僕はもう誰とも結婚しないつもりだから
リョウは、レイが勤務している大学病院の外来診療が終わった遅い午後、スタッフ出入り口からレイが主に管理している治療個室に入って、待っていたレイに歯のレントゲンを撮られていた。
病院のナースや衛生士たちは年に数名は受診する有名タレントに大騒ぎするので、レイの治療アシスタントは今日はヒロとケントとマサシだ。
ケントは腫れた親知らずをここで抜いたので抜糸と消毒をしに、レイが頼んでおいた52歳には見えないケントの歯を抜いてくれたバツイチ子持ち女医のミチが入ってきて、手際よくなにかとレイを手伝ってくれた。
リョウはパノラマからも自分の診断どおり歯を抜かなくても矯正のスペース確保ができそうなので丁寧にIPRしようと思うのだがどうか、などと、レイがミチに話しかけている。
リョウは次回にはワイヤーを付けましょう、と言われたものの今日はおしまいということなので、4人は目立たぬように2人ずつで別々の出口から帰っていった。
レイは論文補佐で夜中まで帰れそうにないので、そのまま医局で仮眠して明日の外来患者を診てから、午後は早めに帰り、シャワって着替えて2日間、リョウのさいたまの家に居ることになっている。
家までの車の中で後部座席のリョウは結婚指輪に触れたまま寝たり起きたりしていると、
10日ぶりにユウコが隣に居る気配がした。
車の中では声が出せないリョウは、ユウコと見つめ合いながら何を話せばいいのか、どうして一人だけの時に出てきてくれないのか、と、戸惑っていた。
幽霊妻のユウコはいつもと同じように穏やかに微笑んでいるのに、
リョウは、恋人を裏切ったことを知られた浮気男性とはこんな感じなのかな、と、他人のことを見るように初めての自分を感じていた。
翌日の夕方やってきたレイは、すぐに持ってきた限定品純米ひやおろしを開けてリョウとスドウに少し振るまってあとは手酌で仙崎の蒲鉾をつまんでいた。
レイはやっとリョウの家に来たからといって、台詞や歌詞を覚えなければならないうえに体重管理をしているリョウや仕事のスケジュール調整をするスドウの邪魔はしない。
レイはCAからの転職者なので英語がそこそこ出来ると思われているが、論文の英語はさっぱりわからず、多くの和訳論文を読みためて英語の意図と和訳の隙を埋めるのに時間をかけなければならず、
周りに医療者が居ないリョウの家も住んでいるみんなの人柄も気に入っていた。
じつは、スドウがゲイではないかということと、あとの三人は高校とか大学とか行かないままでよいのか、ということは、本当は気になっていたレイだったのだが、
役者には違う時間の流れ方があるのかもしれない、わからない自分にはか関わりないこと、と自分なりの時間の使い方をしていた。
2時間ほどするとリョウが台詞覚えを一段落させて黄色い薩摩切子のおちょこを3つ持ってきてくれたことで、レイも見ていたような見ていなかったような英語の論文をご機嫌な笑顔で部屋の隅に片付けた。
もう一人はユウコさん?、とレイが余ったおちょこを見て言うので、
とっさにスドウのためだとごまかそうとしたリョウは、
少し酔い始めているレイの表情や目の奥の言葉を聴こうとした。
ユウコはレイの隣に優しい笑顔で座っている。
レイに、ユウコが見えることを話してもいいかな?




