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風と静寂  作者: 佐竹武夫
第十七章
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第十七章 第三節

真夜中。周囲には誰もいない。私の右斜め前には、建設中の西門がある。ついこの間まで、大きくその形を崩し、原型はほとんど留めておらず、行き交う人々はそこに門があったことさえ認知できなかった状況であった。しかし今、目の前に差し迫った戦いに向けて、急ピッチで工事が進んでいる。私は先ほどまで『カッパー・マグ』という飲み屋で、新しく上官となったエリアールに、西門の警備を任されることになった。今この時間、この場所を訪れたとしても、なんら私たちに迫ってくる状況に、変化があるわけではない。しかし私は、自然と足がこちらに向いた。そして誰もいないこの場所に、まるで白い霧が流れる模様の絹が、ゆらめきを保ちながら、私の方にゆっくりと近づいて来たのだ。


「セドリックさん・・・法図とは・・・」


先ほど、足元の削れたラインが『それ』だと言われた。だが何のことか、全く理解できていない。セドリックはゆっくりと私に近づく。


「ビル・・・・元気だったか?まあ、日々大変なのではあろうけどな」

「そうですね」


からん からん


髪飾りにつけた鈴が、静かに止まる。まるで人目につかないように現われるが、決してその姿を見れまいとして、焦る様子は微塵も感じない。


「君は・・・・以前も私に対して、引っかかる所があっただろう。私がなぜ『青の谷』の奥に引っ込んでて、まともに出てこないのか。どうして出てくるときは、全く人目がない時だけなのか・・・・」

「・・・・・そうですね、つまり『この世のもの』とは思えない感じでした」

「ははは・・・あの時もそうだし、今もそんな感じだな。だがこの街に来たときの君であれば、今この場で私を踏ん縛り、この世のものかどうか確認をしていただろうね」

「そう・・・おっしゃる通り、その時もそう思いました。しかしそれが違うということだけは、ここに来てわかりました。いや・・・わかったなんて簡単に口走るもんじゃないですね」


セドリックは再び足元を見た。暗くて見えにくいが、確かに地面を削って、何かの紋様を刻んだ跡がある。


「口で説明してもわかりにくいだろうから・・・・こんな感じだ」


相変わらずセドリックは、何の脈絡もなく話を戻す。彼はしゃがみ込むと、近くにあった石を取り、その場で小さく何か絵を描きはじめた。


がり  がり  がり


「中心の器はこの『西門』という実態を使わせてもらった。だから器を示すものはここに記されていない。次にこっちの直線」


ががががが


「これが幅を持って『青の谷』の入口のほうに向いている」


確かに・・・門から大きく二本の線が引かれている。


「こっちが、外側からの力と内側からの力を落とし込む線だ。だがこの二つを単純にぶつけてはだめだ。角度を変えながら、こっちのほう・・・・・」


セドリックは石で奥の方を差した。そこには大きな水路がある。水面が月の光を受けて揺らめき、緩やかな流れ以上に自己主張をしている。


「流れはそっちに持って行く。すると自然に南の方へ向く。そうすればおそらく、ノクティアの軍が陣営を張る方に、それは向かう。相手側がそのことを理解することはほぼ無理だと思うので、その力によって必ずノクティアの軍の刃先が鈍る。まあ、それが我々にできる精一杯だ・・・・」


何の話かわからない。雰囲気はわかる。敵がやってくる。こちらも何らかの反撃を試みる。その操作されるエネルギーを決して双方の消滅に使うのではなく、そこの水路を通して、この街を攻めてくるノクティア軍に浴びせられるということである・・・・


何を言ってるんだ—————

そのまじないみたいなものは—————


だめだ・・・セドリックが語ることを全て、意味のないこと、胡散臭いことだと、はじめに頭の中をよぎってしまう。


「はははは・・・ビル、君にしてはずいぶんわかりやすい顔するね。僕が何らか、古代の『まじないのようなもの』をやっていると思ってるんだろうね。まあある意味で、それと大差はないよ。まるでおまじないさ」

