軍を率いて脅してきたとしても・・・・?」
言葉選びが雑だ・・・・元々そうだったのか・・・・
「さあ・・・先ほども言ったように、私はまるで事情を知りません。私はただ今のイリアさんに接し、彼自身が今の行動を最善だと思ってないないにもかかわらず、選択肢がないことに苦しんでいることを理解しました。だから私がここに来ることに対し、比較的支障なく許可を得ることができました。明確に現状に対して納得しておらず、さりとてどうして良いのか分からないという状況。借りを返すのであれば、ここだと思ったからです」
今度はレオナルドが黙る。しかしこの沈黙は、私にとって、全体においてあまり好ましいものではない。間が開く。沈黙は部屋の中を覆う・・・・
「君が何の目的でここに来たのかは分からないが・・・・ここまで至った事情を説明しよう。我がヴァルドリス王国、リュセール公国、ノクティア領邦・・・これら三国が同盟を結び、中央政権に対峙していたのはご存じのはず・・・そして我が国が盟主国であった。この状態が何年も続いていたけど、それ以前はこの三国間ではしばしば小競り合いが起きていた」
私は黙って聞く
「中央政権が巨大な力を持ち、各国を制圧して行く時に、我々は自分たちの国を守るため同盟を結んだ。その時に最も国力のある我が国が、明主国となった。それから数年は前線に兵を配置し、中央政権と向き合うと同時に、南西の国の中での平和が保たれてきた。だがそれは同時に、国内のゆがみを大きくすることとなっていた」
レオナルドは一旦言葉を止めるが、息継ぎをするような間はとらなかった。あくまでも無機的なであった。
「盟主国としての責任、他国との調整、その協議において譲渡する場面もしばしばあった・・・・国だけでなく、家の中にも歪みをもたらしていった・・・・・・・なぜ・・・・なぜ我が国だけが・・・・・我が家がそのように負担を強いられ・・・・・歪められてしまわなければならないのか・・・・・・・」
レオナルドの言葉に少し熱がこもる。
「我々は同盟を破棄したわけでも、中央政権に対して全面降伏をしたわけでもない。ただ単に、これまであった強固な対立を、少し緩和しても良いのではないかという、ただそれだけにもかかわらず・・・・」
レオナルドは私の方を見据えた。
「ノクティアは軍を起こし、領土に侵攻し、脅しをかけてくる。『これまでの姿勢を堅持しろ』と・・・・異常だと思わないか・・・?ならば自分たちだけで中央政権を、モントベリーの攻略に向かえばよいではないか・・・・」
彼は・・・・・彼の一族は多くの犠牲を払ってきたのであろう。
「イリアさんはなんと・・・」
「『堅持しろ』と・・・・これまでの体制と姿勢を貫き、同盟を保持し、中央政権に対峙せよと・・・・・弟と・・・妻を失った私に対し・・・・・」
レオナルドは少し頭を項垂れる。後ろのアルヴァンを見る。緊張は解けてはいないが、かすかに同情のような表情をしている。さらに日が沈む。レオナルドから窓を背負った私を見ると、その姿は闇に染まっているであろう。
「それで・・・・ビル殿がここを訪れた目的は・・・・?」
「目的は先ほども話したように、イリアさんにたいする借りを返すために来ました。たぶん彼は何が起きているのか、わかっているようでわかっていない。なぜ自分がヴァルドリス王国を出なければならなかったのか。なぜノクティアに付き、ヴァルドリスに軍を受けなければならないのか・・・・自分が本当は何を求めているのか・・・・・」
「ビル殿は分かっていると?」
「それを理解するために、ここを訪れました」
「理解できましたか?」
「概ね・・・・」
「・・・・・・・・・・」
レオナルドは今日会って、最も大きな反応をした。言葉の内容ではない。そのことに対する私の『自然さ』に一瞬言葉を失ったのであろう。正直彼は、何かを話しているようで話をしていない。レオナルドとしては、ひとまず自分の事情を話したかっただけだと思う。しかし、そんな、まだやり取りも始まったばかりにも関わらず私が『理解できた』という言葉を自然に・・・・ごく『自然』に口にしたからである。
すーーーーー
彼は静かに息を一つ吸った。
「では聞きましょう。あなたは何を理解できているというのでしょうか・・・・?」
