第12話
フローラ様の部屋から出て、廊下を歩いていると。
供を連れた、1人の少年に出会った。
惜しみなく金を使ったことが見て取れる、煌びやかな装い。
顔をジロジロ見るのもアレなのでしていないが、髪はマリア様と同じ茶髪だった。
これがリースト家の跡継ぎ、ガルガン=リースト様か。
ライアンさんやフローラ様から話を聞くに、あまり平民の俺が関わりたい相手ではない。
難癖を付けられないように、廊下の端に避けて頭を下げる。
が、素直に通り過ぎてはくれなかった。
足音が目の前で止まる。
「――貴様が、我が屋敷に新しく雇われたとかいう平民か」
「はい」
俺のことを眺めているのかしばらく沈黙が続いた後、鼻を鳴らす。
「ふん、小手先の礼儀ぐらいは知っているようだが……父上も何故こんな下賤な者を屋敷に入れるのか、理解に苦しむな」
「全く、若様のおっしゃる通りでございます」
「やはり若様が早く伯爵家を継いで、この澱んだ空気を入れ替えなければ」
ガルガン様の言葉に、側の二人が腰巾着のごとく追従する。
「貴様、今後俺の前に現れるな。不快だ」
流石にこうまで言われると腹が立つ。
が、言い返すわけにはいかない。
お前が勝手に現れたんだろとか色々言いたいことはあるが、必死に抑えて頭を深く下げた。
「……ちっ、気分が悪い。行くぞ」
足跡が遠ざかったのを確認し、頭を上げた。
あれが、リースト家の跡継ぎか……。
◆ ◆ ◆
――コンコン。
「リョウです」
「入れ」
「失礼します」
返事を聞いてから扉を開け、一礼して中へ入る。
そこには、西方の雄たるグライガン=リースト伯爵が待ち構えていた。
勧められるままに、グライガン様の向かいの椅子に腰掛ける。
「娘はどうだったかね?」
真っ先にそれを聞くあたり、名領主と名高いこの方も相当フローラ様を溺愛しているらしい。
思わず込み上がる笑いをかみ殺しながら答える。
「お元気でした。別れ際に『また明日』と仰られていたので、どうやらお楽しみいただけたようです」
「そうか……」
グライガン様は複雑そうな顔をする。
娘が喜んだこと自体は嬉しいが、相手が男ではなあ、ということなのだろうか。
「……まあ、あの子が喜んだのならそれで良い。明日も頼んだぞ」
「は、承知致しました。それと、一つお聞きしたいことが」
「何だね?」
「ガルガン様のことです」
グライガン様の表情がスッと引き締まる。
「会ったのか」
「はい、先ほど廊下で」
「ふむ……それで?」
「何故あれほどにもグライガン様の跡継ぎらしく――いえ、リースト家の人間らしくないのか、ということでしょうか」
この家族を持ちながら、どうして選民主義に偏った性格になったのか。
それが理解できない。
「ガルガン様に何かあったのでしょうか」
俺の問いに対してグライガン様は。
「…………結局のところ、私の怠慢なのだろうな」
長い沈黙の末に、そう答えた。
「直接関わっていたのは、あれに付けた教育係だった。あの頃は忙しくて子供のことも構えなくてな。背後関係も調べさせて、信頼の置ける者を選んだはずだったのだが……」
「そうではなかったと?」
「ああ」
非常に苦い顔をしている。
それだけ痛恨の出来事だったのだろう。
「それから、その教育係は?」
「口実を付けて辞めさせた。だが、そのせいでガルガンは余計に私の言うことを聞かなくなってな……。矯正も出来ずに月日ばかりが経ち、この有様だ」
そう言って力無く笑う。
「側室を取らなかったのは、御家騒動なんぞ起こしたくなかったのと、マリア以外の女などいらんと思ったからだったが……今となっては、それも失敗だったかもしれんな。そのことを気に病んでいる妻を見るのが一番苦しい」
伯爵家なのに側室がいないのも不思議だと思ったが、そういうことだったのか。
確かに今のままだと少々問題があるかもしれない。
特に今代が優秀であるだけに、余計に。
一応ガルガン様を跡継ぎにしない方法がないわけではないのだが……それこそ家が割れるかもしれない。
だが、道があることは示しておくべきだろう。
「余計なお世話かもしれませんが、一つ」
「……何だ」
「もしこのままガルガン様を跡継ぎにするおつもりでしたら、これからする話は忘れていただいても結構です。ですが、もしそれが確定でないのならば。一つの可能性として頭の片隅にでも残しておいていただければと」
「……だから何だ、早く申せ」
目を細めるグライガン様に少し身を寄せ、声を落として囁く。
――その目が、大きく見開かれた。
「勿論、ご本人の気持ちを尊重したいというのであればそれで結構です。ですが家の存続、並びに領民のことを考えれば……そういう道もあるということを、ご承知おきください」
