表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風と静寂  作者: 佐竹武夫
第十七章
PR
92/98

第十七章 第七節

戦場というのは情報が非常に速く行き交う。良い事にしろ、悪いことにしろ。自分たちの心の置き所を常に求めている兵士たちは、上だろうが下であろうが、その帰着するべきエリア目をしたならば、全力でそこへ走っていく—————


我々が夕方に敵の偵察隊をほぼ全滅に追い込んだことは、何をどう伝わったかわからないが、日が沈む頃には敵側にも味方側にも知れ渡っていた。その結果を導いた我々の兵士たちは、恐ろしいほどの疲れと、生まれて初めて人を殺した感覚を、自分のものと受け止められず、西門の城壁か内側でただ震えている感じであった。そこに上官であり西方面の隊長であるエリアールがやってきた。


「ビル、敵の偵察隊を殲滅したらしいな」


私が一応、上官に対しての最低限の迎える態度を取ろうとしたが、興奮なのか焦りなのか、エリアール上官は『そんなことはどうでもいい』くらいのサバサバした態度で、私の言葉をすぐに受け取ろうとした。


「はい」


こういう時は余計なことを何も言わない方が良い。まるで何も答えないような、答えをした。


「とりあえず別の部隊からこちらに二十人ほど回してもらうこととなった」

「・・・・・あ・・・はい」


また曖昧な返事をする。この上官はもちろん一定、戦地での経験はある。しかしそんな人物をもってしても、常に戦況が大きく動きそのたびに自らの部隊や多くの命が危険にさらされ、さらにその反動で敵に攻撃を加えるという、アップダウンの激しい感情が揺れ動くこのシチュエーションでは、平静さを保とうとしても、手綱を振り払ってしまうほど馬が大きく暴れることは、やむを得ない事である。そのことが次々と現場で連鎖的に起こり、良いことも悪いことも、荒れ狂う波のようにすべての状況を飲み込み、地に足がつかない状態にほとんどの人が追いやられる。


「ほかのところにも少しは偵察の敵が来ていたが、明らかにこの西方面が、敵のターゲットとなっているみたいだ」


・・・まあ、そうなるように仕掛けたわけなので・・・・


「明日確実に、こちらの方に攻撃を仕掛けてくると思うのだが?」


エリアール上官は、まるで同意を取るような質問の仕方をしてきた。


「そうですね」


さらに、淡々したした返事をする。


「ほかの場所も攻めてくると思うか?」

「いや、明日の段階でそれはないでしょう。もともと全面攻撃を仕掛けてくるわけではなく、とりあえず手頃なところで簡単に落とせそうな所を探してるだけですから」


エリアール上官は、見開いた目で「うん」と一回大きく頷き、自分の意見と結果が一致していることに、満足な態度を示した。しかし内容面としては、私とは異なる。私はこちらに攻撃してくるという分析ではなく、こちらに攻撃してくるように仕掛けるということが本質だと把握している。


「ビル隊長、食事です!」


私は一瞬そちらに目をやったが、すぐにエリアール上官の方に目線を戻した。


「ビル、いや、君の方が大丈夫であればそれで・・・ここは全面的に君に任す」


そう言うと、ほかの方面の方が忙しいのか、すぐに私の前から去っていった。それと入れ替わりで、なんとなくこっそりとリオが近づく。


「ビルさん、あれ、なんだったんすかね?」


リオが、夕飯の一杯の器に入ったスープと、それに突き刺さった固めのパンを私に一つ渡した。そして城壁から見える風景を遠目に、スプーンで一杯それを啜った。リオとしては来ていくつか言って、すぐに帰っていったエリアールの行動が、マイナス印象で理解し難かったのだと思う。


「リオさん、実践ではまるで右往左往するように、煮込みものの鍋がぐつぐつ煮えるように、大きな動きはないが、何か『ざわざわした感じ』があることが続くものです。何かしないと落ち着かない、しかし何をすればいいのかわからない状態から、どれだけ早く抜け出し、的確な行動と判断を保持する時間内を確保できるか、と言うことが大事になります」


