第9話
ふと気付いたんですが、ここまで登場した女性キャラがメリダさん(食堂のおばちゃん)ただ1人という。
お待たせしました。
ようやくヒロインの登場です。
昼食を食べた後。
ボーッとしていると、扉を叩く音が聞こえた。
昼過ぎに来客があることは今朝聞いていたので、身体を起こして返答する。
「はい、どうぞ」
「失礼する」
俺の返答を聞いて入ってきた男。
髪も瞳も茶色で、その目は鋭く鷲のよう。
見た目からは40代だろうか。
若い頃は女性を騒がせただろう整った顔立ちは、壮年に差し掛かった今では見る者に凄みすら感じさせる。
だが、何より俺の気を引いたのはその独特の雰囲気だった。
ラムソンさんと同じ、成功した者だけが持つ上に立つ者特有の風格。
これが、王国でも随一との呼び声高い領主か。
「リースト伯爵家当主、グライガンだ。君は確かリョウ君だったかな?」
「はい。こんな格好ですが、無礼をお許しください」
「3日前まで死の寸前まで衰弱していたのだろう?構わんよ」
伯爵位にある人間に対して失礼なことだが、残念なことに俺は3日経った現在もまだ立ち上がれるほど回復してはいなかった。
幸運なことに1週間経ったあたりから記憶が無いんだが、脱走に失敗した俺が悪かったとはいえ一体どんな扱いをされていたのやら。
……っと、今はリースト伯爵のことだ。
身分の差が大きい場合、身分の低い方から声を掛けるのは不敬にあたる。
そのため、背筋を伸ばして伯爵の言葉を待つ。
そんな俺をじっと見て、伯爵は目を細めた。
「君は、年齢は7歳だったな」
「はい」
「本当か?とてもそうは思えないほど落ち着いているが……」
「恐らく。自分の名前と年齢ぐらいしか記憶が残っておりませんので確証はありませんが、嘘をついているつもりはございません」
「そうか……記憶を失っているのだったな」
「はい。知識などは残っておりますが、故郷や両親の顔などは全く覚えておりません」
「なるほど。では、今後どうするかは決めておるか?」
「いえ、行くあても頼る者もおりませんので。どこか商会の徒弟にでも雇っていただくつもりでおりました」
「ふむ……」
俺の返答に少し考え込む伯爵。
そして。
「――では、しばらく我が屋敷で暮らさぬか?」
「……と、申しますと?」
「そのままの意味だ。君の記憶が戻るまで、ここにいても構わん」
「それはありがたいお話ですが……良いのですか?素性の知れぬ平民を屋敷に入れて」
そう言うと、伯爵はフッと笑う。
「怪しい者ほど、自分からそんなことは言わないものだ。それに、芝居であれほどの怪我を負うとは思えないと部下も言っていた」
……うん、まあ結構重傷だったからなあ。
割と本気で死に掛けてたらしいし。
「では、その申し出を受けさせていただきます」
「そうか。では……そうだな、まずは身体を治せ」
「ありがとうございます。……それでは、一つお願いがございます」
失礼を承知で切り出す。
「願い?」
「はい。――強く、なりたいのです。理不尽に襲われても、身を守れるだけ強く」
今回のことで、はっきり分かった。
俺に一番足りないのは、単純な武力だ。
いくら頭を使って考えても、力によって簡単にすべてをひっくり返されてしまう。
だから、せめて自分を守れるだけの力が欲しい。
「……良いだろう。だが、まずは体調を戻すことのが先決だ。ゆっくり養生せよ」
「は。ありがとうございます」
そう言って、伯爵は部屋を出て行った。
◆ ◆ ◆
それから1週間。
俺は、ようやくまともに動けるようになっていた。
筋力もほとんど元通りだ。
鍛えてなんかいなかったので、取り戻すのが早かったとも言う。
無事快復し、正式にリースト伯爵邸に住まうことになった俺に与えられた役割は、リースト伯爵の一人娘であるフローラ様の話し相手だった。
現在俺と同い年で7歳なのだが、伯爵という身分ゆえに友達を作る機会もなく、仲の良い同年代というものがいないらしい。
伯爵もそれは気に病んでいて、どうにかしなければならないと思っていたのだが。
そこに現われたのが俺というわけである。
ポッと出の平民の子供に大事な娘を任せるとか、伯爵ちょっと頭おかしいんじゃないのかとか思わなくもなかったが。
フローラ様が礼儀作法とかの勉強をしている時間に軍団長のライアンさん直々に鍛えてくれるらしいので、文句は言えなかった。
で、今日がフローラ様との初顔合わせの日である。
いや、フローラ様だけでなくてリースト伯爵のご家族全員だから伯爵の妻であるマリア様と一人息子のガルガン様とも初めて会うけど。
「――おい、着いたぞ」
「あ、はい。わざわざありがとうございます」
案内してくれたライアン様にお礼を言うと、気にするなというように首を振る。
「では、失礼の無いように。グライガン様もマリア様もフローラ様も大抵のことは笑って許してくださる方だが、だからこそ礼儀は守らねばならんからな」
「それは、分かっております」
俺なんぞを大事な娘の側に置こうとしているんだ。
それに伝え聞く評判なんかを併せて考えると、貴族の特権の使い方を分かっているというべきか。
……って、あれ?