「……ああ。下がれ」
「は。失礼いたしました」
礼をして、部屋を出た。
◇ ◇ ◇
リョウが去ってからしばらくして、椅子に座ったままだったグライガンが口を開く。
「――クラウス、入ってこい」
「失礼いたします」
声と共に扉が開く。
そこからグライガンと同じぐらいの歳の、細身の男が執務室へと入ってきた。
執務室には、二つ扉がある。
一つは廊下へと出るもの。
先ほどリョウが出入りした扉だ。
そしてもう一つは、寝室へと続くもの。
寝室といっても、こちらは仮眠室のようなものだ。
政務で忙しくて部屋に帰る暇もない時に寝るのに使う部屋で、普段はほとんど使わない。
そこに、このクラウスという男は控えていたのである。
クラウス=ラングドン。
政務面においてグライガンを支える文官のトップであり、全幅の信頼を置く腹心の部下だ。
その優秀さは折り紙付きで、グライガンはこのリースト伯爵領を円滑に治めていられるのはこの男のおかげだと思っている。
また、同時に幼い頃から付き合いのある親友でもある。
といっても立場は伯爵とその部下、言葉遣いなどを崩すことは滅多になかったが。
「クラウス、君はリョウ君のことはどう思う?」
「非常に聡明な子だと思います。我々と対等に渡り合えるほどに」
「やはりそう思うか……」
全く厄介な子がいたものだと、グライガンは溜息をつく。
「記憶を失っているという話も疑わしいな」
「そうですね。私は記憶を失くしたことがないので分かりませんが、自分の記憶を失ってあれほど冷静でいるのは難しいのではないでしょうか」
「私もそう思う。となると、何か帰れない訳があるのか……或いは、最初からこの伯爵家に雇ってもらうことが目的だったか」
「しかし、最初は違ったという結論だったでしょう。あれほどの怪我を狂言で負うはずがないというのがライアン殿の判断だったはずです」
「ああ……そうだったな。となると、やはり何か理由がありそうだ」
まあ、その辺りは信頼を勝ち取って本人から聞くしかないか。
そう結論を出した二人は、今の会談についての話に移る。
「敢えて感情などを隠そうとせずに曝け出し、彼の警戒心を弱めようという作戦……上手くいきましたか?」
「どうだろうな……だが、意味はあったよ」
「最後に囁いた言葉ですね?」
あれだけは、隣の部屋にいても聞こえなかった。
「一体、彼は何を?」
「ただ一言、婿養子――と」
グライガンの言葉に、クラウスも目を瞠る。
「……確かに、それは盲点――というか、画期的な考えですね」
「ああ。言われるまで思いもつかなかった」
要はフローラの婿を外から貰い、それを跡継ぎとしようということである。
リョウが囁いた理由もよく分かる。
万が一ガルガンに繋がっている者に知られたら大変なことになるのだから。
言ってみれば単純で誰でも考えつきそうなこの案を誰も思いつかなかった理由。
それは、成長する過程で培われた常識に邪魔されたからというだけの話である。
この世界では、貴族の婦女子は夫となる者の家に嫁ぐものだということが常識になっていた。
そういうものだと思い込んでしまっていたのだ。
それ故に、リョウの言葉には驚かずにはいられなかった。
貴族のことに詳しくない平民だからこその発想か、それとも常識に囚われない柔軟な発想の持ち主だからか。
何にせよ、その案がグライガンたちの選択肢を一つ増やしたことは間違いない。
「……このままでは、あまりに惜しいな」
「リョウ君のことですか?」
「ああ。あれほどの才、眠らせておくのはもったいない」
「ですが、彼の隠している過去が分からなければ政務に携わらせる訳には……」
「分かっている」
やはり少しずつ信頼を築いていくしかないか。
考え込むグライガンに、クラウスが何かを思いついたのかニヤリと笑う。
「そういえばグライガン様。先ほどの件ですが……いかにこちらが選べるとはいえ、貴族の子息だと実家の影響が気になるところですよね?」
「む……?まあ、そうだな」
いきなりの話題転換に驚きつつも、グライガンは頷く。
「すると、貴族ではない方が望ましい。とはいえ平民で跡継ぎとなれる人物など……そうはいませんよね?」
「……なるほどな」
ここで理解したのか、グライガンも笑みを浮かべる。
「父親としては複雑だが、どうせどこかへ嫁がせなければならないのだ。フローラが気に入りさえすれば、それもアリだな」
「はい」
大人が二人、黒い笑みを浮かべていることを。
この場にいないリョウは、知る由もなかった。
お読みいただき、ありがとうございました。




