第13話
◆ ◆ ◆
翌日。
朝食を終えた後、リョウは領都の外――普段兵たちが訓練場として利用しているところに来ていた。
「――では、始めるか」
向かい合っているのは、リースト伯爵軍の軍団長。
アーノルド=ライアンである。
「昨日のことはレーシアから聞いている。君が強くなるためには剣で強くなるしかないということもな」
「はい」
「そのためには、まずは身体を鍛えることだ」
「鍛える……つまりもっと力を付けろと?」
「ああ。[身体強化]によって力はある程度補えるが、筋力はあるに越したことはない。魔術という強力な手札をほとんど封じられているのだ。強くなるためならばなんでもするべき、違うかね?」
「……仰る通りです」
「魔力による強化は便利で、強力だ。だが、戦うのは自分の身体なのだ。いざという時、生死を分けるのは土台の部分になるかもしれん。その為にも、体力や筋力をつけろ」
「はい」
「まずは……そうだな、走ってこい」
「はい。……あの、どこを?」
「街の外周だ。今日は最初だから一周でいいだろう」
「ま、街の外周!?」
王国でもトップクラスに発展しているリースト伯爵領、その領都リーシアはかなり広い。
その外周となると、一周およそ5km。
ちなみに会話だけ聞いていると忘れてしまいがちなので一応確認しておくが、リョウの年齢は7歳である。
「一周で驚いていてはこの先身体がもたないぞ?兵士たちは皆完全装備でここを二周するのがウォーミングアップだからな」
「ここの兵士は全員人外か何かですか……」
げんなりとした声を上げるリョウ。
「まあだがいきなりは厳しいだろうから、[身体強化]は使ってもいいぞ」
「本当ですか?それなら何とかなりそうです」
「ははは、じゃあ行ってこい」
「はい、行ってきます」
言うや否や、飛び出していった。
「昼飯までには帰ってこいよ」
「分かりました〜」
リョウは背を向けたまま手を振る。
「さて、昼までに終わるかね……?」
ライアンは一人呟いた。
◆ ◆ ◆
太陽が真南から少し西側に傾いた頃。
俺は、地面に大の字になってぶっ倒れていた。
息も絶え絶えである。
すごい疲れた……。
やっぱ5kmとか7歳に初日から走らせる距離じゃないよ……。
[身体強化]有りなら少しは楽かなと思ったけど、全然そんなことなかった。
むしろより疲れたまである。
いくら強化できるといっても動かすのは自分の身体だ、というライアンさんの言葉が身に染みて分かった。
「身体を鍛えろという意味が分かったか?」
「……はい」
[身体強化]を使っていても、身体の消耗は変わらない。
いや、筋肉が無いのに無理な運動をしたから余計に消耗は激しいと思う。
さすがに動かなかったのでしばらく地面に倒れていると、隣にライアンさんが腰を下ろす。
「……あの、ライアンさんってどれぐらい強いんですか?」
ふと出た疑問。
「私か?そうだな……冒険者のランクは分かるか?」
「はい」
ファンタジー世界の御多分に漏れず、この世界にも冒険者や冒険者ギルドというものがある。
ランクというのは冒険者ギルドに所属する冒険者の力量を表すもので、冒険者以外には適用されない。
だが実力を表すのに便利なので、冒険者以外も用いることが多い。
ランクは下から順にF、E、D、C、B、A、AA、AAA、S、SSの10段階に分かれている。
一応その上に規格外を表すEXもあるが、その域にあるのは冒険者以外を含めても世界に5人しかいないという。
彼らを人は五帝と呼ぶ。
で、ライアンさんはというと。
「私は大体SSといったところだろう」
「SS……!?ということは五帝に次ぐ強さということですか」
そう言うとライアンさんは苦笑いを浮かべる。
「まあ、ランクの上ではな。だが、実際に戦ってみると歯も立たないだろう。それゆえに彼らは規格外なのだ」
「そんなに……?」
「ああ。私は一時期『剣聖』に教えを受けていたことがあったが、まるで敵う気がしなかったな」
「剣聖」。
王国に所属する唯一の規格外であり、王国騎士団の総帥。
その剣の一振りで万の軍勢を壊滅させるという、まさしく「生ける伝説」だ。
「そんなに違うんですか……」
「ああ。まああの方は五帝の中でも規格外だと思うが」
そう言いながら立ち上がる。
「これから訓練を再開するが、お前はもう少しここで見ていろ」
「……いや、俺もやります」
「良いから黙って見ていろ。上手い者ほど他人の動きをよく見ているものだ。見て、何かを学べ」
「……はい」
「よし。――始めるぞ」
ライアンさんはそう兵士たちに告げ、歩いていった。
――盗めるものは全部盗んで、強くなってやる。
俺は改めてそう決心し、訓練を始めた兵士たちを見つめた。
◇ ◇ ◇
ガルシア帝国の首都ガレーラ。
その宮廷の一室にて、二人の大物が対面していた。
「――久しぶりね、ラムソン。元気だったかしら」
一人は王国西部の流通網を支配するラムソン商会の会頭、モンタナ=ラムソンだ。
そしてもう一人は。
「おかげさまで。マーリン様もお元気そうですな」
尖った耳に金の髪、純白の肌に整った顔立ち。
身体能力の面で他種族に劣る代わりに魔術において極めて優れた能力を持つエルフ族の特徴だ。
そしてここにいるのは、その中でも規格外の実力を持つ者。
セイレス=マーリン。
「魔女」と謳われる五帝の一角にして、世界中の魔術師の頂点に立つ女性だ。
魔女というと女性の魔術師という意味だと思うかもしれないが、この世界では「魔女」といえばただ一人この女性のことを指す。
「それで?わざわざ私に会いたいと言ったのは、一体どんな用件なのかしら」
「一つ、魔術のことに関してお聞きしたいことがありまして」
「魔術について?そんなこと、本でもなんでも調べたら良いじゃない。わざわざ私に聞かなくても大抵のことは分かるわよ?」
「その『大抵のこと』じゃないからマーリン様を訪ねたのです」
「へえ……何かしら」
興味を引かれたのか、身を乗り出してくるマーリン。
そんなマーリンに、ラムソンは真剣な面持ちで尋ねた。
「――若返り、或いは憑依の魔術というものはありますかな?」
◇ ◇ ◇
マーリンとの会談からしばらくして。
ラムソンは再びアイレンに訪れていた。
「やはり、どちらも外れか……」
マーリンの答えは否だった。
或いは遥か昔――失われた魔道具が作られた時代ならば分からないが、少なくとも現存の魔術では不可能だという。
だとしたら、あの子供は一体何者なのか。
そんなことを考えつつ、アイレン支部の入口をくぐる。
「よう、クレソル。元気か?」
「会頭……何を仰います、元気なはずが……まさか、連絡を受け取っていないので?」
「ん?確かに帝国から王都に寄らずに直接ここに来たが。何かあったのか?」
沈黙の後に、クレソルの口から飛び出したのは信じ難い言葉だった。
「なん、だと――!?」
――リョウがこの地を踏んでから、ちょうど5年が経った日のことだった。
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