「あの、ガルガン様は……?」
そう尋ねると、途端に苦い顔になる。
「ガルガン様とてグライガン様のご子息だ。それに先入観を与えたくないから俺の口からはあまり言わないが……ガルガン様は他のご家族の方とは違うということだけ覚えておけ」
「は、はあ……」
話から想像するに、ガルガン様は身分に厳しい人なのか?
それも口ぶりからすると典型的ないわゆる「貴族」のイメージに当てはまりそうだが。
まあ、それも会ってみれば分かるか。
ライアンさんが軽く咳払いをしてから、扉を軽く数回叩く。
「グライガン様。リョウを連れて参りました」
「うむ、入れ」
「は。失礼します」
「失礼いたします」
深く頭を下げてたライアンさんに倣ってお辞儀をし、顔を上げると。
そこにいたのは、先日も会ったグライガン=リースト伯爵とそれに寄り添う儚げな美貌の女性――恐らくは伯爵の妻であるマリア様。
――そして、天使がいた。
グライガン様と同じ、いやそれ以上の輝きを放つブロンドの髪。
マリア様から受け継いだと思われる、宝石のような蒼い瞳。
幼さ故のあどけなさを残しつつも、美しく整った顔。
一目惚れとかそんなものではなく、ただ美しいものに心を奪われる。
「――おい」
ライアンさんに横から肩を叩かれて我に返ると、そこには面白そうに微笑むリースト夫妻と不思議そうにこちらを見つめるフローラ様がいた。
「――し、失礼しました!」
「よいよい。フローラは可愛いからな、そうなるのも分かる」
はははと笑う伯爵に、俺はただ恥じ入るしかない。
失敗した……。
初対面の女の子の顔を凝視するとか失礼にも程があるし、相手が貴族ならばなおさらまずい。
そう思いつつ恐る恐るフローラ様の方を見ると、フローラ様は小首を傾げてこう言った。
「あの、わたくしの顔になにかついていましたか?」
……どうしよう。
可愛すぎて死にそうなんだけど。
心が汚れた俺じゃ眩しくて直視できない。
そんな俺の様子を見てか伯爵が再び笑う。
「リョウ君はフローラに見惚れていたんだよ。フローラはとっても可愛いからね」
「もう、お父様はいつもそう仰います。わたくしももう子供じゃないんですから、そんな言葉には騙されません!」
むぅ、と膨れるフローラ様。
すみません、それ本当なんです……とは言えるはずもなく。
どうしようかと困っていると、マリア様が助け舟を出してくださった。
「まあまあフローラ、落ち着きなさい。それに、リョウ君にご挨拶もしてないでしょう?」
マリア様の言葉にフローラ様はハッとこちらを向く。
身分が上の人に先に自己紹介をさせるのは失礼にあたる。
向こうもそれを知ってか待っていてくれるので、背筋を伸ばしお辞儀をする。
「この度リースト伯爵に雇っていただくこととなりました、リョウと申します。伯爵の期待に応えられるよう精進しますので、宜しくお願い申し上げます」
「リースト伯爵が娘、フローラと申しますわ。よろしくお願いいたします」
ドレスの裾をつまみ、完璧なカーテシーを披露してくれる。
「私も改めて挨拶をしようかな。リースト伯爵家当主、グライガンだ。伯爵ではなくライアンと同じように呼んでくれて構わないよ」
「私はグライガン様の妻のマリアよ。宜しくね」
――こうして。
俺のリースト伯爵家での生活は幕を開けた。
お読みいただき、ありがとうございました。




