第十七章 第五節
それから幾日か経って、ヘルヒンの城壁から見える距離に、敵であるノクティア領邦の軍がついに姿を現した。本当に同盟を結んでいた国から攻撃を受ける形となのは、敵の軍旗を見るまでやはりなかなか信じられなかった。前に来た情報で聞いている先遣隊らしい二千の兵。追加の情報で、この後本体の六千近い兵が、我々の前に姿を現すことになっている。当然人の行き来は完全に閉ざされた状態。城門ではスパイが侵入しないかと、厳しい検査が行われている。今さらの感はあるが・・・
「ビル隊長!どんな様子だったんっすか?南門の方?」
「まあ、そんな感じかな、ってところでした」
「それじゃあ意味わかんないっすよ!オレたちビル隊長みたいに、戦に慣れてるわけじゃないんっすから!」
敵を正面に見据えることができる南門に、少しだけ様子を見させてもらいに行った。敵部隊はテント的な簡単な野営。(つまり柵などはもうけず、すぐに移動できるように、そして自分たちが攻撃されることは、基本的にないという状態)こちらの軍の状況を、彼らはおそらく正確に把握している。こちらは最近徴兵されたばかりの民兵が三百(内、自分が預かっているのが二十名、治安兵がトータルで五十名。それがこの三百名を仕切っている)この町出身の元々の正規兵が三百、ヴァルドリス王国からこの街にもともと駐在していた正規兵二百。簡単に言えば、まともに戦えると思われるのが五百、兵になったばかりのが三百という感じ。
西の城門と城壁は、なんとか敵が来るまでに完成した。基本的に私の部隊の兵は、現時点で城壁の内側で待機している。ここはノクティアの軍が駐留しているところから、少し離れた場所だ。この門の特徴は、手前にある程度の広さがある森が、出口から連なっている状態。敵がここに来るために、必ず森を通過して来なければならない。攻撃の第一陣がここに迫った時は、城門を出て森の中で敵を迎え撃つ予定だ。
「投石器を準備していた。おそらく敵は、この街に向かって石を投げ込んでくるだろう。それもわざと、城壁を超す高さで街の中にダメージを与えるように」
「あいつら、そんなことしてくるんっすか?」
「攻城戦で大事なことは、城で守っている連中の士気を徹底的に落とすこと。そのためには侵入する城壁への攻撃は後回しで、街の内部に玉を飛ばし、住民たちをとことん怯えさせる。そうすることで、戦わずして開門されることもある」
しゅるるるる
「きた!」
私がその方向を向く。不気味に風を切り裂く音は、ヘルヒンの内側にいる全ての人の目を向けさせる。
ガガァァァ!
石が街の建物に当たる
しゅるるるる
ガガァァァ!
ガガァァァ!
次々と石が投射され、街のあちこちの建物に食い込んでいく。正直私たち西門からは、かなり距離があるところだ。それにもかかわらず私の部隊の兵も、数人を除いては『戦が始まってしまった恐れ』と『家族や知り合いが殺されるのではないかという怯え』が急激に顔の赤色を奪っていく。
「全員聞け!これはまだ敵の脅しだ!奴等の放った石は、実際に建物を破壊する力があまりない。この近くで徴収したただの石ころだ。建物が多少壊れるところがあるが、中にいる人の命を奪うところまではいかない。奴らの陣営から安全な場所から、ここまで距離を飛ばすために、重いものを飛ばしていない」
周囲の兵たちが私の方を向く。
「戦場においては、相手が何の意図をもって行動しているかを理解することが、最も大事だ」
しゅるるるる
ガガァァァ!
ガガァァァ!
「この攻撃は、やつらがまだこちら側の無抵抗での降伏を望んでおり、そうならなかった場合の次の一手を模索するために、こちらの動きを見るためのものだ。つまり我々がやらなければいけないことを確実にやることが、相手にとって最も脅威となる段階である」
兵達の目に光が戻る。特に『人の命を奪うところまではいかない』というワードが、家族たちもちろん、自分たちにもそれが適用されることの安心感を持ててることが、光を戻す理由の大きい中の一つであろう
ガガァァァ!
ガガァァァ!