私はそういうと、肌寒くなってきた風と対照的な温かいスープを、一口飲んだ。リオは少し難しいことを言われた顔をした。


「リオさん、見てください」


私は敵陣がいる方をスプーンで指した。


「同じように静まり返ってますが、昨日と全く違うでしょ。昨日はまだ部隊の作戦全体が決まっておらず『竜の居眠り』と云われる、兵たちがかなり緩んだ感じでの、時間を持て余す感覚になっていました。しかしここから見える彼らの波長は、昨日のそれとは全く違うものになっています。偵察隊が殲滅され、死に対する恐れや、たかだか町の防衛兵から屈辱を受けたことに対する怨嗟が蠢いています」


リオは遠くにある敵陣をじっと見つめる。そこから何かを感じ取ろうとしている。


「あの状態がむしろ戦場の感覚です。戦は始まってしまいました。今このままの流れで行くと、この街は確実に彼らに占領され蹂躙されるでしょう」


リオが少し驚いた表情で、ゆっくりとこちらを見た。瞳で『なぜです』と問いかけてきている。私が想像したよりも、この副隊長は優秀なように思えた。


「エリアール上官の言葉から感じるに、彼らが何故西門から攻めてきたかも、それが我々の筋書きだということも把握する感覚がなく、さらに我々のために兵を用意してくれるということは、我々に都合のいい期待を寄せている連中ばかりということになります。今この時点で我々と同じ相手を上回る、したたかな筋書きを描ける部隊が、あと二つ以上あれば・・・・我々の行動に対して『君たちはそのように動くと思っていた!我々もこのように動こうと思っている』と会話が流れないのであれば、我々の部隊の並列、もしくは上位に位置するものは存在しせず・・・・・・」

「そんなんじゃ負けが見えてるってことっすね」


私は何も言わず『そうです』と答えた。

少しの風が、森の木をきる音がした。私もリオも、一口ずつスープをすすり、一口のパンをかじった。


「不思議っすね・・・・」


なんだかリオは吹っ切れたような、すがすがしい表情をしていた。


「ビルさん。あんたは負けそうになったら、逃げるんっすよね?」


また私は何も答えない。


「オレも逃げるっす・・・・いや、うちの部隊は殺されるくらいだったらみんな逃げるはずっす。だってビルさんが、一番初めに俺達にそれを教えてくれた・・・・でもそのおかげで、『今』ここに居ることに、覚悟が出来てる感じになってると思うっす。『逃げるな』『死んでも守れ』って言われてたら、さっきビルさんが言った『このままじゃオレ達負ける』的なこと言われた瞬間、この場に立っていられないっすからね」


戦場で『負ける』は死を意味する。今のリオたちには、それを認識する余裕がある。『命にかえても』というのは、その『死』を意識できる余裕がないか、その時点で何かが欠損しているかどちらかである。私達と常に共にしているのは『英雄』ではない兵と『超人』ではない民衆だ。もっと言葉を選ばずに言うと、『弱い兵』と『愚かな民衆』だ。私がこの街で感じ続けたことであり、対峙し続けたものでもある。


周囲にスープのタマネギの香りが漂っている。『この匂いにノルのも悪くない』私はそんなことを感じながら、あらかじめティモの奥さん、リアンナさんに作成してもらっていた『葉っぱだらけの衣装』を見つめた。


深夜を過ぎたあたり。お互いの陣営は敵の奇襲に備え、火を絶やさない。その中で五名の兵士が『葉っぱだらけの衣装』に身を包み、その滑稽な容姿とは対照的に、緊張した直立不動で私の言葉を持った。


