第10話
◇ ◇ ◇
伯爵家との顔合わせを終えた後。
リョウはライアンについてある場所へ向かっていた。
「あの、ライアンさん。どこへ向かっているんですか?」
「着けばわかる。……っと、ここだな。レーシア、いるか?」
「――入って良いですよ」
「失礼する」
「し、失礼します」
リョウが部屋へ入ると、そこでは若い女性が机に向かって書類を処理していた。
「仕事中に悪いな」
「いえ、構いませんよ。他ならぬ団長の命令ですし」
そう言いながら女性は立ち上がり、こちらへ歩いてくる。
肩まで伸ばした栗色の髪を一つに結んだポニーテールが合わせて左右に揺れる。
凛とした雰囲気を纏った彼女を一言で表すならば、クールビューティが相応しいだろうか。
その女性はリョウの前まで歩み寄り、少し屈んで目線を合わせる。
「待ってたわ。リョウ君、だったかしら」
「はい。あの、貴女は……?」
「私はレーシア=ライター。軍の副長を務めているわ。名字はあまり好きじゃないから、レーシアって呼んでね」
「副長……!?」
「驚いた?やっぱり女が軍のNo.2って変よね」
少し悲しげに言うレーシア。
が、リョウは首を横に振る。
「いえ、そういうことではありません。そういう風に考える人が多い中でその若さで副長にまで昇進するのは大変だったろうな、と思っただけです」
「あら……そんなことを言ってくれたのは団長以外だと初めてよ。ありがと」
レーシアはそう微笑んでリョウの頭を撫でる。
居心地が悪くなったのはライアンである。
咳払いをして扉の方を向く。
「じゃあ、俺は仕事に戻る。後は任せたぞ」
「あ、はい。そっちはお願いします」
ふふ、と微笑んで出て行くライアンを見送り、ソファの方へ歩き出す。
「さて、魔術について教えて欲しいんだっけ」
「はい……ああ、レーシアさんが教えてくださるんですか」
「そうよ。自分で言うのもなんだけど、軍で一番魔術に詳しいのは私だからね。団長はほら、見ての通り実戦派だから」
それを聞いたリョウは思わず頭に浮かんだ「脳筋」の二文字を即座に打ち消す。
「私はどっちかっていうと理論派かな。といっても学者じゃないからそこまで詳しくはないんだけどね。あ、リョウ君も座って」
「ありがとうございます」
リョウもレーシアに向かい合ってソファに腰掛ける。
「実際に使ってもらう前に、まずは軽く理論を教えるわ。その方が実践に移った時にやりやすくなると思うから」
「分かりました」
「まずは魔術の属性からかしら。魔術には属性というものがあって……」
レーシアの言っていたことを纏めると。
魔術には属性というものが存在する。
基本四属性と呼ばれる火・水・風・土、それに特殊二属性と呼ばれる光・闇の6種類だ。
この属性には、人によって使えるものと使えないものがある。
どの属性が使えるかは先天的に決まっており、後天的に変化することはまず無い。
また複数の属性を持つものも存在するが、魔術師全体のうち約80%は単属性のみしか持たず、二属性を持つ者は15%ほど。
六属性全てを扱える者は、歴史上「魔女」ただ1人なのだという。
ただ、複数属性を持つからといって必ずしも強いというわけではない。
むしろ修練が分散されてしまうため、磨き上げた単属性に劣ることも多い。
もちろん手札が増えるためにそれだけ戦闘の幅は増えるし、複数の属性を磨き上げることができれば確実に強くなる。
現に世界最高の魔術師とされる「魔女」は全ての属性において世界最高峰の実力なのだそうだ。
また、魔術には級というものも存在する。
下級・中級・上級・天級の4段階に分かれており、段階が上がるごとに威力や範囲などが爆発的に上がる。
天級魔術は地形を変えるほどの威力、範囲を兼ね備えているという。
そして、肝心要の魔術の使い方についてだが。
「基本的に、魔術の行使には3つのプロセスが必要なの。魔力を集め、起こしたい事象をイメージして、呪文を唱える」
レーシアは指を一本立てる。
そして。
「[風よ]」
そう呟いた瞬間、リョウの髪をそよ風が揺らす。
「この中で一番大事なのはイメージよ。これがはっきりと持てなければ魔術は使えない。逆に、その魔術に習熟して明確なイメージを持つことができれば、最後の呪文詠唱は必要なくなるわ。ここまでいって、ようやく実戦で使えるレベルね」
レーシアは先ほどと同様に指を立てる。
そして――何も言わなかったのにも関わらず、そよ風が吹く。
「さて、講義はここまで。じゃあ実際に魔術を使ってみようか」
◆ ◆ ◆
いよいよ、魔術を使う。
そのことに心が躍るのを感じながら、レーシアさんの言葉を聞く。
「まずは身体の中で眠ってる魔力を起こすところからだね」
「魔力を起こす、ですか?」
