第8話
リースト伯爵領、領都リーシア。
その中央にある伯爵家本邸の執務室に、2人の男がいた。
椅子に腰掛ける1人はリースト伯爵家当主グライガン=リースト。
もう1人、書類の置かれた机を挟んでグライガンの前に直立しているのは、伯爵軍軍団長アーノルド=ライアンだ。
「グライガン様。モルガンの捕縛、完了しました」
「うむ、ご苦労だったな」
「それと……」
「ん?何かあったのか?」
「は。それが、おそらく違法奴隷と思われる少年を1人保護しまして……」
「違法奴隷の少年だと?」
ここで、この国における奴隷の扱いについて少し話しておこう。
このアリスト王国では、5代前の国王の時に制定された奴隷法の範囲内で奴隷の売買や所有が認められている。
この奴隷法には2種類の奴隷が記載されており、一つは借金奴隷。
生活に困ったり、或いは金が必要になった時などに金銭と引き換えに奴隷の身分になるものだ。
この借金奴隷の所有者は、借金奴隷を人として扱わなければならないと定められている。
つまり意味もなく殴ったりほとんど残飯のような食事を与えたり襤褸を着せたりしては罰せられるのである。
もちろん、所有者の命令に従わない場合は所有者の権限として奴隷に罰を与えることは可能だが。
もう一つは、犯罪奴隷。
犯罪を犯して捕まった時に処される刑の一つとして、隷属刑というものがある。
その隷属刑がつまり犯罪奴隷になるということである。
隷属刑は死刑より罪の重い時に下される判決である。
何故なら、この犯罪奴隷の扱いについての条文は「非人道的な扱いをしないこと」という一文のみ。
人として扱われるように、抜け道のないよう細かく法を定められている借金奴隷とは対照的だ。
何しろ「非人道的」かどうかの判断が所有者に委ねられるのである。
流石に公の場であまりにも酷い扱いをしていては罪に問われることもあるが、基本的にはノータッチ。
それ故に、犯罪奴隷となったものの末路はほとんどが凄惨な死だ。
一方で違法奴隷とは、その名の通り奴隷法に定められた二つのどちらにも当てはまらない奴隷のことだ。
多くが誘拐されたものであり、違法であるが故に裏で取引される。
犯罪奴隷はその末路を誰もが知っているためにそこまでの罪を犯すものはそうはおらず、数がほとんど出回らない。
そのため、実際には非道な手段で扱われる奴隷のほとんどがこの違法奴隷である。
例を挙げれば、拷問の趣味がある貴族への商品だとか人体実験の実験台など。
リースト伯爵領は優秀な領主に恵まれ王国でも最上位に来るほど治安の良い場所だが、それでも手が回らずに違法奴隷を扱う奴隷商人の存在に気付けないこともある。
モルガンもその1人だったのだが……今回とうとうお縄に掛かったというわけだ。
ここで問題となるのが、モルガンの所持していた奴隷の処遇である。
今回、リーストはそれに関して二つの指示を出していた。
合法の奴隷に関してはリーシアに拠点を置く奴隷商人にオークションを開いて買い取らせること。
そして違法奴隷は元いた場所に帰してあげるようにと。
実際、その指示の通りにほとんどの奴隷は捌けたのだが……。
「それが、どこから来たのか覚えていないと」
「覚えていない?」
グライガンが訝しげに尋ねると、ライアンは頷く。
「はい。どうやらモルガンから相当酷い扱いを受けていたようでして。全身が痣だらけで体は痩せ細り、襤褸を着せられておりました」
「それは……酷いな」
「はい。正直、私も直視するのがつらいほどでした。あんな扱いをされていたのならば、記憶が飛んでしまうのも無理はないかと」
「そうか……。ライアン、一度その少年に会ってみたい。どこに居る?」
「兵舎の空室を利用しておりますが」
「案内せよ。……そうだな、昼食後に時間を作る」
「恐れながら、少年は非常に消耗しております。手当はしておりますので、お会いになるのは少年がもう少し回復してから……そうですな、3日ほど後の方が良いかと」
「……そうか。なら3日後の昼食の後にしよう」
「承知致しました」
ライアンは深々と頭を下げた。
◆ ◆ ◆
俺をここまで連れてきた奴隷商人――モルガンというらしい――を捕縛したのは、リースト伯爵軍だった。
伯爵軍の軍団長であるライアンさんはその際に俺を発見し、保護したとのこと。
そして、そのまま俺は意識を失ったようだ。
自分のことなのに伝聞調なのは、その当時は意識が朦朧としていて記憶がはっきりしないからである。
それから目覚めるまで、俺は伯爵軍の宿舎の一室に寝かされていた。
兵士さんたちは全身痣だらけだった俺を大層気遣ってくれ、色々と世話を焼いてくれた。
お陰で少しずつ元気を取り戻していっているのを感じる。
因みにリースト伯爵領はアリスト王国南部に位置する。
この地を治めるリースト伯爵の評判は非常に良く、「王国の楽園」とすら称されることもあるほどである。
目覚めた時に初めに聞かれたのは、「どこから来たのか」だった。
違法奴隷は全員を元いた場所に送り届けるようにと、リースト伯爵に指示されているらしい。
その時に聞いたのだが、このリースト伯爵領の法では違法奴隷を扱った奴隷商人は死刑と定められていて、モルガンは既に法に則って処刑されたそうだ。
リースト伯爵としてはただ悪人はとっとと処刑しようということだったのだろうが、俺としては困ったことをしてくれたとしか思えない。
お陰で黒幕へ迫るための唯一の道が断たれたのだ。
現状、黒幕側には俺は記憶を無くしていることになっている。
ここでアイレンから来たと言えば、恐らく連れて行ってくれるに違いない。
だが、黒幕は最後の生き証人たる俺の動きを注視しているはず。
その動きは敵に俺の記憶が残っていることを知らせることになる。
そうなれば、たとえリースト伯爵家を敵に回すリスクを冒してでも間違いなく殺しにくる。
なればこそ、帰るわけにはいかなかった。
そんな訳で再び記憶を失ったふりをしている俺の元をリースト伯爵が訪れたのは、俺が保護されてから3日後のことだった。
お読みいただき、ありがとうございました。