新しく出来た西門の高さでも、街の様子はある程度わかる。いくつかの建物から土煙が上がっている。しかし悲鳴のようなものは全く聞こえない。町の人々は経験したことがないような恐怖と、もし経験があるのであればそのフラッシュバックによる硬直と、あるいは自分たちが悪夢の中にいるのではないか、体を縮め祈っていれば目が覚めるのではないかという現実逃避の中に居る場合が多い。
かかかか
階段を駆け上がってくる音。エリアール部隊長だ。
「ビル」
「エリアール部隊長」
「どう見る?」
「今日は敵兵の突入はないでしょう」
「そうだな・・・・」
すぐれない顔してる。ただこれもわかっている。私はアカデミーで生徒ながら、戦場に立ち会わさせてもらったことがある。そこで私が見たものは、このような『すぐれない顔』をしている連中が行き交う舞台であった。理由は簡単だ。何一つうまくいかない。
「エリアール部隊長、なにか?」
私は彼の心を静め、思考の整理をさせるためにあえて聞いた。彼は少しだけ私の耳元により、明らかに不都合の真実を言った。
「ヴァルドリスからの援軍が来ない」
まあ、当てにはしていませんでしたけどね—————
というブラックジョークは、今はやめておこう。
「どんな状況なのですか」
「正直全くわからない、だがまだ一兵もこちらに向かって無いと思われる」
「部隊長は援軍が来ると思われますか」
「わからん」
彼の言葉と眉間のしわ、そしてジワリと滲んでる汗がすべて答えとなっている。
「理由はなんだと思います」
「わからん・・・・ただ・・・」
「ただ・・・?」
「ここからもう少し南にある『バラクローナ』というところから援軍が来る予定だったが、最近になって妙にそこが、防衛拠点として重要だということを主張していた」
「援軍を送らない予防線ですね。彼らからすれば、自分たちの部隊を減らしてほかの街を守ろうと思わない・・・・」
「だがそれは、はじめの話と違う・・・・」
「はじめの話と違うことばかりですよ。むしろはじめの話と同じであったこともなければ、そのことを守ろうとする人物にも会ったことがない」
エリアール部隊長は、まるで穴のあいた棒が遠くまで貫通しているような目で私を見た。
「それは私もか?」
「私に出会った時、私のことを『くだらない男』だと言ってではないですか?今でもそう思っていますか?」
彼としては、私に対して誠意を尽くしており、部隊の編制も武器の確保も手配してくれた。その思いがあって私に聞いたのだろうが、私がそれと全く別の答えをしたので、真に受けていいのか冗談とっていいのかわからない、さらに通しの良い目をして私の方を見つめた。
予想通り、その日敵兵の突入はなかった。西門の守備隊についている我々は、その持ち場を離れることはもちろんなかったが、敵がすぐに攻撃してこない以上、家族が心配な兵は、短い時間での帰宅を私は許した。エリアール部隊長はその他の部隊を慌ただしく周り、さらには本国との交渉も行うために、慌ててどこかに消えてしまった。
ぼ ぼ ぼ
夜中、篝火が風に揺れる。私はそれを静かに眺めていた。
先生は今どうしてるのか—————
そんなことが頭によぎった。
かつ かつ
誰かが近づいてくる音がする。見回りの兵がそれに気づき
「だれだ!」
そちらによびかけた。
「ビルさんはいるかい?」
「?・・・」
「ビルって人だ」
「お前は誰だ?」
今度は私が身を起こし、そちらに声をかけた。
「ビルさん、おれだ、川漁師のサビオだ」
ああ・・・・・『とげとげ男』だ!
私は心の中で、少しだけ喜びの声を上げた。全てがうまくいかないなかで行動を取らなければならないが、何かほんの幸運が舞い降りた気がした。私は急いで城壁を駆け下り、サビオのところに寄った。
「どうした?」
私はそう質問したが、サビオの方は私の姿を物珍しそうにひとしきり見てから。
「ダルガーの時とはえらい違いだな、随分と様になっている。なんか俺みたいな庶民が気軽に話しかけちゃいけないみたいだ」
ダルガーと聞いて、ひどく懐かしい記憶が蘇った。彼らは治安兵の事をそう呼んでいた。愛称であり、かわいい侮蔑であった。
「まあ、恰好だけは・・・・それで?」
「ああ・・まあ、もしも俺たちに何かできることがあればと思ってさ。以前あんた達に世話にもなったし。それに、このままだとなんか良くないことが起きそうだし」
静かな語りであるが、彼の深刻度合いは今までと全く違うものであった。おそらく敵の攻撃が実際に始まったことへの、あるべき反応だろう。
「戦のことは私達に任せてくれ・・・と言いたいところだが、正直助かる。逆にあんたから見て今の街の状況はどんな感じだ?」