「ええ。体内にある魔力は、基本的に不活性状態にあるの。その状態だと何も感じないし、操作したり使うことも出来ない。でも外部から刺激を与えると、魔力が活性化して感じられるようになる。その刺激を与えることを『魔力を起こす』と言うのよ」
レーシアさんが俺の手を取る。
「これから、リョウ君の世界が変わるわ。魔力というのは、それだけ圧倒的なの。でも、それに呑まれないで」
「……はい」
その真剣な眼差しに、思わず息を呑む。
「じゃあ、行くわよ」
――その瞬間、確かに世界が変わった。
目に映るわけでも、音や匂いがするわけでも、実体があるわけでもない。
だが、五感のどれでもない感覚が、それがそこにあることを教えてくれる。
「これが……魔力……」
「感じたわね?じゃあ、自分の中にも魔力があるのは分かる?」
身体の中に意識を向けると……確かに、胸のあたりに淀んでいるのが分かる。
「……はい」
「よし。じゃあ、それを動かすことはできるかしら」
「う、動かす……?」
動かすって言ったって、一体どうやって……あ。
先ほどレーシアさんは、魔術に大切なのはイメージだと言っていた。
なら、これも魔力が流れるのを……そうだな、まるで血液が身体の末端まで流れて戻ってくるような、そんなイメージをすれば……。
すると、ぎこちなくてゆっくりだが少しずつ魔力が体内を循環し始めた。
「へえ……いきなり出来るなんて、凄いじゃない」
「……ありがとう、ございます」
「それが、いわゆる[身体強化]の状態。近接系にとっては、基礎にして奥義だね。そのまましばらくやっててごらん?練習してたら、そのうち無意識にでも出来るようになるから。そうなったら一瞬で[身体強化]も出来るようになるから、いざという時にすぐ戦闘態勢に入れる」
そうはいっても、これずっとやってるのは結構難しいな……。
言われた以上やるしかないが。
「じゃあ、次は属性を調べてみようか」
そう言ってリーシアさんが取り出したのは……。
「水晶ですか」
「ただの水晶じゃないわ。これは属性を調べるための失われた魔道具」
失われた魔道具とは、遥か昔、今よりもずっと魔術が発展していた時代に作られ、その製造方法が今に伝わっていない、あるいは作ることができない魔道具のことだ。
ロストテクノロジーというやつである。
「使い方は簡単、ここに手を当てるだけ。さあ、やってみて」
言われた通りに手を当ててみる。
すると、少しずつだが魔力が吸い取られていくのが分かる。
ある程度――といっても微々たる量だったが――吸収するとそれ以上は魔力を吸い取らなくなり、光を放つ。
赤・青・緑・黄……その四色の光を順番に3回光り、止まった。
見た感じ基本四属性は使えそうだが……どうなんだろうかとレーシアさんを見ると、難しい顔をしていた。
「あの、レーシアさん?」
「え?……ああ、属性は基本四属性が全部使えるみたいね。四属性持ちは結構珍しいよ」
「はあ……あの、何か問題でも?」
「うん……実はこの水晶、属性だけじゃなくて発現量も調べられるんだけど」
発現量とは、魔術師が一度に放出できる魔力量のことである。
魔力というものは魔術という形以外で外に出したまま溜めておくことはできない。
そのため、魔術の級をどこまで扱えるかというのはこの発現量と密接に関わってくるのだという。
因みに、一般的に魔力量と言った場合は魔術師1人が保有する全魔力量のことを指すことが多い。
「それで?」
「リョウ君の発現量がね?魔力量と比べると、極端に少なかったのよ」
「少ない、というとどれほど?」
「中級がギリギリ扱えないぐらいかな」
「それは……かなり少ないですね」
それでは下級しか使えないではないか。
「俺の魔力量ってどのくらいなんですか?」
「魔力量は結構多いわ。具体的に言うと、上級を扱える魔術師と同等以上の量ね」
それは結構多い方だ。
でも、いくら魔力量多くても下級しか使えないんじゃなあ……。
「発現量と魔力量って、比例するものだと思ってました」
「普通はそうなんだけどね……私もこんな例は初めてよ」
「そうですか……あ、[身体強化]と発現量って関係ないですよね?」
「ええ、それはもちろん。循環する際に触れてる物にも魔力を通す[物質強化]も関係ないわ。だから、魔術は戦闘の補助ぐらいで使ったほうがいいと思うわ」
そうか……魔術で無双する夢は早々に途絶えたか……。
だが、[身体強化]さえ出来るのならば戦うことはできる。
あとは創意工夫と努力あるのみ、だな。
「取り敢えず、俺にも出来ることを全部教えてください。出来ないことを嘆いても仕方ありませんから」
「……そうね。それじゃあ早速。魔力の流れが止まってるわよ」
「あっ」
どうにも前途多難みたいだが。
お読みいただき、ありがとうございました。