「相手が攻撃してくることはない。それに君ら五人は私が随分考えて選抜した。このふざけたことをやり抜いてくれると信じている」


彼らは真剣な眼差しだが、どこかでふざけることも求められているということを理解しており、口元が緩んでいた。


それでいい—————


彼らは森の中に入ると、両手にたいまつを付け踊りだした。数名は手の炎回し、まるで歓喜しているように、数名は大木を叩き、喜びの歌を歌っているように音をたてた。私たちの部隊は皆この作戦を知っているが、遠くの敵兵はもちろん、ヘルヒンの一部の部隊長が私のところに来て、不機嫌な表情で『何をやってるのか』と問い詰められた。


「最高機密なので答えられません」


彼らはそれっぽいことを言うと、自分の部隊に納得させる言葉だけを持って帰っていった。正直味方の彼らは『怯え』が前面に出ていた。


「これでは本当に勝つことが難しいなあ・・・・」


私は小声ながらも、ため息のような言葉をこぼしてしまった。


翌日、朝早くから我が部隊は、万全の態勢で森で敵を待ち構えている。弓兵は木の上に隠れ、『隠れ隊』は相変わらず私でさえどこにいるかわからない場夜で待機している。しかし前回と違うのは、そのもっとも後方で、我々が敵と戦うために、正面から向き合うということである。そしてその戦闘に立っているのは、私————ビル・フィッツジェラルド


「ここが一つ目の勝負だな」


静けさに満ち、ほんの少しの朝露が頬を伝う。もともとこの森に精霊がいると噂を流した。偵察部隊が殲滅されたことで、その相手にもされない噂が、確実に根を張った。そして昨晩、森の中で怪しく動く、木々を叩き踊る、炎を纏った異質な『森人』の姿を、必ず敵兵は何人か見ている。彼らは先刻受けた屈辱から・不確かなものだが存在せず、それを見破ってやろうとする奢りから、ここを攻撃せざるを得ない。さらに我々が森の中で、仕掛けを持って待ち伏せていることも、分かっているということが、彼らの奢りを更に昂らせる。


たたたたた


静かながら、後方から急ぎ足でこちらに近づく者がいる。


「ビル隊長、高見の者の報告です。二百以上の兵がこちらに向かっています」


私が振り向きもせず小さく頷くと、その駆け足は再び奥へと去っていった。それとほぼ時を同じくして、前方から音がし始めた。


ざざざざざざ


軍隊が行進はしているが、森の中故、その足並みは揃っていない。


ざざざざざざざざ


徐々に音が近付いてくる。


ざざ


先方で偵察に来ていた敵が、我々が待ち構えるエリアに入ってきた。彼らはさほど驚かない。昨日逃げのびた偵察兵から聞いていた通りだったからであろう。少しひらけた場所に、大きな木々がそびえたっており、何体もの兵士の格好をした看板が立っている。彼らは「聞いていた通り」という表情をしながら、一度部隊の方に戻っていった。そしてそのすぐ後に本体がこのエリアに入ってきた。


たしか二百はいるか・・・・


そう思っていると彼らは、やはり自分たちが痛い目にあったわけではないのか、思ったよりグイグイ前に進んでくる。警戒はしているが昨日殲滅させられたことに対して、目の前の現実が追いついてないように感じた。そしてさらに驚いたことに、最も遠くに立っている我らが、自分たちの目の前にある看板と同等のものだと思い込みながら前に住んでいた。


ざざざ


前のものが槍で突きながら警戒し、奥のものが弓を構えて周囲を確認しながら前進する。朝露が感じられなくなるぐらい、騒がしい。


どこまで待つ・・・・今正面に立っている我々が、看板でないと気づくまで・・・・?


びゅ!

「う・・!」

ばた!


敵兵がひとり倒れる。彼らがエリアの半分ぐらいに入った瞬間、木の上に隠れていた弓隊が、矢を放った。おそらく・・・いや、間違いなくカイルだろう。


「撃て!」


敵隊長が自分たちの弓兵に指示し、一斉に・・・そして闇雲に上空に向かって矢を放った。


びゅ びゅ びゅ


彼らが矢を放った方向と全く違うところから、次々と矢が振り下ろされる。それを合図に『隠れ隊』が敵兵の後方から斬りかかる。


うああ!


