第11話
遅くなって申し訳ありません。
――コンコン。
「フローラ様、リョウです」
「お待ちしておりましたわ。入ってください」
「失礼します」
フローラ様に頭を下げ、お付きの侍女に目礼をして部屋に入る。
レーシアさんから魔術の指導を受け、昼食を食べた後。
俺はフローラ様の部屋を訪れていた。
俺のお仕事――フローラ様の話し相手をするためである。
「さあ、どうぞ座ってくださいね」
「ありがとうございます」
勧められるままに、フローラ様の座る方とは向かい側の椅子に腰掛ける。
そのまま、しばし沈黙。
こういう時ってどう切り出せばいいんだろうか……。
言葉を探していると、同じように少し困った顔のフローラ様と目が合い、思わずお互い笑ってしまう。
「こういう時って、何をお話ししたらいいのでしょうか」
「そうですね……では、今日の午前中何があったのかを教えて頂けませんか?」
そう提案すると、ふむと考え込む。
「午前中……そうですね。えっと……なんとお呼びすればいいですか?」
「リョウと呼び捨てで。ついでに敬語も使う必要はありませんよ」
「それでは、リョウと呼びますね」
「ですから敬語は……」
「ごめんなさい、わたくしはこれが普通なんです。直したほうが良いですか……?」
「でしたら慣れた方で構いませんよ」
思わず苦笑が漏れる。
そんなに気を使わなくても良いのに。
「では、このままで。――リョウと会った後は、礼儀作法の授業でした」
「誰に教わったのですか?」
「この屋敷の執事長の妻――ダーラ夫人ですわ」
「……ああ、あの方ですか」
実は朝フローラ様達と会う前に、この屋敷で働く全員と顔を合わせていたのだ。
ダーラ夫人というのも確かにいた気がする。
なんか「〜ざます」って語尾に付きそうな人だったな。
確かに礼儀作法の教師としてはぴったりな感じがする。
「今日はこの1週間に習ったことのおさらいだったので良かったんですけれど……ダーラ夫人はとても厳しくて、いつも中々合格が貰えないんです」
「それは……ダーラ夫人は普段もそういう方なんですか?」
「いえ!礼儀作法に関しては確かに普段から厳しいですけど、授業が終わった後は毎回お菓子を焼いてきてくれたりするんですよ。それがとっても美味しいんです!」
「そうなんですか。甘いものはお好きなんですか?」
「はいっ!甘いものを食べると幸せな気分になれるんです!」
満面の笑みでそう話してくれる。
なんかこう年相応なところを見ると微笑ましいな。
思わずお菓子を作ってあげたくなる。
ただ、残念なことに俺は料理ができないんだよな……あ、そうだ。
これなら……ここで出来るのか?
まあ試してみる価値はあるか。
取り敢えず話を変えよう。
何か話題は……そういえば。
「あの、フローラ様には御兄弟がいらっしゃいましたよね?確か……ガルガン様でしたか。朝にはいらっしゃらなかったようですけれど、どうかなさったんですか?」
「……お兄様のことですか」
途端に暗くなる表情に話題の選択を失敗したことを悟る。
「お兄様は、お父様やお母様とは違ってとても身分を気にする方なのです。今朝も『わざわざ平民ごときのために作る時間はない』とおっしゃって……」
「それは……」
身分を気にすること自体に問題はない。
ガルガン様も次期領主なのだから、この広い伯爵領に住まう領民を統治するためには威厳というものが必要だ。
グライガン様はその辺のことは分かっているのだろう。
俺と接するときにも必要以上に威張ることはなかったが、それでも行き過ぎた無礼は許さぬと一線を引いていた。
だが、やりすぎは良くない。
そもそも貴族が高貴な身分であるとされているのは、数多いる民衆を恙無く統治するという重責を与えられているが故だ。
それを忘れて自分の身分の高さを鼻に掛けて威張り散らしていては、領民は苦しみ領地は荒廃する。