「別にバカにしたり、見下したりしてるわけじゃありません。その・・・・少し頭の中の処理が追いつかない。大変申し訳ないが、質問をいくつかさせて欲しい」

「ああ」

「さっきセドリックさんは、自分が私を呼び寄せたような言葉を使った。つまりこの絵図が、私を引き寄せたと・・・・」

「実際にはビル、君だけを特定して呼び寄せたということではない。先ほど言ったここにあるべき循環の中で、それほどのものを担当するのであれば君か、君同等の能力を持っている人かなと思っただけだ」


駄目だ、何か言葉だけが飛び交っている気になる。それは上澄みに浮かぶようなもの・・・そう感じる理由は簡単だ。私は今、目の前で行われている胡散臭いおまじないを信じていない・・・・


「ビル、思ってることを素直に言った方がいい。君と無駄な会話をするのは好きだが、意味のない会話をするのはあまり好きではない」

「お酒を飲んだせいかな・・・思考が回らない。だから普段からお酒は飲まないようにしている・・・・」


いつもの仮面は息苦しいので取る。


「シンプルに聞く、絵を描いただけで、現実になることがあるのか」

「はははは、われわれは自らの目標や決め事を文章で書く。それは社会的な意味を持ち、それらに関する人々の生活を時には縛り、時には強制力を働かせる。それと何が違う?むしろ文字で書いてある方が、それを読めない人を範囲外にし、効力を発揮しなくなる。絵で描かれていると、人はそれを直感的に理解し同等の影響力をもたらす」

「法を守るのは、文章に書いてあるからじゃない。法を守るための権力が発動されるからだ」

「本当に今日は酔ってるな、ビル。そんな次元の低い話に答えるのも、こんな時しかできないので答えてやろう。ではみなが強制的な権力が働くから、その指示に従っているのか?その通りにしないと捕まらなかったら、誰一人としてそこに書かれたものに対し、行動を促されることはないのか」


たしかに・・・・今日の私は酔ってるかもしれない・・・・たった一杯しか飲んでないのに・・・そういう意味で言うと、


やはりお酒は苦手である。私は周囲を見渡す。昨日と何も変わっていない。静かに夜風が吹き抜ける。遠方では中心街で酒と戯れる人々の声が、リズムよく呼吸を刻む。店から締め出され、路上で飲むことしかできない輩の声が・・・・


再び足元を見る。やはりセドリックが先ほどから語っていた、何かで削られたラインが間違いなくそこに存在する。そして今、私はここにいる。


今を生きる・・・・・


「今を生きることが過去を生き・・・・未来を生きる事‥‥それはこの瞬間に、同じタイミングで一緒に存在すること・・・・」


私の口から出たささやき。


セドリックは一瞬、私の方を覗き込むような顔をした。しかしその後、私の言葉を待った。


スーーーーー


静寂が横切る—————

涼しさが心地よい—————



「聞きます。法図とは・・・?」


セドリックは少し満足そうな顔をした。


「君から質問してくれ」

「セドリックさんはたしか、『器』という言葉を用いられていた。これは私の師から教わった、世界が成り立っている3元・・・『器』『傾き』『法則』の中の一つを表しているように思えた」

「そうだな、そう思ってもらっていい。明らかに対象物としての『器』そこから全体の力の流れを明確化し、調整をかけていく。その正しく並べられた力学を『法』と呼んで差し支えないだろう」

「先ほど私をここに呼び寄せたような言い方をしたが、それは実は正確ではない・・・セドリックさんが『西門』を起点の器としてこの周囲、主に『青の谷』の入口周辺にその『法』を図で終点を表し、明確化させた。その過程の中の一因として、存在し得る空白の部分に、私という要素がたまたまはめ込まれた」

「そうだな、その言葉の方が正確・・・まあ、私が始めに語った言葉は不正確だが、多少煽り文句の方が聞いて楽しいだろう」

「・・・・・・『青の谷』を守るための行為?」

「そうだ、何十年とこうしてきた」


彼は私に、以前私が持っていた疑問に対してのヒントを、優しく与えてくれているのであろう。まるでこの世のものとは思えない・・・『青の谷』の住民、ここでは民族と言ってもよいだろう。彼らの先祖が何十年か前に、この街に住む人たちに虐殺され、土地を奪われて・・・彼らの家族が殺されて・・・・


