第14話
遅くなって申し訳ありません。
◆ ◆ ◆
夕方。
部屋に入って椅子に腰掛けると、フローラ様が心配そうな顔でこちらを覗き込んでくる。
「なんか、すごく疲れてるみたいです」
「分かっちゃいますか……」
思わず苦笑が漏れる。
出来るだけ隠しているつもりだったのだが……。
「どうしたんですか?どこか具合でも……」
「大丈夫です。ちょっと身体を鍛えてただけですよ」
そのうち慣れると思うんだが、今日は初日だからなあ……かなり疲れた。
ただ、いくら疲れているとはいえ雇い主にそれを悟られるのはいただけない。
ふぅ、と息を吐いてから両手で勢いよく頬を叩く。
バシン、と音が響く。
「よし、では……どうしました?」
フローラ様が目を丸くして固まっていた。
「あの、今何を?」
「今?……ああ、ちょっと気合を入れようと思いまして。驚かせてしまいましたね、すいません」
「い、いえ……その、痛くはないのですか?」
「まあ痛いですけど……ちょっとぐらい痛い方が気合が入りますから」
「そ、そうなんですか……」
ちょっと引き気味にそう言うフローラ様。
そのまま、何かに気付いたのかじっと俺を見つめる。
「……リョウって、不思議な人です」
「そうですか?」
まあ俺の境遇はかなり不思議というかおかしなことになっているが。
何せ異世界転移+幼児化だからな。
だが、フローラ様が言っているのはそういうことじゃないだろう。
第一、俺のびっくり体験のことは知らないはずだし。
「どの辺が不思議なんですか?」
「そんなところです」
「そんな?」
どんなですか。
「わたくしと同じ歳なのに落ち着いてるし、言葉遣いも丁寧だし」
「それを言ったらフローラ様もそうですよ」
「わたくしはそういうことは礼儀作法の授業で教わりましたから。でも、リョウは平民ですわよね?一体どこで習ったのですか?」
フローラ様の目に浮かぶのは、純粋な興味の色だけ。
答えてあげたいが……。
「申し訳ありませんが、言えません」
残念ながら、言うわけにはいかない。
言ったらそのうちグライガン様にも伝わるし、そうなれば帰らなくちゃいけない。
事情を話して巻き込むのも気が引ける。
嘘をつくのも不誠実な気がするし、ここは「言えない」と言うしかない。
「そうですか……」
落ち込むフローラ様を見ると罪悪感が湯水のように溢れてくるなあ……。
「代わりといってはなんですが、近いうちにお忍びで外へ出かけてみませんか?」
「外ですか?」
「ええ。グライガン様に話を通して許可が出たらになりますが」
「本当ですか!」
フローラ様の表情が途端に明るくなる。
これでぬか喜びになってしまったらそれこそ申し訳ないが、リーシアは治安がいいから大丈夫だろう。
「わたくし、一度街に出てみたかったんです」
「街に出たことがないんですか?」
「馬車で通ったことはあります。でも、それだと皆身構えてしまって街の本当の姿は見れないでしょう?」
確かに。
しかし、さっきフローラ様は俺のことを「7歳にはとても見えない」と言ったが、その言葉はそっくりそのままお返ししたい。
普通7歳の貴族の娘がこんなことを言うか。
だが、まあ……。
「一体どんなところなんでしょうか……」
そう思いを馳せながら楽しみにする顔は、年相応の少女そのものだった。
◆ ◆ ◆
「街へお忍びで、だと?」
「はい。フローラ様も是非ともと」
その後、俺は昨日に引き続いてグライガン様の執務室を訪れていた。
「そうか、フローラも……分かった、考えておこう。但し、許可を出すとしてもこちらでも護衛をつける」
「宜しくお願いします。私はまだ訓練を始めたばかりで、フローラ様を一人でお守りできるほどではありませんので。――ああ、一つお願いが」
「何だね?」
「フローラ様も護衛付きでは楽しめないでしょうし、ありのままの街の姿をご覧になりたいそうです。ですから、護衛の方にはそうと気づかれない格好をしていただけると助かります」
「分かった。それだけかね?」
