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風と静寂  作者: 佐竹武夫
第十七章
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第十七章 第六節

私は最近、自分の中で改めて言葉の定義を頭の中で推敲することを、以前より必要としなくなってきた。それは、シルバー先生に教わったさまざまなことが、四隅のディテールまで確認しなくても、現実の発言と行動の中でぴったりとはまる感覚が増えてきたことが、大きい原因だと言える。逆に言うと、今ここで私が記載している伝聞を確認するだけでは、なぜその思考と行動に立っているのか、ややわかりにくい部分があるのかもしれない。その際は是非、記載の初期段階に戻っていただき、それぞれに隠れた論理がどこに存在し、それらの無限天秤の力学が、どのように働いているかを確認していただければ、なぜその思考に至り、なぜその行動を起こし、なぜその結果に導かれるのか、その事に高い納得度を持っていただけるのではないかと思う。その部分がなければ、非常に理解に難しく、納得度が低く、ご都合においてすべてが構成されていると思われる反面、私自身がこれを否定することができなくなってしまう。


今私が滞在する町、ヘルヒンがノクティア軍に攻撃を受けてから2日目。アカデミーで学んだ軍事における基本の授業で習った『竜の居眠り』の時間となっている。これは戦場において、敵がまるで居眠りをしているように静まり返っている状況のことを指す。よくいわれる『この後大きな行動を控えており、その前の静けさ』というわけではない。それであれば、竜は薄めを開けてこちらを覗き込んでいるはず。ではなく、おそらく相手側は現時点で作戦の方向性が定まっておらず、今まさに会議が行われている最中で、ほかの兵たちも準備として何一つ動くことができない。これがある種、居眠りのように緊張が緩んでいる状態であることを『竜の居眠り』は表現している。


「昨日あんだけ激しく攻撃してきたのに、今日は全然っすね」


リオがケトルハットを脱いで汗を拭きながら、城壁から敵を見つめる私の方にやってきた。


「おそらく敵は作戦会議を行っています。これは昨晩サビオたちが敵とうまく接触して、西門を攻めない方がいいと言った効果がでているのでしょう」

「そ・・・そんなうまくいくもんっすか?」

「確信はありませんが、おそらく・・・」


昨日、サビオがこの西門を訪れた後、幾時間が経って数人が敵の方に、逃げるように移動するのが見えた。おそらく彼らが私の作戦を携え、町から逃亡するふりをしたサビオたちでろう。


「この後、少ない偵察隊がこちらの門の方に来るでしょう」

「ほんとっすか?」

「カイル!」


私は弓部隊の隊長カイルを呼んだ。


タタタタ


小走りに階段を駆け上がる。


「何でしょう」


ぶっきらぼうで斜に構えた感じが特徴の男だ。


「午後から偵察兵が森の中に侵入してくる。夜にかかるかもしれない夕方、は敵も避けるだろう」


カイルが一つ頷く。まだここまでは、本人の中でも想定内の指示であり、心の中が落ちている表情をしている。


「偵察兵の数にもよるが、基本的にお前たち弓兵と『隠れ隊』で敵にあたってもらおうと思う。我々の通常の兵は、問題が無い限り顔さえ出さない場合がある」

「・・・・・」


全てを理解していなくても、まだ納得度の高い表情をしている。狡猾なこの男は、通常の兵が次の一手のために取っておくことを、理解しているのだろう。


「大切なのは、偵察兵をなるべく奥まで誘き寄せる。そして、相手を全滅させることを目的とする」

「!・・・・・」


カイルがはじめて私の言葉に反応した。一瞬だけ間を置く。そして少し緩めのリズムで私に質問してきた。


「敵を追い返すのではなく、全滅・・・」

「ああ・・・目的を全滅においても二、三人は必ず逃すことになるだろう。それは仕方がないし、その方が好都合だ・・・・」


カイルの顔から濁った表情が消えていない。もちろん私は、カイルが最も聞きたいだろう内容に関しては何一つ言及してない。また間を一つ、お互いに置く。

目が合う。腰を上げるように、カイルが口を開ける。


「全滅を目的とする理由は・・・?」


ササアアアアアア


風が流れる。特に城壁の上であれば少し強い風だ。森の木々がざわめき、青い葉が裏返ると一斉に太陽の光を反射させ、きらめきを放つ。私はカイルに静かに問う。


「私の方から、先に一つだけ質問する。私はなぜ敵がここを攻めてくるように仕向けていると思う?」


ササアアアアアアアアアア


「・・・・・」

「間違っていても良い。いや、もともと正解も不正解もない。私がこうだと勝手に思い込んでいることだ。その私の心の中を当てろというわけだから、当たるわけはない・・・・だが答えることに意味がある」