本当に・・・本当に一年前にあった人物とは全く違う。どちらが本当の彼なのか。どちらも本当の彼ではないのか。
「まず・・・私の師シルバーは、愚かな人物には三つの要素があると常々いっていました。『自己矛盾をしている者』『物事の順番がわからない者』『自分の立ち位置が分からぬ者』自分の立場がわからないというのは、自らの地位や身分を理解していないというより、自分を中心に周辺からはどのような力学が働いて、なぜ自分がその位置に存在するかということを理解してないということです」
レオナルドを見ると、分かっているのか分かっていないのか、無表情の顔をしている。
「同じ師から『戦争』は主観だと言われました。先程お伝えしたように、受け取り手の感覚にゆだねられており、個別の主観、まあお腹が空いているか空いていないか、どのみち個人にしかわからないことと同じだと言いました。当時このことを聞いた私は、大きく否定はしなくても、悟性をもってその言葉に確信を持てる感覚はありませんでした。しかし今改めて思い返してみると、実にしっくりきます」
「我々が中央政権と対峙していた時も、戦争ではなかったと?」
「先ほども言いました。主観の問題だと。つまりあなたが戦争だと思っていれば、それは戦争で、戦争だと思っていなければそれは戦争ではないのです」
「そんなはずはない。どう考えても戦争と認識される戦いもあるだろう?」
「戦いを人は都合で『反乱』『革命』『内戦』『クーデター』『テロリズム』と言葉を変えていきます」
「だが、国と国が争えば『戦争』と確実に呼ばれる」
「そうです。それがその次に言った『軍』が関係しているかどうかです。では『軍』とは何か?国家があり、その国を支える国民があり、その組織の中で軍事を司る部署がある。そこが顕在的にも潜在的にも、直接的にも間接的でも関係していることを軍事行動という」
「灯りを用意しましょうか・・・?」
アルヴァンが再び怯えた表情で、わたしたちに声をかけてきた。この怯えはレオナルドだけに対して発生していた前のものとは、少し違う感じがした。気がつくと部屋の中は真っ暗になっていた。
「・・・・・いや、いい」
レオナルドは片手を上げて制した。私は彼の瞳の奥を見た・・・・・
「ビル殿・・・・・さすが高名なシルバー先生のお弟子さんだ。なんというか・・・・私たち凡人には、言葉が難しすぎてなかなか理解が出来ない。私は今あなたの言葉を、こう捉えた。『この世界に戦争なんて存在しない。それは思い込みだ。だが存在する。それは軍が攻撃をした時だけだ』・・・・・・矛盾したことを・・・先ほどあなたの先生がおっしゃった『自己矛盾』があるように思えてしまうのですが・・・・?」
言葉に変な丁寧さが含まれるようになってきた。だが内容は、まだ聞き取ろうと努力している。その本質が自分に触れていないからだ。
「さすがですね。ほぼそういうことですか、少しだけ違います。『この世界に戦争なんて存在しない。それは思い込みだ。だが存在する『時があるとすれば』。それは軍が攻撃をした時だけだ』——————隣の家と殴り合っても、革命を起こすために武器をとっても、現政権に反乱を起こすために隠れながら戦っても、どれも勝手に『戦争』と呼べば良い。ある種族を、ある国民を、 ある信者を殲滅するだけのための戦いでも、勝手に『戦争』と叫べば良い。先生は『軍』が関与するものはそれと全く異なるとおっしゃっただけだ。軍には必ず国民がいる。国民の同意なしに戦争は不可能だ。国民を『誘導』することができても『抜き』にすることはできない。ほかの戦いの多くが支援者を必要とする。だが『軍』は国民が食べさせる」
真っ暗な部屋で初めて静寂が訪れた—————
アルヴァンの怯え、レオナルドの揺れ—————それらの音が聞こえなくなり、静かに風だけが通り抜ける。
アルヴァンを見た。私を見つめている。まるで何かを聞きたいような感じで、半分口を開けている。餌を求める魚のようだ。
「ビル殿は・・・・・『戦争』は国民がするものだと・・・・国民が求め・・・国民が始めるものだと・・・・そうおっしゃりたいのですか?」
ここで『そうです』と応えれば、いかに彼らの荷が下りるか。中央政権との戦いも、同盟間のいざこざも、すべて『国民』が求めているものだと言えば、イリア参謀もレオナルド軍総司令官も城主アルヴァンも・・・・・これから始まる『戦争』を防ぐこと・・・・いや、気持ちよく『戦争』を行うことが出来る。