まだ数回しか直接会ったことはないが、まさかあのグライガン様が後継者の教育に失敗するとは……。
少しグライガン様にも聞いてみるか。
この話題はもうやめよう。
「話を変えますね」
「あ、はい。分かりましたわ」
フローラ様は気分を切り替えるためか紅茶を一口飲む。
「いつもは授業が無い時は何をして過ごしているんですか?」
「いつもはここで本を読んでます」
「本っていうと、どんなものを?」
「色々です。お父様の書斎にあるような難しいのは読めないですけど……昨日は騎士様と王女様の恋の物語を読みました。素敵でしたわ……」
内容を思い出しているのか、宙を見つめながら頬に手を当てる。
「よく読むのは、そういう恋物語が多いんですか?」
「いえ。たまたま昨日それだっただけで、勇者様の冒険の物語とかも読みますわ。……そうだ、リョウも何かお話をしてくれませんか?」
「私が、ですか?」
急に無茶振りが来た。
どうしようか。
知ってる童話――もちろん原作ではなくて全年齢対象版――でも話そうか。
いや。
せっかくだから、何かの役に立つ話をしよう。
でも何を話そうか……これにするか。
頭で話の内容を組み立てながら、口を開く。
「そうですね……では、私も1人の偉大な人の戦いの物語をしましょうか」
◇ ◇ ◇
とある伯爵家に、1人の娘がいた。
当時の伯爵は優秀で、領地は豊かで領民も皆幸せそうに暮らしていた。
だが伯爵の死後を継いだその息子は愚かだった。
民のことを何も考えず、多くの税を徴収して領民を苦しめる。
領地はだんだんと荒れていって、領民の顔からも笑顔が消えていった。
それを見兼ねた娘は、内政を学び、父が死んでからずっと自分を支えてくれた幼馴染の騎士と、今の状況を憂いている亡き父の部下と共に、ついに立ち上がる。
暴政を敷く兄を押し込め、領主代理として次々と制度を改善し、領地を回復させていった――。
◆ ◆ ◆
「全てがうまくいっていたその時、娘にとって最大の危機が訪れました。
幽閉していた兄が脱走し、娘の命を狙ったのです。
真夜中に娘の寝室へ忍び込み、あわやその命を奪おうというその時。
幼馴染の騎士がギリギリのところで現れ、兄を斬って娘を救いました。
しかし、いくら命を救うためとはいえ貴族を殺すのは大罪です。
それを分かっている騎士は、娘の前に跪きました。
『どうか罰をお与え下さい』
それを聞いた娘は少し悩み、そして満面の笑みでこう言いました。
『では、一生私の隣にいなさい』
こうして娘と騎士は結ばれ、寄り添い合いながら領地を正しく治め、2人も領民も幸せに暮らしたそうです」
話し終えて、一つ息を吐く。
「どうでしたか?」
「素敵なお話でした!」
笑顔でそう言うフローラ様。
満足してくれたようで良かった。
「でも、女の人がそうやって領主になるお話は初めて聞きました」
この世界、魔術があるからか平民の間では男女の差は力も含めてそんなにない。
だが貴族の間では、男が政治をやって女は政略結婚によって家と家を繋ぐ役割を担う、という意識が根深く存在する。
その先入観を取っ払えればとこんな話を考えてみたんだが……将来、少しは役に立ってくれれば良いと思う。
まあ役に立つような状況にならないのが最も望ましいのだが。
目に光がちらついてふと窓の外を見ると、西日が差し込んでいた。
っと、思ったより時間が経っていたらしい。
そろそろお暇の時間だな。
「では、今日はこれで失礼します」
「あ、もうそんな時間ですか?」
フローラ様も時間を忘れていたらしい。
楽しんでくれたということだったたらよかったのだが。
「では、失礼しますね」
「はい。また明日、お待ちしていますわ」
「ありがとうございます。ではまた明日」
一礼して、部屋を出た。
――次は、グライガン様との面談だ。
お読みいただき、ありがとうございました。