「あとは……そうですね、護衛の選定が終わったら顔合わせをしたいので、お教え願えますか。いざという時に誰に助けを求めれば良いか、分かっていた方が素早く対応できますし」
「そうだな。では、決まったら君に知らせよう」
「分かりました。宜しくお願いします」
「うむ。下がって良いぞ」
「失礼します」
これで俺が思いつく程度の対策は提案したが……受け入れてくれるかどうかも含めて、後はグライガン様やライアンさんに任せよう。
◇ ◇ ◇
「お忍びで街へ視察ですか」
「ああ」
今、執務室にはライアンが呼ばれていた。
無論、リョウが提案した件についてである。
「で、これが可能かどうかを大きく左右するのが……」
「リョウ、ですな」
今回、最も近くでフローラを護衛する者である。
「今日、武術の腕を見たのだろう。どうだった?」
「才能は並です。特に劣っているということはありませんが、秀でているということもありません。身体面は、7歳である上に今まで鍛えてなかったため貧弱。そしてご存知の通り、魔術は下級しか扱えません」
「控えめに言っても強くはないな」
「これだけ聞けば、確かにそうですな」
ライアンの言葉に、グライガンは訝しげな顔になる。
「違うのか?」
「実際に戦ってみれば、評価は上がります。身体面では貧弱とはいえ[身体強化]である程度は補えますから。ましてや、リョウは魔力量だけは多いのでなおさら。そして」
ライアンは息継ぎをして再び口を開く。
「戦術の組み立てが相当上手いです。何より咄嗟の判断が早い。頭の回転がかなり早いんでしょうな。それに自分の力量に対する評価も正確に出来ている。ですから、接触する前に気付きさえすればどうとでもするでしょう」
リョウの見た目にそぐわない頭の良さはグライガンも知っていた。
「なるほど。つまり……」
「はい。フローラ様のお忍びでの視察は可能だと思われます」
「そうか。分かった、下がって良い」
「は。失礼いたしました」
◇ ◇ ◇
ライアンを下がらせたグライガンは、誰もいなくなった部屋で一人椅子に座る。
そのまましばらく考え込んでいると、ノックの音が耳に飛び込む。
「――あなた。私です」
「マリアか。入れ」
現れたのは、グライガンの妻であるマリア=リーストだった。
「どうした?」
「もう日も暮れてきました。この部屋は冷えるだろうと思って、上着を持ってきました」
そう言って手に持つ上着をグライガンに渡す。
「ああ、わざわざありがとう」
「それでは、お仕事頑張ってくださいね」
「ああ……折角ここに来たんだ、少し話そう。掛けてくれ」
「……はい」
マリアは夫の言葉を不思議に思いながら、ソファに腰掛ける。
「――先ほど、リョウが来た。フローラに街を見せてやりたいと」
「そうですか。フローラは何と」
「あの娘も、ありのままの街の姿を見てみたいと」
「そうですか……」
しばらく、沈黙が部屋を支配する。
「……フローラは、良い娘に育ってくれた。俺の怠慢でガルガンはあんな風になってしまったから、それは良かったと思う」
「……ええ」
「だが、何者かに接触されて影響を受けないようにする為に、俺はあの娘を極力外には出さなかった。そのことは、申し訳なく思ってる」
「……そうですね。あの娘には悪いことをしました」
「だが、あの娘はまだ7歳だ。遅くなってしまったが、これをきっかけにあの娘にも外の世界を見せてあげたい。まだ……間に合う、よな?」
「あなた……」
人の上に立つ者として常に自信を持って行動せざるをえなかったグライガンが、珍しく見せた迷い。
それを目にして、マリアはそっと夫の隣に腰を下ろして寄り添う。
「大丈夫。あの娘はきっと、これから広い世界を見てたくさんのことを感じてくれるわ。私だって、13の時にあなたに会うまではフローラと同じ……いや、もっと閉ざされた世界で生きていたんだもの。だから、大丈夫」
「マリア……そうだな」
グライガンはマリアの肩に腕を回し、そっと抱き寄せた。
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