「正しくない言葉かも知れないが、分かりやすい言葉を使わせてもらう。あなたはとてつもない長い月日、あなたの村を守るために、あなた自身の存在を犠牲にした」


私は再び地面に描かれた紋様を、じっと見つめる。


「『青の谷』の奥、おそらくあなたの部屋にも、このような法図がいくつか描かれている。この世の中での一定範囲の力、私で言うところの『傾き』をコントロールし器を保つ」


セドリックは黙って聞いている。まるで自分の運命と過去を一枚一枚めくられているのであろう。


「もう一つ大きな疑問がある」

「なんだ?」

「なぜそれを私に教えようと・・・?」

「ビル、君ならおそらく遅かれ早かれ法図のことに気づくだろう。多少形は違い、迷いなく進むことができなかったとしても・・・・ただ物事にはタイミングというものがある。君がこの町に来た。君がこの街に残った。そして私が守り続けてきた『青の谷』の存在が脅かされる音が聞こえ始めた・・・・私が君にこのことを伝えるには、あまりにもタイミングが良いのではないか。それは私のコミュニティーを守るための予防策であり、切り札あるあることも含めて」



我々は川底の砂利——————


シルバー先生の言葉が、ゆっくりと私の中を通り抜ける。ここには、この町に来る前の私と、この町に来た後の私が、同時に存在する・・・


「西門が・・・かつてあんなに壊された状態になったのは・・・その時にも『法図』を・・・」


ふふ・・・セドリックはまるで、過去のほろ苦い思い出を頭の中に思い描くように、うっすらと微笑みを浮かべた。


私は改めて、先ほど解説のために書いた『法図』と、実際に機能したであろう地面に書かれた線を見比べた。


「どうしても・・・どうしても絵を描いただけで何かが叶う・・・そのご都合が、私をこの事実から遠ざけてしまう」

「『法』とは何か・・・」


セドリックが今までよりも口調を少し変え、夜空に浮かんでいる星の瞬きを一つ一つ確認するように、言葉を紡ぎ始めた。


「ビル・・・『法』とは、俺はこう考えている。それは決して自分の欲望や個人的な目的で全体的に周知させ、制約・行動させるための、高い位置からばらまく『命令書』ではないと思っている。『法』は我々の力などでは決してどうにかすることもできない、いやそれさえも認識することがない、当たり前の『法則』」


セドリックは右手に持った石を手から放す。


コト


「手を離せば物が落ちるように、何かがぶつかれば音を発するように・・・・・ごく当たり前の事に法則が存在し、しかし多くの人がそのことを認識も理解もできない。それを単にそれぞれに再確認すること。そこの根幹になっているものが『法』であり、実景はなく、意思はなく、避けることは決してできない・・・・」


私は彼の背中を見続ける。何度自らが未熟な輩と認識しようと、気がつけば、二度三度も、四度も五度も、自分が何かを満たしてると思ってしまう。


「ビル・・・この法図は、実景がなく意思もない。私は毎日太陽が昇るように、当たり前のことを描き記した。そのことで、私を含めこの領域に関する人々が無意識のうちに、『当たり前を認識』した。ただそれだけ・・・」

「先に自らの欲求があるのではなく、当たり前の中に自分の立ち位置を見出すということでしょうか」

「そうだな、君の口で語られたもの中では、今の表現が最も近いかもしれない」

「多くの人が当たり前を認識できない。当たり前にそこに存在するから。しかしその当たり前を認識させる。そこに自らの欲求を介在させても何の意味がない。敵が来て、味方が来て、それで力が相殺される。ここまでは理解ができる。しかし、その力を水路に流し、相手陣営に差し向ける。そのことは安易に理解ができない。やはり魔術やおまじないの類を感じてしまう」

「今君は『相殺』という言葉を使った。お互いの力がぶつかり、そしてなくなるという意味だ。では聞くが、お互いの力はぶつかりなくなるのか?片方が5人殺して、もう片方が5人殺すと『ちょうどぴったりですね』と互いに笑顔で言い合い、何事もなかったように次の日から日常生活を送れるのか?」