がやあああぁあ!


彼らは一斉に周囲に目を配るが、この時に看板兵が見事に彼らの視界を奪い、判断を狂わせる。


「くうう!!」


敵の指揮官が苦しいながらも、自分たちのおかれた状況を理解した瞬間(それは木の上の弓隊も隠れて出てくる兵も数が少ないと把握した)


「いくぞ!」


私は大声で刀を振り上げ突っ込んだ。私が行けば必ずほかの兵もついてくる。この直感は外さない。一斉に残っている我が兵と、けさ急きょ参加することになった追加の兵が敵を襲う。


「なああ、あああ」


私からすれば信じられないが、木漏れ日が強く、少し朝靄のしている森の奥の方は本当に見えにくく、我々のことを確実に看板だと思っていたようだ。


「あううあああぁああ!」


ここが勝負だ!私は何にも目もくれず、敵指揮官に突っ込み一刺しした。


これが、私が明確に覚えている、相手を絶命させた初めての『殺人』である。


うあああぁあ

あああっぁ


周囲で絶叫が行き交う。自分たちの隊長がやられたことに対しての叫び、次々と殺されていく兵。無心で、まるで狂気のように敵に斬りつけて行くわが部隊。彼らが少しでも態勢を立て直そうとした。しかし、別の者が何らかの指示をしようとすれば、上空から的確にその者を矢で射っていく。


ああ、あああ!!


敵兵が剣を振るが、薄暗い森の中で、この大混乱の中では、どうしても看板と人間の見分けが一瞬ではついてない。敵だと思い振り下ろしたら、その木製の看板に刃が食い込み、動けなくなったところを我々の兵に殺される。看板兵は反対側が赤く塗られており、我々の方から見ると一瞬で判別がつくようにできる。木の上にいる『弓隊』は初めおもに、敵の弓兵に攻撃を加えた。彼らが木の上の隠れた兵士を見つけようとした時、目線を上に向けた時点で『隠れ隊』がその背中を襲う。


ひいいああ

あああぁいおいいああぁ


敵兵が槍を振り回すが、すぐに看板兵にぶつかる。こちらは槍の短さに合わせて、看板の距離を置いている。なので槍がぶつかることがなく、さらに看板の中心にあいた除き穴から、敵の状態を確実に把握できる。因みに後で聞いた話だが、私が敵指揮官に突っ込んで行った時に、あわてて周囲の兵を弓兵が撃ち、『隠れ隊』が排除したとのことだった。私は自らが英雄のようにカッコよく行っていたが、やはりそうではなかったみたいだ。


「ひけ!ひけ!!」


敵兵の誰かが大きな声で叫んだ。


ざざざざざざ


次々と敵が去っていく。


「はーはーはーはー」


私を含め全員の息が荒い。今回は敗走する敵を攻撃することは一切なかった。


おそらく・・・二百の内、倒したのは先頭の三十くらいだろう。しかしそれらを圧倒的に壊滅させたので、彼らは確実に自らの死を感じ、敗走せざるを得なかったのだろう。森という狭い空間が彼らの状況の把握を妨げ、木霊のように響き渡る叫び声が、その恐怖心をかき立てた。


「はーはーはー、よし・・・生きている敵は捕虜にしろ。もうこの森で敵を迎え撃つことはしない。同じ手は三度と使えない。次は門で正面切って敵と対峙する!」


私がそう叫ぶと、兵たちは黙々と自分たちの作業にとりかかった。

次が私に残された最後のカード。おそらく西門で最大四百の攻撃が一回。それで我々ができる防衛は終わり。


ビル、前が見えない時はいつもあります。その時は、先が見える高さまで登るしかないのです————


シルバー先生の言葉が反芻される。


次の展望台まで登って、何も見えなければ・・・・


逃げるしかないか————


私の横を次々と兵が通り抜け、西門での最後の戦いに向け、草の擦れる音と、血の匂いがした。頭の奥にそれらが、認識の告知文を何度も何度も送り付ける。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