「まあひどいもんだね、みんな逃げ出したくてしょうがないけど、出て行くのも怖くてしょうがない」
「・・・今から逃げるには、タイミングが遅すぎだな」
「それに、正規兵も少ないし、民兵が多いから、武器を持っている兵士の方がびびってるように見えて、みんな余計に不安に感じる。お世辞じゃないが、この部隊が一番落ち着いて頼りになりそうだ」
「ははは、ありがたい言葉だが、状況としては最悪だな・・・だが戦略はそのどん底を土台として組み上げていくもの・・・・」
ギザギザ頭で鋭い目の男が、ぐいと身を乗り出す。やはり頭のいい男だ、ここから私が何か言おうとしていることを理解している。
ぼ ぼ ぼ
篝火が風に揺れる音が耳につく
「逃げてくれるか?この街から・・・・」
私の言葉を受け取ったサビオは、私の真意を掴むためさらに身を乗り出す。
「逃げるとは?」
「この街の怖くて逃げたい人間をいくつか連れて、逃げて欲しい。そして敵兵につかまって欲しい」
「逃げたいやつを集めることはできる。だが敵兵に捕まって殺されないか」
「殺されない。まだ戦は始まったばかりだ。建前上でも民間人は殺さないように必ず通達され、初めのほうだけ守られる。またその時期だ」
「捕まってどうする?」
「奴らに街の内情を聞かれる。その時に基本的には嘘偽りなく語って欲しい。しかしその中に一つだけ嘘を混ぜる」
「どんな?」
さらに身を乗り出す。
「西側にある森は、精霊が住んでいるから、あちらは攻撃するな・・・と」
サビオは一瞬思考の遅延が発生する。周囲を軽く見渡す。
「ここの事か?」
「そう?」
「ここを攻撃させないため?」
「逆だ、敵のターゲットをこちらにするためだ」
またサビオが黙る。
「なぜそれで、ここにターゲットが置かれることになる?」
「明日は兵がは突入してこない。理由は簡単だ。後ろから来ている自分たちの本体がまだだからだ。人も時代も状況も、常に相反の矛盾を抱えている。今の敵兵の矛盾は、本隊が来る前にこの街を陥落させたいと思っているが、 二千の兵ではここを落とすことはできない。でも実は落としたい・・・・・」
サビオの顔の真剣さがさらに深まる。おそらく彼は、雑務で何か手伝えることがあればと思っていたはずだ。だが彼に求められているのは、明らかに戦略的な諜報活動だ。そのことに、この目の前の男は静かに興奮している。しかもそこに自らが聞いたこともない『この世界の真理と法則』が自分の耳に届いている。浮世離れ的でありながら、現実的であるその感覚に体が反応している。
「人は降って湧いたものに、活路を見出そうとする。今の私がそうであるように。しかし瞬時に本質を見抜き、正しい道理に基づいて自らの目的に沿うような形に持って行くのは、かなり訓練が積まれていないと難しい」
『あなたはそれができて、相手はそれが出来ないのですね』そんな顔付きで私を見る。
相手ができるかどうかはわからない。だがそれができる人物であれば交渉も含めて、さまざまな活路を見出すことができる。相手ができない人物であれば・・・・・粘れば相手は自滅する。
「まあ・・・つまり西側を攻めると良くないことが起こる・・・・という雰囲気を語れば良い?」
「そう、人は必ず何か分からないものに対して、怯えることも含めて大きく反応する。明日の作戦会議で必ず議題になる。彼らはそこで計算違いを起こす。正面に向かっては、いきなり街を落とすことができないが、ひょっとすると西側を攻めればと・・・・。そんな時恐らく別の情報から、西門の城壁が急ピッチで建設されたことを聞くだろう。そうすると彼らは、『相手はそこを攻めて欲しくないからそのようなことを言っているのだろう』と思い始める」
「わかった」
サビオは短い返事をしてその場を立ち去ろうとした。
「まて」
「?・・・」
私はサビオを呼び止める。
「敵陣に行ったら、絶対こっちに戻ってくるな。諜報活動だったと見抜かれてしまう」
サビオは一瞬私の瞳を覗き見た。頭のいい彼には、これが彼を守るための手段ということはおそらく察しがついているだろう。だがそうだとしても、彼の、彼と共にする人たちを危険に晒したくないという気持ちが抑えられず、言い訳じみた蛇足をつけざるを得ない。
「・・・・わかった」
彼はその一言を言って、振り向いた。これが当分の別れである、場合によっては一生の別れであることを理解していた。
作戦はうまくいくな—————
私の直感がそう教えてくれている。おそらく明日こちらの森に、まず偵察が必ず来る。それらを全て排除する。ここから勝負が始まる・・・・・
最後の形は見えないが、薄ぼんやりとしたシルエットだけが、私の体を覆っていく。