どうやら、お酒で頭が回らないわけではない。冷たい夜風にあたり随分と頭がはっきりしてきている。その思考の流れをもってしても・・・・・・


「つまり、相殺されるべくなく・・・場合によっては増幅されるその力を、相手の陣営に流す。そこには意図のようなものを感じるが」

「ははは、ではその力、この町の方に流すか?」

「・・・・・・」

「今のは冗談だ。この戦自体仕掛けてきたのは彼らだ。元にあった場所に戻す。ただしその時、どの程度の利子がついているかは、想像したところで分かるものではない」


私は随分と質問をした。その中で何事も滞ることがなかったことに、自らの肩の力が抜けてしまうことは、否定しようのない事実である。


「セドリックさん、つまり、私にその『法図』を伝授してくれるということですか?」

「ユーモアを使ってそのニュアンスになったのであれば、だいぶん理解が深いところに来ただろう。だがそれでも、充分に足り得るだけの足場ができていないから、そのような質問になる。私は君に気付かせただけだ。どこかで気づくであろう君に、少しだけ早めに・・・・そうすることで、今度ここを攻めてくる連中に対して、この街が、いや・・・『青の谷』がより被害を受けることが小さくなる」


「すべて『あるがままの形を求める』ような言い方をしているが、やはり欲求の空気感を感じてしまう。セドリックさんは自分のコミュニティーを守るために法図を使っている」

「その通り」

「・・・・・そこを肯定してしまうのであれば、先ほどの言葉と大いに矛盾するのでは?」

「はじめに話したことは『法図』の根幹。そこに余計な話を混ぜると、おまじないの話から一歩も抜け出せなくなる。根幹の話が前提の上で、その当たり前の中に『いけにえ』や『犠牲』を加えたものが実際の『法図』だ」


私の体の中に緊張が走る。感覚と論理が一気に帰着した。これは以前話にあった『黒魔術』『白魔術』『赤魔術』と同意ではないか。


「理解した顔したな、ビル」

「つまり・・・当たり前の中に、時として自己犠牲を組み込み、時として生贄を組み込む・・・」

「そう・・・・」


私は改めて建設中の西門を見た。


「この門が認識できないぐらいまで壊れさっていたのは・・・その犠牲の対象物だった・・・」

「そうだな・・・・君は初めからその事にある程度気づいていたが、この世界のほとんどの人はそのことはもちろん、門がなぜ崩れ去ったかも、そこに門があったことさえも気づかない」

「なるほど・・・・なるほど・・・・なるほど・・・・本当に、本当に・・・・私は何も知らない・・・・」


この背筋が冷たいのは、夜風のせいであろう・・・そうに違いない・・・・


「つまり、この門の横に石碑を建て、この門がいかにしてこの町の住人を守ったかをそこに書き記せば、皆がそれの当たり前の力学を認識すると」

「先ほども言ったように、文字ではその強さが発揮されない時がある。読めない時点で認識の遠くに行ってしまう、いや、文字にした時点でその本質から離れてしまうことがある」

「つまり・・・」


私は次の一言を言うのが怖い。次の言葉が肯定されれば、この法図というものにとらわれ、一生逃れられず、苦むのではないだろうか。正面のセドリックは、私の目からそれを受け取ったのだろう。今までで最も優しい目を、私に投げて来た。


「大丈夫だ、自らが望んだ形以外に、その法図に組み込めることはない。君が何万人という人命を犠牲として欲求を果たそうとしても、その報いは必ず君のもとへと訪れる。君はそのことを知っている。だから恐れずに最後の質問をすれば良い」


わからない、分からないがセドリックがそういうのであればそうであろう。シルバー先生もこの法図のことを知っているのだろうか。いや、おそらく知らないことはないだろう。私は一つだけ息を飲み込んだ。私が受け入れるための最後の質問をするために


「セドリックさん・・・・あなたが普通に家からも、『青の谷』からも出れないのは・・・・その自己犠牲を組み込んだ『法図』があるから・・・」


「そうだ」——————


私は・・・・生まれて初めて・・・・当たり前のことを知る恐ろしさを・・・知った気がした。





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