「・・・・・ほかの連中があてにならないから・・・・ビル隊長が敵全員を相手にしてやろうと思っている」


フフフ・・・思わず口角が上がりそうになったが、なんとか我慢して抑えた。人というのは常に自分の思い込みで動いており、私もカイルという人物を勝手に定義していた。だが今の言葉から感じるに、私が想像する数十倍彼は私の事を信用しており、私のことを随分とかっている・・・・


「私の考えを一つ伝える・・・・組織というのは常に『組織のために動く人物』と『個人のために動く人物』を抱えている」


カイルは静かに聞いている。意外なことにリオも、私の話を真剣な顔で聞いている。今のこの戦の状況がそうさせているのか、彼自身も私の知らないところで成長しているのか・・・・


「これが当たり前だ。大事なことは当たり前のことを理解していることだ。敵とやりあう時に、敵の状態を正しいところから崩すことは、我々の利益に必ずなる。ひとつの手段かもしれないが単純に敵はこの西門を攻撃することは、成功性とバランスを崩しており、必ず向こうの損害になる」

「それをするために・・・・あなたが、ビル隊長が先ほどおっしゃった『組織のために動く人物』が犠牲を払って、そのことを請け負うということですか?」


彼の顔に、私を尊敬していることが大前提で、不満の表情が紙一枚見える。一方リオの方はずっと以前から兵の仕事をしているせいか、揺れる心の動きがなく聞いている。やはり、民間人から突然徴兵された人間である以上、持ってる感覚の違いが根底にある。だが今どちらの立場に居るかと問われれば、兵士の立場である。そうである以上私はこの言葉を止めることはありえない。


「そうだ。理由はその方が、生存確率が上がるからだ。我々がその仕事を請け負わなかったからといって、『個人のために動く』彼らが、その部分を補ってくれることはない。そうすると必然的に組織全体の負けが確定する。イコール我々の生存が脅かされる。不公平だと思うかもしれないが、これが現実の世の中だ。それを認識することで我々は敵に対しても味方に対してのイニシアチブをとることができる。これが、我々が代価を払うことで得られる利益だ。そこがなければただ単に、大きな川に流される枝の一本でしかない」


ササアアアアアアアアアア


また風が流れる。この風はおそらく敵の陣営にも流れているだろう。強い日差しの心地よいこの風が、彼らの眠りをより深くさせる。そして私の眼の前にいる、民間人でありながら特出した能力をひめた、彼の熱い頭の中も静かに冷やしていく。


「偵察兵を殲滅させることに、意味があるのですね」


カイルの顔つきが変わった。


「そうだ。まず相手はそんな状態になると思ってない。次に、敵陣に戻ってきた人数が少数であれば、必ずその情報は不正確さが増す。そしてこの作戦を遂行した上官は、必ず恥をかかされたという認識になる。そしてさらに今晩敵を煽る」

「!・・・・」


カイルもリオも反応する。


「敵を殲滅させた今晩の夜に、森の中で炎持たせた者を歩かせ、踊らせ、精霊のお祭りのようなことをやらす。その炎は確実に敵陣から見える。敵の上官は必ず、怒り狂い、その瞬間でも軍を動かそうとするだろう。そのような状態になれば、必ず西の森に敵は軍隊を動かす。無意味で不合理的にも関わらず」

「しかし、それが陽動作戦だと感じ取って、むしろ怪しみ攻めてこないという可能性は」

「それならそれでよい。つまりそれは相手が冷静で賢いということである。それすなわち西門を攻めてくる可能性は少なく、また場合によっては交渉などが効く相手かもしれない。つまりこの作戦をとることは、相手が賢くてもそうでなくても対応できるということだ」