「違います。一般で言う戦争はさまざまなことが溶け合ってしまう場合が多い。混ぜてはいけないものが溶け合うと、本質を見失う。そのために前者の『どこまでも主観』のものと『本来一般的に言われているであろう〈戦争〉』とを分離したにすぎません」
ハッ・・・
鼻で笑う声が聞こえた。もうすでに相手の口元も見えにくくなっているほど、部屋は闇の中だ。だが静寂がこの部屋覆い尽くしていることで、微妙な所作さえ明確に伝えてくれる。
「あなたたちのことをプラノピトン(言葉で惑わす者)と呼ぶ人たちがいますが・・・・まさに・・・・・私もあの時、あなたたちに惑わされましたかね・・・」
鼻にかかったような言い方をされたされた。
「まずは丁寧に本質に沿った言い方をします。それで分かりにくければ・・・・少しニュアンスは変わりますが捉えやすい言葉に変換します。全ての〈戦争〉と言われるものを解析するのは難しいが、一般的に認識されている〈軍が関与する戦争〉について話ができるし、今回もそのケースだということです」
「・・・・じゃあ、ようやく本題ということですね」
「はい・・・・このケースにおいて『理由』は全て意味を成しません」
「・・・・?」
「イリア参謀からここまで軍の動きに至った『理由』を聞きました。ノクティア軍を指揮するグラオ師団長にも『理由』を聞きました。そしてここにきて、防衛側である城主アルヴァンにも、国の軍における最高責任者のあなたにも『理由』を聞きました。それらの『理由』はすべて・・・・・〈嘘〉だからです」
また部屋に静寂が訪れる。
「今私の言葉は飲み込みにくかったでしょう。では、分かりやすく言います。ノクティア領邦が言ってることも、ヴァルドリス王国が言っていることも、イリア参謀が言ってることもグラオ師団長も城主アルヴァンも、そしてあなたが言っていることも、全て嘘だからです。皆が都合よくしゃべり、皆が自分の利するところだけを語り、皆が都合の悪いことを隠し、皆がそれに気付かないふりをし、皆が被害者を装う。もちろんいくつかは、間違いではない箇所があったとしても、そんなものなど砕けて足元に転がる砂のようなもの。圧倒的な〈嘘〉の前に存在の意味さえない。よく戦争が『正義と正義の戦いだ』と馬鹿げたことを言う人がいる。『正義』?自分だけの主張を繰り返し、他人が傷つくどころか殺すことさえ厭わない。怒りに感情を乗せ、相手に耳を傾けず、反対を全て退け、自らの快楽と興奮に酔う。これが正義?正義と正義の戦い?わがままで利己的で節操がなく目の前しか見ない、愚かなしつけの悪い子供たちが本物の刃物を持って斬り付けあう・・・・・・・これが『戦争』だと以前シルバー先生はおっしゃいました」
また部屋に静寂が訪れる。
レオナルドは私を見ているが見てはいない。頭の中で、私に反論する言葉を探っている。『しつけの悪い刃物持った子供』のように、何かを窺っている。一方アルヴァンは先ほどとはまったく違った怯えの表情を見せている。いい大人が・・・城主なのに泣きそうな顔をしている。
「君は今・・・・」
「・・・・・・・」
「途中まで自分の意見のような語り方をしながら・・・・最後にシルバー先生の言葉を伝えるだけのような言い方をしました。これはずるくないですか・・・・?」
「私はそのことを確信しているわけではありません。シルバー先生の論理を、今現状にわかりやすく嵌めただけです。私が確認するのはこれからです。そこと合っているのか、ずれているのか・・・」
もう完全に夜となった。むしろ月明かりが入り込み、レオナルドの顔が青い世界に浮かぶ。
「ふぅ・・・・・あなた方はいいですよね。口先だけ動かせば金になり、名誉になる・・・・君は軍の何を知っているのですか・・・・?」
「レオナルド軍総司令官、今のあなたの言葉はシルバー先生の語った『しつけの悪い愚かな子供』から抜け出ている者の言葉ですか?」
「・・・・・」
