第4話
その後チェスターさんに色々聞いたのだが、魔法――いや、魔術のことは、あまり詳しくは分からなかった。
ああいう魔道具以外にも人などの生物が自身の魔力を用いて行う魔術というのもあるらしいが、その「魔術」というものが使えるかどうかというのは先天的なものが大きく関わっているらしい。
使えさえすれば、そこから先は努力次第である程度どうにかなるそうなのだが。
魔術の才は親から子へ遺伝することが多いため貴族には魔術を使えるものが多いが、例外もまた相当数存在するらしい。
例えばあのラムソンさんは貴族でも何でもないが、魔術を幾つか使えるそうだ。
対して魔道具は誰でも使える。
というかそもそも「誰でも使える」というのがその開発動機なんだとか。
生きとし生けるものは、たとえ植物であっても例外なく魔力を有する。
人間とてそれは同じなのだが、大多数の人間は魔術の行使に必要な魔力を持ち合わせていない。
そこで、その動力源を魔石に頼ろうというのが魔道具である。
魔石というのは魔力を蓄積する性質を持った石のことだ。
その性質が何に由来するのかは明らかになっていないが、大きさや透明度なんかに比例して蓄積できる魔力の量は変化するらしい。
更に質の悪いものほど劣化も早く、数回の使用で砕けるものも珍しくないのだそうだ。
と結構色々と述べたが、チェスターさんによるとこの辺は一般知識だとか。
逆に言うとこれ以上はその道に詳しい人に訊ねないと分からないそうだ。
魔術とか魔道具とか男心を擽る単語が飛び交っててかなり心惹かれるが……まずは地に足をつけることが先決か。
◆ ◆ ◆
その次に案内されたのは。
「食堂、ですか」
「うん」
チェスターさんは頷く。
「ここの食堂も商会のお金で経営されているんだ。会頭のお考えでね。特にここは男子寮だから、料理が出来ない人も多い。僕も料理が出来ないから、格安で料理を提供してくれるここの食堂には助かってるよ」
それに、と言葉を続ける。
「ここは店からも近いし食堂は従業員なら誰でも出入り自由だから、昼休みに食べに来る人も多いんだよ」
そう言いながら食堂の入り口をくぐる。
「メリダさん、こんにちは」
「チェスター坊じゃないか。今日は早いんだね」
途端にげんなりとするチェスターさん。
チェスター坊って……。
「もういい加減チェスター坊はやめてくださいよ……。僕はもう21ですよ?」
「ははは、あたしにとっては幾つになってもチェスター坊さね。……おや、そっちの子は誰だい?まさか……」
「ああ、こっちの子は実は――」
俺のことを紹介しようとするチェスターさんをメリダさんは手で遮る。
「――いやー、そうかいそうかい。まさかチェスター坊にねえ。あたしも歳をとるはずだよ」
そう言いながらチェスターさんの背中をバンバンと叩く。
何かとても愉快な事になってきた。
「え?あの、何か勘違いを――」
「――いやいや、分かってるって。これは何かお祝いをしないとねえ。しかし水臭いじゃないか。こんな大きくなるまで隠しておくなんて。坊や、年は幾つだい?」
――来た。
「3さい!おねえさん、パパのおともだちなの?」
出来るだけ舌足らずで子供っぽい口調を意識してそう言うと、チェスターさんは仰天し、メリダさんは快活に笑う。
「ぱ、パパ!?」
「ははは、お姉さんだなんて分かってるじゃないか坊や。チェスター坊の子にしては出来過ぎなくらいだねえ。よし、何か作ってあげよう。何が良いかい?」
「ちょっ、まっ――」
「うーん、おいしいもの!」
「はいよ、待ってな」
「だから、違うんですってーー!!」
食堂にチェスターさんの声が響き渡った。
――後に、チェスターさんは語った。
この時の俺は実に楽しそうだった、と。
◆ ◆ ◆
夕食を終える頃には、俺の説明も終わっていた。
と言ってもこの外見とはちぐはぐな中身については伏せてあるのだが。
「へえ、ラムソン様が拾ってきたのかい。なんだ、そうならそうと早く言っておくれよ。あたしはてっきりチェスター坊が隠し子を連れてきたのかと……」
あはは、と頭を掻くメリダさん。
「何度も言おうとしましたよ!なのにメリダさんが早合点して聞いてくれないから……リョウも、何であんなことを言うんだよ!」
「だってそっちのほうがおもしろそうだったんだもん」
「面白そうって……」
チェスターさんは頭を抱える。
「まあとにかく、この子も今後ここで暮らす事になるんで、色々とよろしくお願いします。どうにもいたずらっ子みたいなんで」