カイルは突き抜けたような瞳で私を見る。盲信することはよくないが、今の彼は私に対して、そのように表現できる顔をしている。


「分かりました。『隠れ隊』にも一言と言って、我々は配置につきます」

「ああ・・・」


かかかか


カイルは足早に階段を下りていく。


「いやぁ・・・すごいっすね。ビルさんはやっぱすごい。オレたちとは全く違う。それにカイルも・・・・あの感じだと、ミッションを完璧にこなしてくれそうっすね!」


カイルが去っていった方向を見ながら、リオが言った。


「かつて・・・・」


私が一言言うと、リオは小さな驚きをもって私の方を見た。前後と脈絡のない言葉を発したからである。私は言葉を続けた。


「公会堂の中で、多くの市民が・・・街の領主も人質に取られたとき、白い覆面をした私が『兵でこの建物を取り囲んでくれ』とお願いした頼みを、確実に遂行し、最終的にその事件の解決に導くことになった、重要なミッションをこなした人がいました・・・」


リオは一瞬何の話か分からないような表情をしていたが、それが自分の話だとわかり、さらに先ほどのカイルの去っていく姿が、かつての自分とフラッシュバックしたのであろう・・・何とも言えないような、はにかんだ表情をした。


「リオさん、あなたは優秀です・・・・そしていい人です」

「ははは、そんな・・・・」

「いい人は早く死にます」

「・・・・・・」


エリアスも早くに死んだ・・・・・

ロランも・・・・


「だからリオさん、もう少し『いい人』でなくていいです。この戦いでは死んで欲しくない。私はあなたが思っているほど『いい人』ではない」


シルバー先生も・・・・・


リオは、何と言っていいか分からない表情をしている。また悪いことをしてしまった・・・


「あ・・あ、ははは、よくわかんないっすけど、大丈夫っす、ビル隊長が言ってたみたいに、何かあったらオレすぐ逃げるっすから」


私は一つ微笑んで返事とした。



午後—————


「来た!」


ノクティア軍から数十名の偵察兵が森の方に向かっているものが見えた。雰囲気足早に来ているが、さほど隠れる様子がない。単純に『森の方の状況を確認しに行ってる』だけのつもりだろう。しかも前日に敵兵は、街の中に石の弾を随分と打ち込んで、こちらがひどく萎縮しているという状態だと思っている。門を開けてヘルヒンの軍が出てくることはない、と信じ込んでいる。よもや、森で待ち構えているとは思ってもいないだろう。すでに『弓部隊』と『隠れ隊』は配置についている。私は通常の兵を率いて、静かに森の方に向かう。


がしゃがしゃ



随分音を静めて進むが、それでも音が周囲に聞こえてしまうるものだと、私自身少し心配になってしまう。


さ!


手を上げ、森の少し入ったところで待機する。私だけ戦況が見えるところに移動する。北側の小高い場所に上り、草木が大きく伸び、曲がりくねり、身を隠すには最適な場所。


実のところ、自分の部下がどこに隠れているのかまったく分からない。彼らの自主性にまかせていたが、もう少しちゃんと把握しても良いのか思ってしまった。森の中に偽物の兵の看板は立っている。この位置も部下が勝手に決めた。こちらから見ると看板の裏側赤くなっており非常に目立つ、もっとこの看板の後ろに『隠れ隊』が隠れていると思ったが、全くいないので本当にどこに居るのだろうと思ってしまう。


ざざざざ


ノクティア軍の偵察兵が森に入ってきた。あまりにも不用意だ。彼らは確実に、ここに敵はいないと思って入っている。あの様子だと、こちらがサビオを通して流そうとした『この森に何かが住んでいる』という話を、聞かされていないのだろう。その話の影響は上官たちだけみたいだ。だが最終的に噂話は静かに広まる。特に今から行われる惨劇があれば、尚更だろう。


ざ ざ ざ ざ


彼らが立ち止まる。


ざわざわ


小声ながら警戒心は薄く、偵察兵たちは言葉を交わし始めた。自分たちの目の前にある兵の看板に気づいたのだ。彼らは一瞬だけ警戒したが、それが全く動いていないことから、ただの看板であることにあっさり気づいている。ゆっくりと看板に近づき、馬鹿にしたような態度をとる。少しほかの者と服装が違う、おそらくこの偵察兵の隊長であろう・・・・その男はほかの偵察兵に、大きく手招きの合図をした。それに合わせて一斉に、再び前に進み始める。先ほどより速度が速い。

ざざざざざざざざ


まだか—————


カイルはまだ攻撃を始めない。


ざざざざ


偵察兵たちがさらに進む。私はカイルに偵察兵を全滅させるように指示した。その後『隠れ隊』にも、である。その任務を行うために、彼らをなるべく誘い込むことが必要がある。だがこのままだと、隠れて待機してる我々後方部隊の兵達も、敵が近づきすぎて発見されてしまうかもしれない。


ざざざざ


森の枝葉の隙間からここで落ちる日差しが、私の肌をじりじりと焼く。鎧と服の間に汗が垂れる。


ざざざざざざざざ



マズいか?—————


私が一瞬体を動かした時


しゅん!