「それっぽい言葉を言って、この場をかき乱し、議論を進めるような顔をして、うやむやにする。漠然とした質問の仕方をして、少しでも答えようものなら、己の優位に捻じって持ち込み、相手を罵る。何かを言っているようで言っていない。何の未来もないやり取り。あなたの愚かな国民は満足するでしょうけど・・・今あなたが目の前に対峙しているのは、そのことを検証しに来た『ビル・フィッツジェラルド』という、あなたの枠に居ない人物ですよ。その話を今しませんでしたか?」
「君は現実というものを理解して居ない。ここは私の軍の城の中。それが何を意味しているのか」
「脅しの言葉も洗練さがありませんね。そんなことを理解せずにここに来てるわけがないじゃないですか。あなたは言葉を重ねるたびに『節操がなく、目の前のものしか見えない子供』であることを次々と証明してみせてますね。ほら、あなたの後ろに居る、この城の城主を見てください。自らに命令をだしていた人物の醜さに、言葉を失っていますよ」
レオナルドが後ろを見る。しかし彼は、その後ろを向いた行為そのものが、己の心の中に何か・・・ネバネバした何かがあるからこそ振り向いたということに、即座に気づきこちらに向く。
「ひ」
だが一度振り向いたことでそれは証明され、さらにアルヴァンの表情が・・・彼の小さな悲鳴がそれを証明し続ける。
「ふふふ・・・確かに君の言う通りかもしれない。私は今怒りで本当に君を殺したいと思い始めた。君の言う『愚かなしつけの悪い、刃物を持った子供として』」
「開き直りましたね。まったくもってシルバー先生の言った枠から、外れる様子がうかがえない・・・・・私は先ほども言ったように、イリアさんに借りを返すためだけに動いています。ヘルヒンの街の人々は、かなりの人数の死を避けられたからです」
「つまりその為に死んでもいいと。たまたま訪れた街の人のために」
「そうです。それであなたは何なのでしょうか?あなたは私がヘルヒンの街を敵兵から守ったことをご存知のはず。ヘルヒンはヴァルドリスの街ですよ?あなた方の領土であり国民。そこを守備したのに、私に『感謝』の雰囲気は皆無。それはそうですよね。本来この街から援軍が来るはずだったはず。しかしそれは全く来ず、ヘルヒンは追い込まれていった。何の理由があったか分かりません。が、形としてヘルヒンは敵の軍隊を消耗する為の捨て駒として使われた。街も市民も・・・・ところが、突然ノクティア軍は矛先を変えここに向かってきた。それはまあ・・・・あなたがたにとっては気分が良いものではないですよね」
アルヴァンはレオナルドを見る。この態度は概ね図星だ。
「ノクティアは・・・」
どの文脈がわからないが、レオナルドは言葉を始めた。
「奴らは盟主国である我々に対し、常に過度な要求をしてきた。であれば、自分たちが盟主国になれば良いのではないか。最前線に立つ我々が、敵と国境を接する我々が常にその大きな負担を背負ってきた。私はこれまでもイリアに言ってきた。なぜ我々だけがこのような苦しい思いを続けるのか。だがあいつは『このことが大事だ』こう言い続けるだけだった。そして弟を斬った。これはまだわかる・・・・やつにはあまりにも大きな罪があった・・・・だが妻は・・・・エレオノーラは死ななければならなかったのか、本当に・・・・それでも・・・それでもイリアの主張は変わらなかった。同盟の堅持、盟主国であり続け、中央政権の侵攻に備え、モントベリーを攻略・・・・同じことを・・・・私には・・・・」
「不思議ですね。その結果軍から外れたのであるならわかりますが、むしろ最高の地位に上り詰めた。国民から圧倒的な支持を受け、英雄と称され、国王すらその機嫌を伺う」
先ほどまで悲劇の舞台に立っていた役者が、急に真顔になる。
「話を戻します」
私はあえて、そっけない態度をとった。
「愚者・・・・『たちの悪い子供』のところまで話をしました。ではなぜそのようなものが生まれるのか。レオナルドさん、あなたは以前私と会ったときに決して愚者ではなかった。必要に考え、必要に悩み、必要に務める・・・・そのことを一日の中で、数日の中で繰り返しゆっくりと前に進む『循環』の持ち主でした。しかしそれが、あるとき『循環』から外れ『直線』的になり、あるラインを超えると『愚者』へと変貌する」
レオナルドは、役者が舞台から降り、客席に座るような表情で私を見続ける。