チェスターさんがジト目で見てくるので視線を逸らす。
「ははは、分かったよ。坊や、いつでも遊びにおいで」
「うん!」
そのままバイバイ、と手を振って食堂を出た。
食堂の中から見えなくなるまで遠ざかってから、大きく息を吐いて緊張を解く。
「……はあ、疲れました。無邪気な子供の演技をするのって大変ですね」
というか口調を子供に寄せただけでやってることはあまり変わらなかったから、無邪気な子供の演技は出来てなかった気がするし。
しかし、某人気漫画の見た目は子供で頭脳は大人な主人公は、こんな疲れることをいつもやってるのか。
俺にはとても出来そうにない。
俺はそう思ったんだが、チェスターさんはまた違った感想を抱いたようで。
「……君、演劇でも食べていけるんじゃないか?」
そんなことを言っていた。
◆ ◆ ◆
最後に案内されたのは、当然ここだ。
「ここが、チェスターさんの部屋ですか……」
「うん。そして今日から君が住む部屋でもある」
片方が3歳の子供とはいえ2人で暮らすには寮の1人部屋は狭いのではないかと思ったが、存外広かった。
何でも、元々ここは2人部屋らしい。
1人部屋に空きがなくて、仕方ないのでここになったのだとか。
クレソルさんは、その辺も加味してこの人を選んだのか。
内装はいかにも中世っぽかったが、灯りだけは魔道具が用いられていた。
建物が木造なので、火を使って万が一倒したりなんかしたら大惨事だ。
それを防ぐために魔道具を買い揃えたらしい。
といっても灯りの魔道具はかなり安い部類らしい。
何故ならこれは作る工程が非常に簡単で、見習いがまず最初に作るのもこの灯りの魔道具らしい。
当然需要も高いのでそれなりの値段はするわけだが。
「それじゃあ君はそっちのベッドで寝てくれる?僕はいつもこっちで寝てるから」
「分かりました」
チェスターさんはまだ何かやることがあるらしい。
俺もまだまだ起きていたいところなのだが……身体は3歳だし、夜更かしは良くないか。
「じゃあ、私はもう寝ます」
「ああ、分かった。お休みー」
「また明日、よろしくお願いします」
寝転がったベッドは思ったよりも柔らかかった。
当然今まで寝ていたものに比べると固いが、これならば充分心地良く眠れそうだ。
――今日は色々あった。
車に轢かれたと思ったら異世界に転移。
それも3歳の身体に戻って、だからな。
最初の頃はどうなるかと思ったが……運にも恵まれて、無事生活していけそうだ。
――どうやら、思っていたよりも身体は疲れていたらしい。
いつの間にか、俺は深い眠りに落ちていた――。
◆ ◆ ◆
次の日の朝。
俺はチェスターさんに連れられてラムソン商会アイレン支部に戻ってきた。
すると、そこには旅支度を整えた厳つい男が待っていた。
「よう、ちゃんと眠れたみたいだな」
「ええ、チェスターさんには良くしていただきました。……もう行くんですか?」
「ああ、こう見えて忙しいんでな。次の支店の視察に行かなきゃなんねえ。まあ、お前のことはクレソルに頼んでおいたからよ、頑張れ」
そう言って俺の頭の上にポンと手を乗せ、外へと歩み出す。
「はい。……雇っていただき、ありがとうございました」
「良いってことよ。じゃあな」
感謝の気持ちを込めて深く頭を下げた俺に、ラムソンさんは背を向けたままひらひらと手を振り、去っていった。
「――もう行ってしまわれたか、会頭は」
「支店長……はい」
突然声を掛けられて横を見ると、クレソルさんが立っていた。
「会頭は一箇所に長く留まれるほど暇ではないし、何よりご本人がジッとしているのはあまり好きではないお方だ。仕方あるまい」
「……あの方は、私の命の恩人です。このご恩は一生掛かっても返せるものではありません」
「会頭ならきっと盛大に笑って、『そんなことを考えているくらいなら儲けを出せ!』と仰るさ。そういうお方だ」
そう言って支店長は店の中へ足を向ける。
「君も会頭に恩返しがしたいのなら、少しでも多く学び、この商会の役に立つことだ。……それに、5年もしたらまた来ると仰っていたしな」
「……それでは、5年後までに精々偉くなっているとします」
「ああ、そうしたまえ」
お互い笑い合い、俺たちは店へと入っていった。
――この時はまだ。
5年後に再び会うことが出来なくなるとは、夢にも思わなかった。
お読みいただき、ありがとうございました。