あまりにも美しい、空間の隙間を抜ける矢の音がした


「う・・・」


ぶあさ


深い草に倒れ込む、一人の偵察兵。しかも隊長らしき男をやった。


「!・・・」


ほかの偵察兵が一瞬顔を上げた時


しゅん!しゅん!しゅん!


次々と矢が放たれる


「敵だ!」


怯えたような声で周囲に叫ぶ


しゅん!しゅん!しゅん!


「う・・」

「あ・・・・」


今度は一度に二、三人偵察兵が倒れる。彼らは隊長を失って、自分たちがどの行動に移ってよいか混乱している状態だ。


ずさ!

どん!


「うわ!」


所々で『隠れ隊』が攻撃に移っている。個別で敵兵を刺す。


しゅん!しゅん!しゅん!


「あああ・・ああ」

「ひいい・・いい」


彼らの足はすでに立ちすくんでいる。全方向を見渡す。しかしその時、なんでもないただの兵の看板が、彼らの視界を急激に狭くする。おそらく森の方向性もわかっていない。『隠れ隊』はヒット&アウェイで、足の止まった偵察兵を次々と襲う。


通常——————人を殺したことがない民間兵は、実践ですぐに相手を傷つけることはできない。ましてや殺すことも。だが前日彼らがこの街を投石器にて攻撃したことで、兵の敵に対する復讐心が強くなっている。昨日の攻撃後、自宅に帰ることを希望すれば、その様子を見てもよいと許可した。身内で殺された者はいなかったものの、家が破壊され、家族に大怪我を負った者もいる。その光景が彼らに暴力の連鎖である、復讐心を植え付けている。『昨日の恨み』を晴らそうとしているのである。


「うあああ!」

「ひいいやああ!」


ざざざざざざざざざざざざざざ


遂に彼らが大きな声を上げ始めた。何人かが来た道を急いで戻り始める。その背中を一斉に弓矢が襲う。


「いやああ・・!」

「があぁぁぁ!!」


容赦なく敵兵に矢が刺さる。背中向きになった彼らの体は、格好の標的である。


しゅん

しゅん


さらに矢が襲うが、やはり何人か逃げられそうな状態だ、と感じた瞬間


しゅん!しゅん!しゅん!しゅん!しゅん!しゅん!


先ほども圧倒的に速いペースで矢が打たれる。それは『絶対に敵を逃がさない』という意思を感じさせる。


ばさ


ばさ


「あああ・ああああ・あああ」


叫び声が遠のいていく。おそらく一人は逃げたであろう。だがそれ以外はすべて身動きをしてない。


「カイルは本当に、全滅させそうだったな・・・」


私は小声でつぶやいた。おそらく彼に会うと、自らの目的を果たせなかった落胆の顔をするだろう。


ううう・・・・


あああ・・・・・


何人か敵兵がうごめいている。だがわが兵は誰も声を上げず、その位置さえ分からない。おそらく彼らは私の指示が出るまで、一切声を出さず、この状態を保ち続けるだろう。うまくはいった。現時点では想定通りだ・・・・


さぁぁぁぁぁぁ


静かに風が流れる—————

呼吸が、この部隊全体の呼吸が整う—————


私は・・・・・ゆっくりと立ち上がる

周囲を見渡す・・・・・この瞬間もまだ、私の目には誰も映ってない


ぐす・・・・


少し木が靴に擦れる音。その方向を見る。私の右斜め上空にカイルの姿が見える。


がさ   がさ   がさ   がさ       がさ


私の目の下、目の上に次々と彼らが・・・・弓兵、隠れ隊が姿を現す。最後に私の引き連れてきた森の入り口にいる通常の兵たちも、ゆっくりと立ち上がった。彼らはみな私の方を、全くぶれることなく見続けている・・・・私が手を挙げれば、次に何をすべきかわかっていそうな気がした。倒れている敵兵を回収し、生きている者を捕虜にし、もし傷ついている味方がいれば、治療をし・・・・そう考えながら、改めてカイルの方を見た。


やはり、敵を全滅させられなかった不満の、『落胆』の表情をしていた・・・・・・



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