「この『循環』から『直線』に変貌を許してしまうのは《余剰》だと先生はおっしゃった。なるほど、今回に照らしてみても、まさしくそれが当てはまると思われる。同盟の三軍が一旦各国に兵を引いた。もちろん圧倒的な被害を受けたのは、同士討ちをやらざるを得なかったヴァルドリス軍。ほかの二つはさほど被害を受けていない。その中でもノクティアは、もともと兵の数が多い。つまり《余剰》・・・・余っている。でないとこんなところまで大量の軍隊を動かせるわけがない。逆に言うと『動かさなければならない』理由がある。兵を食べさすため・・・ただ国内にいても、ごくつぶしになるだけ。彼らを完全に収容できる施設も国にはない。彼らは戦うことに意味がある。目下敵がいないのであれば、作らないといけない。これも全て《現時点での余分な兵力》を保持しているからだ。人もそう。食料も金も武器も・・・・すべては《余剰》を保持しないと不安になる。ここまではまだ問題は生じにくい。だがあるラインを超えると《余剰》を確保するための《余剰》を求めるようになる。ここからが『腐る』はじまりだ」
一見ノクティアの罪を問う内容になっている。そのためレオナルドは、耳を傾け続けている。
「《余剰》を確保するための《余剰》を求めるようになると、本来あるべきバランスをどんどん崩し始める。比率———というのは三元論の一つ『傾き』と大きく関わる。どんどん傾きがいびつになり、持つものと持たないものが大きく差がついていく。持つものは『必要』だからではなく、現状維持とさらなる《余剰の保持》の為に動く。ここから『簒奪者』が登場する。彼らは国や組織や社会の中で必要な務めを果たし、必要な報酬を得るのではない。ひたすらそのコミュニティの中で『簒奪』をいっていく。この時に彼らは『自らに優位なことだけ』を語り、『都合の悪いこと』は隠し、『自らの正当性』を流布し、『相手の醜悪』を捏造する。そのことで簒奪者はあるべきもの以上を得続けることが出来る。しかし、それでもまだ『たちの悪い子供』には陥っていない。彼らはまだ、不安に駆られる無知な知恵者だ。だが、この直線的な状況が、『傾き』のリズムを完全に失わせ、さまざまなものが停滞し、腐り、悪臭を放ち始める。この時『簒奪者』が『愚者』になる。彼らはすでに、自分が何をしているのかわからない。しかもたちが悪いことに、自らが簒奪するために語っていた《嘘》を、自ら本当だと信じ始めてしまっている。いやそれが真実だと、本気で思ってしまっている。『このような事情があるから』『敵がこうだから』『あいつらがこんなやつだから』『われわれはこうあるべきだから』一部には、その特殊性から、簒奪者になる前から本気でそれを信じている者もいる。だがその人物を取り囲む多くの人々が、そんなわけはないが、《余剰》を求めるためにそれに同意したふりをし、利益を確保し、欲を満たし、興奮や快楽を得て、さらに《余剰》を求める。そしていつの間にか《簒奪者》から《愚者》に全く気付かず変貌をしている。はじめは盗むことも殺すことも『あるべき姿』とは思ってはいないが、早い者で三歩、遅くても十歩目には何の抵抗もなく、己の正当性の世界にどっぷり浸かる。そしてどこかでこの《愚者》と《愚者》の利害がぶつかる。その時軍が関与していれば、十分に『戦争』と定義できる。一番初めに戻る。『戦争』は正義と正義の戦いでもなければ、賢者と賢者のしのぎ合いでもない。一部の大量の《余剰》から、簒奪が加速したことでの腐敗が『愚者』に変貌させ、欲と、臆病と卑怯とのわがままな子供に陥った同士が、刀に正義と書き、物語を口ずさみながら、プライドだけを感情的に守ろうとする。これが先生の定義であり私が検証すべき事案。さあ、測るための定規は揃いました。是非この絵空事のような定義を破壊して見せてください。私があなたの言葉に深く頷き、この足で相手を説得する『聞いてくれ、私は真を得た。貧しい《余剰》なき権力者はいた!己を律し、自重し、相手に慈悲の心を持った制圧者がいた!』と語らせてください」
私の言葉の語尾が部屋に響く。そしてその反響音が消えると、部屋から音がなくなる。
——————
——————
「もう少し簡単に言いましょうか」
レオナルドは私を見た。
「要は、あなた達は騙されてるんですよ—————自分に」
レオナルドは再度私を見た。
見続けた—————




