第3話
支店長であるクレソルさんの部屋に入ったラムソンさんは、部屋にあったソファに腰掛け他の人を座らせる。
最初に口を開いたのは、チェスターさんだった。
「あの、私は一体何の用件で呼ばれたのでしょうか……?」
状況を全く掴めていないようで、かなり戸惑っている。
まぁ、それも当然か。
支店に突然商会の会頭が訪ねてきたと思ったら、その人と支店長との話に何故か自分も呼ばれたのだから。
「ああ、君を呼んだのはこの子の世話係を頼みたいからだ」
「この子どもを、ですか?……まあクレソル様のご命令とあらば否やはありませんが」
そう言うチェスターさんはかなり不服そうだ。
何故こんなことを、と顔に書いてある。
「というか、その子どもは一体何者なんですか?」
チェスターさんのその言葉に視線が俺に集まる。
そんなに期待されても、俺にも話せることはあまりないんだが。
まあこの場にいる人相手ならある程度は素を出しても良いか。
一応目でラムソンさんに確認を取ってから、口を開く。
「私が何者か、という問いに関しては残念ながら明確な答えを持ち合わせていません」
チェスターさんが目を瞠ったのを横目に言葉を続ける。
「私の名前ならばリョウと読んでいただければ結構ですし、社会的な立場はといえば身寄りのない孤児、ということになりますが」
「……これは」
先ほど少し話したクレソルさんでさえ、そう絞り出すのがやっと。
チェスターさんは完全に絶句していた。
「これでこいつの異常さは何となく分かったか?」
「ええ、まあ……」
2人の反応をおかしそうに見ていたラムソンさんにそう問われ、クレソルさんがどうにか頷く。
失敬な。
まあ3歳児にしては異常かもしれないが、1人の大人だと考えたら寧ろ子供っぽいくらいだと思う。
「こいつは順当に行けば間違いなく幹部クラスに上がってくる。それも、恐らくぶっちぎりの最年少でな。その順当を現実のものにするために、お前らにも手伝ってもらいたい」
「しかし、それではラムソン様がご自身でお教えになれば……?」
クレソルさんのもっともな提案に、しかし首を横に振る。
「いや。それも考えたんだが、俺は各地を動き回るからな。この歳のガキがいると足手纏いにしかならねえ。
それに、現場を知っておくのは後々上に上がってきたあとも絶対に役に立つ。俺だって若い頃は行商でもなんでもやったもんさ」
へえ。
天下のラムソン商会(かどうかは知らないが)、その会頭もそんな下っ端から始めたのか。
「というわけで、こいつはここに預ける。住む場所もないみたいだからうちの寮を使わせるんだが……中身がどうだろうと、こいつはまだ3歳のガキでしかない。流石に1人で身の回りのことを全部やるのは物理的にも無理だろうさ」
「そこでお前の出番というわけだ、チェスター」
会頭の言葉を支店長が引き継ぐ。
「なるほど……それで、具体的にはどうすれば?」
「悪いが、お前の部屋にこいつも住まわせてやって欲しいんだ。勿論その分の手当は払う」
「かしこまりました」
頭を下げたチェスターさんを見て鷹揚に頷く。
「そんじゃ、早速で悪いがこいつを案内して色々説明してくれるか?明日またここに連れてきてくれればいい」
「分かりました。それじゃあ、えっと……」
俺の方を向いて視線を彷徨わせる。
何て呼んだらいいのか困っているのか?
「リョウと呼んでください、チェスターさん」
俺の言葉に頷いたので、どうやら合っていたらしい。
「よし、リョウ。行こうか」
「はい」
「それでは支店長、会頭、失礼します」
「失礼します」
チェスターさんに倣ってお辞儀をして、俺は部屋を出た。
◇ ◇ ◇
「――会頭」
「おう、何だ?」
「何なんですか、あの子供は――」
あれほどちぐはぐなものを見たのは初めてだ。
黒髪黒眼というのはこの辺りではあまり見ないが、東の方の出身の人間ならばそういった特徴を持つと聞いたことがある。
顔立ちもまあ普通の子供だ。
3歳という自己申告に見合った幼い見た目。
だが、その中身が明らかに外側と釣り合っていなかった。
あの歳にしてすでに論理的に物事を考えている。
その上、頭の回転も速い。
「残念だが、あのガキは他とは違うってことだけしか分かんねえな。一応貴族の周りを調べさせてはみるが……取り敢えず、あいつのことは小さい大人と思って扱うべきだろうよ」
「小さい、大人……もしかしたら、本当に……?」
「さあ、分からねえ。俺も魔法にはそこまで詳しくはないからな。俺が使えるのは流石に詳しいが、それもそう多くはないしな。そのうち機会があったら『魔女』にでも聞いてみようかと思うがよ」
「『魔女』……世界最強と謳われる五帝の一角であり、魔術において右に出る者はいないとまで言われる、帝国が誇るあの……ですか?」
「ああ。幸い、伝手は無くもないしな。『魔女』が分かんねえなら諦めるしかねえが、まあ聞くだけ聞いてみるさ。とにかく今は、将来有望な従業員が1人入ってきたことだけ分かってりゃいい」
「かしこまりました」
クレソルは恭しく礼をした。
◆ ◆ ◆
「ここが僕ら家の無い従業員の住む家であり、今日から君も住むことになる寮だ」
「ここが……」
何というか、思ったよりちゃんとしていた。
「驚いたかい?従業員の為の寮があるのはウチぐらいだからね。ラムソン様の意向で、従業員は大事にしようということになっているらしいよ」
それはそれは。
中世なんて従業員は死ななければいい程度の扱いをされていたと思うんだが……いや、それは鉱山とかの話か。
多少コストを掛けても福利厚生がしっかりしている方が労働意欲も増して結果的にプラスになるというのは現代では知られた話だが、この時代でこれとは……。
あのおっさん、結構先進的な考えの持ち主らしいな。
何にせよ労働環境が充実しているのは働く側としても有難い。
その後、他の寮暮らしの従業員と共同で使うものについて説明を受けた。
まず案内されたのは、ここだった。
「ほら、ここが水汲み場だ。部屋で使う分は桶に汲んで持っていかなきゃいけないんだけど、まあ他よりはだいぶマシだと思うよ。何せレバーを引くだけで水が出てくるからね」
――井戸から汲むのは大変だからさ。
そう笑いながら実演してみせる。
が、俺はそれどころではなかった。
「何でここだけこんなに科学が発展してるんだ……?」
生憎と歴史には詳しくないので分からないが、俺の世界では多分手押しポンプすらまだ発明されていないんじゃないか?
俺の言葉はチェスターさんには聞こえなかったのか、説明を続けている。
「やっぱり魔道具ってすごいよね。魔石こそ定期的に交換しなくちゃいけないけど、井戸に比べたら断然こっちの方がいい。わざわざ高い金を払って買ってくださったラムソン様に感謝だよ」
今、聞き逃せないワードがあった。
「魔道具……魔石?」
「ん、魔道具を知らないのか。魔石に内蔵された魔力をエネルギー源にして動く装置だよ」
なるほど。
仕組みは分からないがどうもそういうのがあるらしい。
ということは。
「魔法、っていうのがあるということですか」
――これは中々、面白い。
お読みいただき、ありがとうございました。




