第6話
月日はあっという間に流れ。
俺はチェスターさんと共に馬車に揺られていた。
北ナシノ村に着くまでに掛かる時間は、片道でおよそ半月ほど。
現在はその道のりの4分の3ほど来たあたりにいる。
「しかし、暇ですね」
「まあ、確かにこうも同じ風景が続くとねえ」
半分を過ぎたあたりから、風景にほとんど変化がなくなってきた。
時々通る村を除くと、山やら森ばっかりである。
護衛の人たちは流石に緊張は解いていないものの、ここまで何事もなく来たからかのんびりとした空気が漂っている。
普通、行商というともっと危険な旅らしい。
治安維持を担う各領の領主軍では人手が足りず、山賊やその類いの連中が各地に潜んでいる。
その山賊たちにとって、行商人はまさに格好の獲物だ。
大量の商品を抱えているために実入りは確実で、しかも大荷物であるために足が遅い。
こんなに美味しい獲物を狙わないわけがないだろう。
さらに、魔物もいる。
魔物とは、言ってみれば野生動物のようなものだ。
ただしこの世界のそれは元の世界とは比べ物にならないほど凶暴で、その上魔力を持ち合わせているからかなり厄介である。
魔術を使えるほど高等な魔物はそうはいないが、魔力を身に纏う「身体強化」だけでも人間にとっては脅威だ。
だが護衛の人が言うには、うちの会頭が5〜6年前に力を入れてその辺を徹底的に排除して以降は山賊どころか魔物すらほとんど現れなくなったらしい。
そう考えると、暇なのはむしろ良いことなんだろう。
このまま、何事もなく北ナシノ村まで着いたら良いなあと思った――その時。
――前方から爆炎が飛んできた。
◇ ◇ ◇
突如飛来した爆炎は、馬車に当たる前に現れた透明な壁――護衛の1人が出した障壁により防がれた。
が、これでは終わらない。
同時に前方から一団が現れる。
その人数、およそ30人。
リョウたちの護衛の3倍の数だ。
「ッ、数が多い!2人残して後は来い!」
即座に護衛隊のリーダーの声をどこか遠くに聞きながら――リョウは混乱の極みに陥っていた。
――なんで……なんでこんなところに賊が?俺たちを狙って?でも狙われるようなことなんてなにも……俺たちじゃなくて、ラムソン商会を狙って?
――敵の数が多い……負ける?負けたら……殺される。
――死ヌ殺さレル怖イ嫌ダ死――
「――落ち着いて」
錯乱するリョウを、チェスターがその腕で包む。
「チェスター、さん……?」
「大丈夫。うちの護衛は強い。何てったってクレソルさんが選んだんだ。大丈夫だから。ほら、深呼吸し――」
途中で言葉を切ったチェスターに、リョウは顔を上げる。
「チェス、ター、さん……?」
――なんでチェスターさんは動かないの?
――なんデ赤い液体ガ流れテいるノ?
――ナンデ喉カラ矢ガ突キ出テイルノ?
チェスターは背後から飛んできた矢に頚椎を貫かれ――既に、息はなかった。
◇ ◇ ◇
森に、1人の男がいた。
目は落ち窪み、頬はこけ、手足は骨張っている。
しかし、その目はギラギラと嫌な輝きを放っていた。
「終わったか」
その視線の先には、青年の死体とそれに縋り呆然とする少年の姿。
そして、その周りを取り囲む40人の男たち。
「くくく。金も手間も時間も掛かったな。腕利き10人を護衛として働かせ、十分な評価を確立して信用を勝ち取り、ラムソン商会の北ナシノ村行きの行商の護衛として雇わせる。そして人気の無くなった森で、襲撃を掛ける。全て計画通りだ」
そう。
クレソルが雇った護衛は、実は初めから敵だったのである。
男の総力を注いだ、実に10年にも及ぶ計画だった。
「ラムソン商会が最も大切にする北ナシノ村への行商を潰すことでその信頼を失墜させる。護衛を提供した傭兵ギルドとの関係に亀裂を入れ、その活動範囲を縮小させる。将来を担うはずの若い芽を摘み取る。全ては、憎きラムソン商会に一矢報いるため!!」
憎しみを思い出したのか、歯軋りをする男。
この男、実はかつて四大商会の一つに数えられた商会の会長だった。
が、先代の商会長がどうしようもなく愚かであり、男が継いだ頃にはその経営はだいぶ傾いていたのだ。
それでも四大商会の一角、挽回はまだまだ可能だった。
あの男さえ現れなければ。
モンタナ=ラムソン。
彼は時機を見る確かな目と常識や固定観念にとらわれない革新的な経営方針で次々と事業を拡大していき、たった5年で西の覇者にまで成り上がったのだ。
男とて凡夫では無い。
大商会のトップに収まるだけの器は持っていたし、能力もあった。
だが、相手があまりにも悪すぎた。
その一点に尽きる。
それほどにラムソンの商才は群を抜いていたのだ。
一度転落したら、落ちていくのは早かった。
昔から付き合いのある取引先も勢いのあるラムソン商会に乗り換え、どんどんと減っていく。
一発逆転しようと様々な事業に生半可に手を出しては失敗し。
気が付けば、どうしようもないぐらいに借金が嵩んでいた。
そんな身動きの取れなくなった男に手を差し伸べたのは、かつてライバルであった商会だった。
その商会は男に資金を援助し、こう唆した。
「もしラムソン商会に深刻な一撃を与えられたら、あなたが再び四大商会の一角に返り咲けるよう援助しましょう」
男としては願ってもない話だった。
何しろ自分をここまで失墜させた張本人である。
憎くない訳が無い。
直接危害を与えられたらそれに越したことは無かったが、それは早々に諦めた。
ラムソン自身もかなり戦える上、移動時にはいつも長年付き合いのある護衛が常についていたからだ。
相当な腕利きを揃えたり五帝クラスを用意したりすればそれも関係無かったかもしれない。
だが、金で動かすことのできる「道化師」や「銀」を雇えるほどの資金は無かった。
それでも諦めずに頭を捻り、考え出したのがこの計画である。
「くくく。このまま行けば、私はまたあの座に返り咲くことができる!」
肩を震わせて笑う男に、護衛隊のリーダーの男――ゲルフが声を掛ける。
「ん?何だ」
「主からの伝言だ。貴様はクビだ、とな」
「なっ……く、クビだと?何を言っている!」
動転する男に、ゲルフは静かに告げる。
「ここまで資金を投入してこの程度の成果しか得られないようでは、利用する価値もない、と我が主は仰った」
「なっ……ふっ、分かっているのか。この私を捨てる意味が。ラムソン商会へこの事を伝えれば、いったいどうなるだろうなぁ」
ニヤニヤと嗤いながらそう言う男。
どうやら、優位に立ったつもりでいるらしい。
思わずゲルフは呆れてしまう。
「本気でそんなことを言っているのか?愚かな。貴様こそ、この意味が分かっていないようだ。……我が主が、貴様を生かしておくと本当に思ったのか?」
「え?……まさかッ!いや、まだだ、まだ私は役に立つぞ!私の力はこんなものではない!こんなものでは――」
言っている意味にようやく気がついたのか、見苦しいほどに慌て出す男。
それを見てゲルフは溜息を吐き、剣を抜いた。
そして――。
――数秒後、1人の人間の首と胴が永遠に離れ離れになった。
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